第二話
ファンレムを寝かしつけた(?)一同は、場所を、ルシェルドの部屋に移した。ファレルアは、兄の看病兼、お目付け役として自ら残った。
これでも兄弟なので、一応心配らしかった。 頼んだぞと、リシェアオーガが頭を撫でながら言うと、嬉しそうに頷く。ファレルアにしか出来無い役目だと、言うリシェアオーガとカルミラに、任せろと、言わんばかりに微笑んでいた。
確かに、適任と言えよう。例え、嫌っていたとしてもだ。
兄が起きたら、迎えを寄越すと、ファレルアは告げ、彼等を送り出した。
ルシェルドの部屋に着くと、見慣れない者がいた。
瑠璃紺色の、腰までの長さの波打った髪、紺碧の双眸は、水を湛えた様に澄んでいる。然も、その双眸には、悲しみが宿っていた。
水色の中着に紺碧の短めの上着、ルシェルドと同じ、騎士の様な服装で、その胸には水の波紋を描いたような紋章があった。外見の年齢は、ファレルアやイリーシアより上に見える。
女性の様であり、男性の様である人物が、無言で佇む姿は、かなり迫力があった。
「…ウォル、何故、ここに?」
「怪我をしたファンレムを、連れて来た。
カルミラに、ここで、待つように言われたから、いる。ん?」
男性にしては高い声が、その人物から聞こえる。
胸の存在は、ゆったりとした服の所為で判らないが、声から判断すると、女性の様にも思える。
何かに気付いたウォルは、巫女であるリシェアオーガに近付く。何かを確かめるかのように、彼を見つめ、再び考え込んだ。
「如何したのですか?ウォルトア。」
「…以前、召喚の立ち会いの時と、瞳の色が違うが…彼女が巫女か?
…さっきまで、ルシェルドの気が、二つあったように感じたんだが…只、この…巫女の気がなかったような…?
ああ、済まない、忘れていた。初めまして、巫女殿。
私はウォルトア、この世界の水神だ。」
「我が名は、オーガ、リシェアオーガ・ルシム・リュージェ・ファムエリシル。
そなたは、気を感じれるのか?」
リシェアオーガの言葉使いも、気にせず、ウォルトアは頷く。そうかと、納得したリシェアオーガは、装うのを断念して、自らの気を元に戻した。
リシェアオーガの変化した気に、ウォルトアは驚いた。
ルシェルドと似通った気…それを感じたのだ。
「ル…シェルド、カル…ミラ…、これは一体…?
何故、巫女が…人間が…こんな気を纏っているんだ?」
「ウォル…、本人に、聞いてくれ。」
「そうですね…ご本人に、お聞きした方が、宜しいかと。」
二人に言われたウォルトアは、リシェアオーガに向き直し、同じ質問をした。
「不躾な質問をするようだが、巫女殿は何者なのだ?
何故、ルシェルドと同じ気を、纏っている?」
「今、名乗った通りだ。向こうの世界の神聖語で、ファムエリシル・リュージェ・ルシムは、戦の神を意味している。」
「えっ…?!向こうの神って事??
う・嘘~~!!!ファンレムってば、何て事を仕出かしたのよ~。」
動揺の余り、口調の替わっているウォルトアに、ルシェルドとカルミラは苦笑した。女性らしい言葉使いなっているウォルトアは、自分より頭半分位、背の高いリシェアオーガを覗き込む。
強い光の宿る紅い双眸、無駄に整った顔、そして何より、人間より強いルシェルドと似ている気…。
マジマジと観察し、考察を繰り返している姿は、本当に女性らしかった。
ふと、ウォルトアの視界に、フェリスが入った。彼が、向こうの世界の神官だった事を思い出したウォルトアは、彼に向かって訪ねる。
「確か、貴方、向こうの神官だったわよね。で、この人は神なの?」
率直に尋ねられたフェリスは、リシェアオーガへ向かって、優雅に最敬礼をして答える。
「この御方は、私の御仕えする神、戦の神・リシェアオーガ様です。
我が神が何か?」
「やっぱり、そうなの…。貴方の神って、ルシェルドより、頼りがいがあるのね♪
貴方の話してた通り、素敵♪」
女性言葉のまま、フェリスと話すウォルトアだったが、周りの視線に気付き、一瞬で我に返り、跋悪そうに、自らの髪を弄り、俯いた。
「御免なさい。興奮すると、こちらの口調になってしまうの。普段は、男らしい言葉使いを意識して、使っているのに…。」
「…ウォルは、一応男だ。
声が女性の様に高いし、男性にしては華奢で、お前より背が低いが…な。」
身も蓋も無いルシェルドの言葉に、リシェアオーガはウォルトアを凝視した。両生体だと言っても、可笑しくない姿をしている彼に、親近感を持つ。
リシェアオーガの視線に、居た堪れなくなったウォルトアは、小さな声でリシェアオーガに話しかけた。
「お…可笑しいでしょ。男が、こんな言葉使いだなんて。」
「別に、そうは思わない。だが、本当に男なのだな。纏う気でも感じる。」
リシェアオーガの言葉にウォルトアは、きょとんとしたが、直ぐに何かに気付き、言葉を繋げた。
「…あれ?そう言えば、リシェアオーガ殿も、言葉使いが女性らしくない?!」
叫びに似た言葉に、控えている騎士達も苦笑する。そう、リシェアオーガの言葉使いに彼は、今更ながら気付いたのだ。
「我は両生体だ。故に、男性にも、女性にもなれる体を持つ。
この姿は、性別の無い状態で、動き易い為、我が好んで採るもの。
言葉使いは、姿と役目によって、使い分けている。戦神の他に、別の役目を持つ故に…な。」
そうなんだと、感心するウォルトアだったが、再び驚きながら、声を上げた。
「…アタシってば、禁忌に触れちゃった…。どうしよう。」
両頬に手を当て、顔色を青くして呟くウォルトアに、カルミラが、宥さめる言葉を掛ける。
「大丈夫ですよ。
私達も、既に、禁忌に触れていますし、今の所、何も起こっていません。」
「安心しろ。まあ、何か起こった処で、我が…いや、我等の神々が、助力を惜しまない。
我も、原因の一つであるが故に…な。」
カルミラとオーガの言葉に、ウォルトアは、ほっとした表情になった。
良かった~と、言葉を漏らす彼に、リシェアオーガも微笑んだ。
安堵して、ファンレムの事を思いだした彼は、その事をカルミラに尋ねた。
「そうだわ、カルミラ。ファンレムの様子は?
あの子の怪我、酷かったじゃあないの?」
「それも、大丈夫ですよ。リシェアオーガ殿が、治してくれましたから、今は養生を兼ねて、大人しく眠っていますよ。」
「カルミラの部屋で、大人しく寝ている。
傍で、ファレルアが看ているから、無茶はしないだろう。」
眠らされてるの、間違いじゃあないかという、ティルザの心の突込みがあったが、それは、他の騎士とルシェルドも、同意の様であった。
そうした当の本人とカルミラには、大人しく眠っているという認識らしいが…。
彼等の言葉に納得したウォルトアは、視線をリシェアオーガに戻した。微笑を湛えた顔をリシェアオーガに向け、感心したように続ける。
「ふう~ん、リシェアオーガ殿は、治癒の力を持っているのね、何はともあれ、感謝するわ。ファンレムの怪我は、1・2週間以上、治るのに掛ると思っていたの。」
「礼には及ばん。我の場合、他人の傷の治癒には、その相手が応戦した怪我でなければ、治せないという制限がある。……歯痒い事だがな。
ファンレムの場合は、逃亡の際の応戦で負った物故、治せただけだ。我の頼みで負った怪我故、治せて良かったと思う。」
苦笑しながら、告げるリシェアオーガに、ウォルトアは大変なのねと、呟き、もう一度、感謝の言葉を告げた。
カルミラと同じく、感謝しても仕切れないと言う、ウォルトアにも、リシェアオーガは昨日、カルミラに告げたものと、同じ返答をしている。
その様子を見て、カルミラとルシェルドは、微笑ましく思った。
「じゃあ、何か出来る事があったら、手助けするで良いか?」
冷静になったらしい、ウォルトアの言葉に、リシェアオーガは頷く。それで、彼の気が済めば良いと、思ったからだ。




