第一話
翌日、朝早くリシェアオーガの部屋に、フェリスとアルフェルトが尋ねて来た。既に、朝食と着替えの終わっているリシェアオーガとティルザに、彼等は挨拶を交わした後、ルシェルドとカルミラ、レイナルに合流すべく、ルシェルドの部屋に向う。
途中で会う神官や騎士達の、好奇心の目も気に掛けず、一直線に彼等は主の下へ馳せ参じた。
そこで待っていたのは、予想通りの二人で、既に用意は出来ていた。
お早うのみの、ルシェルドの短い挨拶の後に、カルミラの挨拶が続く。
「お早いですね、皆さん。リシェアオーガ殿は相変わらず、お美しい。」
「御早うございます。」
リシェアオーガも一応、カルミラへ挨拶を返すと同時に、昨日会っただろうと、内心突っ込みながらも、歯の浮く台詞を聞き流した。
ティルザも挨拶をしながら、笑いを堪えている。
相当、カルミラの言い草が受けたらしく、アルフェルトも同じように挨拶をしながら、笑っている。何時も通り、事務的に仕事を熟しているフェリスだけは、淡々と業務用の微笑を浮かべながら、挨拶をする。
「ルシェルド様。カルミラ様。御早うございます。支度は既に、整っております。
後はイリーシア様とエルシア様に、御暇の挨拶を告げるのみとなります。」
フェリスの言葉を切っ掛けに、彼等はそれぞれの手荷物を持ち、イリーシアの部屋へ向かった。
そこには、イリーシアとエルシアの兄弟が揃っていた。カルミラが、今日出発する事を彼等に教えてい為だった。
部屋で待ちかねていたエルシアが、先に彼等と挨拶をする。
「一応、お早うだね。今日、出発するって聞いたよ。
ルシェルド…例の件、かなり危険だから、気を付けてな。……まあ、これと大神官がいれば、大丈夫な気もするが…。」
またリシェアオーガの事を、これ呼ばわりしているエルシアに、カルミラとイリーシアは注意する。呼ばれたリシェアオーガの方は、訂正する気も無く、別に気にしていない風であった。
彼等兄弟の部屋に、レイナルもいた。既に、仲間のハインツとバールンとの、別れの挨拶が済んでいるらしく、アルフェルトにハインツ達の言葉を伝えていた。
「ルシェルド、リシェアお兄様、お気をつけてね。…また、会いに来てね。」
イリーシアの別れの言葉でリシェアオーガは、微笑みながらその頭を撫でて、必ずまた来ると約束をしている。それをルシェルドとエルシアは、複雑そうな顔で見つめていた。
巫女であるリシェアオーガが、無事に、ここへ戻る事が出来無いと思っていたからだ。
【生贄の巫女】…その役目が、彼等の表情を曇らせていた。
だが、当の本人は、再会する気満々である。
彼等と別れの挨拶が済むと、イリエカ神殿から出発した。
カルミラの騎士は、イリューシカの街の外で、彼の馬と共に待機しているらしい。
ティルザの馬は、預けてあった宿屋から、神殿の方に来ていた。
赤毛の大人しい馬である。
「取りあえず、カルミラは…私と相乗りだな。」
「え~、ルシェルドと一緒ですか?私としては、リシェアオーガ殿と一緒が良いですよ。」
「申し訳ありませんが、御断りさせて頂きます。
エルムドは、人見知りが激しい馬で、私以外の人を乗せようとしません。万が一、カルミラ様を振り落して、御怪我でもをさせましたら、大変な事になります。」
リシェアオーガの言い分に、渋々彼は、ルシェルドと相乗りになる。ルシェルドの馬は、他より大きいので、大の男が2人乗っても大丈夫だった。
まだ早朝の、街が動き出す前の時間に、彼等は馬を走らせ街を出た。
お蔭で、あまり目立つ事は無かったが、その様子を、何者かが覗っていた。
黒いフードのそれは、街の路地の、闇の中に消えて行った。
街の出口で、真っ白な馬が2頭、佇んでいた。1頭には、騎士の姿があった。
恐らく、カルミラの聖騎士であろう。
「カルミラ様。御話が付いたのですね。」
柔らかな、低めの声がその騎士から聞こえる。そこに居るのは、翡翠色の外套を羽織った、20代位の男性だった。
癖のない薄金の髪は、後ろで三つ編みにされ、肩を少し過ぎたところまであり、優しさを湛えた双眸は、明るい萌葱色であった。体格は細身だが、弱々しくは見えない。
顔は…稀に見る美形。それ故か、人間離れをしている様に見えた。
乗っている馬も、不思議な感じを受けた。
馬であって馬で無い、そんな雰囲気を醸し出していた。
「彼の名はディエンファム、私の聖騎士ですよ。」
ルシェルドの馬から降りた、カルミラの言葉を受けて、かの美形は、馬上で優雅な挨拶を施す。
「初めまして、カルミラ様の聖騎士に任命されている、ディエンファムと申します。ところでカルミラ様、随分と大勢なのですね。
おや?大神官様と、エルシア様の聖騎士殿までいらっしゃる。
カルミラ様、何故彼等まで?」
「此方こそ、初めまして、大神官のフェリスと申します。
私はルシェルド様と、その騎士のリシェアオーガ様に付いて参りました。
此処に控えているのは、私の騎士のアルフェルトです。」
大神官としてフェリスが答え、柔らかな薄茶の髪がぺこりと下がる。納得したのか、ディエンファムの目線が、レイナルへ向かう。
「初めまして、私の名はレイナルと言います。
エルシア様から、彼等と共に行動するよう命じられて、ここにいます。」
「ああ、ルシェルド様の騎士と言うだけで、何かと面倒が起きますから。
貴方はそれを防ぐ為に、同行を命じられた訳ですね。」
思い立った事を口にした、ディエンファムの視線は、ティルザに移る。
そして、厳しさの増した視線が、ティルザに注がれる。
「御久し振りですね、ティルザ。貴方は…まだ、生きていらっしゃたのですか?」
「ディエン、俺は生きたくて、生きてんじゃあねェのォ。死ねないんだァ。」
「初めまして、カルミラ様の聖騎士殿。私の名は、リシェアオーガと申します。
此処に居るティルザは、私の従者ですが…彼が何か?」
リシェアオーガの言葉に驚いたディエンファムは、リシェアオーガの方に向き、その視線を動かせなくなる。
「…美しい…」
小さな呟きがカルミラの耳に届き、彼は笑いながら言い放った。
「ディエン、貴方も、そう思いますか?
ルシェルドの聖騎士殿は、本当にお美しいですよね。」
からかいの混じった、楽しげな声が響く。その声で我に返ったディエンファムは、顔を赤らめながら、カルミラに抗議するような形で、かの神の名を呼んだ。
リシェアオーガはその様子に、溜息を一つ吐いた。
何時もの事と、彼は捕えていたからだ。
「私の従者を御存じの様ですが、彼が何か、不都合でも起こしたのですか?」
はっきりと問う彼に、ああ、ディエンファムは頷き、答える。
「随分昔に、とある事件で彼と会いました。
その時、彼は犯人である商人の用心棒で、私は只の、自警団の剣士でしたが。」
「金で雇われてたんだよ~ォ、そん時はァ。
まあ、最初は、あんな奴だと、思っていなかったけどォ。」
ティルザの言い草で、何と無く真相が判ったリシェアオーガは、つい口を挟む。
「ティルザが、その商人を殺して、逃げた…訳ですか?」
「…その通りです。
犯人として、裁かれるべき者が死んでしまっては、元も子も無くなってしまいました。結果、事件は有耶無耶になり、裏で手を引いていた者も、判らないままです。
…この男の所為で…。」
怒りを顕にしたディエンファムに、平然としているティルザ。
彼に睨まれた位では、何とも無いらしく、薄笑みさえ、浮かんでいた。
「裏切るかもしれないから、気を付けろと言う忠告なら、要りませんよ。
彼をお金で雇っている訳では、ありませんから。私は、彼の腕を買っているのです。
埋もれさせるには勿体無い腕なので、私の従者になって貰ったのです。」
嘘だ~と思いながら、ティルザは聞いている。今、本当の事を言っても無駄な事を、彼は判っていた。呪詛で囚われ、罰を受け中などと、口が裂けても言えないし、自分の本当の目的を相手に教える気も無い。
リシェアオーガの説明に納得したのか、それ以上ディエンファムは、追及をして来なかった。
…リシェアオーガの美貌に、魅了された結果なのかも、しれないが…。




