第三話
彼等の訓練は、お昼を少し過ぎた頃に、目途が付いた。大勢で押し掛けるのも、食堂が大変になるだろうからと、何人かに分かれて行ったらしい。
リシェアオーガ達は案の定、カルミラに捕まり、彼の部屋に連行されて行く。
そこには既に食事が用意され、主が客を連れてくるのを待ち構えていた。
昨日と同じ大量の料理に囲まれ、彼等は食事を始める。リシェアオーガは何時もの通りに、ある程度食べ物を摂り、他の者の食事風景を見ていた。
慣れて来た御蔭で胸焼けはしなくなったが、良く食べるな~と感心はしている。野菜が多い食事だったが、バランス良く食べる者もいれば、野菜に偏る者、肉に偏る者と様々だった。まあ、バランス良く食べる者が、多く見られたのは結構な事だと、リシェアオーガは思った。
只…食べる量は、尋常で無かったが。
「リシェアオーガ殿、お約束の話を、聞かせてくれませんか?」
カルミラに言われ、リシェアオーガはあの土地で約束した、小さな闇の事と神龍の王の事を、話す事になった。
「あの残った闇は、大いなる神が、始まりの七神を生む前に、他の世界を羨む心から生まれたモノで、全てを破壊する力を持つ。
奴らに掛れば、形ある物は全て破壊され、後には無があるのみ。」
恐ろしい事実を話す彼へ、こちらの世界の住民の視線が集まる。
それを気にせず、彼は先を続ける。
「それを生み出してしまった事に、後悔した大いなる神は、創世の七神を生み出した後、それを滅ぼす者を創り出した。それが神龍・6体。
当時、彼等に王はいなかった。彼等6体と創世の神々で、破壊の闇──邪悪なる闇を倒そうとしたが、出来無かった。」
「何故、出来なかったのですか?」
カルミラの質問に、リシェアオーガは即答した。
「彼等の力と邪悪なる闇の力は、同じ強さだった。同じ神から生まれた為に…な。故に彼等は、奴等を倒すので無く、封印という形を取らざる追えなかった。
創世の神々と共に。」
封じるしか方法が無い程の、力を持つモノ。
そう聞いて、カルミラは勿論、ここに居るこちらの世界の者達は、背筋が寒くなった。
あの土地にいたのは、そう言う類のモノ。
それを目の前のリシェアオーガが、難無く滅した。畏れとも、驚きとも取れる視線を、リシェアオーガに向ける一同。只、向こうの世界の者とルシェルドだけが、変わらない視線をリシェアオーガに送っていた。
リシェアオーガは、幾多の感情の籠った視線を感じながら、続ける。
「だが、当初の封印は、何れ解ける。
自然に無くなるか、誰かが解くかの違いはあるがな。
その為神龍達は、自分達の力を纏め、強化出来る王たる者を望み、大いなる神は、それを叶える為に、王たる者の証しである龍玉を創り、それを生まれたばかりの人間達に託した。しかし、その試みは、全て失敗に終わった。」
大いなる神の試練に打ち勝った者がいないと告げると、カルミラがその理由を尋ねた。
「失敗したのですか?!それは…人間の力が、弱いからなのですか?」
彼からの質問を受け、リシェアオーガは、知っている限りの知識で答える。
「確かに、人間の力は弱い。それもあるが、人間は欲望に弱いが為、邪で穢れた想いから、抜け出せる者が出なかった。
ある者は生命を失い、又、ある者はその想いに同化し、邪悪なモノと化した。」
リシェアオーガの言葉に以前、同じ事を聞いた者達は不思議に思った。
人間から、逸脱して神龍王となる。
しかし今の話では、それは全て失敗したと言う。
ならばリシェアオーガは何故、神龍王になれたのか?その疑問が、彼等の頭の中を過った。そんな中、ふと、ルシェルドがある事に気付いた。
大いなる神と神龍が望んだ王を、他の神々は護らなかったのか?と。
それを彼は口にする。
「リシェアオーガ、何故、神々は、その神龍王を護らなかった?」
ルシェルドの質問に、リシェアオーガは即答をした。
「護れなかった…というが、正解だ。
生まれたばかりの神龍王は、龍の気配が無い…つまり、目覚める前の神龍王の気配は、人間と全く同じで、神々には判らない。
神龍だけが、その存在を知る事が出来るが、彼等でさえ、王の生死のみしか、感じる事が出来無かった。」
当時の神龍達の言葉を思い出しながら、リシェアオーガは語る。それにルシェルドは納得するが、次なる疑問を投げかける。
「…神々に神龍王の保護は、無理だったのか…。では、邪で、穢れた想いに身を任せてる者にも、救いの手は出さなかったのか?」
彼の更なる質問にリシェアオーガは、邪で、穢れた想いに身を任せている者となれば、神々には滅ぼすか、封じるしか手がないと答える。それにルシェルドは声を荒げて、言葉を吐きだす。
「…お前達の神は、何も出来ないのではないのか!
己の世界の危機を神龍とやらに任せ、その王の手助けも出来ないなどと…。」
ルシェルドの叫びにリシェアオーガは、首を横に振った。
神々も神龍達と共に、戦っている事、神龍の王の手助けが出来ないのでは無く、手出しすれば、意味が無い事を告げる。
「真の神龍の王として目覚めるには、自力で邪悪なる想いの闇から、抜け出さねば意味が無い。
そうする事で王は、自らの心の強さを、身に着ける事が出来る。」
リシェアオーガの返答に、ルシェルドは口を閉ざし、考え込んだ。
重い試練の後に、神龍王として目覚める。それをリシェアオーガは、体験しているのだ。
彼の強さは、そこから来ていると言っても過言では無い。
だが、リシェアオーガに、人間としての自覚が無い事を、カルミラは気付いた。
「先程、人間での神龍王の誕生は、全て失敗したとおっしゃいましたが、リシェアオーガ殿は人間ではないのですか?」
カルミラの言葉を受けて、リシェアオーガの瞳は揺らいだ。
言うべき時が来たと感じ、紅く染まった瞳を閉じる。意を決して、再び瞳を開けると、真実を語り始めた。
失敗を繰り返した大いなる神は、その証を神々の許へと放った事。
そうして生まれたのが、リシェアオーガであった事。
彼は精霊の中で育ち、養い親達を失い、この身を、邪で穢れた想いに染めた事。
その想いに打ち勝って、神龍の王となった事。
簡素に答えるリシェアオーガに一同は、驚きのあまり、静まり返った。人間だと思っていた巫女が、人間では無く、因りによって、向こうの世界の神の子だったのだ。
「オーガって…神の子だったの……
ああ~~僕てば、無礼を働いてばっかだった~~。」
頭を抱えて呻くアルフェルトにへ、リシェアオーガは笑って、気にしていないと告げる。でも…と尚、後悔するアルフェルトに、リシェアオーガは畳み掛けた。
「今までのアルの対応に、我は喜んでいる。余り堅苦しいのは、嫌いなのでな。普段から、人間と共にいる故、アルの態度の方が慣れている。
これからも、このままでいて欲しいのだが…無理か?」
ウ~~~ンと唸って、アルフェルトは、リシェアオーガが良いのならと、承諾した。
他の者にも承諾を得る事を、リシェアオーガは忘れなかった。
真実を知った事で、変に態度が変わる事を、リシェアオーガは極端に嫌がる。そんなリシェアオーガに、微笑みかけながら、カルミラが尋ねた。
「リシェアオーガ殿の中に、大地と光の気があるのは、それが由縁ですね。
推測ですが、ご両親は、光神と地神ではないのでしょうか?」
ズバリと正解を当てるカルミラに、リシェアオーガは微笑みながら頷く。
「我は、光の神・ジェスク神を父に、大地の神・リュース神を母に持つ。故に、人間より持てる力が大きくなる。
勿論、その器も大きいらしいが…我には判らん。」
このリシェアオーガの言葉を受け、ルシェルドはぼそりと呟く。
「……向こうの世界の神の子なら、既に私達は、その神々の怒りを、買っているのではないのか?」
彼のいう事は、尤もであった。その怒りを鎮める事を、他の神々と話し合った方が良いとも、提案していた。
彼等の会話を聞いていたリシェアオーガは、それに口を挟んだ。
「全ては、ルシェリカ・アレウド連中を、葬ってからだな。
それから、話し合った方が良い。ああ、それと、連中と遣りあう時には、誰も、我に近付かない方が良い。」
ついでとばかりに、連中と遣り合う際の注文を付ける彼へ、不思議に思ったルシェルドが尋ねる。
「…何故だ?」
「我が…暴走する可能性があるからだ。」
即答で返されたが、ルシェルドも直ぐに、自分の考えを口にする。
「その時は、私が止めよう。」
破壊の力を持つ自分なら、大丈夫と思った彼の言葉であったが、リシェアオーガからは、否定の言葉が告げられる。
「無理だ、ルシェルド。そなたでは、我を止められぬ。
我と同じ力を持つ故に、逆に巻き込んでしまうだろう。
カルミラでも、ファレルアでも無理だ。……この世界で、唯一止める事の出来るのは…向こうの世界の者である、フェリスのみだ。」
そう告げられ、皆の視線は、フェリスに集中した。唯一の神を敬う神官だけが、リシェアオーガの暴走を止められるとは、思えなかった。
「何故、大神官様だけが、リシェア殿…いえ、リシェアオーガ様の暴走を止められるのですか?ティルザでは、駄目なのですか?」
「ティルザは、炎の神・フレィリーの剣の担い手であり、剣士…騎士だ。武器を扱い、戦う人間故に返って、我が怒りに同調し易く、我を止めるのは無理となる。
神の鎮め役でもある、神官のフェリスとは違う。」
ディエンファムの問いに答えたリシェアオーガが、傍らにいるフェリスの方に向き、何かを促す様に合図した。それに応じて、フェリスが跪き、敬礼を施す。
自身の両膝を折り曲げ、両腕を神官服の袖の中で組み、胸前に挙げて、恭しく頭を垂れた礼…その敬礼は、今まで見た事の無い、大神官の最敬礼だった。
向こうの世界で、唯一仕える神にのみと限定され、フェリス自身が、その許可をルシェルドから得たもの。
この世界で、リシェアオーガと再会した時に、フェリスが初めてした敬礼。人前では、これが初めてだったが、リシェアオーガにとって、二度目の最敬礼だった。
それを機に彼は、自らの気配を従来の物に戻した。
人間とも精霊とも、ましてや、神龍の王とも違う気だった。
逸早く、彼の気配の変化に気付いたルシェルドは、初めてフェリスが、最敬礼をした相手に、疑問を投げ掛ける。
「フェリスが…最敬礼を……リシェアオーガ…お前は一体…。」
「一応、神聖語では名乗っている。
自らは二つ名、リシェアオーガ・ルシム・ファムアリエ、
フェリスからは本来の呼び名、
リシェアオーガ・ルシム・リュージェ・ファムエリシルと。」
向こうの世界の神聖語を知らない者には、何を示す事か判らないが、以前のティルザが判った様に、向こうの世界では直ぐに、何者か知れる名であった。
「ルシェルド様。ルシム・リュージェ・ファムエリシルは、向こうの神聖語で、戦の神を示します。つまりこの御方が、私が仕える神、戦の神・リシェアオーガ様です。
…断じて、ルシム・ファムアリエでは、ありません。」
何故か、異様に、【ルシム・ファムアリエ】に拘るフェリスを、不思議に思う一同へ、リシェアオーガは、苦笑気味に答える。
「ルシム・ファムアリエは、神聖語で、破壊の神を意味する。
故に神官達は、全く使わせてはくれないのだがな。」
当たり前ですと、断言するフェリスに、リシェアオーガは静かな笑いを始める。
この重大な遣り取りを、楽しそうに行うリシェアオーガに、こちらの世界の人間と、精霊の人々は唖然とした。
彼等はあまりにも掛け離れた現実に、付いて行けない様だった。
一方、神々の方は、納得しているようだ。
ファレルアは嬉しそうに、同じと呟いているし、カルミラは道理で…と感心している。
ルシェルドだけは、驚きのあまり、珍しく眼を大きくしていた。
ルシェルドが最初に、リシェアオーガから感じた気は、如何考えても人間だった。
だが、言い争う時、仄かに纏う気は、エルシアとカルミラを合わせたような気…この世界の精霊と同じだったので、精霊かと思った。
しかし、昨日、ファンレムに対して怒りを顕にした時の気と、フェリスが最敬礼してからの気は、今までずっと感じていた、どの気とも全く異なる物で、自分と良く似ている気配だった。その気こそが、リシェアオーガの本来纏っている物だと思えた。
だから…とルシェルドは、思った。
だから、彼の力が自分に馴染んだ。それも、全く違和感無しに…だ。
ルシェルドの考えを察してか、リシェアオーガが、再び口を開く。
「我等神々と神子は、本来持つ気と共に、人間の気と精霊の気を纏える。
精霊の気は、育った環境で無意識に使い熟し、人間の気は…邪悪に染まった時、内にあるのに気付き、もう一つの役目で常に纏う様になった。」
「…もう一つの役目…?神官王か?」
「そうだ。正式名はルシム・シーラ・ファームリア・シュアエリエ。
此方風で言うと、シュアエリエ・ファームリア・シーラ・ルシム。意味は、神の護りし国の王、略して、ルシフの王だ。」
聞き覚えのある名前に、ルシェルドは、考え込んだ。
何処がで…いや、どの巫女かが、良く口にしていた名前だと思い出した。
「…リリアリーナが、良く口にしていた名だ。私と良く似た者だと…言っていた。
フェリスも自身の神が似ていると、言っていたな。」
「似ていて、当たり前だ。
どちらも我であり、ルシェルドと同じく、破壊神の異名を持つ。」
「リシェアオーガ様…貴方様は、破壊神で無いと、私共が何度も…。」
フェリスの怒気を含んだ声に、リシェアオーガは穏やかな微笑を浮かべる。
自分の仕える神官…いや、向こうの世界の全ての神官が、破壊神・リシェアオーガと聞いて、全く同じ反応をする。
それに自分は救われているし、慕われている事も自覚している。ルシェルドが、羨ましく思っている関係でもあった。
「全く、我が神官は、相変わらず容赦無いな。
自らが唯一無二の仕える者として、望んだ神に対してすら、怒りを顕にする。
…まあ、我に咎める気は、無いのだがな。」
フェリスの態度を、好ましく思っているリシェアオーガに、こちらの世界の人間・アルフェルトとレイナル、そして、精霊のディエンファムは驚く。
あまりにも懐が大きいと感じる神に、畏怖の念は受けないのは、リシェアオーガ自身が、自ら纏っている神の気を押さえ、不必要に威厳を振り回さないからだ。
全ての、生きとし生けるものが、愛おしい。
この一言に尽きる、リシェアオーガの態度と行動は、向こうの神として当然のもの。
だから、護る。
故に、それを傷つけるモノを許さない。
それが戦の神・リシェアオーガの、向こうの世界の神々の、意思、そのものである。




