第六話
塔から部屋に戻ったリシェアオーガとティルザは、フェリスと共に準備を始める。アルフィートは、準備が終わるまで、扉の近くで騒がず、じっとしていた。
「フェリス、これを渡しておく。いざという時に使え。」
フェリスが渡されたのは、白く輝く竪琴だった。それは、この世界にリシェアオーガが召喚された時に持っていた、皮袋の中に剣と一緒に入っていた物だ。
「これは…光の竪琴ですか?ですが、私には…。」
「大丈夫だ、私が許可する。主の許可した者なら、一時的に弾く事が出来る。」
「判りました。御借り致します。」
フェリスが、大事そうに胸に抱えたそれは、向こうの世界で【光の竪琴】と呼ばれる物。
光の神の創り出す鉱物である、輝石と呼ばれる物から作られ、ハープの小型版の様な形の、14本の弦を持つ特殊な竪琴である。神の御業でもあるそれは、持ち主を選び、その手以外では、弦を弾く事の出来無い代物。
例外として、唯一の主が認めた者にだけが、一時的に弦を弾く事も出来る。
リシェアオーガは万が一の為、それをフェリスに託した。
向こうの世界の神官の殆どは、竪琴若しくは、楽器の弾き方を教えられる。
何故ならば彼等の神話は、弾き語りの伝え方をしているからだ。
故に、得手不得手はあるにしろ、彼等は一様に楽器が扱える。ましてや、フェリスは神官の内で、竪琴の名手としても知られていた。
これを知っていたリシェアオーガは、万が一の事を考えてフェリスに、自分の持つ特殊な竪琴を渡したのだ。
ティルザはその様子を見ながら、普段腰に下げている自らの剣を、本来の剣に付け替えていた。紅い炎の色の鞘を持つ、炎の剣は、彼にとって、忌まわしい剣でもあったが、あの土地での己の罪を償えるのなら…と、いう想いで帯刀したのだ。
まあ、着けなければ、リシェアオーガの手で、強制的に持って行かせられるのは、想像出来たティルザの行動でもあった。
準備が終わったリシェアオーガ達は、カルミラの部屋に向かった。
扉の前で、丁度来たディエンファムと合流する。5人で部屋に入ると、そこにはカルミラとルシェルドが、着替えを終えて佇んでいた。
「皆さん、早かったのですね。」
「得物を変えるだけだった故、時間は、差して掛らない。」
と告げるリシェアオーガの剣は、布から出してあり、ティルザも帯刀している剣が、替わっている。そして、フェリスの腕には、見た事もない楽器があった。
「…フェリス、それは?」
気が付いたルシェルドが、フェリスに問う。彼等が見た事の無いそれは、全く武器とは思えなかった。
「これは、オーガ様から御借りしました、竪琴です。
此方のとは少々作りが違いますが、向こうの世界では一般的な物です。」
「まあ、特別製だけどなァ。」
「特別製…ですか?」
興味津々に聞くカルミラに、これも神々の御業の代物と、ティルザが答えていた。
「元々、光神の持ち物だ。邪気を払う力を持つ故、役に立つと思う。」
簡単なリシェアオーガの説明で、彼等は納得したらしい。
ティルザは何か、肝心な事が抜けている説明のような気がしたが、敢えて無視を決める。面倒臭いし、嘘は言っていないという判断であった。
…本当に嘘は言っていない、話していない事は多々あるが…。
集まった者達は、今回の足である一角獣のいる馬場に向かった。神殿の、例の塔の近くにある開けたその場所は、彼等の放牧地というか遊び場である。
そこには他の馬はいなかったが、ルシェルドの馬であるエセオシーオはいた。
「あの土地までは、彼等でなければ行けません。
普通の馬では怯えて、近寄る事も出来ないのですよ
幸いエセオシーオは神馬ですし、リシェアオーガ殿はアルフィート殿がいます。それに、大神官殿を乗せると言ってくれる者がいて、問題ないのですが…。」
「…多分~、俺は無理ィ。穢れきってるから、聖獣に乗れねェよォ。」
「ティルザ、お前は私とで、アルフに相乗りだ。」
「ティルザなら、大歓迎ですよ~♪」
アルフィートの陽気な返事に、ティルザは、一気に脱力する。
問題無いですねと、にっこり笑って、カルミラが言う。
陽気過ぎて能天気に見える、アルフィートに好かれていると思い、ディエンファムとルシェルドは、気の毒そうに生温く、ティルザを見ていた。
実際のところアルフィートは、久し振りの遠出に、羽目を外し過ぎてるだけなのだが…。
一角獣に乗った一行は、神殿の正面玄関では無く、当の近くの、生い茂る低い山の方へ足を進めた。
その道筋の方が、あの土地への近道であった。森の民でもある一角獣にとって山越えは簡単で、程無く、あの土地を囲む結界の傍に辿り着く。
4重、5重にも張り巡らされている結界に、ルシェルドは元よりティルザも驚いている。
それ程まで厳重にしなければならないモノが、此処に満ちている事を示す。
『私共は、ここまでしか行けません。如何か、ご無事で。』
一角獣達の心語が、彼等に別れを告げた。
それを合図に、カルミラ達は彼等から降りた。
『リシェア様、如何します?私なら、平気ですが…?』
アルフィートの言葉に、他の一角獣が驚いた様子だったが、リシェアオーガは、ここで待機するよう彼に命じる。万が一他の一角獣に被害が及ぶのなら、彼等を護る様、アルフィートに言い付けた上での判断だった。
『お前…平気なのか?』
昨日会った一角獣・ラナルが、アルフィートの話し掛ける。驚きを隠せない質問に、アルフィートは微笑ながら答える。
『私は龍馬です。リシェアオーガ様と神龍達と共に、【邪悪】という穢れと戦うのが、私の生まれ持った使命です。』
リシェアオーガを見送ったアルフィートは、誇らしげに胸を張り、真剣な眼差しで告げる。
『向こうの世界の龍馬とは、不可思議な存在なのだな…。』
こちらの世界の一角獣の呟きは、風に紛れて、何処行くと無く流れって行った。
一番外の結界に触れたカルミラは、それに何の損傷も無い事を確認する。
誰も、ここを訪れていない証しであった。
「…ここが…あの国跡か…。」
ルシェルドは結界を見ながら、悲しみと後悔の表情を浮かべる。
ティルザの方は何時ものおどけた表情が無く、何の感情も浮かべていなかった。
只、何かを見据える様に開かれた両目は、その結界の中のモノを見い出そうとしている。リシェアオーガは、幾重にも張られた結界を見て、カルミラに問う。
「この結界は、中から破られる度に増えていないか?」
「良く…判りましたね。外からの隔離を含めての物でしたが、外部より内部の方の損傷が酷くなり、こんなに増えてしまいました。
然も徐々に肥大しているので、今回の処置を取る事にしたのですよ。」
驚きながら、答えるカルミラ。リシェアオーガはその答えに、自分の勘が更に確信へと、変わりつつあるのを感じていた。
只の亡霊なら、内から結界を壊す力や肥大する力は無い。集合体とはいえ、余程の力ある魂でなければ、不可能に限り無く近い。
だが、リシェアオーガの感じているモノは、その力をも秘めているのだ。
「カルミラ、結界内に入るのは、ルシェルドとティルザ、フェリスと我だけの方が良い。
ディエンとそなたは、此処で待機して欲しい。」
「これは大地の結界です。私も結界を張った身ですので、お供しますよ。」
「かなり危険だ。我の推測が正しければ、先程の人選で良い。」
「オーガ様、これで結界を張れば、カルミラ様とディエンファム様も、御一緒出来ると思います。当事者ですから、事の顛末を御知りになりたいのでしょうし…。」
フェリスの提案に少し考えながら、ティルザをフェリス達の護衛に付ける。
ティルザの持つ剣となら、より強力な結界が出来ると判断したのだ。
「カルミラ、結界を解かずに、切れ目だけを入れれば良いのか?」
「出来れば、そうしたいのですが、無理でしょうね。」
ちらりとルシェルドを見て、カルミラは告げる。見られた本人は、無理だと断言するが、リシェアオーガは出来ると言い放ち、自らの剣を抜いた。
光の加減で様々な色を見せる、珍しい七色の刀身が鞘から現れる。
初めて見る刀身にカルミラはおろか、ルシェルドまで美しいと感じた。その剣でリシェアオーガは、迷う事無く結界を切る。
人が数人、入れる程の綻びは、それ以上広がる事無く、彼等を迎えるべく、その口を開ける。
「中に入ると、綻びが閉じるようにした。早く移動を。」
リシェアオーガに促されて、彼等は中に入った。
全員が入ると結界は元通りになり、何事も無かった様に閉じた。
勿論、結界内のモノが、外に出る事は叶わなかった。
リシェアオーガの剣が、それを阻んだ為に。
蛇足ですが、ティルザが一角獣に乗れない訳は、穢れているからでなく、炎の性質を持っているからです。(この世界の獣は、極端に炎を恐れるので。)




