第三話
「でも…神が、巫女…か…。」
「滑稽だろう。神が巫女として、召喚されたなど……。
だが、事実、我は此処に、巫女としている。」
ウォルトアの呟きに、リシェアオーガが反応し、自嘲気味に即答した。
「まあ…確かに変だ。でも、良かったのかも。
ルシェルドの気が、何時もより安定してるから。」
「安定している?」
「そう、何時も巫女が、喰われる前のルシェルドの気って、物凄く不安定なんだ。
でも、今はその逆、安定しきっている。リシェアオーガ殿のお蔭かな?」
ウォルトアの言葉に、カルミラも頷き、恐らくはリシェアオーガの指導と、力の譲渡の所為ではないかと、彼に告げた。
それでか…と納得し、ウォルトアは、ルシェルドに近付く。ぐるりと彼の周りを一周して、何かを確かめた後、正面に向き直り微笑んだ。
ウォルトアの、極上の微笑を向けられたルシェルドは、何事かと、いう様に身を引いた。その様子に、ウォルトアは、少し拗ねたように言う。
「人の笑顔を見て、何で引く。そんなに変か?」
「…あ、いや…つい。ウォルの、見慣れない笑顔を見たから…な。」
「失礼ね!アタシだって、笑う時はあるわよ。
何時も眉間にしわを寄せて、無愛想なアンタに、言われたくないわ。」
「先程の態度は、ルシェルドの方が悪いですよ。ウォルトアの笑顔は、滅多に見れないものですけど、貴重で美しいものなのですよ。」
カルミラの援護に、気を良くしたウォルトアは、ルシェルドから視線を離し、リシェアオーガの方に向いた。
極上の笑顔のまま、リシェアオーガの許に赴き、彼女の前で跪いた。 騎士がするような仕草で、リシェアオーガの手を取り、その甲に口付けをする。
「私の友であるルシェルドへの、助言と助力に感謝する。
出来れば、このまま留まって欲しいが、それは無理と思う。だから、これから先もルシェルドに、協力してくれないか?…やっぱり、ダメかな?」
「いや、駄目では無い。此方も協力を惜しまない。
我と同じ力を持つ者を、放って置けない故。」
「えっ?同じ力?」
驚いたウォルトアの言葉に、頷きながら、リシェアオーガは言葉を続ける。
「我とルシェルドの力は、基本、同じだ。使い方が違うだけ。
故に、我が二つ名は、ルシェルドと同じくする。
神聖語でブレィムル・ファムアリエ・ルシム…こちら風に言うと、ルシム・ファムアリエ・ブレィムル…。
【血塗られた破壊神】とも、【血に飢えた破壊神】とも、言われる。
それが我の、もう一つの名だ。「リシェアオーガ様は、違います!」…神官達は、フェリスの様に否定してくれるが…な。」
フェリスの横槍で、微笑みが漏れたリシェアオーガに、ウォルトアは見惚れた。
ウェルティーの微笑も美しいと思うが、眼の前の巫女の、いや、戦の神の優しい微笑も美しかった。
ウォルトアの様子に、気付いたカルミラが、
「リシェアオーガ殿は、お美しいでしょう。」
と言うと、無意識で、ウォルトアも頷いた。
「ルシェルドが少し、羨ましいな。こんな美しい巫女を迎えるなんて…ね。」
「…既に…振られているがな。」
「えっ、えええ~っ。ルシェルドが振られたの~。
嘘~~~、リシェアオーガ殿って、ウェルティー並の面食いなの~~~?」
ウォルトアの絶叫に、リシェアオーガは、苦笑しながら首を横に振る。そして、自分に、恋愛感情が無い事を話した。
多くを愛する事は出来ても、唯一を愛する事は無いと、告げるリシェアオーガに、勿体無い~と、再び絶叫するウォルトア。
羨ましくはあるが、それ以上では無いと言うリシェアオーガは、ウォルトアを立ち上がる様に促した。
「一個人としての感情では、気に入るという事はあっても、一人を愛するという事にはならない。…不思議な事にな。
只、我が個人として傍に求めるのは、我が半身のみ。
恋愛感情に似ているが、全く違うもの。
欠けている者を求めている…いや、もう一人の自分を、求めているに過ぎない。
一つの物以外を全て分け合って生まれた、双子神であるが故…なのかもしれない。」
「一つのもの以外…って…?」
「我が身の内にある、龍玉と呼ばれる物だ。
それ以外全て、命さえも二人で分けているのが、我と我が半身だ。故に一人では生きられない、半身と共に生きる事となる。」
「…異性の恋愛感情に、似ているんだ…。
だから、羨ましいだけで、妬ましくないのかもしれない。」
あえてウォルトアは、龍玉には触れなかった。
恐らく戦の神とは、別の役目に関しての物だと、推測した故だった。
何れ知り得る事であったが、今は、それ所では無い。
告げられた真実を頭の中で整理し、一つの結論を導いた。
「この事を他の神に知らせで、采配を仰いだ方が、良いかもな。
向こうの神々の怒りを、買っている可能性も窺えるし、そして何より、神を喪う事は出来ない。」
ウォルトアの発言に、カルミラもルシェルドも頷いた。時期は早い方が良いと言う、ウォルトアの意見には、リシェアオーガが反対した。
何故と、質問すれば、事が終ってからの方が良いとの事。
「ルシェルドの飢えは、既にない故、我が餌食となる事は無い。
今、此奴が安定しているのが、何よりの証拠だ。」
「…えっ?本当か?ルシェルド。」
「…ああ、リシェアオーガに対して、不思議な事に、食欲が湧かない。
だが、満たされた感覚はある。多分、大丈夫だ。」
「満たされたという事は、巫女を喰らった後と同じ感覚か?」
リシェアオーガが再びそう尋ねると、ルシェルドは、前と同じく言い難そうに、ああと返事をし、頷いた。
「そうか…なら、大丈夫だ。恐らく、もう、巫女を必要としないだろう。」
リシェアオーガの言葉に、こちらの世界の神々は驚いた。そうなれば良いと、思っているカルミラと、当の本人であるルシェルドさえ、この有様だった。
断言出来るのかと問われると、確信はまだ無いが、十中八九確かだと答える。
「…本当にそうだと、言えるのか…。」
「ああ、試す方法はある。…試してみるか?」
そう言うと、リシェアオーガは自らの剣で、右腕に傷をつけた。流れゆく血を見て、ルシェルドは、正気を失わずに、彼の腕を乱暴に掴む。
「自らを傷つけるなんて…。馬鹿な事をするな。」
ルシェルドが慌てて、傷口を持ち歩いている布で拭おうとした途端、リシェアオーガの傷は治り、元の何も無い状態に戻る。
「如何だ?飢えは、収まっているであろう。」
リシェアオーガが確信を持って告げると、ルシェルドは自分の取った行動に気が付く。
今までは巫女の血を見ると、正気を失い、喰らい付いていた処であったのに、今は正気のまま巫女の怪我に、応急処置をしようとしていた。
これには、カルミラも、ウォルトアも驚いた。
リシェアオーガの言う通り、ルシェルドが本当に、巫女を必要としていない状態になったのだ。と、同時に彼の執った策は、成功と言えた。
少々不敵な、でも、御満悦な笑顔をするリシェアオーガに、一瞬、ルシェルドは脱力したが、釣られて微笑み出した。
「リシェアオーガ、感謝する。これで、もう、巫女を喰らわずに済む。」
「…最善を尽くしたまでだ。我の身の保全でもあるが、これ以上、リーナに祝福された者を亡くす訳には、いかないからな。…リーナを…悲しませたくない。」
ほろりと、出た本音に、ウォルトアは食付いた。
「リーナって、想い人なのか?」
「リーナは、双子神である我の半身。
リルナリーナ・ルシム・リュージェ・エレルニアラムエシル。
愛と美の神、此方では、美神がそれに当たる。
今まで行方知れずになった者達が、リーナの祝福された者達だった故、リーナは心を痛めていた。何れ、その原因を探る予定だったが、早まって良かったとも言える。
…因りによって、我がその原因の、巫女と選ばれるとは、思わなかったが…。」
結果良しとするリシェアオーガに、ルシェルド達は複雑そうな顔をした。恐らく、いや、決定的に、向こうの神々の怒りを買っている事態の、再認識をしたのだ。
リシェアオーガが、巫女として召喚されなくても、結果は同じだったと言えよう。
…まだ、今の方が結果的には、良かったのかもしれない。
ルシェルドが破壊神から、守護神になる未来が、用意出来たのであれば…。
「流っ石、我等の世界の神ですねェ~。」
緊張感のない、ティルザの声が響いた。今まで我慢して来た言葉が、何時もの軽い口調で出ている。ゆっくりとリシェアオーガに近付き、その後ろで跪く。
騎士の礼を取るティルザに、ルシェルドは懐かしさを感じた。
2千年前に袂を分けてから、見た事の無い彼の騎士たる礼が、眼の前のリシェアオーガに、捧げられていると言う事実。
向こうの騎士は主と神々にしか、膝を折らない事を、昔、ティルザから聞いていた。
「本当に…リシェアオーガは神なのだな…。
しかも、こんなにも、人間に慕われている神とは…羨ましいものだな。」
ふと漏れた、ルシェルドの言葉に、リシェアオーガは反論する。
「そなたも、慕われているであろう。
あのルーペンゲイドの村の人々に、そして、アルフェルトや神官騎士達にも…。」
「アルフェルトは、ルシェーネ神殿の神官としての、フェリスを慕っている。
他は脅威としてな…。」
「我が感じる限り、彼等は、脅威として見ていない、真に慕っている。アルは……」
「私は、ルシェルド様がいる、ルシェーネ神殿の騎士です。
それを誇りに、思っています。
決して、我が神を畏れる事はございません。」
きっぱりと、言い切るアルフェルトに、ルシェルドは、驚いて見つめた。自分自身が、こんなにも慕われているとは、思っていなかったのだ。
「ルシェルド様。アルフェは…アルフェルトは、自分の仕える神殿の神を蔑にする者に、育てていません。私と同じ、仕える神を慕う様に育てました。
レイナルも同じです。神を蔑にする事は、絶対にするなと教えています。」
「…そうだったな。アルフェルトは、フェリスが育てたのだったな。
済まぬ、私は畏れられるのが常だった故、慕われている事に、気付けなかった。」
「ルシェルド、貴方は、何時も、考え過ぎなのですよ。だから、見落とす事が多く、慕われている事にも気付かない、それでは駄目ですよ。」
「…鈍感なんだから…。」
「今までが今までだから、気付き難いのかもしれんが、もう少し、周りを見る事をした方が良い。もう、破壊神ではないのだからな。」
其々(それぞれ)の意見と、リシェアオーガの止めの言葉で、ルシェルドは、苦笑するしかなくなった。
言われた言葉を、心の中で復唱し、最後にぼそりと、口から漏れた。
「…そうか…破壊神では…なくなったのか…。」
「そうだ、破壊神では無く、守護神だ。戦神でも、良いかもしれん。」
まあ、武器の扱いを極めれば…なと、リシェアオーガは、付足した。
無論、知りたいなら教えると、告げた事は、言うまでも無い。




