第四話
リシェアオーガ達は、今回の誘拐犯(?)であるファレルアを連れて、炎の神殿から大地の神殿・カルエルムに戻った。
如何やら彼が攫われてから、一日ほど経っていたらしい。出迎えたのは、フェリスとディエンファム、レイナルだけで、他の者は出るのを控えていた。
大神官と聖騎士2人が代表なら、誰も文句は言わないだろ。
「「お帰りなさいませ、カルミラ様、ルシェルド様、リシェアオーガ殿。」」
「御帰りなさいませ、カルミラ様、ルシェルド様。
御帰りなさいませ、リシェアオーガ様。御無事で、何よりです。」
フェリスは、リシェアオーガに歩み寄り、微笑み掛ける。心配かけて済まないと、言うリシェアオーガに、御気遣い有難うございますと、返すフェリス。
他の二人は、リシェアオーガとフェリスの体格の違いに気付き、驚いた。
何時もならフェリスの方が、少しばかり大きい筈のそれが今、リシェアオーガの方が、フェリスより少し大きいのだ。然も、声も幾分か普段より低く聞こえ、顔つきも男らしくなっている。
服も緩さが無く、寧ろ窮屈そうな位だ。
だが、フェリスは、全く気にしていない様子だった。
「…リシェアオーガ殿。その姿は?」
「ファレルアを連れてくる為に、男に変えた。今、戻す。」
ディエンファムの問いに、そう返答すると一瞬で、何時もの背格好に戻った。
「やっぱり、便利。」
ファレルアの呟きに、ルシェルドは苦笑した。
然も、本当にそう思うのか?と言う問いに、思いっきり頷かれる。その様子を見たカルミラから、女性になりたいのですかと、聞かれると、少し考えて頷く。
理由は女性なら、イリーシアと一緒にいても、エルシアに嫌な顔されないからだった。
「ファレルアは、イリーシアが好きなのか?」
「友達。一緒に本を読んだり、話したりする。
でも、何時も、エルシアに見つかって、怒られる。」
リシェアオーガの問いに、素直に頷くファレルア。
その返答にリシェアオーガは、あの妹馬鹿の顔が直ぐに浮かんだ。
「ファレルア、今度イリーシアに会ったら、その事を彼女に話してみろ。
エルシアの撃退法が、判るかもしれない。」
リシェアオーガの意見に目を輝かせ、やってみると、ファレルアは宣言した。
その後、リシェアオーガから教えられた方法は実現され、ファレルアとイリーシアが、一緒に遊んでいる処を、彼等の神殿で良く見掛けられる事となる。
「カルミラ様、そちらの方は、ファレルア様ですか?」
ディエンファムがカルミラに尋ねると、そうですよと返事が返ってきた。今回の悪戯の首謀者ですと、厳しい目でファレルアを見つめる。
「お騒がせして、申し訳ない。」
素直に頭を下げ、ここに居る3人の神殿関係者に謝罪する。良く出来ましたと、言う風にカルミラが微笑むと、ファレルアはほっと、胸を撫で下ろした。
「ファレルア様も御考えがあって、行動されたのでしょう。
ですが、御願いがあります。今回の様に、他の方々を困惑させないで下さいね。」
「フェリスの言う通りだ。皆に迷惑と、心配を掛けての行動は、慎んでくれ。」
ルシェルドが釘を刺すように言うと、落ち込んだようにファレルアは下を向く。
きちんと反省しているなら、それでいいと言うルシェルドと、お説教モードに入るカルミラとで、両脇を囲まれたファレルアは、彼等に連行される様に神殿の中へ入って行った。
アルフィートは、他の一角獣とエセオシーオと共に、自ら放牧場に帰って行った。
残された4人、リシェアオーガとフェリス、ディエンファムとレイナルは、3人の神々の様子を、苦笑をしながら見つめていた。
「皆さんも、私の部屋に来て下さいね。」
振り向いたカルミラの一言で、残された者達も、その後に続いた。
カルミラの、駄々っ広い部屋に戻った一行は、先客がいるのに気が付いた。
空色の、波打つ柔かそうな肩までの髪、春の新芽を思い起こすような、若芽色の瞳は困惑を浮かべ、一歩も動けない様だった。
背はティルザと差して変わらない位で、体系もティルザより、やや肉付きが良い程の青年である。顔の作りは、ファレルアに似ていたが、少し大人引いた感じだった。
服装は膝位までの薄緑のチュニックと、その下には空色のシャツの長めの袖が、風に舞っている。渦を巻く様な風と羽の紋章、舞う羽を象ったような装飾が、紺碧の彩りを添えていた。
そして、彼の周りを取り囲む様に、ティルザとアルフェルトがいた。
「カルミラ、これは一体、どういう事なんだ?」
「勿論、貴方を逃がさない為ですよ。
目を離すと、直ぐに、何処かへ行ってしまわれるでしょう。」
「だからと言って、こんな頑固な結界作って…出られないじゃあないか!」
リシェアオーガが先客の方に目を向けると、そこには3重の結界が施されていた。
内側は、ティルザが張ったと思われる炎の結界、その外側は、フェリスが竪琴で張ったと思われる光の結界、そして、一番外側は、カルミラの大地の結界…だった。
確かに頑固だと思ったリシェアオーガの傍から、ファレリアが顔を覗かせ、その青年を見る。途端に、苦虫を噛んだ様に顔を顰めた。
「馬鹿が何故、ここにいる?」
「ファレルア…お兄様に向かって、何て口を…。」
「馬鹿を、馬鹿と言って、何が悪いか?馬鹿ファンレム。」
始まった言い争いに、カルミラが制止を掛ける。
「兄弟喧嘩は、それ位にして下さいね、ファレルア。ファンレムは、私が呼んだのですよ。
リシェアオーガ殿、こちらが貴女を選んで連れて来た、風神のファンレムです。」
先程の青年・ファンレムを見る視線に、鋭さを増したリシェアオーガは、力強い足取りでファンレムの許へ向かった。誰にも止められない歩みは、向かった相手の数歩前で止まる。カルミラの結界に触れたのだ。
「…と、巫女?!やっぱり、実物の方が綺麗だな♪
だけど、微笑んだ方が、もっと綺麗だよ。」
リシェアオーガの視線に気が付かないのか、周りの固まった空気の読めない御仁は、極上の笑顔で馬鹿丸出しの台詞を吐いた。
その馬鹿さ加減に溜息を吐き、彼に向かって言い放つ。
「ファレルアの言う通り、お前は、本当に馬鹿だな。然も、救いようが無い。
無論、救う気もないが…。」
真面目な顔で、真っ直ぐ見つめて言われた言葉に、ファンレムの、馬鹿丸出しの笑顔が引き吊る。
「そうですよ、リシェアオーガ殿。あまり近付かない方が、宜しいかと。
馬鹿が移っては、困りますから。」
「馬鹿が移る。」
「ファレの言う通り、馬鹿が移る。」
3人の神の口から、同じ意味の言葉が発せられ、ひで~とファンレムが、愚痴を零す。
彼等の忠告を聞いてか、結界の前でリシェアオーガは、今までずっと聞きたかった事を彼に質問した。
「ファンレムとやら、何故、私を巫女に選んだ。」
微量ながら怒りを含んだ声に、声も綺麗だとファンレム感心して、本題を答える。
「今までの巫女より、綺麗で、強そうだったから…かな?」
「強そう?」
「強かったらルシェルドの傍に、ずっと居て貰えるしね。
それに奴等と対抗出来る…かな?でも、女の子は、守られた方が、良いのかも…。」
理由を聞いて、下らないとリシェアオーガは思った。
そして、告げるべき事実を言った。
「私は、ルシェルドの傍には居られない。元の世界に戻る。」
「え~っ、それは困るよ~。だって、ルシェルドが安定しないよ~。
それとも、奴等に殺されるのが、怖いの?」
ファンレムの言葉で、ブチっとリシェアオーガの堪忍袋が、切れかかる音がした。
リシェアオーガは右手を伸ばし、3重にある結界を壊して(...)、ファンレムの首根っこを無言で掴み、その体を上に持ち上げる。
怒りに見据えた瞳はファンレムを捕え、その色を静寂の青色から、憤怒の真紅に変えて行く。その変化に、ファンレムは、畏れ、驚いた。
リシェアオーガから受ける気が、人間のそれで無く、別の何者か、いや、怒ったルシェルドの気と、似ていたのだ。
「我は人間如きが、倒せる者では無い。
だが召喚の理由が、今までの巫女より美しく、強いとは下らない。更に下らないのが、巫女が傍にいないとルシェルドが安定しないだとは。」
リシェアオーガは、一番知りたかった巫女に選ばれた訳を耳にし、そんな下らない理由で自分が召喚された事に、更なる怒りを覚える。
そして…ここの神々の行動にも、意見を述べる。
「然も、閉じた世界の神としては当たり前であろうが、他の世界に関与しているお前達が、自身の世界の事しか考えてないのは、問題があり過ぎる。」
己達の事だけを考えていた事を指摘され、こちらの神々はリシェアオーガを、止める事が出来なくなった。
勿論、彼の纏う気配にも、圧倒されていたのだが…。
そんな神々の様子も気に掛らない様で、リシェアオーガは続きを口にしていた。
「加えて、お前達の禁忌が難点だ。自身の世界の安定を、我等の世界に頼っているのに係わらず、此処の神々は我等の世界の事を知らない。
それ故に、今回の事が起こった。
我は、向こうの世界でいなくてはならない存在であり、無闇に世界を離れてはならない存在だ。…それをそなたは、こんな下らない無意味な理由で、我等の神々に無断で、我を世界と切り離した。」
一番言いたかった事を召喚した本人告げ、一旦口を閉じる。しかし、相手のファンレムから、反論の言葉が漏れる。
「…無意味…では…ない…ぞ…。」
だが、彼の言葉を、リシェアオーガは即答で否定をした。
「我を巫女と定めた事で、それは無意味だ。
そなたは此の結果、両方の世界の、崩壊の危機を招いた。」
リシェアオーガの言葉で、こちらの世界の全員が息を呑んだ。と、同時に、リシェアオーガを巫女とする事で、両方の世界の危機が本当に訪れるのか、疑問に思った。
だが、直ぐにそれが真実だと、リシェアオーガの口から語られる。
「…危機を…招く…なんて…嘘…だ…。」
「嘘では無い。我が存在は、我が世界を護る為にあるが、それが向こうの世界で消失すると、あるモノが動き出す。
今はまだ、他の守護する者達の御蔭で、封印が保たれている状態だが、それも長くは続かない。この世界が、閉じられている状態では、尚更だ。」
今現在の、向こうの世界の状況を話し、己の本音を付足す。
「もし、今回の事で、我等の世界が消失するのなら………
此の世界も無事では、済まさない。」
そう言ってリシェアオーガは、ファンレムから手を離した。ドスンと大きな音がして、彼が床に尻餅を搗いたが、誰も彼に近付こうとしなかった。
恐らく、真実を知って驚きのあまり、動けなくなっていたのであろう。只、フェリスとティルザだけが、真っ直ぐに、リシェアオーガとファンレムを見つめている。
首の諌めから、解放されたファンレムは、咳き込みながら、リシェアオーガを見つめた。先程の気が消え、まだ怒りが燻っている瞳と逢う。
「この世界は、あちらと、繋がっていない。あちらが滅んでも、こちらは大丈夫だ。」
「誰が、そんな事を言うたか。
我等の世界が滅ぶのなら、我は、此方の世界を許さない。
……我が、此の手で滅ぼす。」
一番重い口調で、重い言葉を綴るリシェアオーガ。
怒りの炎を宿した瞳には、何の慈悲も無かった。
その瞳を静かに閉じ、踵を返し、部屋を出て行く。
無言で出て行くリシェアオーガに、カルミラに一言、詫びを入れてから、退出したフェリスとティルザが、付いて行った。
一礼をして、退出して行く従者達を、彼等は遣る瀬無い気持ちで見送った。
突き付けられた真実に、重い空気が部屋中を満たしていた。




