第四話
「…で、カルゥ、私に話とは何だ?」
前の話が一区切りした所で、ルシェルドは、カルミラに問った。そうですね…と考えながら、彼はルシェルドに向き直る。
「覚えていますか?今から、2千年前に滅んだ国を。」
頷くルシェルドと、思い当たる節があるアルフェルトとフェリス、そして何故か、ティルザも頷く。リシェアオーガだけは、知らない事なので、黙って聞いていた。
周りの対応を見て、カルミラは続ける。
「あそこの土地が呪われているのも、知っていますか?」
「聞いた事がはあるが、確か以前、エルとイリィが浄化に向かったと。」
記憶を辿り、告げられた言葉にカルミラが、その結果を話す。
「はい。前に、彼等に浄化を頼みましたが……出来なかったのです。」
「えっ?!」
「な…出来なかっただと?」
アルフェルトの驚きの声とルシェルドの言葉に、カルミラは真剣な表情で頷いた。
「ええ、幾らかは、浄化出来たのですが、完全にとは言えないのです。
彼等の力を以てしても…です。ですから、貴方の力を借りたいのです。」
「私の破壊の力を…か?」
「はい。」
「無理だ。私には……。」
ルシェルドが断ろうとした時、リシェアオーガが口を挟んだ。
「出来るのではないのか?浄化では無く、無に帰す事で。
それなら、破壊の力でも出来る筈だが。」
リシェアオーガの言い草に、ルシェルドが目を見張った。
今まで考えた事の無い、力の使い道だったのだ。それを、目の前の巫女が示唆した。
カルミラも、自分が考えいた事柄を、巫女が言い当てた事に驚いていた。
そして何故、リシェアオーガがそれを知っているのか、カルミラは問いたくなり、その思いが無意識に口から溢れていた。
「巫女殿。何故、貴女は、その方法を知っているのですか?」
問われたリシェアオーガは、そんな事かと、言うような表情で答えた。
「向こうの世界の…神々の一人が、その力を持っている。
……破壊の神という、二つ名を持つ神がな。」
【破壊の神】という名を、遠い目で言う彼に、カルミラとルシェルドは息をのんだ。
向こうの世界に、ルシェルドと同じ役目の神がいるとは、思わなかったのだ。
リシェアオーガの告げた言葉に、フェリスは補足した。
「厳密に言えば、かの御方は、破壊の神ではありません。
御力は似ていますが、あの御方の御力は全てを護る為の物であり、無闇矢鱈に、全てを破壊する御方ではありません。」
厳しい口調で告げるフェリスの声を聞きながら、リシェアオーガは静かに瞳を閉じ、俯き加減になる。何も示さない静かな表情に、カルミラとルシェルド、アルフェルトさえ、言葉を失った。
再びリシェアオーガが口を開くまで、その沈黙は続く。長い様で、短い沈黙であったが、それを破るリシェアオーガの静かな声が、部屋に響いた。
「…かの神は…怒りに身を任すと、破壊の神に為り得る。
だが…それでも…かの神は、向こうの世界を…愛している…。」
リシェアオーガの閉じられた瞳に、何が映っているのか判らないが、珍しく彼は、一言一言、声を振り絞りながら言葉を綴る。
何時の間にか、前方で合わせられた両手は力強く握られ、震えていた。俯いた顔は、どの様な表情を浮かべているか、誰にも判らなかった。
そのリシェアオーガの言葉に、反応するかのよう、フェリスが続ける。
「かの御方は、愛する者達の為だけに、怒れる御方です。
理不尽な事に対してのみ、その怒りを顕わにされる御方…その御方こそが、私の仕える神です。」
真剣で、誇らしげに告げるフェリスにルシェルドは、これ程までフェリスに慕われ、仕えられている神が羨ましいと思った。
自分に彼の様な神官は、仕えていない。
周りの村人達、騎士達は違ったが、身近にいる神官は、彼の事を腫れ物に触るように扱う。フェリスの様に、絶対の信頼、絶対の忠誠を誓う神官がいないのだ。
ふと、ルシェルドは、リシェアオーガの方を見た。
俯いたままで、何も言わなくなった彼を心配し、その傍に近寄る。そして、彼に向けて手を伸ばすが、その手を素早く、手を伸ばされた本人が掴んだ。
顔を上げ、ルシェルドを睨み付ける様に、厳しい視線で見つめるリシェアオーガは、先程の事を断言する。
「ルシェルド。かの神に出来る事なら、そなたにも出来る。絶対に!
この私が保障する。」
「…本当に出来るのか?」
嘘を吐いている様には見えないリシェアオーガに、ルシェルドは確認するかの如く尋ねた。視線を合わせたまま、力強く頷くリシェアオーガ。
信じてみようと、ルシェルドは思った。
破壊しか出来無いこの力が、何かの役に立つなら、それで良いとも。
ルシェルドの気持ちを悟ったカルミラは、先程の件の話を続けた。
「話が纏まった様ですね。ところでルシェルド、何時、あの土地に向かいますか?
私としては、なるべく早い方が良いのですが。」
そうだな…と考えるルシェルド。
結果、今日一日休んで、明日の朝出発となった。
日程は決まったが、ふとリシェアオーガは、ある事を思い出した。
イリーシアに、聞きたい事があったのだ。これから尋ねに行くべきか、如何か考えていると、彼の態度に気付いたカルミラが、問ってきた。
「如何かしましたか?」
聞かれて、カルミラの方を向くと、リシェアオーガは素直に答えた。
「イリーシアに、聞きたい事があったのだが…時間はあるのか?」
「彼女に聞きたい事ですか?もし宜しければ、私にも、聞かせて頂けませんか?」
カルミラの提案に、リシェアオーガは戸惑ったが、意を決して口に出した。
「誰が我を巫女として選んだか、そして、その理由も。彼女が知っているらしい…」
「ああ、それなら、私も知っていますよ。
彼女の同様、その場に立ち会った訳ではありませんが、本人から、聞き及んでいますから。」
リシェアオーガの言葉を遮って、カルミラから伝えられた事は、彼に衝撃を与えた。
ついでとばかりに、カルミラは、強かさを覗かせた提案をしてきた。
「イリーシアの代わりに、私が教えて差し上げますよ。但しそれは、この件が終ってから…という事で。彼女には、私が教える事を伝えておきますね。
それと、明日からは強行突破になりますから、今日は一日、ゆっくり休んで下さいね。」
頷かずにいられない状況と、釘を刺すかの様に告げられた言葉でリシェアオーガは、苦笑しながら従った。他の者も従い、取り合えず、話し合い(?)はお開きになった。
カルミラを残したまま、ルシェルドの部屋から退出した4人・リシェアオーガ、フェリス、ティルザ、アルフェルトは、今後の事を話し合った。
まずはこの事を、同行するであろうレイナルに伝える為、アルフェルトが彼等の部屋を訪ねていき、残った面子、フェリスとティルザ、リシェアオーガは、宛がわれた部屋に戻る事となる。
その途中…運悪く、あの連中に出会ってしまった。
いや、彼等が待ち伏せを咬ましたとも、言えるだろう。
最悪な状況に、ティルザは舌打ちをしたが、彼等の目的は、リシェアオーガ一人。
無視しようにも、大勢で囲まれてしまった状況では、難しかった。
無礼な輩の相手をする為、リシェアオーガは、それらへ質問をする。
「何か、御用ですか?」
平然と言い放つリシェアオーガに、フェリスとティルザは、しまったと思った。
リシェアオーガは、この売られた喧嘩(?)を受ける気、満々だと気付いたのだ。
気の毒にと、ティルザは思った。
只今、リシェアオーガは、不機嫌絶好調♪(?)だった。
原因は…とある御仁達であったが、本人達に当たる事は出来無い。しかし、今、幸か不幸か、代わりの犠牲者達が、自ら名乗り出た状態なのだ。
にっこりと嬉しそうに、微笑んでいるリシェアオーガを、止める事が出来無いフェリスは、溜息を吐き、小声で遣り過ぎない様にと注意だけはした。
一瞬、リシェアオーガの微笑に、怪訝な顔をした連中だったが、直ぐ威勢を取り戻す。
「用があるから来たんだ。 ちょっと、その綺麗な顔を貸しな。」
一番体が大きく、ゴツイ顔をした男が、凶悪な顔を向けながらリシェアオーガに指図する。
やれやれと思いつつも彼は、フェリスとティルザに部屋も戻る様、指示したが、連中は彼等を解放ぜず、一緒に来るように促す。
どうやら、人質にする心算らしい。
何処までも卑劣な奴らだと、リシェアオーガは呆れ返った。ついでに言うと、先程の彼等の行動と言葉使いで、既に手加減をする気も無くなっている。
神官騎士が聖騎士に対して無礼を働き、ましてや人質を取るなど、騎士の風上にも置けない者達の行動…。これ等事柄は、リシェアオーガの怒りを買う条件を、ほゞ満たすものであった。
リシェアオーガの一番大嫌いな手段を使って、然も平等である筈の神を、信者を、彼等は差別しているのだから。
怒りの矛先を向けた…いや、標的と見做した相手に、リシェアオーガは再び質問をする。
「で、何処に、行くのですか?」
「ついて来れば、分かるさ。」
想像通りの答えが帰って来て、在り来たりだと思いながら、連中の後を付いて行く。
にやにやと嫌な笑いを向けられたまま、連れて行かれた先は、神殿の裏庭の何も無い、人気も無い広い場所であった。そこに着くとリシェアオーガは、ティルザに小声で自分の傍から離れ、フェリスを護るよう命じた。
「お前達は、こっちだ。」
案の定、リシェアオーガとティルザ&フェリスは離された。その途端、ティルザは相手を伸して、フェリスを安全な所に避難させる。
「オーガ様~、存分に、暴れて下さ~い。」
ティルザの声援(?)に、快くしたリシェアオーガは、囲んでいる相手を挑発し始めた。
「さあ、如何します? 人質はいなくなった様ですが、それでも始めますか?
それとも、尻尾を巻いて逃げますか?」
ティルザの技量に驚いた連中は、追撃となるリシェアオーガの挑発に、まんまと乗って来た。
抜身の剣を彼に向け、舐めるなと、お決まりの台詞を吐く者共をリシェアオーガは、剣を構えずに応戦する。ある者は吹き飛ばされ、近くにあった木へ激突して気を失い、またある者は彼の拳で打ちのめされ、地面と仲良くなっている。
只、どの連中も、怪我無しに倒れる事は無い。
その有様を見た残りの連中は、一斉にリシェアオーガへと掛って行った。
だが、誰も彼に剣を交える事無く、打ちのめされて行く。最後に一人に至っては、剣を素手で掴まれ、それを圧し折られていた。
行われている事は残酷な物だったが、傍から見ればリシェアオーガのその動きは、まるで舞を舞うかの様に、優美であった。
まあ、やられた相手は災難であり、自業自得だったが。




