第五話
一通り相手を伸したリシェアオーガは、ゆっくりとフェリス達の所へ向かう。
しかし、まだ動ける輩が、リシェアオーガの後ろ姿へ剣を振るった。その一撃は、リシェアオーガに当たるかと思われたが、彼の剣の方が早く相手の腕の骨を粉砕した。
「ぐああああああ~~~」
物凄い叫びが、辺りに響き渡る。鞘に入り布に覆われたままの剣で、意図も簡単に人間の骨を粉砕したリシェアオーガは、穢れたモノを見る目で相手を見つめている。
かの暴漢の叫び声を聞きいて、集まった人々が、広場へ目を向ける。
そこで彼等が目にした物は、大勢の倒れる者の中に一人だけ、平然と立っている情景だった。
一人佇む、美しい姿を目の当たりにして、言葉を無くす者、騒然とした光景に恐れ慄く者、そして、一人だけ立っている者が聖騎士である事に気付く者…。
騒ぎを聞きつけた人が集まり、段々と騒がしくなる辺りを無視して、リシェアオーガは、最後に剣を向けた者へ問う。
「誰に、頼まれた?」
リシェアオーガは素に戻った口調で問い、驚愕する相手を厳しい目で見つめ、答えを待つ。怒気を含んだ気配に圧倒され、一瞬、痛みを忘れた相手が、震える声で言う。
「…だ…れにも…頼まれて…いない…」
怯えながら告げられた言葉が、今までのリシェアオーガの経験上、嘘だと判る。
「嘘を吐くな。お前は……ルシェリカ・アレウド……破壊神を祀る、破滅の輩…だな。」
「何故…そう…思う…。」
「私がルシェルドの騎士と、知っていたからだ。
稀にしか出現しない為本来なら、どの聖騎士か判らない者を、騎士見習い風情が、一目見ただけで名指ししたのだからな。
ルシェリカ・アレウドの者なら、この紅き紋章で判るだろう。
……自分達の神の紋章だからな…。」
リシェアオーガの言葉を聞いて、更に相手の男は畏れ慄いた。自分が考えていた事が見破られ、年若い少年に、的確な推測もされていたのだから。
然もリシェアもオーガは、この男から悪しき禍々しい気を感じていた為、あの輩だと見抜いたのだ。永年の経験で培った勘が鋭い上に、相手の纏う気が読めるこの御仁に、嘘は吐けない。
それに気が付いた男は、口の中の何かを噛み砕いたようだった。
「毒で自害か…。大したモノだな。」
目の前で自殺をされても動じる事無く、無表情で呟くリシェアオーガ。
事が終ったのを確認したティルザが、フェリスを連れて彼の許に戻り、自分の仮の主の前で倒れている男に気付く。
「コイツ、動かねェなァ~。」
リシェアオーガの足元に転がっている男に対してティルザが、汚い物を触るかの様に足で動かすと、力なく転がった。途端、彼は、相手が死んでいる事に気付き驚く。
「うわっ、何だァ、これェ。死んでるのかァ、コイツゥ。」
「自壊した。ルシェリカ・アレウドの連中らしい。」
「破壊神を祀る、破滅の輩?!コイツ等が?!」
怒りを顕にするティルザに、リシェアオーガが頷いた。
この騒動は、ここも安全では無い事を、彼等に知らしめたのだ。
辺りの騒がしさに集まった、この神殿の聖騎士と神殿騎士達が、その中心であるリシェアオーガ達に近付いて来る。
何かしら、注意をしようとしたらしい聖騎士が、リシェアオーガの付けている紋章に眉を潜め、それに気付いたリシェアオーガが、彼等に侮蔑の眼差しを向ける。
「ルシェルド神の騎士か…、あまり派手な事をやらかすな。それでなくとも…」
「存在自体が、迷惑ですか?」
自分達の考えを指摘され、彼等は驚いた。だが、リシェアオーガは続けた。
「そういう愚かな考えが、己の隙を生みますよ。
その証拠にルシェリカ・アレウドの連中が、この神殿に入り込んでいます。」
「な!」
リシェアオーガの意外な反撃に、彼の傍に近付いた聖騎士が驚きの声を上げる。
それを横目に、リシェアオーガは言葉を続ける。
「この周りに伸びている奴等と、そこで死んでいる奴がそうです。
まあ、伸びている輩には、単に利用されただけの者もいるようですね…。」
言われて、辺りを見回す神殿騎士達だったが、見習いとは言え、自分達の仲間にしか見えなかったらしい。反論が、彼等から上がる。
「嘘を吐くな。彼等は、我々の仲間だ。そんな事は…。」
「おい、待てよ。此奴は見た事がない。見習いにしては、年齢も体格も可笑しい。」
リシェアオーガの足元で、死んでいる男を見た神殿騎士が、そう言った。他の仲間もその男を見分したが、見覚えのない事が判明した。まさかと口々に言う彼等に、先程の聖騎士が先導し始めた。
「他の見習いも、調べる必要がありそうだ。
手数を集めて、牢にでも入れておけ。手当の後で、全員調べる事にする。」
命令口調で纏める騎士に、他の騎士は従った。あれよあれよと言う間に、倒れている見習いは姿を消し、聖騎士数人だけがこの場に残った。
「しかし、お前、綺麗な顔している癖に、馬鹿力だな~。18人全員を、素手だけで伸したのか…。」
感心して呟く先程の聖騎士へ、無表情の瞳を向けながらリシェアオーガは、相手の様子を伺った。
アルフェルトと、あまり変わらない体格の男だったが、纏う空気が違う。
厳しく、真面目そうな雰囲気の男は、リシェアオーガの体格を具に観察している。
如何贔屓目に見ても、眼の前の騎士は、華奢としか言いようが無い。
素手で、この人数を倒せる体格で無い彼の、何処にそんな力があるのか、見極めようとしていたようだ。む~んと、考え込んでいる相手に、痺れを切らせたリシェアオーガが口を開く。
「何にか、不都合があるのですか?無いのでしたら、部屋に戻りたいのですが…。」
「ああ、えっと、事の次第を聞きたいのだが。」
リシェアオーガの声で、慌てて考えを中断した聖騎士は、一番重要な事を聞いて来た。それに彼は、簡単に纏めながら答えた。
「昨日の食堂で、この者達から、言い掛かりを付けられたのです。その場は、エルシア様の聖騎士殿の御蔭で収まりましたが、それに気を悪くした彼等が本日、私達がルシェルド様の部屋から退室して、部屋に戻る途中に待ち伏せを掛けたようです。
その際に、神官殿と私の従者が人質に取られ、此処まで連れて来られたのです。」
「……。」
無言で聞いている相手にリシェアオーガは、起こった真実をそのまま語る
「幸い、私の従者が腕の立つ者だったので、神官殿に被害は及びませんでした。
従者に安全な所へ神官殿を避難させて貰い、私が奴等を全員倒しました。」
「素手でか?」
「はい。此処に死んでいる者と向こうで2人程、倒れている者以外は、ほゞ素手です。剣を抜いて相手をする価値も無い者達だったので。
此処で死んでいる者は不意打ちをされた為、鞘に入ったままの剣で相手をしました。その後、この者は自壊しました。
如何やら口の中に、毒を仕込んでいたようです。」
淡々と述べるリシェアオーガに、眼の前の騎士は義務的に頷いている。
彼は、フェリスとティルザにも同じ事柄を聞く。
当たり前だが、全く同じ答えが返って来る。
3人の話に、不審な点が見当たらなかったらしく、何かあったらまた聞きに行くと言って、リシェアオーガ達を解放した直後、レイナルを伴ったアルフェルトが到着した。
遅かったと、のたまう二人に、仕方無いですよと、フェリスが慰めていた。
…本当に仕方の無い事であったが、この件のお蔭で、リシェアオーガに、喧嘩を売る騎士がいなくなったのも事実だった。
彼等も、リシェアオーガの実力を知って、懲りたらしい。
まあ、当たり前と言えば、そこまでなのだが。
無事(?)部屋に戻ったリシェアオーガ達は、明日に備えて休む予定だったが、先程の騒ぎの一部始終を、アルフェルトとレイナルに、話す羽目となった。
大まかな遣り取りを話した後、アルフェルトが頭を抱えた。
「オーガ、あれ程、手加減しろって言ったのに、全くしなかったんだね。」
「仕方ありませんよ。オーガ様の、一番御嫌いな手段に出られたのですから。
御怒りになるのは、当然です。」
庇う余地無しと判断したフェリスと、それに頷くティルザ。
当の本人はと言うと…。
「アル、一応剣を抜かなかったから、手加減と言えるよ。素手だけで、相手したもん。
まあ、怪我が治ったら、使い物なるかどうか、不明だけど。」
「やり過ぎ。…って言いたい所だけど、人質って手段は頂けないな~。
まあ、及第点としょっか。」
お許しが出たとばかりに、座っている長椅子へ、体を預けるリシェアオーガ。
お疲れになりましたか?とフェリスが問うと、首を横に振った。
疲れた訳では無く、気が抜けたと告げるリシェアオーガに、フェリスは何時もの様に微笑んだ。
その微笑を見て、レイナルは嬉しそうだった。師匠であるフェリスが、心から喜んで微笑んでいる事に、気付いていたからだ。
神官である為、何時も業務用の微笑を絶やさない師匠。
その彼が心から笑っている姿は、数える位しか、見た事が無かった。
そんなフェリスが、心からの笑みを絶えさずにいられる。
リシェアオーガという存在のお蔭と、レイナルとアルフェルトは感じていた。
2人の視線が自分に向いている事に、気付いたリシェアオーガは、何?と、いうような視線を彼等に返した。
「いや~、オーガのお蔭だな~と思って。」
「我が師匠でもあるフェリス殿が、こんなにも、お笑いになるのは、貴女の存在があるからです。感謝しますよ。」
2人の言葉を、不思議そうに聞きながら、リシェアオーガは答えた。
「感謝するのは、オレの方だよ?
フェリスが傍にいる御蔭で、怒りに我を忘れる事がないしね。だから、冷静な判断が出来るし、手加減も出来るんだ。」
「っていうと先程のあれでも、我を忘れていないってこと?」
アルフェルトの指摘に、大きく頷くリシェアオーガ。あの惨状でも我を忘れていな状態なら、それを忘れた場合、周りが如何なるか想像したくなかった。
恐らく、多分…血の海になっているだろう。 敵の命を奪う形で……。
アルフェルトの想像を察したか、リシェアオーガが不機嫌な顔で言った。
「アル、我は怒りで、無闇矢鱈に命を奪う事は無い。
寧ろ、その逆、永遠に苦しみを味あわせる事の方が多い。
死は解放であり、救済である故に…な。」
口調を戻したリシェアオーガの言葉の裏を、アルフェルトとレイナルは気付いた。
つまり自ら死を求めるまで苦しめ、痛めつけるが、リシェアオーガの信条である。
この物騒な御仁に彼等は脱力し、アルフェルトに至っては、ティルザへ同情の眼差しを贈っていた。彼の知り得る限り、ティルザが、リシェアオーガの怒りを買った事は明白であった。
ティルザは、向けられた同情の目を、判ってくれたかという視線で返した。
まあ、ティルザの罰がまだ手緩い方だと、アルフェルトは知らなかった。
上には上がある事を、後々彼等は、目の当たりにする事となる。




