第六話
リシェアオーガの制裁の方法(?)に納得した彼等だったが、ふと、レイナルだけが何かに疑問を持った。そして、それを口にする。
「そう言えば、巫女様。先程、エルシア様のお部屋で、聞き忘れてしまったのですが、貴女の事を、如何呼べば良いでしょうか?」
真面目に質問してきたレイナルに、一同は驚いた。本来なら、好きな様に呼べば良いと言うのだが、リシェアオーガには、如何しても呼ばれたくない名があった。
「巫女以外なら、何でも良いが…。
リシェアオーガでも、リシェアでも、オーガとでも、呼び捨てでも、敬称付きでも構わない。」
「巫女様と呼ばれるのは、お嫌ですか?」
「巫女は此方で、勝手に就けられた役目であり、本来の私を示すものでは無い。その名で呼ばれる位なら、リシェアか、オーガか、シアエリエ・ラムザ・ルシムの方が良い。」
「シアエリエ・ラムザ・ルシム?」
「彼方では、神龍の王という意味の神聖語だ。」
フェリスに説明を受けていたレイナルは、ああと納得した。
で、結果、オーガ殿と呼ぶ事になった。
真面目過ぎる~と、アルフェルトに言われたが、それ程打ち解けていないのと、巫女である事を重視したものであった。
レイナルに言わせれば、アルフェルトが慣れ慣れしいという事だったが、どっちもどっちである事には、変わりなかった。
昼食の時間を告げる鐘の音が、辺りに響いた。
その音が例の喧嘩の所為で、随分時間が経ってしまった事を、一同に知らせた。
「もう、そんな時間ですか…。オーガ様、御昼はどうしますか?」
フェリスの言葉に、リシェアオーガは考えてしまった。
騒ぎを起こした後に、食堂へ行くには気が引ける。
何故なら、周りの注目を浴びるのが、目に見えているからだ。かと言って、食べないと不信がられる…。
そんな考えを察してか、アルフェルトとレイナルが提案した。
「何か、軽い物を食堂から、貰ってこようか?」
「私とアルフなら、目立つ事もないでしょうし、昼食なら、部屋に持ち込みも可能ですよ。」
2人の案に頷いたリシェアオーガに、フェリスが続けた。
「では、二人に、御願いしましょうね。
私とティルザさんも目立ってしまったので、オーガ様と3人分を、御願い出来ますか?」
「判りました。そう言えば、オーガ殿とティルザ殿は、好き嫌いはありますか?」
首を振るリシェアオーガにと、タルガが駄目というティルザ。
只、量は少な目にと言う注文は、リシェアオーガが忘れなかった。
しなかった場合、どんな量を持って来られるか、判ったものじゃあなかった。
その量を食べ切れる自信は…彼に無かった。
2人が出て行った部屋で、リシェアオーガ達は彼等を待つ間、リシェアオーガは、これから行く土地の事をティルザとフェリスに聞いた。
「あの、呪われた土地とは、どんな所だ?」
「2千年前に滅んだ国があり、そこの亡霊達が、未だ彷徨い続ける所だそうです。
其処に生ある者が入れば、忽ち死を迎え、亡霊の仲間になるという、言い伝えです。」
「………大国が一夜にして滅び、その民人が未だ彷徨い、次なる犠牲を求める。憐れな土地だ…。」
一瞬の沈黙の後、急にティルザの口調が変わった。
何かを知っている様なそれに、リシェアオーガが反応する。
「ティルザ、そなたは、何故こうなったか、理由を知っているな。」
向けられた真剣な眼差しを受け、ティルザは、何時もの軽い口調に戻さず、続けた。
「昔、あそこには、破壊神・ルシェルドを祀る神殿があった。
然も、生贄を差し出す、悪しき神殿だ。
ある時代、一人の巫女が、騎士を伴って降臨した。そして、巫女は…そこの神官に騙されたルシェルドに…喰われた。」
「騙された?」
「ああ、巫女が他の男と…一緒に来た騎士と、恋仲だと騙した。
本当は、単なる主と従者の関係に過ぎなかった………。
あのクソ神は喰った後、この事実を知って…国全部を壊したんだ。」
怒りを露にした言葉の後、ティルザは虚空を見つめ、悲しみの籠った顔となった。
「………一瞬だった。皆、死んだと、自覚出来無い間に、全てが無くなった。
……そして、唯一…巫女と一緒に来た…騎士だけが…残った。」
恐らく、その騎士がティルザなのだろう。
悲しく歪む顔には、後悔と無念の念が感じられる。
リシェアオーガは、そっとティルザに近付き、その体を抱き締めた。驚くティルザに、リシェアオーガは告げる。
「護れなかった後悔は、もう止めろ。そなたには、他に遣るべき事がある。
だから、そなただけが生き残れた。」
「いや、俺は…自分の持つ剣のお蔭で、生き残ってしまった。
俺はその剣で、あの方を護れなかった。あの方を護る事が、俺の使命だったのに。」
力無く叫ぶティルザを、抱き締めたままのリシェアオーガは、彼の腰にある剣に触れる。その剣には何も感じなかったが、ティルザの言い分と微かに纏う気、知り合いに似た顔で推測出来たらしい。
「神の業物は、主の使命が終わるまで、その生を護る。
そなたの…本当の使命は、まだ終わっていない。」
「本当の…使命?…そんな、馬鹿な…。」
抱き締めているリシェアオーガを、ティルザの目が捉える。
不信感を浮かべたその顔に、リシェアオーガはふと、笑みを浮かべ続けた。
「神の創った物は主を選ぶと同時に、その主が本当の使命を全うするまで、その身を死から遠ざける力を持つ。
そなたが生かされている事は、まだ、そなたの使命は終わっていない。
それは事実だ。」
俺の使命…と呟きながら、考えているティルザへリシェアオーガは、彼の使命が何であるか、自分でも判らないと告げた。
「あの土地を、如何にかするのかもしれんし、他の…元主に係わる事かもしれない。
…ルシェルドに喰われた人間の魂が、今、如何なっているか、判らんしな。」
「恐らくは、ルシェリカ・アレウドの…主な立場にいる女性に、喰われたかと。
私の姉も、そうでしたから。」
フェリスの言葉に、ティルザの目が見開いた。彼は、その事を知らなかったようだ。
「じゃあ、姫はまだ、囚われているという事か!」
ティルザの厳しい声に、フェリスは頷いた。
ティルザは、姫と呼んだ者の魂を、解放する事に目標を定めたようだ。
前向きになって何よりだが、ルシェルドの事は、まだ燻っているらしい。
あのクソ神と、罵る事を忘れていないのだから。
それはそれで、良い結果と言えようが、フェリスの告げた事実は、リシェアオーガの心にも浸透した。死して尚、囚われている者がいる事は、リシェアオーガにとっても、耐え難きものであった。
『ルシェリカ・アレウドか…許し難き輩だな…。
尤も、我が命を狙った限りは、只で済ます心算はないが。』
リシェアオーガの心の中の、既に灯っている怒りの紅い火が、その勢いを更に増した。
何れ表に出るであろう、憤怒の炎は、リシェアオーガの中で未だ燻り続け、消える事は無かった。
…更に燃料を投下して、勢いが激しくなる事はあるとしても…。
食堂に行っていたアルフェルトとレイナルが、ハインツとバールンを伴って部屋に帰ってきた。大勢で食べた方が良いと判断したらしく、沢山の食料を持っていた。
一気に人口密度が増えた部屋で彼等は、テーブルとか椅子を片付け、部屋のど真ん中に借りてきた緑色の敷物を広げ、そこに持って来た食料を置く。
室内で、簡易ピクニック状態の出来上がり~であった。
各々が好き勝手な格好で座り、食べ物や飲み物を口にしていた。
フェリスは、ちゃっかりとリシェアオーガの傍に座って、世話をしようとし、ティルザと立場が違うよ~とアルフェルトに突っ込まれ、ティルザはハインツに食べろ~攻撃を浴びている。その様子をレイナルとバールンが、微笑ましく眺める。
そんなこんなの食事が終わり、後片付けも終えた後、各自が明日に備えて休む為、部屋に帰って行った。
賑やかな連中がいなくなり、部屋には、リシェアオーガとティルザだけとなった。
昼食前の雑談の事で、居心地が悪そうにしているティルザへ、リシェアオーガが話し掛ける。
「あの土地に関しては、そなたが、気に病む事は無い。自業自得だ。
只…何か引っかかって、仕方が無いのは事実だが。」
自業自得の言葉に、ティルザは一瞬目を見張ったが、相手が相手だけに苦笑した。
そう、犯された罪に対して、特に厳しいこの御仁にとって、彼等の所業は許し難い物でしかないのだ。
結果、招いたのは、この世界での厄災。
これを何とか解決するのは、この世界の神の手で。
リシェアオーガにとって、それは当たり前の事であり、向こうの世界の人間に関わりの無い事だ。只、彼の感が、何かを訴えている事は確かで、それが明らかになるのは、その土地に着いてからだと感じていた。
シアエリエ・ラムザ・ルシムの本能…そう言えば良いのだろうか?
新たな騒動に巻き込まれるのを、楽しむ自分がいる。
その事に、リシェアオーガは気付いていた。
「楽しそうですねェ~、オーガ様。」
何時もの口調に戻ったティルザが、リシェアオーガの様子を見て言った。
そうか?と答えるリシェアオーガに、そう見えますよォ~と、即答するティルザ。
楽しみはこれからだと、断言するリシェアオーガを、ティルザは、嬉しそうに見つめる。
彼に付いて行けば退屈はしない、そして、己の目的を果たす事が出来ると、ティルザは思った。
彼の長年の旅の終わりは、そこまで来ている気がした。
次回、新章突入です。
※蛇足ですが、ティルザの嫌いなタルガは、物凄~く辛い、タンドリーチキンみたいな料理です。




