第四話
次回から、新章突入です。
あれこれしている内に、ファレルアの使いがこの部屋にやって来た。
思ったより早く、ファンレムが目覚めたらしい。
彼等は再び、カルミラの部屋へ赴く。そこには、敷布から体を起こし、立ち上がろうとしていたが、ファレルアの制止に合っていた所だった。
大丈夫だと、言い張るファンレムに、ファレルアは怒鳴っている。
「馬鹿ファンレム、まだ無理するな。大人しくしていろ。」
「……ファレルア……この兄を、労わってくれているなら、もう少し、優しくしてくれないかな~。」
「無理!!何時も大人しくしていない、ファンレムが悪い。」
何時もの通りの、兄弟の遣り取りに、ルシェルドとウォルトアは、溜息交じりの微笑を浮かべている。カルミラだけは、二人の傍により、大きな溜息をわざと吐き、怒りの混じった微笑で声を掛けた。
「兄弟喧嘩は、いい加減にしなさい!
ファンレム、ファレルアの言う通り、もう少し大人しくしてなさい。
幾ら風の性質でも、留まる事も必要ですよ。
…だから、今だけでも、ゆっくりして行きなさい。」
カルミラの怒気を纏った黒い微笑に、ファンレムは怯んだが、勇気を持って大丈夫と言い切る。 そこへ、リシェアオーガがやって来た。
こちらにも怒鳴られると、身構えたファンレムに、リシェアオーガは無言で、その頬を両手で包み、自分の方に顔を向かせる。
思いがけず、見つめ合う格好になったファンレムは、慌てふためいて、驚きの表情のまま、リシェアオーガと対峙する羽目になった。
暫くの間、何かを見透かすような、リシェアオーガの瞳で見つめられ、ファンレムは混乱する。
漸く頬から手が離れ、視線から解放されると、リシェアオーガから笑みが漏れる。
「本当に、大丈夫そうだな。体力も、力も元に戻っている。」
「…もしかして、さっきのって…。」
「人間で言う処の、診察っていうものに近い。役目柄ある程度、触れれば相手の力の大きさと、体力の有無を計れる事が出来る。
まあ、表面的な物だけでは、あるのだが…な。」
底力的な物は計れないと、リシェアオーガは告げる。
あくまでも目安だと、付け足す彼の言葉で、納得したファンレムは、カルミラに再び大丈夫だと報告した。
「リシェアオーガ殿が、そう言うなら、大丈夫でしょうね。」
「もしかして、俺って、そんなに信用無いの~?」
「当たり前だ。」
「当たり前ですよ。」
「…今まで、気付かなかったのか…?」
「当たり前じゃあないか。」
こちらの神々の容赦ない言い分に、ファンレムは、がっくりと肩を落とした。隣にいるリシェアオーガの、溜息と共に漏らした言葉が、止めを刺す。
「日頃の行いが、悪いからだろう。
今まで体に鞭を打って、色々していたのだろう?皆が心配する程、そなたが無茶をし過ぎるからだ。」
更に俯くファンレムに、ウォルトアが追撃の言葉を掛ける。
「リシェアオーガ殿の言う通り、お前は無茶をし過ぎるから。何時も心身ともに疲れ果てても、大丈夫と言っているだろう?」
「ウォルトア…、それは…」
呼ばれたウォルトアは、頷き、先を続けた。
「皆、知っているし、気付いている。
無論、心配しているが、敢えて言わなかっただけだ。今回の様に、生死に係わる様な物でなかっただけに…な。
だが、今回は違う。かなり危なかっただろう?」
無言で、視線を逸らすファンレムの体へ、何かが絡みついた。暖かなそれは、しっかりと彼を包み、耳元で何かを叫ぶ。
「この馬鹿ファンレム~。
し・心配したんだから~。馬鹿兄~~。」
「心配かけて、ゴメン、ファレルア。」
泣きながら叫び、抱き付く弟の頭を優しく撫る。あやす様に頭を撫で、抱き留めるファンレムに、兄の姿があった。
何時も、喧嘩している兄弟であったが、元は、そんなに険悪な仲ではなかったようだ。中々泣き止まないファレルアに、リシェアオーガが声を掛けた。
「ファレルア、我があのような事を頼んだ為に、そなたの兄が怪我をしてしまった。済まなかった。」
「…ヒック…リシェア…オーガは…悪くない、
悪いのは…ヒック…無茶をしたファンレムだ~。」
「はい、はい、俺が悪い。…もう、無茶しないから…な、ファレルア。」
言質を取ったばかりに、ファレルアが顔を上げた。
本当?と潤んだ瞳で訴える彼に、頷いた兄は、お手上げだったらしい。
泣き腫らした顔で、馬鹿と一言いうと、ファレルアは再び、ファンレムに抱き付く。仄々として見える光景に、全員がほっとしていた。
「今度、無茶をしたら、お仕置き確定ですからね。」
カルミラの冷たい笑顔と共に告げられた言葉で、ファンレムは震え上がり、もう絶対しませんと誓わされた。
勿論、それが確実に実行された事は、言うまでも無いが……。
「あいつ等、ルシェリカ・アレウド本拠地の場所は、この神殿の北の方、ビリアノの森の奥深くにあるんだ。
一番近い神殿がエンシニー神殿、その次がここと、ルシェーネ神殿位かな?只、あの森は元々結界が多くて、地上から中々、奥の目的地に着けないんだ。
だから、怪しいと踏んでいたんだ。
後、もう一か所は、拠点に過ぎなかったから、大したことはなかったけど。」
「…何か、遣らかしたのか?」
「まあ…竜巻をちょっと、仕掛けた位で…。」
ルシェルドの突込みで、自分の仕出かした事を、暴露したファンレムに、ウォルトアは、溜息を吐く。
カルミラとファレルアは、良く遣ったと、言うような表情で微笑んでいた。ファレルアに至っては、握り拳を造っていた位だった。
「で、警戒されて、あの様か…。」
リシェアオーガの痛恨の一撃に、ファンレムは、苦笑いした。
全く持って、その通りであったのだ。一応帰れたから、良かったものの、ウォルトアに会わなかったら、危ない所だった。
既に釘を刺されているから、もう、こんな無茶はしないと思うが、それでも今回の事は、無謀である。
敢えてリシェアオーガは、それ以上言わなかった。
お説教はもう、終わっているだろうし、蒸し返す気も無かった。
「ファンレム、感謝する。後はもう少し、ゆっくりして行った方が良い。
この神殿なら他の神殿より、結界が強固の様だし、奴等も手が出せまい。」
「そうですね。その方が、良いと思ますよ。
久し振りに兄弟水入らずで、寛ぎなさいね。」
カルミラの言葉に、素直に頷く兄弟。その様子は、周りの神々と人々の目に、可愛らしく映ったが、誰一人、口に出して言う者はいなかった。
言ったら最後、膨れっ面になりそうな兄弟であった故に…。
ファンレムとファレルアを、宛がった部屋へ移し、残った者達は、カルミラの部屋に留まった。ウォルトアは彼等の様子が心配な為、もう少し、ここに留まる事にした様だ。
そして、ルシェルドとオーガ達は、明日の朝にここを出発し、あのルシェリカ・アレウド本拠地に、向かう事になった。
「…皆、明日に備えて、休んで置け。」
「その方が良いですよ。
明日になれば、ゆっくり休む事が、出来なくなるでしょう?」
カルミラとルシェルドに促され、リシェアオーガ達は、それぞれの部屋に戻った。
ティルザと共に、自室に戻ったリシェアオーガは、部屋の片隅に白い影を見つけた。
それに気が付いたティルザは、震える声で叫ぶ。
「…ゆ…幽…霊…?!な…んで…?」
「ティルザは、幽霊が苦手か?」
大きく首を縦に振り、あんなのが苦手でない人間がいるか!と叫んでいる。その様子で、笑いだしたリシェアオーガは、その白い影に近付き、手を伸ばした。
「リーナ…」
呼ばれた影は、直ぐ様リシェアオーガに抱き付いたが、何故か透けている。
『御免なさい、オーガ。上手く、こちらに来れないの。
せめて、影だけでもと思ったのだけど、それも無理みたい。
私の声は、届いてる?』
「ああ、あまり鮮明では無いが、声も、幻影も、届いてる。
此方と、繋がり出したのだな。」
『ええ、結界みたいな物が、薄れて来たから、試してみたの。
でも、まだ…不完全ね。』
白い影から聞こえる、女性の声、優しくか細い声は、ティルザの耳にも届く。
影がティルザに気付き、そちらを向いた。
『貴方は、ティルザ?フレイリィーの剣・フレィラナ・シェナムの担い手で、マレーリア王国の、リリアリーナの騎士の…。』
掛けられた声に、ティルザは跪き、騎士の礼をした。
「お久し振りです、リルナリーナ様。
元マレーリア王国の騎士、ティルザ・アムンディア・コーネルトです。
お変わりが無くと、言いたいところですが、美しい御姿が見えなくて、残念です。」
『良かった…。貴方は、無事だったのね。』
はいと、答えるティルザに、リルナリーナは、再び声を掛ける。
『ティルザ、オーガを頼みます。オーガの…手助けを…。』
消えかかる声と姿に、限度が来たと、リシェアオーガとティルザは感じた。
最後と言わんばかりに、リシェアオーガが世界の様子を聞くと、大丈夫、無事よと返事が返り、その姿は掻き消え、声は途絶えた。
半身であるリルナリーナから、知りたかった事を告げられ、リシェアオーガは安堵の溜息を吐いた。
これで、向こうの世界の崩壊は免れ、己がこちらの世界を壊す事が無いと。
ふと、思い立ったリシェアオーガは、ティルザを傍に呼んだ。
何事かと思いながら従う彼に、リシェアオーガは呪術の解呪を行う。
「何で…?」
「今のそなたには、必要無いだろ。
そなたは、我の庇護下にある者。故に、必用なのは、此方であろう。」
そう言ってリシェアオーガは、自らの髪を一房手に取った。その途端、手にした房は、リシェアオーガから離れ落ちた。
彼はその房を、ティルザの利き腕と反対の、左の腕に巻き付け、言霊を綴る。
『我、此処に一時的ながら、この者に祝福を与える。』
すると、巻かれた髪の毛は、金の腕輪に変化した。
そう、祝福の腕輪を、ティルザに与えたのだ。
「…リシェアオーガ様。その、一時的なのって、どういう事なんでェ。」
不服そうに言うティルザに、リシェアオーガは答えた。
「一応、我と繋がりを持った方が、この先、奴等と対峙する時に、都合が良いと思っただけだ。だから、一時的だ。
我が、そなたを気に入って、施した訳では無いのでな。」
「ひで~ェ言い草なんですけどォ~。」
「これからの行動如何によっては、これが一生の物になるかもしれないぞ。」
笑いながら対応するリシェアオーガに、ティルザは、そうなる様に努力してみますよォ~と、反論を試みる。
期待しているぞと言われたティルザは、つい、柄にも無く真剣に自分に誓った。
騎士にとって、戦の神の祝福を得る事は、何にも代えがたい物である。
戦の神・リシュアオーガの祝福…向こうの世界の騎士若しくは、武器を扱う者に取って、喉から手が出る程、欲する物であったのだ。
仮初の、一時的な物とはいえ、ティルザは、それを手に出来た事を誇りに思った。
静けさの戻った部屋に、扉を叩く控えめな音が聞こえた。
入室を許可すると、フェリスだった。
「リシェアオーガ様、今、リルナリーナ様の気配がしましたが…。」
「ああ、リーナが、影を送り込んで来た。
やっと、連絡が付くようになったらしい。」
「では、水鏡での連絡は、付かなかったのですか?」
フェリスの言葉に、頷くリシェアオーガ。今、鮮明では無いが、一応、姿と声が届いた事を伝える。
この事でフェリスも、向こうの世界の不安が、無くなった事を知った。良かったですねと言うフェリスに、リシェアオーガは安堵の微笑と、肯定の返事を返した。
これで、リシェアオーガの持てる、全ての不安が解消されたと言えよう。
後は、怒りをあの連中・ルシェリカ・アレウドの者共に、ぶつけるのみだった。
…リシェアオーガの怒りを買った連中に、慈悲と言うものは存在しない。
まあ、自業自得と言えようが……
翌日、ルシェルドの部屋にリシェアオーガ達は赴き、揃った所で、カルミラの部屋に向かった。
簡単に別れの挨拶をすると、彼等は神殿から出発した。
見送るカルミラとウォルトアの心に一瞬、不安が過る。気の所為だと思いつつ、二人は彼等の旅立ちを見つめていた。
その不安が、現実のものになるとは、誰も思わなかった…。




