第四話
今回で、休暇特別(?)更新は終わりです。次回からは、5日後の予定です。
観客席で、そんな遣り取りがあった中、やっとアルフェルトとリシェアオーガが、野外訓練場の広場に到着した。ここに来る途中、色々な人に声を掛けられていたので、溢れかえる野次馬も想像出来た。
「此処の騎士連中は、暇なのか?」
ぼそりと尋ねるリシェアオーガへ、アルフェルトは、暇というより、お祭り好きだからと答える。
「滅多に、手合わせしない僕だから…って、事もあるしね。まあ、相手になれる奴が、いないだけなんだけど。」
告げられたもう一つの理由で、目の前の騎士が、どれ程の実力のある者か、リシェアオーガには想像出来た。
恐らくは、この神殿で1・2を争う程であろう。ならば、利き腕である左手を使うべきか、あるいはフェリスの希望を聞き、右手で相手をするべきか…。
あまり実力を見せるのは、得策でないと判断し、リシェアオーガは、右手で相手をする事を決めた。もしもの時は、左に持ち返れば済む事であったし、目の前の青年に傷を負わせるのも嫌だった。
「怪我をしないように、訓練用の剣を使うけど…いいかな?」
そう言って、手渡された剣を、頷きながら手に取った。自分の剣より幾らか軽いそれは、両刃であった名残のある、金属製の物であった。右手に持ち鞘から抜くと、思ったより手に馴染んだ。
普通より頑丈に出来ている剣だから、手加減なしでやると、宣言するアルフェルトをリシェアオーガは見据えた。この剣が、自分の力に何処まで耐えられるか、不安であったが、やるだけやろうと思った。
人間の作った普通の剣で、リシェアオーガの力に耐えられる物は、稀だった。
「じゃあ、始めようか。」
「ああ。」
掛けられた声に頷き、自分の持つ剣を構えた。今まで、柔らかな雰囲気を持っていたアルフェルトの顔から、笑みが消え、真剣な物となる。打って変った、気迫と殺気が感じられる中、リシェアオーガもまた、真剣な眼差しになった。
だが、アルフェルトに、リシェアオーガの殺気は感じられない。
そう、リシェアオーガからは、何も感じられないのだ。何も感じないだけで無く、隙も無い状態のリシェアオーガに、アルフェルトは歓喜した。
未だかつて、これ程の手練れと、遭遇した事が無かった。
強い相手と手合わせが出来る、自然と顔に笑みが浮かんだ。
両者が剣を構えたままで、ピクリとも動かないまま数分経ったであろうか、その沈黙を破り、アルフェルトが巧みに剣を繰り出した。それを受け流しながらリシェアオーガは、彼の腕前を見極めていた。
…右手では、到底勝負が付かない、左手でなければ無理だ。
そう判断した彼は、攻撃を受けながら、極自然に右手から左手に持ち替えた。
相手の剣を扱う手が、右から左に変った事に気付いたアルフェルトは、一瞬驚いた様子だったが、気にせず攻撃を繰り出していた…筈だった。
リシェアオーガの剣が完全に左手へ移った後の、一瞬の出来事……アルフェルトの追撃が、リシェアオーガに届く前に、その攻撃は阻止され、彼の手から剣が消えた。
たった一撃で、アルフェルトの手から剣を奪ったのだ。
あまりにも突然な出来事で、辺りは静まり返った。
何が起こったのか、アルフェルトと観客は、直ぐに理解出来無かった。
束の間の沈黙の後、わっと、大きな歓声が上がった。
湧き上る大歓声の中、やっと己の右手に、剣が無い事に気付いたアルフェルトの表情が一変する。
「…凄い、凄いよ。初めてだ!師以外に、こんな強い奴にあったのは!!!」
感極まった叫び声を上げながら、リシェアオーガに近寄る。
当たり前だと言わんばかりの態度で、リシェアオーガはその場に佇んでいた。
自分に勝てる相手など、早々にいない。
…自分の父と兄、父の兄的な存在の者…伯父と呼んでいる者以外に、負けた事はないのだから。
まあ、目の前の男は、【人間にしては、中々の腕前】ではあるが。
「そな…いや、あんたも、中々の腕前だね。」
危うく、何時もの口調になりかけたが、何とか誤魔化して、普通と思われる口調にした。
一般の、庶民が使う様な言葉にしたつもりだったが、アルフェルトの驚いた様子で、何処か、可笑しいのかと不安になった。
「…普通の言葉も、使えるのか…。」
アルフェルトの、ぼそりと漏らした、小さな呟きが聞こえたリシェアオーガは、内心ほっとした。取り敢えず、人前では、こんな感じで話せば良いと確信した。
まあ、気を抜くと、元の口調に戻りそうだが…。
勝負が決まった事で、リシェアオーガはアルフェルトに、剣を握っていない右手を差し出した。その手をアルフェルトは、力強く握り返す。
「ルシェーネ神殿・騎士団、副隊長アルフェルト・リカエラが、ここにリシェアオーガ…ええと、「リシェアオーガ・ルシム・ファムアリ エ。」を、ルシェルド様の騎士として、仕える事を認める。」
「待った!!」
急に掛けられた声に、アルフェルトは振り返った。そこには、先程まで、ルシェルドの傍らにいたランジュが、仁王立ちになっていた。
「隊長を無視して貰っては、困るな~。」
ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべ、リシェアオーガ達を見やる。自分も混ぜろと、言わんばかりの笑顔に、アルフェルトは、溜息を吐きながら答える。
「ライジュ隊長…これは、ルシェルド神と大神官のお二方が、直に、私に お命じになられた事。言わば勅令です。
ですから、隊長を通さずに行ったのです。」
「…やっぱり、そうか。まあ、言ってみたかっただけだ。気にするな。で、こいつは、騎士団に所属するのか?」
「いいえ、ルシェルド様直属になるので、騎士団に所属しない、聖騎士になります。」
そいつは勿体ないと、ライジュは本音を漏らした。
だが、神が直々に見出し、自らの騎士に望んだのでは、仕方の無い事ではあった。
「リシェアオーガ・ルシム・ファムアリエだったか、我が神殿の祀る神の護衛、よろしくな。」
ライジュの言葉に、無言で頷くリシェアオーガ。
ふと、廊下で擦れ違った時と、アルフェルトの、ライジュに対する態度が、今と違う事に気が付き、アルフェルトの方を見た。リシェアオーガの視線に気が付いた彼は、隊長として接してる時には、それなりの言葉使いをしている事を教えた。
公私を分けて接しているのかと、リシェアオーガは感心した。
「ああ、そうだ。こっちに所属していないのなら、畏まった言葉は、使わないでいいからな。聖騎士なら、寧ろ、こっちが、敬語使わなければならない立場だからな。」
リシェアオーガに背負向け、出口の方へ向かって歩き、手を振りながらライジュは言った。堅苦しいのは、嫌いな方らしい。
自分にも同じ態度で良いと、アルフェルトも続る。
それに、リシェアオーガも応じる。
「判った。そうする。
と…そっちも公でない時は、普通にして欲しいんだけど…。」
短いながら返事をし、要望を言うリシェアオーガに、彼等は満面の笑みを浮かべた。ついでに、アルフェルトからは、愛称で呼ぶ事を言いつけられた。
「…アル。」
「アルフでいいよ。」
「アルフェは、如何ですか?」
何時の間にか、傍に来ていたフェリスが告げた。
「アルフェは、あなた以外に使われたくありません。…リシェアオーガ、何でアルフと呼ばない?」
「わ……オレの友人と、同じ名になるから。だから、アル。
…オレの方も、リシェアか、オーガでいい。」
一緒じゃあ嫌なのかと、問うアルフェルトに、リシェアオーガ答えた。
「そうじゃあない。友人とあんたは、別人だから…違う名前がいい。
名はその人、個人の物だから。」
その理由に納得したアルフェルトは、彼にアルと呼ぶ事を許可した。
個人を認識したいという気持ちが、嬉しかったからだ。
ルシェルドはと言うと、普通神は、人間を正式な名前以外で呼ばないらしい。
愛称と無縁の、個人のフルネームか、ファーストネームで呼ぶ事が主であった。
仕方無いと、彼は言う。
神は、個人を完全認識しないと、いけないのだ。
何かの時に、間違いが無いようにする為である。
「アル、この神殿は、ルシェーネ神殿と言うの?」
訓練場から、先程の部屋に帰る途中の廊下で、リシェアオーガは尋ねた。
そうだと、答えるアルフェルトが、名の由来と、その他色々を教えてくれた。
破壊神・ルシェルドを祀る神殿、故に、他の神殿より格下に扱われる事、だが、アルフェルトは、この神殿にいる事に誇りを持っている。
この神殿には、他のそれにはいない、【大神官】が、存在するからだ。
…大神官が、此処にしかいない…リシェアオーガ達の世界では、考えられない事であった。彼の世界には、大神官は沢山存在し、その頂点に俗称・【神官王】と呼ばれる者がいた。
まあ、その神官王は、一人しか存在しないのではあったが。
ここの【大神官】は、彼等の世界の【神官王】に、相当するらしかった。
唯一一人である事、そして不老である事…。
その大神官が例の件を承諾した、その事実が何時行われたか、リシェアオーガは不思議に思った。
「そんな、大逸れた者ではありませんよ。私達の世界の、俗に神官王と呼ばれる御方と、比べたら…。」
ぼそりと、漏れたフェリスの小さな囁きで、リシェアオーガは、大神官が誰か悟ったが、本人を傷付る行為でしかないと判断したので、敢えて追及はしなかった。
4人がリシェアオーガの部屋に着いた時、先程のフェリスの囁きを、耳聡く聞きつけていたアルフェルトが尋ねた。
「神官王とは、どの様な方なのですか?」
「あの御方は、不老不死の、最も尊き御方、最も人間を愛している慈悲深き神であり、我が神でもあります。」
フェリスの答えに、反論するかの如く、リシェアオーガが補足した。
「…神官王が、最も人間を愛している訳では無い。他の神々も同じ位、人間を愛している。神官王は…最も冷酷で残虐で、無慈悲な神。
只、人間の最後の神官王と、呼ばれた者との約束と神々の要望で、後を継いだまでだ。優しき人間達の為だけに、神官王を続けている。」
「……何処が、冷酷で残虐で、無慈悲なのでしょうね…。助けを求める者を、放って置けない御方が…。」
ちらりと、リシェアオーガを見て、フェリスはそう言った。リシェアオーガは溜息交じりで、神官王は、時と場合によっては、それを無視していると告げた。
二人の意見の違いを、初めて目の当たりにしたルシェルドとアルフェルトだが、どちらも正しいように思えた。お互いの立場の違いで、意見が違うだろう。
片や仕える神官───フェリスと思われ───片や…神官王の身近に仕える者───リシェアオーガと思われ───であろう。
「一般では慈悲深き神、身近な者から見れば、無慈悲な神と、言ったところか…。」
「そういう意味では、ルシェルド様に、似ておられるかも…。我が神は自ら、冷酷で残虐、無慈悲な神であると、おっしゃっています。
傍から見れば、慈悲深き神であるのに…、自ら【破壊神】と、名乗っている所も…。」
自分から述べた、推測の返答で、困惑するルシェルドだった。
フェリスの仕える神と、自分が似ているなどと、信じ難かった。
ふと、リシェアオーガの方に、ルシェルドとアルフェルトの視線が、集まった。
フェリスが、向こうの世界の神官である事を、彼は知っているのか。知っているのなら、【我が神】という言い方に、違和感を感じないのか?
集まった視線に気が付いたリシェアオーガは、何が知りたいのか尋ねた。
彼等は、思った事を質問という形で、口にした。そんな事かと、彼は質問に答える。
「フェリスの左腕にある金色の腕輪、それの表には、我等の世界の神殿で使う神聖語が、刻まれている。故に、一人の神に仕える神官だと判った。」
「…その腕輪は、神の祝福だと聞いたが…。」
「表面に神の名と、祝福の言葉があるのはそうだが、フェリスのは誓いの腕輪と言い、仕えし神の名と共に、誓いの言葉が神聖語で入っている。
言葉の意味は、【我、生命が尽きるまで、我が神のみに仕える】だ。」
それを聞いたルシェルドは、リシェアオーガの右手を見た。そこにも、金色に光る物があったが、表面には、何も書かれていない様だった。
「我のにも、一応ある。其方からは、見えないだけだ。神聖語は、これを知るもの以外、小さな装飾にしか見えない。それと元々、我とフェリスは顔見知りであり、その事を知っていた。」
加えて、時間の流れも違うと告げた。実際は、ここと全く変わらない、同じ時間が流れていたのだが…
必要の無い事を、話さないとならなくなると考え、誤魔化しておいた。
何れは話す事になろうが、今は、その時で無いと、リシェアオーガは判断した。
時が来れば、話さねばならぬ事、故に今は、心の奥深く沈黙していよう。
自分が何者であるか。
フェリスとの関係。
そして、自分に課された何かの事を。
そう、時は今では無い。只、これより遠い未来でも無い……。