第三話
今回と次回は、残酷な表現が存在します。
15歳未満の方は、閲覧をご遠慮下さい。
意識を失くした者として、扱われたリシェアオーガは、男共に運ばれていった。
その先は、神殿であった。黒く闇に包まれたそこは、禍々しい気配に満ちている。周りを囲む黒い石、窓や祭壇を彩る物も黒、そして、神官と信者達の服も黒。
黒尽くめの神殿の、真正面にルシェルドの似姿らしい、銅像と祭壇。その上には、人間一人が横たわる事の出来る台が一つ、ど真ん中に座していた。
祭壇の周りでは黒尽くめの男女が、犇めき合っている。フードの所為で年齢は判らないが、少し見える口元で辛うじて、男女の区別が出来るだけであった。
その舞台には先程の物騒な男が、黒地に金色で、ルシェルドの紋章が刺繍してある、神官服を身に纏って立っていた。傍らには、屈強な体をした騎士に、両脇を囚われているルシェルドが、己が紋章の付いた長衣姿で立たされている。
「元首様、お時間です。」
同じく、黒い神官服に身を包んだ男が、彼に声を掛けた。頷き、祭壇の下にいる信者に向かい、儀式の開幕の言葉を告げる。
「今宵、我等の求むる破壊神が、降臨される。
その贐に、生贄の巫女を、かの神に捧げん。」
そう言い終ると、あの台に、リシェアオーガの体が運ばれて来た。
身動き一つしない、巫女の姿を目にしたルシェルドは、苦痛に歪んだような表情で彼女の名を呼ぶ。
「リシェアオーガ…、オーガよ!目を覚ませ!」
ルシェルドの叫びに、リシェアオーガは、反応しない。
目を閉じ、死を待っているかの様に、微動だにしなかった。
「無駄ですよ。我が神。巫女様は今、死出の眠りに入っております。
永遠に、目覚める事のない、眠りに…ね。」
元首の言葉に、ルシェルドは、絶望の表情を浮かべた。
やっと、飢えが治ったのに、巫女を喪う事は変わらない。
リシェアオーガを喪いたくは無い。
その想いに反するかの様に元首の手にした短剣が、リシェアオーガの胸に刺さり、その心臓を彼等の目に晒した。
大量の血が流れ、リシェアオーガの体と元首の体、床を染めて行く。
「さあ、ルシェルド様、これを貴方に…ぎゃああああ~~!!!」
息絶えた巫女の心臓を、その体から取り出そうとした元首の右手が、嫌な臭いを発する。肉の焼けるような異臭に、周りの者は驚き、唖然としていた。
「ふふふ…くくく…。」
何処からともなく、狂気を含んだ笑い声が聞こえる。ルシェルドかと思い、右腕を掴んだままの元首は、彼の方を向いたが、かの神は、怒りと驚きの混じった顔をしていた。
「くくく…ふふふふ…はははは…、……愚かな者だな。」
まだ聞こえる笑い声と、威厳を含んだ言葉…………それは、先程絶命した筈の…巫女から聞こえる。
「ま・まさか…。」
「くくくく…愚かしい事だ……
我が心臓・龍玉に、お前の様な穢れた者が、触れ様とするとは…な。
我が龍玉は、穢れた者を葬る力を持つ。
故に、穢れ切ったお前達には、触れられぬ。」
ゆっくりと、剣で切り開かれた胸の傷が消えて行き、同時に、巫女であるリシェアオーガの体が起き上がって来た。解かれた髪で、顔がはっきりと見えない為、余計に周りの恐怖を煽っている。
その様子を見て、驚愕に震える元首と神官、信者達に目もくれず、リシェアオーガは自身の上半身を台上で、完全に起こした。
俯いたままの顔は依然として、どんな表情をしているか判らない。
更に煽られた恐怖は、彼等の正常な考えを奪った。
「ば・馬鹿な、そんな事は…。」
「何を驚いている?これは、お前達が望んだ事だろう。」
「な・何…?」
「破壊神の降臨…お前達が、望んだのであろう?
…我が名はリシェアオーガ、リシェアオーガ・ルシム・ファムアリエ・ブレィムル…お前達が望んだ…向こうの世界の、血に飢えた破壊神・リシェアオーガだ。」
そう言い終わるや否や、リシェアオーガは顔を上げ、元首の上頭部に、自らの左手を食込ませる。元首の目に映るは、黄金の両眼…先程までの紅の瞳が、全くの違う色に変わっていた。
黄金の双眼は、何者も抗えない光を宿し、怒気と狂気の両方を含んでいる。彼女(彼?)の顔には、狂気の笑みが浮かび、その美しさに魅了される者までいた。
だが、次の瞬間、再び恐怖だけが、辺りを襲う。
リシェアオーガが、元首の頭を片手で持ったまま立ち上がり、自らの頭上高く持ち上げ、握り潰したのだ。
「が、ぎゃああああああ…。」
断末魔の声が響き、床に落ちた上半分程頭の無い体が、痙攣を起こしながら転がったが、その口からは、まだ、痛みを訴える声が続いている。
「我が怒りに触れた者は、楽に死なせん。其処でじっくりと、その痛みを味わえ。
今まで葬った、巫女達の分まで、苦しむが良い。」
無表情で言い放つリシェアオーガに、辺りは静まり返った。
次は我が身と気付いた者が、我先にと逃げ惑うが、この神殿からは出られなかった。彼等の様子にリシェアオーガは、更なる凶器の笑みを浮かべ、理由を教えた。
「無駄だ。既に此処は、我が結界の中。何処にも、逃げられはしない。
くく…、お前達にも、巫女が味わった恐怖を与えてやろう。」
そう告げてた彼女は、目線を祭壇に控えていた者達へ送る。
先程、独り言を言っていた女が、青い顔をしたまま、立ち竦んでいるのが目に入る。その女からは、巫女の気配が多数した。
狙いを定め、恐怖を煽る様に、ゆっくりと女へ近付くリシェアオーガ。
ひいと、声を上げ、後ろへ下がろうとするが、壁に阻まれ、横に逃げるしかなくなる。リシェアオーガは、女が身動き出来ない様、自らの気を元の神の気に戻した。
怒気と狂気を大量に含む、全開の神の気に、女は動きを止められる。
「あ……お…許し…を…命…ばかりは…お・・たす…けを…」
切れ切れに聞こえる声に、リシェアオーガは答える。
「今まで、お前たちの敵になった者達も、そう、言ったのであろ?
くくく…助けて欲しいか?」
「あ…はい…。」
女の返事に、リシェアオーガの金色の瞳は、すうっと細くなり、女の額に右手を当て、何かをした。途端、物凄い悲鳴が上がり、女の姿が、枯れ木の様になって行き、これに従い、周りには白い影が多数、浮かび上がる。
そう、リシェアオーガは、今まで喰われた、歴代の巫女の魂を無理矢理、女から引き剥がしたのだ。
「我が許すと、思うたか?愚かな。彼女等は、返して貰う。
『エレルニアラムエシル・リュージェ・ルシム・リルナリーナに祝福されし者の魂よ、
我と、半身を繋ぐ証しに宿れ。』」
豊満な美女だった、女の周りに浮かんだ白い影に、リシェアオーガは言霊を綴り命じる。白いそれ等は、リシェアオーガの持つ金色の腕輪へと、消えて行った。
「リシェアオーガ様、御無事で!」
祭壇に通じる扉が壊れる音と共に、ティルザの声が響く。彼の姿を認めたリシェアオーガは、狂気に満ちた笑みを浮かべ、良く来たと返事をした。
「ティルザ、この女の処分を任せる。後は…誰が先が良い?」
再び、辺りを見回すリシェアオーガに、じわりじわりと剣を向け、切りかかろうとする騎士がいた。振り上げられた剣を彼女は、己の左手を翳して、空中で止めた次の瞬間、その刃を綺麗に消し去ったのだ。
目の前で起こった事実に、騎士は目を疑った。
「言ったであろう、我は破壊神だと。
一瞬でモノを無に帰す等、我には雑作もない事。今度はお前の番だ。」
そう言うと、何もしなかった右手で騎士の腹を裂き、その腕を圧し折った。呻きを上げる騎士を見下ろし、蔑みの視線を送る。
「その程の腕で、我を打とうなど、甚だしい。
其処で、護れない屈辱を味がうが良い。」
騎士を通り過ぎ、祭壇上で残るは、何人かの神官。一人一人倒すのが面倒になったリシェアオーガは、残った者達を一閃で動けなくした。
血に染まる祭壇に、無言で佇むリシェアオーガ。
血に染まった体に纏いつく、金色の髪と、虚空を見つめる金色の瞳………それらがゆっくりと、銀に変わって行く。辺りが闇に染まり、夜を告げたのだ。
月の様に輝く、銀色の髪に照らされ、辺りの赤が、黒さを増す。
そんなリシェアオーガの姿を目の当たりにし、ルシェルドは声が出なかった。
ルシム・ファムアリエ・ブレィムル……前に自嘲気味に告げられた、リシェアオーガのあの言葉が、彼の脳裏に浮かぶ。
【血に飢えた破壊神】若しくは、【血塗られた破壊神】。
正にその光景が、目の前に広がっていた。
だが、同時に、その血に染まった姿も、美しいと感じる。無慈悲な破壊神故の、美しさと言うのだろうか、それとも、敗退的な美しさなのだろうか。
血生臭い殺戮の光景なのに、刑の執行者であるリシェアオーガの、血に染まった無表情の姿さえ、美しいと思えるのだ。
自分が狂っているのかと、ルシェルドは思った。
そんな折に、両脇を押さえている騎士が倒れ、後ろから声が掛った。
「御無事ですか?ルシェルド様。」
アルフェルトの声に、我に返ったルシェルドは、彼等の方に向き直った。息を切らせ、剣を携えた姿の騎士達に、ルシェルドは安堵した。
アルフェルト、レイナル、そして…フェリス…。
そう、フェリスの手にも、見た事の無い剣が握られている。
「フェリス、その剣は…?」
「ルシェルド様、後で御説明します。リシェアオーガ様は…遅かったのですね…。」
辺りに立ち込める血の臭いと、悲痛な呻き声に、フェリスは言葉を失う。
彼の態度で、アルフェルトとレイナルも肩を落とす。神官騎士と聖騎士の二人は、リシェアオーガが餌食になったのだと、思ったようだ。
「…無理もありませんね…あれ程、御怒りになって、いらっしたのですから…。
自業自得です。」
「えっ?オーガ様が犠牲になったのでは、ないのですか?」
「アルフェ…。
リシェアオーガ様は、喜々として、暴れていらっしゃいますよ。」
溜息交じりのフェリスの言葉で、アルフェルトは、祭壇の上の、後ろ姿の人影に目を向けた。血塗れの、銀色の髪の人物…以前見た、リシェアオーガの変化した髪の色と同じだった。
白い筈の巫女服は紅く染まり、その長い銀の髪も所々紅くなっている。
その傍には、ティルザの姿があった。
彼は、枯れ枝の様な老婆に剣を向け、止めを刺しているようだった。
「まさか・・・あれが?」
「恐らく、巫女の魂を喰らった女の、成れの果てでしょう。
あの女は巫女の魂に宿る、リルナリーナ様の御力を利用して、自らの体の不老と、美しさを保っていましたから。」
「…リシェアオーガが、巫女達の魂を引き剥がした結果だ。」
女って怖いよな~などという、アルフェルトの呟きが漏れる。
本当だと、同感するルシェルドとレイナル。
何故か、身を以て知った感、ありありの発言であった。




