第二話
一通り挨拶が終わった後、目的地のカルミラを祀る神殿・カルエルム神殿に向かう事となった。
「カルゥ、それで来たのか?」
カルミラ達の馬を見て、ルシェルドが問った。
そうですよと、何気無い声で返ってきた言葉に、彼は溜息を吐く。
「幾ら急ぐからと言って、それを使うとは…。
私の馬は大丈夫だが、彼等の馬は、普通のものだ。それの足に敵うわけがない。」
カルミラの乗っている、馬らしき生き物をじっと見て、レイナルが声を上げる。
「…聖獣?…あ…神馬ですか?」
「神馬ではありませんが、聖獣の一角獣ですよ。まあ、角は見えなくしていますけどね。彼等の足は、かなり速いですから、協力して頂きました。」
さらっと言われ、脱力するレイナルとアルフェルト、ティルザの3人。フェリスはやはりという顔で、リシェアオーガは…内心、ここにも一角獣がいるのかと、驚いている。
リシェアオーガの様子に気付いたカルミラは、後で触れてみますかと、提案しようと思った。
彼の態度で、初めて見る聖獣に、触れてみたいのだろうと憶測したのだ。
只…事実は違ったが。
「彼等の足では、ここから半日ですが、普通の馬なら一日ですね。
日が暮れる頃には、神殿に着きますよ。
運悪く遅くなっても、夕食時には着くと思います。」
馬を走らせながら、カルミラは彼等に告げた。
思ったより近いらしい神殿は、その日の夕方近くに見えて来た。途中の休憩は昼食を摂る為、小さな町に寄った位だったが、それ程疲れた様子は無い。
カルミラとルシェルドは、リシェアオーガの体調を気にしていたが、旅慣れている本人にとっては、無用の物である。故に、少しの休憩で済んだとも、言えるのだが。
無事に、カルエルム神殿を抱く街・カルアに到着した。
イリューシカの街より小さく、彼方此方に緑が覗いていて、神殿は街の端、山に面した所にあり、高い塔を掲げていた。
この街には外壁が無く、誰でも気軽に通れるようであった。
「イリューシカの街と、全然違うんだ~。」
「あそこは、国の中心でもあるからね。王都じゃあないけど、大きいんだよ。」
リシェアオーガとアルフェルトの、和気藹々の会話を聞きながら、一行はゆっくりと街中を進む。馬専用の道が、整備されているこの街では、彼等が目立つ事はなかった。
只、相変わらず、ディエンファムの視線はリシェアオーガに向いていて、彼の一挙一応を、見逃さないとするかの様であった。
そんなディエンファムの様子に、カルミラが問う。
「ディエン、如何したのですか?」
「あ・・いえ、何でもありません。」
言葉を濁すディエンファムだったが、その心内を察してか、カルミラは続ける。
「リシェアオーガ殿は、本当にお美しい。貴方が魅せられるもの、無理はありません。
恐らく彼の性質にも、貴方は魅せられているのでしょうね。
ここでは人目がありますから、神殿に帰って、詳しい事を教えて差し上げますね。」
意味深な言葉を吐いたカルミラに、ディエンファムは驚くが、神殿に帰ったら、目の先にいる巫女に関して、何かが判ると納得する。
未だリシェアオーガから、視線を外せない訳も…。
カルエルム神殿に着いた一行は、カルミラの部屋に通された。
薄い緑の壁と枯色の床に、翡翠色の絨毯が敷かれ、木調の家具が配置された部屋は、温かみに溢れている。一見、普通の部屋に見えるそこは、異~常に広い部屋であった。
…普通の広さでは、なかったのだ。
イリーシア神殿で宛がわれていた、ルシェルドの部屋──それでもある程度広かった──の2・3倍はありそうなそこに、皆が集まった。
特定のテーブルと椅子は無く、各々が絨毯の上を直に座るのが、大地に触れると言う意味での、ここの形式だった。
「皆さん、お好きな所に座って下さいね。
ここは、大地に触れる為に、この様な形式を取っています。他の神殿とは違い、特殊なのですよ。」
大地は、生きとし生ける物に格を付け無い、つまり全ての生き物は、平等であるという事…それを伝える為に、この形式を取っていると、カルミラは告げる。
誰が何処に座るか、揉めるかと思いきや、あっさりと決まっていた。
カルミラの左隣にはルシェルド、右には彼の騎士であるディエンファム、ルシェルドの左横にはリシェアオーガが、その後ろに従者であるティルザ、空いてる横にはフェリス、そして、彼の近くには、アルフェルトとレイナルが座った。
只…カルミラが、リシェアオーガの横に座りたがった事は、余談だが。
(勿論、ルシェルドとフェリスによって、即、阻止された。)
円形に近い状態で、お互いが向かい合う形になり、カルミラが話の口火を切った。
「最初に、例の土地の件ですが、明日ここの塔から確認をして貰って、処理に向かう事になります。向かう者は、私とルシェルド、ディエン。
後の方はここに残って下さい。」
「…我も行く。後、フェリスとティルザもだ。」
リシェアオーガの言葉に、カルミラは首を横に振り、反論する。
「いいえ、貴女を、危険に晒す事は出来ません。ここに待機して下さい。」
「断る。それに…此処に来てから、妙に嫌な気を感じる。
カルミラ、あの土地は、この方角か?」
リシェアオーガが指さす方角に、カルミラは驚いて頷く。
リシェアオーガがその方向を、ぴったりと当てるとは、思わなかったのだ。
その遣り取りを心配そうに見つめるフェリスが、青醒めたような小さな声で彼を呼んだ。
「リシェア…オーガ様…。まさか・・・」
頷くオーガは、更にカルミラへ話しかけた。
「カルミラ、若しかしたら、我の持つ剣とティルザの持つ剣が、役に立つかもしれない。
後、フェリスの力も、借りるかもしれないが…。」
「貴女方の持つ剣ですか?」
「ティルザの剣は向こうの炎神が作った物、我のは神龍王の剣という、特殊な剣だ。」
特殊な剣という事にカルミラは、暫し考えた。そして、良いでしょうと同行を認める。
結果、お留守番は、アルフェルトとレイナルとなった。
アルフェルトは少し抵抗したが、フェリスが説得をした。
ティルザとリシェアオーガがいるから、自分は大丈夫だと。
その意見に彼は、渋々承知したようだ。
今までの遣り取りで、疑問に思ったディエンファムが、カルミラに質問する。
「カルミラ様、リシェアオーガ殿を危険を晒したくないと、おっしゃいましたが、彼は、ルシェルド様の騎士では無いのですか?」
「一応、教えた方が良いですね、ディエン。リシェアオーガ殿は、今回の巫女殿ですよ。」
「えっ…じゃあ、女性の方なのですか?それでは尚の事、此処におられた方が、宜しいのでは?」
「断る。我は女でも男でもある故、それは無用な心配だ。
自分の身は自分で護れるし、何より、この嫌な気が気になる。取り越し苦労でないければ、良いのだが…。」
口調の変化にも気付いたディエンファムは、怪訝な顔でリシェアオーガを見る。神に対して不敬な態度を取っているのが、気に障ったのだ。
ディエンファムの心を察してか、カルミラがリシェアオーガを擁護する。
「ディエン。巫女殿の態度は、仕方ない事ですよ。
無理矢理ここに連れて来て、この世界の神を敬えなんて、大きな事は言えませんよ。それに向こうの世界では、王族だったという事ですし。」
「…それはそうですね。では、神龍王と言うのは、あちらの世界の事柄なのですね。」
それを受けて、頷くリシェアオーガ。
そうですかと納得し、再び柔らかな微笑をディエンファムは浮かべた。
只、ディエンファムの胸に何か、重しが圧し掛かるような気がした。ルシェルドの巫女は須らく短命、その事を彼は知っている。
恐らく目の前の巫女も、知っているとは思うのだが、リシェアオーガの見せる態度は、全くそれを気にしていない様だった。
「それでは、明日の朝、朝食を終えたら、ここに集まって下さい。
あの土地を塔から、確認して貰いますので。」
カルミラから告げられた言葉に一同が頷き、彼の部屋から退出し、各々(おのおの)、案内役の神官に案内された部屋に入った。
ルシェルドはカルミラの左隣の部屋に、他の者は宿泊施設で隣り合った2部屋に通された。
彼等が入った部屋は、カルミラの部屋と色の配色と装飾は変わりなく、違いといえばは、少しこじんまりしているだけだった。
まあ、あそこが異常に、広過ぎただけだったのだが。
部屋割りは案の定、リシェアオーガとティルザ、フェリスとアルフェルトとレイナルであった。ここでもリシェアオーガと同じ部屋にされたティルザは、諦めの顔で入室する。
表向きリシェアオーガの従者である以上、この部屋割りは変わらない為、不服を言えなくなったのだ。
ふと、ティルザの頭に疑問が浮かぶ。
先程リシェアオーガは、ティルザの持つ剣が、炎神の作った物だと断言した。
何故、彼は判るのか?
普段持っている剣は別の物なのに、隠し持っている剣がそれである事を。
「オーガ様。さっき、なんで、俺の剣が、炎神の剣だと言ったんでェ?」
「お前から、微かながらだが、炎の神・フレィリーの気配がする。
しかし、お前の腕には、祝福の腕輪が無い。とすると後は、昔失われた、炎の神の創りし剣・フレィラナ・シェナムのみ。
だから、お前がその持ち主だと思った。…違うのか?」
「…流石だねェ。参りましたァ。」
頭を掻きながら、感心したティルザだった。
全く勝てない相手に、苦笑しか出てこない。
ティルザにとって目の前のリシェアオーガは、ルシェルドの巫女では無く、向こうの世界で最も尊敬する者である、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガとして、映っていた。




