第三話
外庭は光に満ち溢れていて、今が日中の盛りだと示している。カルエルム神殿から攫われて、どの位時間が経ったか、定かでは無いが、
神殿にいた時間は、夕方から夜にかけての時間だったので、少なくとも8時間位は経っているであろう。
カルミラの姿を見つけたリシェアオーガは、直ぐに彼に駆けつけ、心配を掛けたと謝罪する。微笑で受けて、怪我は無いかと確認をするカルミラに、大丈夫だと伝える。
彼等の遣り取りを見て、ルシェルドが嫉妬するかと思いきや、只の家族の遣り取りの様に見えたらしい。心配する兄が、妹(弟?)を気遣う図…誰の目にも、そう映る。
ファレルアも、カルミラの過保護に何時もの事と、何の驚きも見せなかった。
カルミラは、身内として認めると、対象に対して、かなりの過保護になるようであった。
「ところで、貴女を攫ったのは…ファレルアですか?
女性に、そんな無体をするなんて、そう育てた覚えはないのですが…。」
「カルミラ…、育てられた覚えはない。初めから、この姿。
ルシェルド、その巫女、本当に女?胸がない。」
ファレルアの胸が無い発言で、リシェアオーガの胸に触れた事が発覚した。
ルシェルドが無闇に触るなと、叱咤すれば、カルミラも頭を抱える。
「一体誰に、そんな事を教わったのでしょうね。差当り、ファンレムでしょうか?」
「違う。関係ない。…ウェルティーを見て思った。」
素直な感想に、カルミラも納得する。
だが、リシェアオーガは、聞き慣れない名前に反応した。
「カルミラ。ファンレムと言うのは、何者だ?」
「ファレルアの、双子の兄で、風神ですよ。
そうそう、今回の巫女の選定をしたのも、彼ですよ。」
今回の元凶の名を聞いたリシェアオーガは、不機嫌な顔になった。その表情を見て、胸の事で不機嫌になったのかと、思ったファレルアは、援護する様な言葉を掛けた。
「…あ…その、胸位は、如何にか…大きくする方法なら、幾らでもある。
気にするな。」
一瞬、何を言われたのか判らず、きょとんとした顔を、ファレルアに向けるリシェアオーガだったが、言葉を理解し、微笑みながら答える。
「気にしていない。というより、私は両方の性を持つ者故に、性別など、自分の意思で変えられる。それに、この姿は、性別の無い状態だから、胸がある訳が無い。」
「えっ?」
言われた事に驚いたファレルアは、何故、不機嫌になったのか考え直す。
そう言えば…巫女になった事を、『迷惑』と言っていたなと、思い出した。
「…巫女殿。我が馬鹿兄が、迷惑を掛けた。申し訳ない。」
素直に謝り、頭を下げるファレルアに、リシェアオーガは手を伸ばし、その頭を撫でる。
暗がりでは良く見えなかった─と言うか、見る必要無しと判断した─彼の容貌を、初めて日の下で確認する。
肩まで有るか無いかの短い、燃える様な紅い髪と、それと同じ色の瞳、そして、青年と少年の中間の様な背格好と顔…。
身の丈は、リシェアオーガより頭半分ほど、高いだけであった。
服装は、ルシェルドの服と同じ形の、紅を基調にした物で、炎を現した装飾と紋章が、胸の位置を朱色で彩っている。ルシェルドやカルミラと並んでも、幼く見えるその姿は、リシェアオーガより年若く見えた。
まあ、あくまで外見だけは…だったが。
撫でられた本人は、子供扱いされたのと、その心地よさで顔を赤くしている。何時もならば、そういう行為をされれば、直ぐに手を払いのけているのだが、出来無かった。
「そなたの兄が悪いのであって、そなたが謝る事で無い。
ファレルア、そなたは本当に、ルシェルドを慕っているのだな。」
初めて見透かされた自分の本音に、ファレルアは顔を上げ、リシェアオーガを見る。
からかわれている様子も無い、優しい微笑みについ、顔を背けた。
調子が狂うと、思っているファレルアだったが、逸らした先でルシェルドと視線が合い、途端、顔が真っ赤になった。
「相変わらず、可愛らしい反応ですね。本当に、兄のファンレムとは大違いですよ。
これからも、そうあって欲しいですね。」
「あの馬鹿の真似だけは、しない。似たくもない。」
余程嫌っているらしく、ファレルアは、吐き捨てる様に言う。
如何やら、兄弟仲は悪いらしい。
自分と兄との関係が一瞬、この兄弟と重なって見えたリシェアオーガだったが、先程の彼等の遣り取りで、全く違うと感じた。
一応、リシェアオーガは、兄を尊敬している。
頭の良い兄だが、その突拍子もない行動に、呆れてるだけの関係。
まあ、考えあっての行動故に、怒るに怒れない。
加えて知る事に関しては、貪欲な兄の止め役も担っていて、迷惑を掛けられまくっているのも事実である。
その為、暴走気味の兄に対し、良く小言を言っているのが常であった。
「取りあえず、ファレルアも、私の神殿に来て貰いますよ。
あっと、言い忘れる所でした。リシェアオーガ殿、例の方も捕え……いえ、招いていますから、思う存分に、質問攻めにしてやって下さいね。」
有無を言わさない、笑顔を浮かべるカルミラが、ファレルアとオーガに告げる。
これから長い、お説教時間の始まりと思いきや、場所をカルエルム神殿に移されただけだと、気付いたファレルアは、何故か、リシェアオーガの後ろに隠れながら、大きな溜息を吐く。その様子にリシェアオーガから、笑いが漏れる。
そして、ファレルアだけに聞こえる様に、小声で「頑張れ。」と告げ、言われた本人は、驚いてリシェアオーガと目を合わせ、真剣な眼差しで頷く。
「おやおや、リシェアオーガ殿と見詰め合うなんて、ファレルアも隅に置けませんね。」
「違う。巫女殿は…ルシェルドに似ている。…だから、無下に出来ない。」
「ルシェルドと似ている…ですか。」
カルミラから、揶揄する様に告げられた言葉を、ファレルアが即答をする。カルミラは、この答えに考え込んだが、リシェアオーガの方は、ファレルアの答えに頷きそうになる。
ルシェルドとリシェアオーガが似ている…、リシェアオーガにとって、当り前だと思う事を、真実を知らないファレルアが言ったのだ。
頭の良い子だなと、リシェアオーガは思った。
…彼にとって、ファレルアは、何時の間にか、子供扱いの対象になっていた。
取った行動が、余りにも幼いと感じた結果の、扱いであったが…。
「ファレは馬で行くか?それとも、飛ぶか?」
「馬は嫌い。我を嫌がる。故に乗れない。」
「じゃあ、私に乗りますか?」
アルフィートの言葉に、ファレルアは目を見開き、驚く。人間に乗るの?と聞くと、アルフィートは微笑み、その姿を変える。
一見見ると、大きな角を持つ馬──一角獣──の姿になり、ファレルアとリシェアオーガに近付く。
「ファレルア、アルフィートは私の世界の、一角獣の一種だ。炎を怖がる獣とは違い、属性を持つが故、そなたを乗せる事が出来る。
私と相乗りで良ければ、乗ってみるか?」
リシェアオーガの言葉に、大きく頷くファレルア。
余程嬉しかったのか、瞳が一層、輝いて見える。
「あ…でも、背が我の方が高い。リシェアオーガに後ろは無理。」
「こうすれば、大丈夫だ。」
そう言うと、リシェアオーガは、自らの体を男性に変えた。背は、先程の姿とファレルアとの差が逆となり、肩幅も少し広くなっている。
全体に、一回り位大きくなったリシェアオーガに、ファレルアはおろか、カルミラもルシェルドも驚いている。両性体だからと、リシェアオーガは理由を述べた。
彼等に告げた通り、向こうの世界の両性体は、自らの意思で性別を変える事が出来る。
先程教えられた事を、目の当たりにしたファレルアは、便利と一言、好奇心で潤んだ瞳に、微笑を添えて訴える。
女性の姿も見てみたいですねと、言うカルミラに、機会があったらと、リシェアオーガは返した。勿論、着飾ってだろうと、リシェアオーガは思っていた。
…その推測は大当たりで、リシェアオーガは後々、その姿を披露する事となる。




