第四話
カルミラとの話が終わり、その場からの暇を望んだリシェアオーガは、彼等とお休みの挨拶を交わし、元の部屋の向かった。
しかし…後からエルムドいや、アルフィートが付いてきた。気が付いていたリシェアオーガは、一旦足を止め、後ろを振り返る。
「アルフ、何処まで付いて来る気だ。そなたの寝る場所は、彼方だろう。」
馬小屋がある方向を指さし、アルフィートを諭すが、効果は無かった。仕方無いと思ったリシェアオーガは、彼に姿を変える様、指示する。
龍馬の姿から一変して、真っ白い長衣を着た、人の姿になったアルフィートは、リシェアオーガに駆け寄る。リシェアオーガに対してのみ、人懐っこい態度を取るアルフィートに、流石の彼も苦笑した。
「今夜は、一緒にいられますね♪リシェア様。」
嬉しそうに言う、類稀な美形の青年を従え、リシェアオーガは、迷わず部屋に戻った。
部屋には、食事を終えたと思われるティルザと、事もあろうかアルフェルトとレイナル、彼等を止めれなかったらしいフェリスもいた。リシェアオーガの帰還に、不機嫌な態度を見せたアルフェルトだったが、後ろにいた青年の姿を見て、愕然とする。
アルフェルトは、また拾い物をしたと思ったらしいが、フェリスは、リシェアオーガと同じ位の長さで薄藤色の、フワフワな髪と金色の瞳を見た途端、正体が判った。
「アルフィート様…ですか?」
「あ♪フェリ、久しぶりですね~♪」
嬉しそうに突進して、フェリスに抱きつくアルフィート。
幾分か、アルフィートの体格が大きいので、フェリスがすっかり隠れてしまっている。
食事をしないリシェアオーガに、激を入れようとしていたアルフェルトも、この光景に唖然とし、目的を忘れてしまった。
「え…と、彼は…知り合いなの?」
「アルフィート。これが、前に言っていた、友人のアルフだ。
アルフ、いい加減、フェリを離してやれ。」
は~いと素直に従い、リシェアオーガの足元で、ちょこんと座るアルフィートに、思わずティルザが噴出していた。
耳にした事のある、ルシム・ラムザ・シアエリエと、ラムザ・テルムの馴れ合い。
知った時、懐いた犬を連想させたそれが、目の前で起こっている。
本当に犬の様だと、ティルザは思った。
だが同時に、飼い主以外には牙を剥くいや、角を向ける獣だとも知っている。
まあ、飼い主の言う事には従順な為、辺り構わずに…とは、いかない様であったが。
「一応、紹介しておく。これはアルフィート。私に仕える者だ。」
「従者ですか?」
「いや、全く別の物だ。」
「私は、リシェア様…、リシェアオーガ様の従者ではありませんよ。付き従い、共に戦う…戦友みたいなものですね。
あ、神龍でもありませんので、悪しからず。」
物は言い様だと、リシェアオーガは思った。只、一応、正体を伏せて言っている事には、良しとした。まさか、あのエルムドという馬が、眼の前の青年・アルフィートだとは、気付かないだろう。
…直ぐに知れる事とはいえ、今の状況では説明し難いものだが…。
「アルフィート様は、こちらで?」
「はい、今夜はリシェア様の傍にいるつもりです。…駄目ですか?リシェア様。」
うるうるとした目を、リシェアオーガに向け、訴えるアルフィートに、リシェアオーガは溜息を吐き、その頭を撫でる。
「駄目と言っても、聞かないだろう。ティルザに、迷惑をかけるじゃあないぞ。」
その反対だろうと、内心突っ込むアルフェルトとレイナルであったが、リシェアオーガが子供扱いしている、アルフィートと言う人物に目を向ける。
金色の目は、人間に非ず。
そういう感じを受ける彼等は、アルフィートの正体を、何と無く感じ取っていた。
「アルフィート殿は、聖獣ですか?」
「レイナルは、如何してそう思う?」
「金色の目は人間にない物ですし、それに雰囲気が、あの聖獣達と似ていますから。」
「…鋭いな。レイナルの思う通り、アルフは向こうの世界の聖獣だ。
今は、人の姿をしているが…な。」
座ったままのアルフィートが、レイナルに向かって微笑む。
無邪気なその笑顔に、ついレイナルは和んでしまった。本当の姿が、どんなものかは計れないが、今の無邪気な青年の姿は、好感が持てる。
アルフェルトも同様だった。
が、本来の目的を思い出したアルフェルトに、リシェアオーガは詰め寄られた。
「食堂に来なかったけど、食事はいいの?食べないと持たないよ。」
諭す様に言うアルフェルトに、リシェアオーガは、如何説明するか、暫く考えた。
そして重い口を開ける。
「アル…申し訳ないが、今の我に食事は必要無い。此処は、大地の気に満ち溢れている。それが我の糧となる故、他の物では、代用が利かないのだ。
シアエリエ・ラムザ・ルシム─神龍の王であるこの身では…な。」
「人間と違うって事なの?」
「厳密に言えば、そうなるらしい。
神龍の王になるという事は、人間の殻を破り、精霊に近くなる様だ。自分の事なのだが…、良く判らないと言うのが本音だ。」
苦笑しながら答えるリシェアオーガに、嘘は吐いて無いと、アルフェルトとレイナルは判断した。不思議だねと呟くアルフェルトに、本当にと頷くリシェアオーガ。
これが、本来の神龍の王の成り立ちであったが、リシェアオーガ本人には当て嵌まらない。今は言えない事実故に、知っている本来の成り立ちを、彼等に教えたのだ。
リシェアオーガ自身、これを神龍達から聞いていた。
彼が神龍王になる前は、その方法で王たる者を生み、育む予定だった。だが、それらは尽く失敗し、その結果、リシェアオーガが神龍王となった。
リシェアオーガ・シアエリエ・ラムザ・ルシム──神龍の王・リシェアオーガ。
この世界にあっても、向こうの世界にあっても、異質である事は変わりなかった。
アルフェルトとレイナルが納得し、部屋に戻ると、リシェアオーガ達の部屋にも静寂が戻った。
未だ、リシェアオーガの足元に座っているアルフィートに、ティルザは話し掛ける。
「アンタ、あの龍馬だろうォ。何で、ここに居るんだァ?」
「リシェア様を追いかけて、巻き込まれたんですよ。で、普通の馬に化けてました。」
アルフィートの言葉を聞き、おや、と思ったティルザは、何かに思いあったらしい。
「…もしかして、オーガ様の暴れ馬かァ~。ええっと、確かエルムドだっけェ?」
「流石です♪リシェア様が傍にと、望まれた人ですね~。」
それは、ちょっと違うとティルザは突っ込むが、アルフィートは、きょとんとした目で彼を見つめる。龍馬の無邪気で、直向きな瞳に、見つめられた彼は口籠る。
リシェアオーガは、彼等の様子を、微笑みながら眺めている。
その優しい微笑みは、アルフィートの言い分を、肯定しているようだったが、気の毒に思ったのか、ティルザに助け舟を出す。
「アルフ、今日は、その辺にして於け。ティルザは人間故、睡眠が必要だ。我等と違って夜、眠らずにはいられない。然も、明日も朝から、荒事が控えている。
これ以上、ティルザの邪魔をして遣るな。」
判りましたと、応じるアルフィート。
この神殿には寝台が無く、寝具としての敷物と、毛布が用意されている。
これも大地を感じるという、一貫した特殊な仕組みらしい。ティルザに寝る様に促し、リシェアオーガ自身は、その敷物の上に座り、考えを巡らしていた。
アルフィートは、敷物の横に寝ころび、リシェアオーガの様子を見護っている。ティルザの事を考えて、喋るのは心語であった。
『リシェア様、あの気は…もしかして?』
『可能性はある。奴等は、異世界を渡る力を有するからな。
だが…まだ、確信は持てない。周りに雑多な思念が渦巻いている故、霞んで中心が見えないからな。それが無くなれば、自ずと判るのだが…。
まあ、問題の土地で、ルシェルドの力を使い、雑多な思念を取り除くのが先決だな。』
心語で語らう、龍馬と主を包み、闇は、沈黙と静寂を深めて行った。




