第一話
新章、突入です。
カルミラのカルエルム神殿に帰った一行を、お留守番組──神殿騎士全員と神官全員ともいう──が迎えに来た。邪な気が消失したのを、逸早く感じての行動だった。
流石、精霊とその御友人達である。
待ち切れなかったらしい彼等は、あの土地の呪いが、如何やって消えたのかと、好奇心を剥き出しで、カルミラとルシェルド、そして、仲間のディエンファムに話し掛けていた。
彼等の間を拭って、アルフェルトとレイナルは、リシェアオーガ達と合流する。
「怪我はないのですか?」
心配そうに聞くレイナルへ、大丈夫だと、満面の笑みを浮かべて、リシェアオーガとフェリスは答える。ティルザは一言、疲れた…と言って、脱力している。
まあ、こう大勢に囲まれると、自ずと疲れて来る物である。
リシェアオーガ達は器用に、集まった人々の間を掻い潜り、自分達の部屋に戻った。
気配を断つ事の出来る、騎士ならではの行動である。
「オーガ、フェリス様、ティルザ。
どうなったか、事の顛末を、教えて欲しいんだけど。」
部屋に着くなり、アルフェルトに問われ、リシェアオーガは少し考えた。誤魔化すのも面倒臭いので、簡素に伝える事にした。
「ルシェルドが亡者達を葬って、呪いの闇が晴れたってとこ。」
「…一番最初に晴れた、大きな闇の事だよね。後に残った、小さな闇は?」
アルフェルトの言葉に、あの土地に行った3人は驚く。
まさか、あれが見えていたとは、思わなかったのだ。
「アル、何?その、小さな闇って?」
人前での言葉を使い、誤魔化そうとしたが、直ぐに、アルフェルトから否定される。
「僕とレイナルは、あの塔で見ていたんだ。他にも数人程ね。
勿論、カルミラ様の許可を得て、なんだけど…ね。」
「私達は、最初に大きな闇が、晴れるのを見ました。それを見て、皆と喜びましたが、その後に、小さな闇が残っていたのです。
不安が過る中、その闇に小さな点が…多分人と思いますが、向かって行くのが見えて、その人物がその場へ到着すると、小さな闇が恐ろしい声と共に消えたのです。」
アルフェルトとレイナルの説明を、リシェアオーガは真剣な眼差しで聞いている。
そして、誤魔化は利かないと気付き、一つ溜息を吐いて、何時もの口調で告げる。
「あれが見ていたのか…。誤魔化しようが無いな。」
「えっ、もしかして、あの向かって行った人って…オーガ?!」
頷くリシェアオーガに、フェリスが付足す。
「アルフェとレイナル殿も知っている様に、オーガ様は、神龍の王であらせられます。
あの闇は、神龍たる者の敵と言った方が、判り易いでしょう。」
「敵!!」
「我が役目は、あの邪な闇を倒す事。
その為の力と剣を持つ者が、我等神龍であり、王である。」
重っと、つい口にするアルフェルトへ、レイナルが突っ込みを入れている。役目はどれも重い物だと、諭すレイナルに、聞いている振りのアルフェルト。
その様子にリシェアオーガ達は、笑いを漏らし始める。
「アルに掛れば、どの様な役目も重くなるのだな。
私は、永年遣っていた所為もあるが、然程、重く感じない。
寧ろ、誇りに想い、嬉しく想う役目だ。」
「誇りか…。そう思えば、重くないね。」
「アルフェは、まだまだ、修行が足りないみたいですね。
良い機会かもしれません、オーガ様、アルフェを鍛えて貰えませんか?」
「えっ、オーガの特訓?!…興味あるけど、今は遠慮しとくね。
まだ騒動が起きそうだし…。今度、落ち着いたら、考えてもいいな。」
軽く返答するアルフェルトに、レイナルは一瞬だが、怪訝な表情を向ける。
巫女であるリシェアオーガが、この騒動が収集するまで、生きている保証が無いと思っていたのだ。
一方、アルフェルトは、生きて向こうの世界に帰るという口癖を、リシェアオーガから何時も聞いていたお蔭で、リシェアオーガの生存を信じるようになっていた。
この2人の考えの違いは、ルシェルドの巫女騒動(?)が終わるまで、変わらなかった。
レイナルとアルフェルトの、立場の違いを表す様に…。
「此処に、いらっしゃったのですか?」
人々に囲まれていたであろう、ディエンファムが、彼等の部屋にやって来た。彼にしては珍しく、息を切らせながらだったので、随分捜したと思われる。
「今回の功労者の方々が、姿を消してしまわれるなんて、酷いですよ。お蔭で、彼方此方を散々、捜し回る羽目になりましたよ。
さあ、カルミラ様とルシェルド様、それと皆が待っています。」
ディエンファムの言葉に、あの大勢の人波の中に、戻る必要があると判り、ティルザは、うんざりしていた。その様子に、リシェアオーガとフェリスは、微笑んでいる。
「ティルザ、諦めた方が、良さそうだぞ。」
「諦めろォ…なんて、ひでぇですよォ~。」
「ティルザさん。このまま此処にいる事は、無理の様ですので、やはり諦めた方が宜しいようですよ。さあ、参りましょうか。」
笑いながら言うリシェアオーガとフェリスに、ティルザは根負けし、再び彼等は、あの人波の中に戻って行った。
喧騒の中、リシェアオーガとフェリスは、平然と相手を交わしつつ、微笑だけは絶えさなかった慣れている様子の彼等を見ながら、ティルザも負けず劣らず、昔取った杵柄とばかりに、人をあしらっている。
それを見て感心する、カルミラとルシェルド。
やれば出来るじゃあないかと、思っているアルフェルトとレイナル。
ディエンファムは、唖然としている。
まあ、日頃の彼等、特に、ティルザとリシェアオーガを知っていれば、彼等の態度に不思議がるのも、当たり前だった。
元騎士と現神龍王の猫被りは、それは見事な物だった。
後で、反動が来るかもしれないが…。
そんな中、一人の騎士が、リシェアオーガに近付いた。
その騎士にリシェアオーガは、大地の気を感じなかった。
寧ろ、ティルザと同じ、炎の気を微かながら纏う者。髪の色は茶金色だったが、瞳には炎を宿す様な、赤みの強い茶色…。
他の大地の神殿騎士とあまり変わりの無い、中肉で長身の騎士だった。
「あの…、ルシェルドの騎士様、少し折入ったお話があります。」
「貴方は一体…?それに、何の御話ですか?」
「申し訳ございません、今は名乗る事が出来ません。ですが、ある方のお願いで、貴方を連れて来て欲しいと、頼まれた者です。
その方のお話とは、ルシェルド様の狂信者・ルシェリカ・アレウドの事です。
…ここでは話し難いので、あちらで。」
そう言って騎士は、庭の方を示す。
リシェアオーガは、罠だと感じつつも、この茶番に乗ってやろうと決めた。
人の目を掻い潜りながら、その騎士と提示された庭に出て行く。
仄かな月明かりの庭には、白い小さな花が咲き乱れ、その先にはもう一人、微量の月明かりでは定かで無いが、真紅であろう髪を持つ青年がいた。
恐らくその瞳も、髪と同じであろう。
服装はというと、こちらの物に関して詳しくないリシェアオーガには、判り難かったが、青年に近付くに連れ彼は、青年から強い炎の気を受け取っていた。
「初めまして。ルシェルドの聖騎士殿。そんなに警戒しないで、こちらへ。」
手招きする青年を前にリシェアオーガは、ある程度の距離を置き、止まる。
後ろから来た騎士が、行くように促すが、彼は全く動かなかった。
「御初に、御目に掛ります。貴方ですか?
ルシェリカ・アレウドの事で話があると、おっしゃる御方は。」
真っ直ぐ見つめるリシェアオーガに、青年は微笑を漏らす。
それを合図に、リシェアオーガの後ろにいた騎士が、彼の首に手刀を入れようとするが、彼は、それに気付き、余裕で躱す。
「中々やりますね。では、これで如何ですか?」
何時の間にか近付いた青年が、懐から何かの袋を取り出し、リシェアオーガの目の前に突き付ける。
恐らく香であろう、微かに漂う甘い匂いに、リシェアオーガは眩暈がした。
こちらの世界の、嗅いだ事の無い香の物は、彼に意識を手放させる。しまったと思った頃には、完全に意識を失い、紅い髪の青年の腕の中に倒れていた。
「やはり、向こうの世界の者のようだ。この香が、こんなに良く効くとは。」
実はこの香、こちらの世界の者には効かず、向こうの世界の者に効く物で、睡眠効果を齎す物であった。
その香を再び懐に戻し、青年は、リシェアオーガを横抱きに抱える。
「主?」
「巫女殿を連れて行く。くれぐれも、気づかれない様に。」
そう言い捨てて、青年達は、神殿の庭から去って行った。
巫女であるリシェアオーガを攫って……。




