最終話
嵐が去った後、暫しこちらの神々は、無言であった。
自分達が仕出かした事の大きさに蒼褪め、止めのリシェアオーガの脅しに、何も言えなくなったのだ。だが、まだ疑いの芽は有る様で、果敢にも疑惑の眼差しをリシェアオーガに向ける者がいる。
そんな彼等を見渡して、リシェアオーガは溜息を吐き、
「まだ、我を神で無いと疑うなら、証拠を見せるぞ。」
と言って、ティルザとアルフェルトを呼んだ。
何事かと思いながら彼等は、リシェアオーガの後ろに控える。
「エルシア、隣の部屋に、他の聖騎士達もいるのか?」
「ああ。」
「それなら、丁度良い、彼等にも立ち会って貰おう。此処に居る元巫女が何者であるか、知って於いた方が良いからな。」
その言葉で聖騎士達は、呼び出され、各々仕える神の許に散らばった。
あのイリーシアの聖騎士もいたが、リシェアオーガを見て驚くだけだった。
彼等が主の許へ、戻り終えたのを確認し、後ろを振り返ったリシェアオーガは、二人の正式名を呼んだ。
「アルフェルト・リカエラ及び、
ティルザ・アムンディア・コーネルト、前へ。」
正式名を呼ばれて戸惑う、アルフェルトを促したティルザは、騎士として堂々とした態度で、リシェアオーガの示した場所に移動する。
「ティルザ・アムンディア・コーネルト。御前に。」
跪き、向こうの世界の騎士の、神に対する敬礼をするティルザ。
左膝を付き、自らの剣を腰から外し眼の前の床に置くと、左手の握り拳を胸に当て、右手の先を地面に付け、深々と頭を垂れる。
向こうの世界の騎士は、神の御前に剣を捧げ、自らの敵意が無い事を示す。
アルフェルトもそれに倣い、こちらの騎士の正式な敬礼をする。
右膝を折り剣は帯刀したままで、手の指を真っ直ぐ伸ばした右手を左肩の辺りに置き、深々と頭を下げる。
こちらの世界の騎士は、剣を腰に帯刀したままで、何時でも目の前の相手を護るという、意思を示す。
「アルフェルト・リカエラ。お呼びにより、参上致しました。」
二つの世界の騎士の、敬礼の仕方の違いに、リシェアオーガは感心して微笑み、両名に面を上げるよう指示した。そして、フェリスを従え、まずはアルフェルトの前に向かい、彼の前で跪く。
「アル、そなたの利き腕は、右だったな。」
頷くアルフェルト。利き腕を確認したリシェアオーガは、反対の腕の左を自らの片手に取り、残った片手で自らの髪を一房、掴んだ。
掴まれた髪は、直ぐにリシェアオーガから離れ、その長さを腕に巻ける位に変える。
アルフェルトの左腕にそれを巻き、リシェアオーガは言霊を綴った。
『我、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガは、此の場、此の時にて、
アルフェルト・リカエラへ、我の、戦の神の祝福を与えん。』
言霊が終えると、巻かれた髪は、金色の腕輪に変化する。その金環へ、リシェアオーガが口付けると、そこにあの装飾文字が現れた。
驚くアルフェルトに、微笑んだリシェアオーガは、ティルザにも同じように言霊を綴り、祝福の腕輪を授けた。
授け終わったリシェアオーガは、立ち上がり、フェリスを彼等の前に導く。リシェアオーガと入れ替わり、二人の前に出たフェリスは、帯刀していた短剣を両手で掲げる。
『我、ファムエリシル・リュージェ・ルシアラム・フェリスは、両者への、我が神の祝福を、此処に認めます。』
短剣を捧げたまま、両名に対し頭を下げ、フェリスは言霊を綴る。
向こうの神殿で行われる、祝福の儀式を、ここに再現したのだ。フェリスという、リシェアオーガにのみに仕える神官が、いればこそ出来る、神殿での儀式だった。
まあ、これを踏まえないでも、出来はするのだが、敢えてリシェアオーガは、見せ付けの為に儀式化したのだ。
フェリスの言葉を受け、ティルザが口を開く。
「我、ティルザ・アムンディア・コーネルトは、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ様の祝福、確とこの身に受け取りました。
これからは、この金環に恥じぬよう、騎士として、剣士として一層精進致します。」
ティルサに倣い、アルフェルトも同じ言葉を口にした。
「我、アルフェルト・リカエラは、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ様の祝福、確とこの身に受け取りました。
これからは、この金環に恥じぬよう、騎士として、剣士として一層精進致します。」
二人の誓いの言葉に、リシェアオーガは微笑み、両者に立ち上がる様促した。彼等の腕には、あの金色の腕輪が、誇るように輝いている。
それを見た、こちらの聖騎士と神々は、眼の前の元巫女が、向こうの世界の神と完全に認識した。
纏う気が違うとは言えど、同じ金色の腕輪。
装飾文字も一部、神の名が【エレルニアラムエシル・リュージェ・ルシム・リルナリーナ】と【ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ】の違いは有れど、他の綴られた装飾文字は同じであった。
祝福の儀を滞りなく終え、アルフェルトとティルザに、微笑み、言葉を添える。
「アルフェルト、ティルザ、誓いを違わぬ事を、我は望む。
…まあ、そなた達の事だ、誓いを護り、一生を終えるとは思うが…。」
二人の腕にある、祝福の金環に軽く手を置き、リシェアオーガは一層微笑んだ。二人の騎士はその微笑に、照れくさそうにして、お互いを見ていた。
先程とは、打って変わった慈悲の微笑に、こちらの住民は無言になった。威圧感が無くなり、春の日差しの様な暖かな雰囲気に、カルミラもルシェルドも微笑んだ。
「そう言えば、私とルシェルドは、既に言ってますが、貴方々は、リルナリーナ殿への謝罪は、されていませんでしたね。
まあ、一部の方は、リシェアオーガ殿にも謝罪されていますけど、リルナリーナ殿にはされていませんよ…ね。」
黒い微笑で言い放つカルミラに、恐れをなしたのか、彼等は素直に、謝罪の言葉を、リルナリーナとオーガに向けて言った。
申し訳ございませんでしたと、言う彼等を前に、リルナリーナとリシェアオーガが相談をし始める。
「オーガ、どうする?」
「私に、許す気は無いが、リーナ次第だ。」
「私も、許す気はないわ。」
辛辣な会話をする双神に、彼等は蒼褪めたが、二人は楽しそうに結論を述べた。
「お兄様に頼んで、説教の時間を予定より、長くして貰いましょう♪」
「賛成。兄上の説教をより長く受けるなら、考えても良い。」
「お二方の、兄君の説教ですか…
もしかして知の神・カーシェイク殿は、お二方の兄君なのですか?」
カルミラの推測に二人は、微笑を添えて頷く。
「兄上の説教は、大変だぞ。
的を得ているし、永く…限り無く、心身ともに苦痛が続く。カルミラとルシェルドは免除になるが、特に、ファンレムは覚悟しろ。
私を選んだ当事者だからな。」
「個人的な説教が、あるかもしれないわね。」
言われたファンレムは、覚悟しときますと、素直に言って項垂れた。自分の仕出かした責任は、きっちり取る気であった。
「そういう事ですので、皆様方、大いに頑張って下さいね。」
黒い微笑のままのカルミラに、激励の言葉を受けた神々は、諦めた様に俯いた。ここでの大地の神は、かなりの食わせ者らしい。
他の神々は、彼に頭が上がらない。
そうでなければ、この世界の大地の神は、務まらない様であった。
彼等の遣り取りを見て、アルフェルトとティルザは、溜息を吐き、傍にいたフェリスにアルフェルトが尋ねた。
「フェリス師匠で、いいのかな?
リシェアオーガ様って、何時も、あんな感じなのですか?」
「アルフェ…いえ、アルフェルト様。
敬称は、神官殿で良いですよ。我が神の祝福を受けた貴方なら、そうなります。勿論、ティルザ様は、知っていらっしゃいますよね。」
頷くティルザを確認し、フェリスは、アルフェルトの質問に答える。
「我が神は何時も、あの様な御方ですよ。
今までは、神としての役目を重視した態度ですので、どちらが本当のあの御方とは、言えません。ですが、リルナリーナ様を始めとする御家族が御一緒だと、あの様に砕けた態度に御為りです。」
「あれが普通なんですね。何だか、安心しました。
騎士として接していた時の、リシェアオーガ様でしたので。」
「アルフェルト様。私に敬語は不要です。
彼方の世界では、同じ神に仕えし者と祝福された者は、祝福された者の方が立場が上になります。此方の聖騎士と神官の関係と、同じです。
まあ、慣れない内は、仕方ありませんが。リシェアオーガ様に対しても、改まった席でなければ、何時もの様で構いませんよ。」
「いいの?」
「リシェアオーガ様が、それを望みます。
我が神…いえ、向こうの世界の神々は、堅苦しい事は御嫌いで、改まった席で無い場合は、砕けた対応を望まれますから。」
「…フェリス神官…殿。アルフェルト様は、ちょっと。
せめて、アルフェ様にして欲しいよ~。」
呼び方に根を上げたアルフェルトが、フェリスに懇願した。
クスクスっと、軽い笑いを漏らしたフェリスは、判りましたと返答する。
彼等の遣り取りを聞いていたのか、リシェアオーガとリルナリーナも、彼等に向かって微笑掛けていた。
その後…破壊神・ルシェルドの神殿は解体され、新しく守護神・ルシェルドの神殿が、ルーペンゲイドの村に建てられる。
神殿が完成するまで、解体以前の神殿の騎士とその神は、カルエルム神殿の預かりとなった。神官達は老人だけの、老後の保身という神官の身の上だった為、誰一人として、守護神となったルシェルドに再度、仕える者はいなかった。
それ故彼等は、他の神殿での老後の預かりとなり、新しく守護神の神官となったのは、カルエルム神殿の大地の精霊の神官達で、自ら志願した者達であった。
彼等は全て、滞在中のルシェルドの為人を見て、尊敬の意を示した者達だった。
神殿の解体に基き、カルエルム神殿に預りとなったルシェルドの傍らには、暫くの間、双子の兄弟の姿が見受けられた。
向こうの世界で光髪と呼ばれる、珍しい色の髪と空の瞳と呼ばれる、昼夜で色の替わる瞳を持つ双子の片方が、ルシェルドの最後の巫女であったと、言い伝えが語るようになるのは、もう少し後となる。
今は…まだ、この世界は、不安定である。
向こうの世界の手助けにより、守護神・ルシェルドと、この世界が安定するのは、まだまだ先の話であった。
一応、本編はこれで完結します。が、番外編と言う名の、後日談が続きます。
新しく番外編として、本編とは別に連載を始める予定です。
宜しかったら、そちらもご覧下さると嬉しいです♪




