第五話
「リシェアオーガ殿は、いますか?」
聞き覚えのある声に、リシェアオーガは扉越しに答える。
「カルミラ…如何した?」
「いえ、リシェアオーガ殿の気配がないと言うか、変わったように感じたので、心配したのですが…。」
ああ、と気が付き、彼の入室を許可する。入って来たカルミラは、リシェアオーガの隣に見た事の無いような、見覚えの有るような少女を見つけた。
お互い身を寄せ、しっかりと手を結んだ様子に、カルミラは微笑ましさを覚える。
似通った顔立ちの二人、恐らく双子に思える彼等を、カルミラは優しい眼差しで見つめた。彼の気配を感じたリルナリーナが、ふと声を漏らし、目を開ける。
「…お母様?えっ、男の人?」
聞こえた可愛らしい声に、カルミラは一層微笑み、リルナリーナと目線を合わす様に膝を折り、返答をした。
「初めまして、可愛らしく、美しい御方。
私は、この世界の地神の、カルミラと申します。不躾な質問をして申し訳ないのですが、貴女は、リルナリーナ殿でしょうか?」
驚きの眼を微笑に変えたリルナリーナは、はいと短く返事をして姿勢を正し、改めて挨拶をする。
「初めまして、私はリルナリーナ。リルナリーナ・ルシム・リュージェ・エレルニアラムエシルと申します。
どうぞ、リーナと呼んで下さい。
それとリシェアオーガが、お世話とご迷惑をお掛けました。」
「迷惑だなんて…リシェアオーガ殿に、お世話とご迷惑をお掛けしているのは、私達の方ですよ。
でも、リーナ殿は、如何してここに?」
カルミラの質問を受けて、リルナリーナは素直に答える。
「私達の事を、知っておられるでしょう。
私達は、お互いの意識と心の繋がりを持てないと、不安定になるのです。そうなると、こうして二人一緒にいないと安定しません。
今、この場を離れられないオーガに代わって、私がこちらに来ました。
もう、向こうの世界とは、完全に繋がっているので、簡単に来れるのです。」
余所行きの言葉使いで、応対するリルナリーナに、納得したカルミラは、二人分の気が一つになっている事に気付いた。
だから、変化した様に思えたのだ。
そうですかと、短く返答をし、カルミラは二人を見つめる。仲良く手を繋ぐ双子の、微笑ましい光景に、つい、口を滑らした。
「仲が良い兄弟とは、こんなに微笑ましいものなのですね。
このまま、誰にも見せたくなくなる位に…。」
「お母様も良く、そう、おっしゃいます。
二人をこのまま閉じ込めて、誰の目にも触れさせたくないと。でも、それは、無茶で無理な話なので、諦めていらっしゃいますわ。」
「…私が、大人しくしていないからな。」
珍しく、我と言わないリシェアオーガに、カルミラは不思議がるが、彼の様子でリルナリーナは、自分いるから、リシェアオーガの気が緩んでいるのだと教える。
リシェアオーガの我と言う一人称は、一番重い、神としての口調であり、気を張っているか、怒りを露にした状態だとも告げた。
普段の彼の一人称は、私。気の置ける者が相手だと、神として対応しても、私になるのだと。だが、ここで神として対応する場合は、敢えて、我を使っているとリシェアオーガ自身が告げる。
リシェアオーガの言葉に、リルナリーナは突っ込みを入れる。
「…それはオーガが、怒っているからでしょう。だから、我ってなるのよ。」
「リーナ…判っているなら、言う必要は無いと思うぞ。
先程のリーナこそ、口調が怒っている時と、同じになっている。」
当たり前でしょうと告げるリルナリーナに、リシェアオーガは再び苦笑する。
彼等の会話でカルミラは、申し訳無さそうな顔をし、リルナリーナに謝罪した。
「申し訳ありません。
リーナ殿に無断で、祝福された者を巫女として召喚した事、そして、その巫女の命が喪われた事、このどれを取っても、貴女がお怒りになる事は推測出来ます。
私だけの謝罪では足りないと思いますので、後で改めて、こちらの世界の、全ての神々から謝罪をさせて頂きたいと、思っています。」
深々と頭を垂れ、言葉を綴るカルミラに、リルナリーナは首を傾げながら、不思議そうに言葉を掛ける。
「貴方は、召喚にも、彼女達の死にも、係わっていないのに…何故、謝るの?」
驚き、顔を上げたカルミラに、リルナリーナは、微笑みながら告げる。
「彼女達がいなくなった時に、何時も大地の気だけは、感じなかったの。
今回の事で彼女達がどうなったか、オーガを通じて知ってるし、この件に関して貴方が、何の関わりもない事は判っているわ。
黙認していたと言っても、貴方のオーガへの対応で、他の巫女に対しても、誠意を示していた事がはっきりと判ったから、私はリーナって、呼ぶ事を許したのよ。」
リルナリーナの愛称に関して、双神であるリシェアオーガが補足をする。
「リーナの愛称は、限られた者しか、呼ぶ事が出来無い。リーナが認めた者と家族以外、呼べない代物だ。
向こうの神々でも、呼べない者がいる。リーナに認められていないか、その者が愛称で呼ぶのを拒否しているかの、どちらかだが…。
カルミラは、余程、リーナに気に入られたらしいな。」
「だって、最初から、オーガの事を褒めてたし、対応も丁寧だったから。
勿論、巫女の召喚に、全く関わりがなかった事もあるわ。」
素直に答えるリルナリーナに、有難うございますと、カルミラは返した。ふと、何かを思い付いた彼は、それを口にする。
「その分だと、一番嫌われているのは、エルシアの様ですね。」
「ええ、大嫌いですわ。」
黒い微笑み共に、返って来た即答で、リシェアオーガとカルミラは、確信の笑いを始める。
「お父様と、同じ神気を持っているけど、あの人は大っ嫌い。
あ…イリーシアは別、フィーナやアフェに似てるし、可愛いから好きよ。
……色々構いたくなるけど…駄目かしら?」
「構いたくなる…ですか?」
カルミラの問いへ、リルナリーナは即答を返す。
「ええ、着飾ったら、もっと、可愛く、美しくなると思うの。薄い桜色のドレスで、白い花をあちこちに飾ったり、髪に小花を散らすのも良いかも。」
色々と、思案をし始めたリルナリーナを余所に、カルミラが小声で、リシェアオーガに問い掛けた。
「リシェアオーガ殿。
もしかして、リーナ殿は、ああいったご趣味を、お持ちですか?」
「呼び名は、リシェアで良い。…察しの通りだ、カルミラ。
リーナは綺麗な者や、可愛い者を飾るのが趣味だ。」
リシェアオーガは、彼女の趣味を教え、もう一つの意義をも教える。
「此方の美神とは違い、手元に置いて愛でるのでは無く、自分で更に磨きを掛けて、周りに認めさせる。その者が他に絶賛させられ、愛される事を喜びと感じる。
故に、美しくなる素材を持っている者が、リーナの好みとなる。」
こちらの美神とは、違うのですねと、カルミラが言うと、頷くリシェアオーガ。
彼等の会話が聞こえていない様で、未だ、あれこれ考えているリルナリーナ。
尽きない試案を、リシェアオーガが中断させる。
「リーナ、此方の神との交渉が、終ってからにしないか?
それからなら、幾らでも出来る。フィーナとアフェとお揃いにしても、良いのだしな。」
リシェアオーガの意見に、それも良いかもと、リルナリーナが相槌を打った。
「それに、生誕祭には、此方の神々を招く予定だ。
その時にでも、実行すれば良いと思うが…。」
「あの…お約束の生誕祭ですか…是非、行かせて頂きますね。勿論、イリーシアも連れて行きますよ。
あ…余分な付録が付きますが、気にしないで下さいね。」
さらっと、エルシアを付録扱いをするカルミラに、リルナリーナも、そんなの、いたかしら?と、先程浮かべた微笑みで返していた。




