第一話
一夜明けて、白き神殿は静寂と程遠い、朝を迎えていた。原因は…ここの主だった。
寝たっきりだった主、月神・イリーシアが、寝台から起き上がり、世話役の侍女達に声を掛けたのだ。その事で、神殿中が歓喜に沸き上がり、今の状態になっている。
騒がしい周りの様子を、不思議に思ったフェリスが、部屋の前を偶々通った神官を捕まえて尋ね、この事を知った。
今、フェリスは、リシェアオーガ達の部屋に滞在している。
何故かと言うと、昨夜、アルフェルトが帰って来なかったからだ。
友人との話に限が無く、部屋に帰れなさそうなのでと、夜遅く、使いの者がそれを伝えに来た。その為フェリスは、リシェアオーガ達と同じ部屋で過ごした。
この方が安全であったし、アルフェルトの面目も立つ事だった。
「オーガ様。何かされました?」
廊下に居た神官から、騒がしい訳を聞いたフェリスが、部屋の扉を閉め、リシェアオーガに問った。
彼がこの騒ぎの大元の原因だと、推測されたらしい。
目の前の神官相手では、誤魔化しが利かないと判っているリシェアオーガは、素直に答える。
「力を分けただけだ。」
「そうですか。昨日、あれ程、多くの食事をなさっていたのは、その為でしたか。」
溜息と共に、吐き出された言葉は、リシェアオーガの肯定の頷きに消えた。
この行動でフェリスは、リシェアオーガの事を、慈悲深き方だと再認識した。
ティルザは彼等の様子を、部屋の壁際で見つめていた。その視線にはもう、殺気立った物は無い。
戸惑いと確信、何かを見定めるかの様な視線だった。
「…ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガ…」
噛み締める様な小さな呟きに、リシェアオーガはティルサの方を向き、微笑んだ。
その優しい笑みに、ティルザは我に返り、頭を切り替えた。
「リシェアオーガ様。これからどーすんのォ?」
名前に一応、様付けして従者らしく、振舞おうとするティルザに、リシェアオーガは微笑んだまま答えた。
「取り敢えず、食事が先だ。
それから、ルシェルドの所に向かう。ついでに、アルも拾う。」
「アルフェとは、食堂で会えると思いますよ。」
笑いながら、続けて言うフェリスに、ティルザも苦笑した。
確かに、アルフェルトなら、食堂で見つかるだろう。あのエルシアの聖騎士達と共に。
食堂は、朝の賑わいを見せていた。
夜より人が少ないが、それでもかなりの人数である。
リシェアオーガ達は辺りを見回し、見知った柔かい薄茶の癖毛の髪を見つけた。
その傍には、例のエルシアの聖騎士・レイナルと、神殿騎士・ハインツとバールンの姿があった。
アルフェルトもリシェアオーガ達に気付き、腰を上げて、大きく手を振った。ここに来るよう、合図するアルフェルトに、リシェアオーガ達は従った。
彼等の下に向かう途中、リシェアオーガは、あの馬鹿騎士共──リシェアオーガ命名──達の視線を感じたが、完全に無視を決めた。
苦々しく思っているらしいが、昨日の手前、何も仕掛けて来無い事が、判り切っていたからだ。
然も、向かう先が、あのレイナルの所と来れば…完全に、手出し出来無いであろう。
アルフェルト達の座っている、テーブルに着くと、レイナルが謝罪をしてきた。
「フェリス殿。申し訳ございません。
つい、アルフと長話をしてしまい、貴方を危険に晒してしまいました。」
「レイナル様、私なら、大丈夫でしたよ。オーガ様とティルザさんの部屋に居ましたから。
それよりもアルフェが、貴方に迷惑を掛けませんでしたか?」
「迷惑なんて…そんな事はないですよ。アルフは、私達の大切な友人であり、弟のようなものです。
寧ろ、頼って欲しい程です。」
「何か…アルが、子供扱いされてる…。」
フェリスとレイナルの遣り取りを聞いて、ぼそっとリシェアオーガが呟いた。
それが聞こえたハインツとバールンが、何時もの事だよと教えてくれた。
レイナルにとって、手の掛る弟々子だったからな~と、付足した彼等に、アルフェルトは無言の圧力をかけた。しかし、全く効いていないのが、傍からでも良~く判った。
これ程、彼等は仲が良いのだと、リシェアオーガは確信したと同時に、向こうの世界に残して来た、友人達を思い出した。
彼等は無事に、役目を果たしているのだろうか、今は、それを信じる事しか出来無い自分を、リシェアオーガは歯痒く思い、その目を閉じた。
その様子を見たアルフェルトは、リシェアオーガが寂しがっていると勘違いして、その額を指で弾く。痛みに目を開け、事態を呑み込んだリシェアオーガは、アルフェルトに文句を言った。
「アル~、何すんだ~。」
弾かれた額を両手で押さえ、睨み付けたが、殺気の無い視線に、アルフェルトは平然として答えた。
「らしくない事を、するでないの。それより、食事を貰っておいで。」
アルフェルトの気遣いに、リシェアオーガは頷き、フェリスとティルザを伴い、食事を受け取りに行った。その後ろ姿に満足したアルフェルトは、他の仲間から、呆れながら指摘をされた。
「お前…弟分が出来て、喜んでないか?」
「バールン…それ、当たってない。」
「私は、当たってると思うよ。アルフは、今まで一番下の弟子だったしね。あの子を構いたくて、手を出してる気がするよ。」
これまでのアルフェルトの行動を顧みて、レイナルも加わる。それにアルフェルトが文句を言う。
「レイナルまで…言うか?」
「そうか?俺も同感だ。」
「ハインツまで~~。」
「アルフに、自覚がないだけだね。傍から見れば、分かり易いよ。」
リシェアオーガ達が食事を取りに行っている間、彼等はこんな遣り取りをしていた。
戻った時には、ぐったりとしているアルフェルトと、ニヤニヤと笑っているハインツとバールン、笑いを堪え、肩を震わせているレイナルの姿があった。
何事とリシェアオーガは思ったが、アルフェルトが遊ばれたと、直ぐに気付いた。
只、自分が出汁に使われたとは、全く考えなかったが…。
戻ってきたオーガ達を見て、アルフェルトは助かったと感じるが、リシェアオーガの持つ、受け皿の中身を見て、愕然とした。
そこには、グラスに入った橙色の飲み物と、小さなパンが一つ、これまた小さな入れ物に、ここぞとばかりに盛られた野菜だけだった。
「それで、足りるのかい?」
レイナルの問いに、頷くリシェアオーガだったが、ハインツとバールンも同意見だったらしい。
二人の同時の呟きが、アルフェルトにも聞こえた。
「「だから、小さいのか…。」」
「…アル達が、体が大きくて、大食いなだけだ。……これでも、オレには多いんだ。」
呟きが聞こえたリシェアオーガの返答に、レイナル達は絶句して、アルフェルトの方を見た。
彼はお手上げのポーズを取り、
「元々、小食らしいよ。」
と告げた。フェリスも、その言葉に無言で頷き、ティルザは然も有らんと、いう顔をした。
まあ、ティルザの場合、自身の受け皿の中身がスゴ盛りだったので、それ所では無いというのが本音だが。
食事が終わって、一息ついた一同の所に、一人の少年が近寄ってきた。
白い神官服に青い肩掛けの少年──見習い神官らしい──が、レイナルに話しかけてきた。
如何やら、エルシアが彼等を呼んでいるようだ。席を立つ、レイナルとハインツ、バールンだったが、少年はフェリス達にも気付いた。
「フェリス神官様と、そちらの聖騎士様も、ご同行をお願いするよう、エルシア様から仰せ付かっております。」
フェリスとリシェアオーガは、お互いの顔を見合わせて、頷き、席を立つ。
アルフェルトとティルザも、それに従った。
行先は、奥まったエルシアの部屋…イリーシアの部屋の右隣。そこに入ると、部屋の主のエルシアと、連れて来られたのであろう、ルシェルドがいた。
エルシア騎士たるレイナルと、彼と同じ神殿の神官騎士達が先に入室し、その後にフェリスとリシェアオーガ達が入った。
窓際の白いテーブルの席にエルシアが、壁際に寄せられた席にルシェルドが座っていた。彼等の座っている椅子の形状が同じなので、一つを壁まで移動させた事が伺える。
「やっぱり、こっちも釣れたか♪」
リシェアオーガ達を見て、開口一番に、エルシアが嬉しそうに言う。
神官長は、先にレイナル達をこちらに寄越し、彼等に探させよとしたらしいのだが、如何せん、今は食事時。多分、両方ともそこにいるのでは無いかと、エルシアは推測していたのだ。
「エルシア様。我等を、お呼びと聞きましたが、ご用は何でしょうか?」
軽く敬礼をし、用件を聞くレイナルに、エルシアは、リシェアオーガを親指で指しながら答えた。
「ん…まあ、夕べ食堂で、これが原因で騒ぎがあったって、聞いたんだけど…。」
「その事ですか?」
「で、レイナルに頼みたい事があるんだ。」
「我が神よ。私に何なりと、お申し付けて下さい。」
レイナルの言葉を聞いて、安堵したエルシアはとんでもない事を言い出した。
「…これのお守り・・・あ、いや、警護を頼みたいんだ。」
「「「はあ??」」」
レイナルとハインツ、バールンの素っ頓狂な声が、部屋中に響いた。
まあ、騎士の護衛等と、全く以て無意味な任務を言い付けられたのだから、この反応は当たり前だろう。ついでに言えば、エルシアの言葉を聞いた、フェリスとアルフェルトは苦笑中、ティルザは頭を掻いてた。
これ呼ばわりされたリシェアオーガは、部屋の入口近くの壁際で、呆れた顔をエルシアに向けていた。
必要無いと、きっぱり宣言するリシェアオーガに、エルシアは続けた。
「要らぬ騒動を、起こさない為だよ。…それでなくても、危険に晒されるから。」
「まあ、ルシェルド様の騎士と言うからには、そういう輩が牽制して来ますが…。
??もしかして、巫女様を捜されているのですか?」
ルシェルドとその騎士が、神殿から出ている事実を目の当たりにしたレイナルは、自らの推測を口にした。彼の言葉で、エルシアは考える様に一時目を閉じ、沈黙した。
フェリスとティルザ、アルフェルトが、その沈黙を見守る中、リシェアオーガだけは、エルシアに近付き、頭を軽く叩いた。
エルシアが痛みに目を開けると、青い目が眼の近くに飛び込んだ。
「エルシア、引き込むのなら、真実を告げるべきだ。
彼等は、そなたに取って、最も信用の置ける者達なのだろう。」
リシェアオーガの態度に、レイナル達は、驚いてアルフェルト達の方を見た。
アルフェルトは頭を抱え、『やっちまったか』って感じだったが、ティルザとフェリスは、諌める事をせず、只、リシェアオーガの行動を見つめるだけであった。
不思議に思ったレイナルは、フェリスに問おうとしたが、エルシアが口を開いた。
「レイナル、この無礼な奴が、今回の巫女だよ。」
「「「えっ……えええ~~~!!!」」」
レイナル達の、異口同音の、見事ハモった声に、アルフェルトは苦笑した。と同時に、レイナルの視線が、リシェアオーガの爪先から、頭の上までを何往復もした。
「…失礼ですが、如何見ても女性の方だとは、見受けられませんが…。」
「レイナル様、オーガ様は両生体です。今は、性別の無い状態を、保っておられます。」
「…今度の我が巫女は、男女両方になれるらしい…」
フェリスの回答に便乗したルシェルドが、不意に立ち上がり、リシェアオーガの傍に行くと、その体を自分の方に引き寄せた。
抗わず、只、怪訝な視線をルシェルドへ送るリシェアオーガに、彼は微笑む。
愛しそうな顔のルシェルドに、周りは当てられた様な、何とも言えない顔をする。
只、リシェアオーガだけは、ルシェルドの感情に気付いたらしく、驚いた後、彼から目線をそらし、無表情になった。
『後で…知らせねばならぬか…』
相手に落胆を与えると判っていても、知らせねばならない真実を、リシェアオーガはルシェルドに告げる決心をした。傷は浅い内が良いと、判断したのだ。




