第一話
今回から、新章…一応、最終章となります。
カルエルム神殿へ向かう事となった、一行は、ファンレムの力に頼るしかなかった。
彼の、風の力で移動する事が、一番の速さを誇っていたのだ。
「ファンレム、一度に何人まで、運べるのか?」
リシェアオーガの問いに、4人が限度と、答えが帰って来る。
ここに居るのは、カルミラ以下、神々が6人、人間が3人の大所帯。とても一回では、無理な人数である。かと言って、ファンレムに負担を掛けたくなかったリシェアオーガは、場所が、カルミラの神殿になった事を幸いに、ファンレムが運べる限度の人数の残り、5人を引き受ける事にした。
「ファンレム、カルミラとエルシア、ウォルトア、ファレルアを運んでくれ。
後は、我が運ぶ。」
「えええっ、リシェアオーガも飛べるの~?」
「カルエルム神殿なら、可能だ。アルフィートがいるからな。」
自分の知っている気配があれば、可能な事であった。
この場合は、仕えている龍馬・アルフィートの気配を目印に飛べる。
まあ、目印が無くとも飛べはするが、適当な所に出るので、余り使物にならない力ではあったが、運べる人数は無制限。
先程、少し大掛かりな破壊をした折に、そこから出た力を吸収したばかりで、力が有り余っていた処でもある。
先にファンレムを行かせたリシェアオーガは、残った者達に近くへ来るように告げる。全員が集まった所で、結界を張り、目標を定める。
一気に飛んだ為、誰も着いた所が何処であるか、判らなかった。
「あああ、リシェア様~!」
泣き声の混じった、聞き覚えのある能天気…あ、いや、元気な声が聞こえた。
「アルフ、心配かけて、済まなかった。」
突進をして、抱き付くアルフィートに、リシェアオーガは、簡単な謝罪をする。
ふと、周りを見ると、他にも人影が沢山あった。
その人影達の額の処には、大きな角が一本、天を仰いでいる。
「アルフ…暇だからって、此方の世界の一角獣に、変化の仕方を教えるな!」
やや軽めの拳骨と共に、怒りの言葉を貰ったアルフィートは、涙目でリシェアオーガを見つめる。
「リシェアオーガ様、アルフィートは、悪くありません。
我等が、教えを乞うたのです。普通の人間と、話がしたかったので…。」
恐らく、ラナルらしい人影が、アルフィートを援護した。
本当かと問うリシェアオーガに、こっくりと、アルフィートは頷く。
「こちらの世界の一角獣って、人型を取る方法を知らなかったんですよ~。
でも、心語を受け取れない人間と、話したいって言ったので、教えたんです。別に暇だからって、教えた訳ではないんです~。」
涙ながらに、訴えるアルフェルトに、リシェアオーガは再び謝罪をする。
彼等の遣り取りで、個々が一角獣の放牧場だと判明した。
「ルシェルド、リシェアオーガ殿、フェリス大神官と騎士達は、ここですか?」
カルミラの声に、ここだとルシェルドが答える。
駆けつけたカルミラの目に、リシェアオーガの姿が映る。アルフィートに抱き付かれ、微笑ましい光景を作り出している様は、先程の風景より喜ばしい事だった。
血に塗れた、殺伐とした風景より眼の前の、仄々とした光景を好むカルミラにとって、癒しの素であった。だが、あのリシェアオーガの姿も、否定出来無いでいる。
あれはあれで、美しいと思えたのだから。
制裁者の美…それがあのリシェアオーガには、あったと思えた。
しかし、今の光景の方がカルミラには、微笑ましく嬉しいもの。
その為、つい、口から本音を漏らしていた。
「早速、アルフィート殿に、捕まりましたか。
やはり、仲が良い者同士が、じゃれ合うのを見るのは、楽しいですね。」
カルミラの言葉に、リシェアオーガが反応する。
「…カルミラ、じゃれ合っていない。じゃれ付かれているだけだ。
アルフ、いい加減、離れろ。」
「嫌です~。今日は、リシェア様の傍を、離れませんよ~。」
嫌がるアルフィートに彼は、溜息を吐き、仕方無いとばかりに言葉を掛ける。
「傍を離れろとは、言ってない。抱き付いた腕を離せと、言っている。」
リシェアオーガの言葉で、判りました~と、素直に手を放すアルフェルトに、周りの人々は苦笑した。
言質を得たアルフィートは、ご機嫌で、リシェアオーガの傍に控える。その様子を確認したカルミラは、皆に用意した部屋に行くよう、指示をする。
用意された部屋は、旅立つ前に使っていたものらしく、案内の者が意気揚々と連れて行く。そして、彼等の中で一番最後に、歩みを始めたルシェルドへ、フェリスが話し掛ける。
「ルシェルド様、御話があります。」
「…何だ?フェリス。」
「今宵限り、大神官の役目を、返上させて頂きます。」
真剣な瞳で、告げるフェリスに、ルシェルドは頷き、承諾の言葉を掛けた。
「判った。フェリス、今宵、この場にて、大神官の役目を解く。
…リシェアオーガの下へ、帰るが良い。」
「有難うございます。これで名実共に、我が神の下に戻れます。」
恭しく頭を垂れたフェリスは、ルシェルドに感謝の意を示した後、彼は辞退の言葉を述べ、自らの部屋に戻って行く。
複雑そうな顔をした、アルフェルトを従えて…。
「それでは、お疲れでしょうから、ごゆっくりお休み下さい。巫女様。」
聖騎士から、巫女扱いに変わった事に、リシェアオーガは何ら不快感を示さなかった。
リシェアオーガの服装が見慣れない物に変わっていた為、向こうの世界の者では無いと言えなくなり、その結果、如何考えても巫女と完全に判るからだ。
何より、本来の巫女としての役目は、既に終わっている。
ルシェルドが、生贄の巫女を必要としない時点で、リシェアオーガの、生贄の巫女としての役目は、終わりを告げていた。
今は、便宜上、向こうの世界の人間である巫女としてのみの、存在だった。
服装も向こうの世界の物……神龍の王の物であり、自分自身の服装である。
明日辺り、また巫女服を着せられる事は、想像出来たが、今は、自分の服を着ている事に変わりが無かった。
部屋に入ったリシェアオーガは、アルフを横に座らせ、その右肩に背中を預けた。
そして、寛ぎかけた時に、控えめに扉を叩く音が聞こえる。
入室を許可すると、フェリスが入って来たが、その服装は何時もと違っていた。
今までと同じ、白が基準の服装ではあったが、袖の形が三角形の物から、長い四角の物へと変わり、一番上の上着の前後は脇と右肩で分かれ、脇と右肩の留め具で止められている。
脇の布製の留め具には、蛇行する銀の光龍の刺繍があり、肩の処の留め具は、首を正面に向けた、銀色の光龍の装飾品であった。
上着の縁を彩る光色の銀と、実りの紫の組み紐は、かの神の血筋を表し、その上にも蛇行した小さな龍が、組み紐と並走するように飾られている。
細い銀色の鎖が帯の代わりに腰に巻き付き、そこにはあの短剣が、昼の光の黄金色から夜の光の銀色となり、その存在主張していた。
袖の両面と上着の前後下には、片の留め具と同じ、正面を向く銀色の光龍の姿が大きく刺繍されている。
髪は後ろで一つに纏められ、括られた紐も銀色の物だった。
そう、向こうの世界の、リシェアオーガに仕える神官の服であった。
略式な物では無く、正式な、儀式用の物であった為、その特徴は、一目見れば判る形となっている。
戦の神・リシェアオーガを、唯一の神と仕える神官…フェリスは再び、この神官服に袖を通したのだ。
フェリスの、正式な神官服姿が目に入ったリシェアオーガは、向こうでの彼の呼び方・愛称に戻し、言葉を掛ける。
「フェリ、御役目御苦労だった。…やっと、帰って来たな。」
労いの言葉を掛けるリシェアオーガに、フェリスは、向こうの世界の最敬礼をする。
「ファムエリシル・リュージェ・ルシアラム・フェリス、
我が神の下に、只今、戻りました。」
腰にある短剣を目前の床に置き、跪いて頭を垂れるフェリスに、リシェアオーガは、真剣な眼差しで頷く。
向こうの神官は、俗名である、家名を名乗らない。
ルシアラム…すなわち、神聖語で言う神官を名乗る。
故にフェリスの正式名は、ファムエリシル・リュージェ・ルシアラム・フェリス、即ち、戦の神・リシェアオーガに仕える神官・フェリスとなる。
この世界に来たばかりの頃、フェリスは、この名を名乗らなかった。
フェリス・ルシアラム、神官フェリスと名乗っていた。
そう言えば、とティルザの方に向かい、その左の腕の腕輪に触れ、それを消し去った。ティルザは、それを残念そうに見つめ、溜息を吐く。
「やっぱり、失格ですか…。」
落ち込んだ口調で言うティルザに、リシェアオーガは首を横に振った。
「そなたには、十分に資格がある。2千年もの間、剣を捨てず、その道に生きた。
だが、そなたはフレィリーの騎士。故に、解除した。」
「それって…」
「帰ってから、フレィに承諾を得て、正式に授ける。…嫌か?」
「嫌じゃあないです。光栄ですよ。」
その言葉に、微笑むリシェアオーガ。
彼等の遣り取りを、静かに聞いていたフェリスも、ティルザへ言葉を掛ける。
「ティルザさん、これからも宜しく、御願いしますね。
同じ絆を持つ者として、同じ神を敬う者として…。」
勿論と、喜びの声を上げるティルザへ、フェリスも微笑む。今まで、苦労をして来たであろう彼の、その生き方が報われたと、思ったからだ。
微笑を交わす、向こうの世界の住民の、部屋の扉前が騒がしくなった。
何か言い争いをしている様な声で、リシェアオーガは、不機嫌さを露にした。
余りの騒々しさに、フェリスが立ち上がり、その扉を開ける。そこにはこの世界の神々・3人、エルシアを筆頭に、ルシェルドとウォルトアが言い争いをしていた。
主に、エルシアとウォルトアが言い争っていて、ルシェルドが間で、うんざりとした顔で二人を見ている。
「ルシェルド様。如何なされたのですか?」
開けた扉から、様子を見ていたフェリスは、言い争っている二人の神を無視して、間に挟まれた件の神に声を掛ける。
「…休んでいる処、済まない。エルがどうしても、確かめたいと言い出して…。」
「フェリス大神官、この陶片僕に、言ってやってよ。
こんな夜遅くに、女性の部屋へ、行くもんじゃあないって。」
「ウォルトア様。私はもう、大神官ではありません。服装で御判りかと思いますが、今の私は、向こうの世界の、唯一の神に仕える神官です。」
ウォルトアの呼び方でフェリスは、きっぱりとこの世界との決別を告げ、自分の立場を明快に示し、廊下の騒ぎの大本へ目を向ける。
「そうですか…エルシア様が、この騒ぎの原因ですか…。
判りました。事の次第をリシェアオーガ様へ、御伝えしますね。」
そう言ってフェリスは、一旦扉を閉め、この事をリシェアオーガに話した。仕方無いと呟いたリシェアオーガは、彼等の入室を許可して、部屋の中に招き入れた。




