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破壊する者  作者: 月本星夢
波乱の幕開け
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第二話

 最初に目覚めた部屋へ、リシェアオーガは戻った。

無残に引き裂かれ、ボロボロになった衣服は、新しい物に替えられ、再び寝台の上に横たわっていた。

眠りによって内なる力が回復し、再生した体も馴染んで動ける様になったリシェアオーガは、自らの体を寝台から起こし、辺りを見渡す。時間にして、数時間程度だろうか。

先程と太陽の位置は、あまり変わっていない様子だった。 時間を確かめたリシェアオーガの目に、あの青年神官が映った。

「御目覚めになりましたか?」

リシェアオーガを確認した彼は、何の躊躇も無く、そう言葉をかけた。

彼が目覚めるまで、ずっと傍にいたらしい青年神官を、リシェアオーガは見つめた。

「ルシアラム・フェリス、…フェリス神官だな。」

一瞬動きが止まった青年神官は、少し微笑みながら答えた。

「やはり…御判りになりましたか…。」

「何故、此処に?確か…そなたは、随分昔に行方不明になって……まさか、此処へ連れて来られたのか?」

「連れて来られたというより、巻き込まれたと言った方が、正しいのかもしれません。先代の巫女が私の…姉だったので…・。」

そう言うと、フェリスは、その口を重く閉ざした。

「そうか…辛い事を聞いて、済まなかった。」

リシェアオーガの謝罪に、いいえと、首を振る青年神官・フェリスだったが、その瞳には悲しみが宿っていた。


フェリスを見つめていたリシェアオーガは、人の気配を察し、ふと、それを感じた方向へ向いた。

先程居た部屋に、通じる扉の方向だった。

扉の前には、あの黒髪の青年が立っていた。

フェリスもリシェアオーガと同じく、青年に気が付いていたらしく、そちらに向き、座っていた椅子から立ち上がり、そのままの姿勢で深々と頭を垂れていた。

「体はもう、大丈夫なのか?」

リシェアオーガが起き上がっている寝台に近付きながら、青年は尋ねた。頷くリシェアオーガに、ほっとした表情をしたが、直ぐにその顔は悲しみに曇った。

理由を察したリシェアオーガは、青年に言った。

「食欲とは、本能に従った行為だ。何も恥じる事は無い、と思うが…。」

だが、この言葉に青年は、反論した。

「これが、逆らえない本能であっても、私の理性が…心が、それを良しとしない。

私は…人間を喰らいたくはないのだ。」

「想いがそれを否定し、それを拒む…で、お前は如何したいのだ?

…そう言えば、名前を聞いていなかったな。我が名は、リシェアオーガ。

お前の名は、何と言うのだ?」

リシェアオーガの問いで、青年は驚いたが、直ぐに名を告げた。

「私の名は、ルシェルド、この世界の…破壊神と、呼ばれる者だ…。」

青年の、噛締める様な名乗りに、リシェアオーガは、少し動揺している様に見えたが、それも一瞬の出来事に過ぎなかった。


「此の世界の…破壊神が、我に何の様だ?

何故我が、此の世界に引きずり込まれた? 勝手にも程がある!!」

リシェアオーガは、寝台から飛び降り、今にも掴み掛ってくる勢いと、少々怒りが混ざった口調で、青年・ルシェルドを睨みながら言い放つ。

目の前にいるのが、神と判っていても、全く変わらない態度であった。

普通の人間なら、もう少し、態度が変わっても良いものであるが、人間が神に抱く、(おそれ)れや敬いの姿が、リシェアオーガには全く見られなかった。

先程のまでの態度、同等の者と対峙しているままであった。然も、傍にいる神官・フェリスは、その振る舞いを(いさ)めない。

ルシェルドは、不思議に思ったが、向こうの世界──フェリスやリシェアオーガのいた世界──の事は知らない、いや、知ってはいけない故に、何も聞かなかった。

この世界で、神々が他の世界の事を知る事は、禁忌(きんき)でもあった。

その理由は知らぬが…。


 リシェアオーガの怒りも、当然だと思ったルシェルドは、(なだ)める様に理由を告げた。

未熟な自分には、力の元となる物が必要だと。それが、リシェアオーガ達の世界の、人間の血肉である事、自分では、その人物を選べない事を。

そして、もう一つ、彼に告げれない真実があった。それは…生贄の巫女は、ルシェルドにとって、【大切な想い人になる】事であった。

だが…目の前の巫女たる人間に、そういう想いが抱けるかと、ルシェルドは疑問に思っていた。

そう、今回の巫女は、如何見ても、少年にしか見えないのだ。

「…何か、言いたそうだな?」

不意に聞こえた、リシェアオーガの声に、ルシェルドは暫し戸惑ったが、決意を決めリシェアオーガに尋ねた。

「今まで男が、巫女になった事はないのだ。だが、私の目には、如何見ても、お前が男に見えるのだが…お前の性別は、何だ?」

そんな事か、と呟いて、リシェアオーガは問いに答える。

「我は、男であり、女である、つまり、両方の性を持つ、両性体だ。

この世界には、存在しないのか?」

頷くルシェルドに、納得するリシェアオーガ。 彼は、あの老神官達の言葉を、思い出したのだ。

 両性体であるが故、女性しかなれない巫女に選ばれたのは、(あなが)ち間違えでは無い、自分は女でもあるのだからと、先程の言葉に付け加えていた。

「まあ…我は動き易さから、好んで、この中性的な姿をしている。

邪魔になる胸も、下の物も無いからな。」

…性別を示すものを、邪魔になると、(しょう)するこの御仁に、ルシェルドは驚いた。

少なかれ、それらは普通、自慢になるもの、誇張するものであるからだ。

「不思議な人間だな…、お前は…。」

「そうか?動く事を考えれば、そうなるだろう?」

性別を誇示する必要の無い、リシェアオーガにとって、ルシェルドの驚きの方が不思議だった。彼にしてみれば、性別が決まっている者の考え方の方が、不可思議なものであった。

「動き難いといえば、先程の服の事だが…フェリス、もう少し、動き易い物は無いのか?」

巫女服の事を言っているらしいのだが、正式な物である為、フェリスは如何するか、ルシェルドに尋ねた。

正式な巫女服は長衣の様に、足の踝まである長い丈で、裾もそんなに広がらない為、激しい動きが出来無い。

まあ、巫女である以上、激しい動きをする必要は無いのだが、リシェアオーガは先程の事を思い出し、動き易い服の方が、都合が良いと感じたのだ。

「今はまだ、巫女がここに降臨した事を、広めない方が良いだろ。

フェリス、何か他に良い物はないか?」

ルシェルドの提案でフェリスが素早く、神官に仕える騎士の服は、如何かと答えると、ルシェルドは特に問題無いとして、それを許可した。

その言葉を聞いたフェリスは、それを用意する為、即座にこの部屋から退出した。


二人っ切りになったルシェルドとリシェアオーガは、暫し沈黙の中にいた。 

何時間、いや、何分かもしれない、その沈黙を、突然の来訪者が破った。

「フェリス神官様は、いらっしゃいますか?」

たった今、開け放たれたばかりの、廊下側のドアに、一人の長身の、白い服を着た青年が立っていた。年の頃は、フェリスより2・3歳上に見える。

柔かい薄茶の、ややウェーブの掛った髪を、肩のあたりで一つに緩く結び、深い緑の瞳の精悍な青年…騎士のような身形(みなり)であった。

青年は、リシェアオーガとルシェルドの、二人だけしかいない事を認識すると、不意に顔を赤らめ、言葉に詰まってしまった。 

如何やら、良い雰囲気の、恋人同士に見えた様だ。

向かい合って、見つめて(?)いたのも効したらしい。実際のところは、睨み合っていた様なものだったが…。

「し・失礼…しました…。」

やっとの思いで、出した言葉と共に、ドアを閉じようとした彼へ、後ろから声が掛った。

「何をしているのです?アルフェ。」

突然、掛けられた声に、アルフェと呼ばれた青年は、飛び上がりそうな勢いで驚いた。

「ふぇ・ふぇ・りす・神…官……さ・ま・・?」  

あまりの動揺に裏返った声で、青年は背後の声の(ぬし)を呼んだ。

「何を突っ立てるんですか。早く、入りなさい。」

強い口調で促すフェリスに従い、アルフェと呼ばれた青年が入ってきた。しどろもどろになっているアルフェを後目(しりめ)に、フェリスはリシェアオーガに駆け寄って行く。手には新しい服があり、それをリシェアオーガに手渡した。先程言っていた服であった。 

その場で、着替えようとするリシェアオーガに、ルシェルドとアルフェは驚き、直ぐに止めた。リシェアオーガの方はというと、何故、止められるのかという風な顔をして、二人を見上げていた。

「女性が無闇に、人様…しかも異性に、肌を見せてはいけない!!」

焦ったアルフェが、(こと)の外、大きな声を上げて、リシェアオーガを制した。

目を丸くしたリシェアオーガだったが、青年騎士と破壊神が、自分を、女性扱いしている事に気が付いた。

自分が、両生体だという事を告げようとしたが、それよりも早く、フェリスが口を開いた。

「アルフェ…、この御方は、両方の性を御持ちになっています。ですから、異性という概念は、この御方にはありません。」

神官の言葉に、驚くアルフェだったが、まだ気にしている様だった。

すると、今度は、リシェアオーガに向き直って、フェリスが言葉を続けた。

「オーガ様、彼等は、貴方様を異性の部分で見ています。

如何か、別の部屋で、着替えては頂けませんか?」

「…判った。ルシェルド…だったな、お前の部屋を借りるぞ。」

そう言って、リシェアオーガは、先程いた隣の部屋へ向かった。部屋に残った男性達は、ほっと胸を撫で下ろしていた。

隣の部屋では、リシェアオーガが着替えながら、溜息を()きながら、一人言を言っていた。

「やはり、性別とは…色々と、面倒な物だな…。」

何かを思い出しながら、しみじみと呟かれた言葉は、静寂に包まれた黒い部屋で、小さく響いていた。

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