第四話
余りにも重大な事実を、伝える事となった昼食を終え、リシェアオーガは一旦部屋に戻った。
まだカルミラとルシェルドは、リシェアオーガと話がしたいようだったが、リシェアオーガが話疲れたと言って、中断させたのだ。本当の理由は、周りにいるこの世界の人間と、精霊の事を考えての退席だった。
今まで人間として接していた者が、神と知った事実は、彼等にとって重責と思われた為、リシェアオーガは彼等と話をする事にしたのだ。
「アル、レイナル、ディエン。少し話がある。良いか?」
カルミラの部屋を出て、リシェアオーガは彼等に声を掛ける。神に逆らえないとでも、思っているのか、彼等は無言で頷いた。
硬い態度につい、リシェアオーガは、近くにいたアルフェルトの頬を、手加減しながら引っ張る。
「痛たた…。何をするんだ!あ…と。」
「アル、さっき、私…オレが、何言ったか、覚えてる?」
口調を人前様に戻しながら、リシェアオーガは、アルフェルトに突っかかった。
ええっと、と考え、直ぐ様思い当たったらしい。
「ごめん、あんまりにも、色々な事を知ったから、頭が混乱してる。」
「…アルの頭が悪いの、忘れてた…。」
「そうでした。何故か、アルフェの頭だけは、悪く育ってしまいましたね。
オーガ様、申し訳ありません。」
フェリスの言葉に頷くレイナルと、思わず吹き出しているティルザ、何時もの微笑に戻っているディエンファム。硬くなっていた雰囲気が、一気に和らいだようだ。
そのまま彼等は、リシェアオーガの部屋へと戻った。
その方が話し易いと、リシェアオーガが提案したからだ。
部屋に着くとリシェアオーガは、皆の目の前で外の音が漏れない様、遮音の結界を張った。正体を明かしている為、人前で堂々と力を使っている。
ちなみに、先程のカルミラの部屋は、常に音が漏れない結界を、カルミラ自身が張っているらしい。だから、カルミラは、あの闇の事を聞きたがったし、リシェアオーガも事実を話した。
神殿内の神々の部屋には普段から、その類の結界が張ってある事を、リシェアオーガは最初の神殿・・イリエカ神殿で知った。 エルシアに巫女として扱われ、対応した会話が、部屋の外に漏れていなかった事で気付いたのだ。
勿論、自分の宛がわれた全ての部屋には、自らの手で、この結界を張っていた。
只、ルシェーネ神殿の、ルシェルドの部屋には無かったが…。
部屋に戻ると、アルフェルトは頭の中を整理するために、リシェアオーガに尋ねた。
「ええっと。オーガって、向こうの神なんだ。」
「神々の一人であり、神龍の王であり、ルシフの王である…だな。」
「神の護りし国の王と言われる、ルシフの王とは、何者ですか?」
普通の王族とは思えなかったレイナルが、リシェアオーガに問う。リシェアオーガの返答は、レイナル達にとって、驚くものだった。
「此方の世界の、大神官に相当する。
此方の神官達は、如何か知らぬが、向こうの神官達は、人間の王族に最敬礼はしない。彼等の最敬礼は、神とルシフの王のみに捧げられる。
故に、ルシフの王に付いた仇名が、神官王だ。
由縁は恐らく、王族に跪かない神官が唯一、跪く王だからなのだろうな。
…本当は、神官達の王では無く、光の聖地を持つ小国の王なのだが…。」
「ルシフの王が、神だからじゃあ…?」
アルフェルトの問いに、リシェアオーガは自分が継ぐ前からだと告げた。
ルシフが神の護りし国と呼ばれている所為と、ルシフの住民の説明を始める。
「ルシフは…ルシム・シーラ・ファームリアは、生きとし生けるものの死後、神からその者の一生が善きものと、認められれば、生まれ変われる国だ。
だから神官達は、その国の王たる者に敬意を払う。 」
リシェアオーガによる、ルシフの説明が終ると、今度は今の自分の立場を教え始めた。
彼は、人間最後の王と神々から望まれて、この役目を受け継いでいる事。
そして、ルシフの王を名乗る時は違う名を名乗っている事も告げる。
オルガ…、ルシム・シーラ・ファームリア・シュアエリエ・オルガ。
戦の神・リシェアオーガと関係の無い、別人としての振る舞いをしている事も付足す。
「と言うと、人間として振る舞っているって事?」
アルフェルトの言葉に、肯定の意味で頷くリシェアオーガ。
その時は人間の纏っていると、付け加えた。立場によって、気を使い分け、言葉さえも使い分けると、リシェアオーガは彼等に教える。
大変だね~と、気楽に言うアルフェルトと、それを諌めるレイナル、彼等の遣り取りを、楽しそうに見つめるディエンファム。ティルザは相変わらず、扉の前で待機をし、彼等を楽しそうに見つめていた。
「言って於くが、我は、此処の神とは違う。
正式の場以外は、神として、扱わなくて良い。まだ、ルシェリカ・アレウド連中を壊滅させていないし、そなた達は、我の庇護の者では無い。
故に…何時もの通りで、構わないよ。アル、レイナル、ディエン。」
語尾を、人前用の砕けた口調に変えて、リシェアオーガは告げる。判りましたと言う、異口同音が返って来て、それにリシェアオーガは、極上の微笑で答える。
リシェアオーガの微笑に騎士の4人は、一瞬ぼうっと、見惚れていたが、我に戻り、普段通りの笑顔になった。
「…オーガって、ずるいよね。」
「アル、何に、その狡いって。」
「そんな微笑されたら、頷くしかないよ。」
「なんで?」
「また見たいと、思うからだよ。」
アルフェルトとリシェアオーガの押し問答の末に、他の騎士達──何故か、ティルザを含む──が大きく頷く。
「アルフェの言う通りですよ。
だから私は、傍にいたい、オーガ様の必要とする者になりたいと望み、唯一敬う御方…神としてのリシェアオーガ様に、仕える事を決心したのです。
主のいない剣士としての、全てを捨てて…。」
フェリスの言い分に、他の騎士も納得した。もし、彼等が、向こうの世界の者であったなら、フェリスと同じ道を歩んだかもしれない。
フェリスの様に、自ら仰ぐ主を持たなければ…の話だが。
この世界の、神に仕える者達への、説得(?)を終えたリシェアオーガは、部屋を退室する彼等を見送った。
フェリスも、アルフェルトと共に、退室するかと思ったが、リシェアオーガの神官である事を理由に、留まった。アルフェルトも、フェリスがいるからと、留まろうとしたが、フェリスがそれを拒んだ。
「アルフェ、レイナル様とディエンファム様と共に、気持ちの整理をしておきなさい。
オーガ様の、本当の御姿を知ったのですから、まだ頭が混乱しているでしょう。
冷静さの欠ける貴方の事ですから、兄弟子のレイナル様と、貴方より、経験の豊富なディエンファム様なら、頼りになるでしょう。」
「フェリス…様。」
「ついでに、ティルザも貸し出すが…如何だ?」
貸し出すと言われたティルザは、反論を試みる。
「…リシェアオーガ様、それは無理でしょう。
俺だって、知った当初は、取り乱してたじゃあないですか。」
「冒涜と言って、信じてなかったのと、主である姫に対して…な。」
そう、来ますかと、ティルザに言われて、違わないだろうと、リシェアオーガは返す。一人だけ、理由を知らないディエンファムは、何の事か?という顔をしていた。
ディエンファムの様子に、気が付いたオーガは、アルフェルトとレイナルに説明するよう頼んだ。
「それなら、私の部屋で、宜しいですか?勿論、ティルザ殿もご一緒に。」
レイナルの提案で、ティルザは元より、アルフェルトとディエンファムも、彼の部屋に赴く事となった。
彼等のいなくなった部屋で、フェリスはリシェアオーガの傍らに座り、重い口を開いた。
「…リシェアオーガ様。少し話をしても、宜しいですか?」
真剣な顔のフェリスに、リシェアオーガは、快く承諾する。
それを口火に、フェリスは、心の内を語りだした。
「リシェアオーガ様には申し訳ありませんが、私は…貴方様が此処に来られた事を、喜んでおりました。勿論、最初に召喚の間で見つけた時は、驚きましたが、同時に、不謹慎にも、喜びを感じている自分がいました。
これは、今も変わりありません。
此方に来て諦めていた事が、常に願っていた事が、今こうして、現実となって、私の目の前に存在しています。それが…嬉しかった。」
目を細め、膝の上に置いた両手で神官服を強く握りしめて、申し訳なさそうに言葉を綴るフェリスへ、リシェアオーガは、そっと手を伸ばす。
優しく、フェリスの肩に手を置き、俯き加減になっている顔を上げさせる。
驚いたフェリスは瞳を見開き、主であるリシェアオーガを、真正面から見つめる形となった。リシェアオーガの優しい瞳に見つめられて、ファリスは瞳を逸らす事など、出来なかった。
今まで懇願し続けた、その慈悲に溢れた瞳…。
これが…こんなにも近くにあるという現実に、心が喜びを訴えている反面、彼の心は、それを良しとしなかった。
彼の、心の中を見抜いた様なリシェアオーガの言葉が、その口から綴られる。
「フェリス…それは、仕方の無い事と思うぞ。そなたは、我が神官。
故に、仕える神と離れるという事は、随分辛い事となろう。況してや、再び会う事の叶わぬ状況なれば、尚更だ。」
フェリスの状況を想像し、彼の口から出るそれは、慈愛に溢れ、この上も無く優しい物だった。それと共に、労いのそれも神官の耳に届く。
「我は、そなたを責めたりせぬ。そなたは離れても、我に仕えてくれている。
誇らしく思えど、その気持ちを蔑む事は無い。」
「ですが…両方の世界の危機を思うと、私は………
自分の気持ちが、許せないのです。」
以前と変わりない、フェリスの言葉に、リシェアオーガは、苦笑しながら話を続ける。
「流石に、我等の世界の神官だけあって、そなたは真面目だな。
だが、我が、それを許すと言ったら、如何する?」
投げかけられた質問に、フェリスは、更に自分を叱咤しようとした。それを見抜いたリシェアオーガは、フ彼を抱き締め、言葉を続ける。
「そなたは真面目過ぎる故に、自らを責める面がある。
それは、昔と変わらないようだな。
だが、我は…そなたが、此処に居てくれて嬉しい。もし、そなたがいなかったら、我は召喚されたその日に、この世界を壊し、去っていただろう。」
自分の神官を、腕の中に収めたリシェアオーガは、内に秘めた心を暴露する。
「そなたが此処にいて、育んだ者達がいる…その事実が、我を救ってくれた。
ルシェルドと同じ、破壊神にならずに済んだ。
故にフェリス…我は、そなたに感謝している。
だからもう、自分を許してやれ。そして、この腕輪の誓い通り、これからもずっと、我に仕え、決して傍を離れるな。」
「…リシェアオーガ様。有難うございます。」
リシェアオーガに抱かれながらフェリスは、感謝の言葉を伝えた。
何時の間にか、彼の頬を涙が伝っていた。
姉が死んだ時と、この世界から出られないと判った時以来、流れる事が無く、枯れてしまったと思っていたそれは、自分が主として認め、傍にいる事を焦がれ続けた神の懐で、再び流れ始める。
自分を師として慕ってくれる者や、此方の世界の神々には、この姿を絶対に見られたくなかった為、我を張って、弱音を見せなかった。
フェリスの頑な決心だったが、この世界でリシェアオーガの姿を見出した時は、驚き、泣きそうになった。そして、我慢し続けた結果が、今の状況となる。
静かに泣き続けるフェリスを、リシェアオーガは強く抱き締めていた。
自分を慕ってくれる神官、唯一の神に自分を選んだ神官が、愛おしかった。
全ての物と同等に愛しい存在、それが自分を慕ってくれる神官達。
彼等の不安と、悲しみを癒す為なら、この手を差し伸べる事は厭わない。
それが、向こうの世界の神々である。
無論、リシェアオーガも例外では無い……。




