第二話
それと同じ頃、リシェアオーガ達と離され、カルエルム神殿に戻ったティルザ達は、事の次第を伝え、ファンレムに助力を求めた。
馬でその場所に行くには、時間が掛り過ぎる。しかし、一角獣では結界の近くまで、行けない事もあって、風神であるファンレムに頼んだのだ。
快く承知する彼に、カルミラとファレルアは、無茶はするなと釘を刺す。
「大丈夫ですよ。案内を頼むだけです。オーガ様とフェリス神官殿いる、神殿の近くに行けさえすれば、何とでもなります。」
そう言うとティルザは、左の腕の腕輪をこれ見よがしに掲げて、左手を胸に置き、カルミラ達にお辞儀をした。
「ティルザ…それは…?」
「リシェアオーガ様から、授かりました。一時的では、ありますが…。」
「向こうの神の…祝福の腕輪…えええっ、リシェアオーガ殿って、何時の間に?!
それって、厳重な儀式とか、必要ないの?」
カルミラの質問に、ティルザは答え、それにウォルトアが絶叫する。
一応、簡単に説明はしたものの、一時的な事には変わりが無い。だが、ティルザには誇らしい物であり、それ故か、口調が騎士の時に戻っていた。
「ファンレム様。我等を、あの悪しき、穢れた場所に、送って頂けませんか?」
リシェアオーガの従者として、かの神の祝福を受けた騎士として、ティルザは、ファンレムに頼んだ。二つ返事で、承諾したファンレムは、直ぐに行動を開始した。
自らが持つ、風を操る力を駆使し、彼等を一瞬の内に、あの場所の近くに届けた。
「ここが、ビリアノの森の入口だよ。ここから先に、俺は行けない。
面が割れてるから、危険だし、結界が多いからね~。」
「ここまで来れば、大丈夫です。
後は、リシェアオーガ様の金環が、導いてくれます。」
そんなに便利な物なの?と、アルフェルトが聞けば、まあ、神からの賜り物だからと、ティルザは答える。
神官の誓いの金環と、一般人の祝福の金環は、同じ神の物であれば、惹かれあう性質を彼は知っていた。それを使い、行動を始める気であった。
「ファンレム様。後は、我等に御任せ下さい。
必ずや、フェリス神官殿とリシェアオーガ様、あのクソが…いえ、ルシェルド様を、助け出して見せます。」
本音が出かかった、ティルザの言葉に、ファンレムは苦笑した。まあ、仕方が無い事は言え、口から出た物には、否定出来無い。
只、珍しく真剣な眼差しのティルザに、判ったと短く返事をし、ファンレムはビリアノの森を後にした。
「さってと、この腕輪の活用法を、お見せしましょうかァ~。」
そう言って、ティルザは、左腕のそれに手を翳した。
『我は、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ様に祝福されし者。
我は望む。我の神の神官であるファムエリシル・リュージェ・ルシアラム・フェリスの許へ、我等が赴く事を。』
ティルザが、唱えた呪文のような言霊で、彼等の姿は、忽然とその場から消えた。
後には、何事も無かったかのように、風が森を渡るばかりであった。
場所は移り変わって、フェリスの閉じ込められている一室での事。
監視の為、数人の騎士達が集っているそこへ、突然、何者かが侵入して来た。
賊は3人。
周りにいた騎士達は、一瞬にして現れた敵に驚き、敗退した。
フェリスは警戒しながら、その様子を見ていたが、粗方片付いた頃に、侵入者の纏う気に気付いた。
「え…?この気配は…ティルザさん?
それに、アルフェとレイナル様?」
「フェリス大神官様。御無事でなりよりです。」
耳に届いたアルフェルトの声で、安堵したフェリスは何故、ここに彼等が来れたのか、不思議に思った。
しかし、ふと、ティルザの炎の気に、別の気が微かに混ざっているのを感じる。
自分に最も、慣れ親しんだ気…。
「ティルザさん、若しかして、リシェアオーガ様の…。」
「一時的ですが、祝福を受けました。
…一生物にしたいのですが、まだ無理なようです。」
苦笑いをしながら奪った鍵で、フェリスを牢から解放するティルザ。その左腕の腕輪に、フェリスは触れる。
確かに、リシェアオーガの気を感じるそれは、自らの物と共鳴をしていた。同じ神から送られた金環は、それに綴られた装飾文字が違えど、繋がりを持つ。
神と神官、その神官と祝福されし者、そして、神と祝福されし者。
この三者の間に、切っても切れない絆を、与える事となるのだ。
無論、これを利用して、短距離の行き来も可能。
以前、フェリスの処へリシェアオーガが飛んだように、今、フェリスの許にティルザが導かれている。そういう物だった。
フェリスの処へ賊が侵入した事が、敵さんに知られたらしい。大勢の足音が聞こえ、手練れらしき輩が集まって来た。
「逃がすな、殺しても構わん。」
連中の隊長格の様な男が、命令を下した。
「ウワォ、物騒な事ォ、言うじゃあねェのォ~。」
剣を交えながら、反論するティルザに、相手の騎士は、にやけた笑いを張り付ける。
「神官という、足手まといを連れてちゃあ、命がないぜ。」
その言葉を聞いたフェリスは、隠し持っていた短剣を手にした。
利き腕の左、唯一の神に従う証のある手で、柄を持ち、仁王立ちになる。
彼の姿に騎士達は、下非な笑いを浮かべ、
「神官様よ~、そんな短剣では、応戦は無理ですよ~。
剣を扱った事のない者なら、尚更ですよ~。」
と、からかい交じりの声を上げた。
フェリスは、それを無視し、残った右腕で鞘を持ち、言霊を綴った。
『我、此処に我が神から授かりし、剣の封印を解く。』
ゆっくりと、刀身が現れる短剣の鞘と柄が、見る見る内に変化してゆく。大人の二の腕位しか無い長さで、女性の腕の細さの短剣が、見事な長剣になったのだ。
その剣には、金色の長い胴を持つ龍が、柄と剣の本体に描かれている。
金色の龍…それは、リシェアオーガを象徴する物。
戦の神の証しであり、神龍王の姿・黄金の光龍であった。
この世界の北方の手練れが、好んで装飾に用いる龍の文様…それを、剣を持った事の無い神官が、持っている。
騎士達は驚いたが、張ったりだと思い、切り掛って来た。しかし彼等は、それが思い違いに過ぎない事を、身を以て知る。
フェリスの剣は、控えている神殿騎士と、聖騎士の腕を上回っていたのだ。
まあ、彼等の剣の師匠であるのだから、当たり前だったのだが…。
フェリスの剣捌を見て、ティルザも驚いた。一応、彼等の師匠だという事を聞いていたが、これ程の腕前とは、思っていなかった。
勿体無いと、彼は思った。
フェリスは、剣士としての全てを捨てて、リシェアオーガ神の神官になった。その事実で、これ程の手練れを埋もれさせてしまったのだ。
と同時にその技術は、弟子に伝わっていた。
まだ粗削りの神官騎士、その上を行く聖騎士。この二人にフェリスは、全てを教え、そして託した。
その事にもティルザは、気付いてしまった。捨て切れなかった、いや、捨てなかったからこそ、彼等に受け継がさせたのという事を。
彼の考えを遮るかのように、フェリスの声が耳に届く。
「ティルザさん、此処は私達に任せて、早く、リシェアオーガ様の許へ!」
フェリスの呼びかけに、ティルザは頷き、血路を歩み出した。
左の祝福の腕輪に導かれ、自分が従者として、仮仕えしている神の許へ…。
地下の何処かで、アルフェルト達が応戦している頃、リシェアオーガは、ティルザの気配と戦いの気配で、フェリスの救出劇を演じている事を感じた。
そんな時、リシェアオーガは、妙な香りに気が付く。嗅ぎ覚えのある香に、リシェアオーガは効いた振りをしだした。
そう、この香は、ファレルアが使った物と同じであった。
一度使われた毒や香は、彼には効かない。故に、効いた振りをしたのだ。
「ほんと、今回の巫女様は綺麗ね~。
この魂だったら、私は、もっと美しくなれるわ♪楽しみだわ。」
騎士達と一緒に来た、豊満な肉体を持つ、妖艶な女が、そう呟いた。この癖の無い、長い茶金の髪の女が、例の魂喰らいの者らしい。
美しさを求める為に、他人の魂を喰らい、犠牲にしてきた。若さを求め、美しさを求める…女性ならではの発想であるが、他人の犠牲を以て、成し得る物では無い。
己が身を仮死状態にし、敢えて、身動き出来無い状態にしたリシェアオーガは、閉じられた瞼の状態で、周りの景色と声を聞いている。
幽体離脱に近い状態で、体を動かす事をせず、意識だけで周りを見ている内に、この女の呟きを聞き、フェリス自身が戦っている事も知った。
この時、リシェアオーガの怒りが、頂点に達した事は言うまでも無い。
そして、これら全ては、自らの怒りの発散…いや、ルシェリカ・アレウドへの八つ当たり…あ、いや、ルシェリカ・アレウドの壊滅への、序章に過ぎなかった。
それ程、リシェアオーガの怒りは、彼等に向いていたと言えよう。
まあ、例えそれが、八つ当たりや復讐だとしても…だ。
リシェアオーガ達を攫い、懐へ入れた【破壊神を祀る破滅の輩】の念願は、朝露の如く消え行く物だと、誰も気付かなかった。




