第六話
そんなこんなしている内に、カルミラから一言、告げられた。
「この馬鹿の事は、そのままにして、食事をしましょうか?」
「ひでっ!」
カルミラの意見に、思わず反論するファンレムだったが、カルミラとリシェアオーガの厳しい一睨みで、静かになった。
こちらへどうぞと、言って、ディエンファムがリシェアオーガ達を、大きな部屋の中心へと案内する。大きな空色の敷物が敷いてあるそこには、多くの料理が並んでいた。
この人数だから当たり前の量だが、リシェアオーガは、それ以上の量がある気がした。如何せん、大食いが何人かいる状態なので、当然と言っては、当然ではあるのだが…。
各々が好き勝手食事を取り、気に入った場所に座って、それを食べている…筈だったが、何故か、リシェアオーガの傍に、殆どが集まっていた。
ティルザとフェリスは何時もの事だが、他の者達は入れ替わり立ち代わりしながら、リシェアオーガと共に食事を取る。何だか、気遣われている様な気がして、リシェアオーガはカルミラに問った。
「特に、気遣ってはいませんよ。
寧ろ、気に入っているからこそ一緒に食事を…と、思っているのでしょう。
特に、ファレルアはね。」
言われてみれば、ファレルアは、食事を取りに行っては、リシェアオーガの傍へ戻ってくる。あまり、表情の出ない子であるが、嬉しそうに食べていると、感じていた。
懐きましたね~と、カルミラが先程のルシェルドと、同じ感想を漏らした。大好きな兄(姉?)が増えたように、振る舞う彼を微笑ましく思う。
だからこそ、リシェアオーガは、この世界を壊したくない。
この慕ってくれる者達を、失いたくは無かった。
【護れるものは、最善の方法で護る。】
リシェアオーガの心情に何ら、変更は無い。
自分の世界然り、この世界然り……。
部屋の隅っこで、彼等の食事風景を、一人寂しくファンレムは眺めていた。自分のした事が、大それた事を引き起こしたと知り、かなり落ち込んだようだ。
ふうと、溜息を吐き、目を閉じた。
許されない事とは言え、知らな過ぎた自分が恨めしかった。
「おい、生きているか?」
突然聞こえた、あの恐ろしい存在の声で、我に返る。
目の前には食事の乗った皿と、弟と同じ紅い瞳。その瞳に怒りは無い。
「えっと?」
「其処で、ウジウジされては、鬱陶しい。それに腹は、減っているだろう。
どれを好むのか、判らなかった故、適当に見繕って来た。」
リシェアオーガが持って来た料理を、驚きながらも素直に受け取るファンレムは、リシェアオーガが何故こんな事をするのか、判らなかった。しかし、極限までにお腹が空いていたので、食べ始める。
「ファンレム、お前は、知らない事で罪を犯した。
ならばこれからは、罪を犯さない為に、知る事を重視しろ。
そうすれば、事前に回避出来る。」
当たり前の事なのに、誰も指摘してくれなかった事…それをファンレムは、リシェアオーガから、当然のように示された。
知るのが嫌だった為、知らずにいた事で回避した危機もあったが、今回は知っていれば回避出来た物だった。
「禁忌は…失くすべきものなのかも…。何が起こるか、判らないけど…。」
「失くせば良い。何なら今、試すか?」
リシェアオーガの言葉に驚くが、更に驚く事をリシェアオーガは、遣って退けた。
何も無い空間から、見た事も無い楽器を出現させたのだ。
目を白黒させるファンレムに、リシェアオーガは呼んだと説明する。疑問が解決していない様子のファンレムに、リシェアオーガは補足した。
「この竪琴は、持ち主を選ぶ。
それ故、持ち主の呼び掛けに答え、その姿を、持ち主の前に現す。」
「それ、竪琴?へぇ~こっちのとは、違うんだ。にしても、不思議なものなんだな~。」
「これは、向こうの神の創りし物。神の御業と、言う者もいる。」
神の御業という物に、ファンレムも感心した。
これで興味を持った神が、二人に増えた事となった。
彼の様子を見たリシェアオーガが、手にした竪琴を軽く爪弾く。
フェリスが弾いた時と全く違う、光を含んだ様な音の輝きと、清浄な水の様に透明で澄んだ響きが、部屋中を満たす。この音に皆が気付き、リシェアオーガの方に注目していると、彼はゆっくりと竪琴を弾き出した。
詠ったのは、向こうの世界の創世の詩の一節。
神々の誕生のそれは、リシェアオーガにとって良く詠う、馴染の深い物であった。
遥かな昔 一つの意思 無の闇だけの世界に目覚めり
かの意思 孤独なり
自らの他 生ける者 この世界に無し
故にかの意思 他の世界を手本とし 七つの命を創りき
七つの命こそ 最初の神々なり
空の神・クリフラール 時の神・フェーニス 闇の神・アークリダ 光の神・ジェスク
大地の神・リュース 水の神・ウェーニス 炎の神・フレィリー
この七神を以てして 神々の始まりなり
短い一節を詠い終えたリシェアオーガに、辺りは静まり返った。隣で聞き入っていたファンレムが、一番先に我に返り、言葉を発した。
「すごく、綺麗だ。今の…向こうの神話?」
頷くリシェアオーガに、この世界の神々と人間と精霊が絶賛した。絆のある竪琴と詠い手の奏でる詩は、他に秀でる者が無い美しさである。
フェリスが前に謙遜したのも、この咏声を知っていたからだ。
思わぬ所で、リシェアオーガの詩を聞けたカルミラは上機嫌で、ご褒美とばかりにファンレムの処へ、大盛りの料理を持って来た。
恐らく彼の好物であろうそれらは、瞬く間に彼の胃の中に入って行く。
…この食べっ振りを見る限り、ファンレムも大食いである事は、間違い無かった。その点カルミラは、他の神・ルシェルド、ファンレムとファレルアより、小食であった。
これが普通の量だと、リシェアオーガは思うのだが、如何せん、他が大食いなだけに、余計、小食に見える。カルミラは食べるより、振る舞う方が好きらしく、彼方此方に料理を配っている。
「リシェアオーガ殿は、あまり食べていないようですが
…お口に合いませんでしたか?」
一曲詠い終って、手慰みに竪琴を爪弾いていると、カルミラが尋ねてきた。首を横に振り、元々あまり食べない事を告げると、カルミラは、もう一曲聞きたいと望んだ。
リシェアオーガは少し考えて、この季節にピッタリの、春の詩を詠った。
この季節に向こうの世界では、大地の神殿の春来祭や、村や街の華の祭に良く詠われる、極一般的な物であった。
花々は咲き誇り 彩りを添える
草木は新しい緑を添え 冬の終わりを告げる
水は雪を解かし、その恵みを育む
風は暖かさを運び 春の到来を告げる
そして我等は祝う 花の彩りを以てして
草木の息吹を以てして
厳しい季節の終わりを待ちわび
この季節の到来を感謝する
「春の詩ですか…。この季節の様に、暖かな詩ですね。」
「この詩は、春の祭りに詠われるもの。
今はまだ早いが、花が咲き乱れる頃になったら、向こうの世界の方々(ほうぼう)で、耳にする事が出来る。」
「楽しそうですね。私達も行けたら、良いのですが…。」
「来ればいい。
春来祭には間に合わずとも、生誕祭なら大丈夫だろう。」
聞き慣れない祭りの名に、カルミラは質問をする。
「生誕祭ですか?」
「神々の生誕祭。我のいる国にだけ、催される祭だ。
春来祭が無い代わりに、この大祭を国を挙げて行う。
極小さな国だが、それなりに賑わう。」
それは良いですねと、カルミラが嬉しそうに言った。
ファレルアとファンレムも興味深々らしく、彼等の会話に聞き入っている。
ルシェルドは複雑そうな顔をしたが、巫女を亡くさない可能性が出て来たので、満更でも無さそうだった。
禁忌と言われていた、向こうの世界を知る事は、特に不穏な出来事を引き起こさない様である。
まあ、これだけ好奇心旺盛な神が複数いるのだから、向こうの世界の事を知っても損はないだろう。
只、リシェアオーガ達から、教えられている向こうの世界の事は、まだほんの少しの事なので、何の影響も無いとも考えられるが………。
こうして、一応平穏な食事は、何事も無く過ぎて行った。
蛇足ですが、こちらの世界の竪琴の形は、ギリシャ神話とかに出てくる物と同じ形です。星座の竪琴座だったかな?と、同じと思って下さいね。




