第十話
「助けて頂き、有難うございます。」
丁寧に頭を下げるリシェアオーガに、当然の事をしたまでですと、彼は答えた。
「有難うな、レイナル♪」
「如何致しまして、アルフェルト。久し振りですね。珍しく今回は、貴方が原因ではないようですね。」
知己であると判る遣り取りに、リシェアオーガは警戒したまま、黙って聞いていた。
すると、フェリスもその騎士へ声を掛ける。
「本当に、御久し振りですね。レイナル様。」
「前の様に呼び捨てで、結構ですよ。フェリス様もお元気そうで、何よりです。」
「聖騎士になられた方ですから、様付けで呼ばせて頂きます。それと、私も様付けで呼ばれては、可笑しいですよ。」
彼からの呼び名に、訂正をするフェリスへ、騎士は答える。
「いいえ、大神官であり、私の師である貴方を、呼び捨てには出来ません。」
「では、せめて公共の場だけでも、殿付で宜しいのでは?」
「善処します。」
ふんわりと優しげに微笑む青年と、アルフェルト&フェリスの会話で、彼等は親しい知り合いだと判った。無意識に警戒をしていたリシェアオーガは、やっとそれを解く。
ティルザは警戒したままだったが、リシェアオーガは諌めなかった。
ここの神々が嫌いと言うティルザでは、仕方の無い事だと思っていた故に。
「オーガ様。此方はレイナル様です。
異例にも、神殿騎士から聖騎士になられた方ですよ。」
フェリスから、先程、助けてくれた騎士の名を告げられた。
これが切っ掛けで、お互いが挨拶を交わす。
「初めまして、ルシェルド様の騎士殿。
エルシア様の騎士の、レイナル・プラントスと申します。」
「こちらこそ、初めまして。この度、若輩ながら、ルシェルド様の騎士となりました、リシェアオーガ・ルシム・フェムアリエと申します。以後、宜しく御願いします。」
二人の聖騎士の挨拶が終わると、アルフェルトが神殿騎士達の名も教える。
「ついでに、こっちの黒髪の方がハインツで、こっちの水色の髪の方がバールンだ。
二人ともエルシア様の神殿の、エンシニー神殿の騎士だよ。」
「「アルフ…俺達はついでか!」」
2人の神殿騎士は、笑いながら、アルフェルトに返答した。如何やら、この4人の騎士は、仲が良いようだ。
改まった挨拶を交わした終えたレイナルは、優しげな微笑をリシェアオーガに向けると同時に、同席を申し出た。フェリスとアルフェルトに承諾出された彼は、従えた2人の神殿騎士と共に、同じテーブルに付いた。
「しっかし、奴らも露骨だな~。」
「まあ、いつもの事だけどね。」
ハインツとアルフェルトの遣り取りを皮切りに、先程の出来事が話題となった。
「リシェアオーガ殿は、初めて遭遇された様ですが、気にしないで下さいね。ああいう輩は、何処にでも、湧いて出ますから。」
「ん?気にしていないけど、馬鹿にはしてるよ。あまり煩く付き纏うんだったら、鬱陶しいよね……。そうなったら、実力行使するけど?」
レイナルに気にするなと言われたが、リシェアオーガには全くその気が無く、反対に実力行使を宣言した。これを受けたフェリスが、他の騎士達と共に苦笑しながら、リシェアオーガに告げる。
「…オーガ様、御手柔らかにして下さいね。あれでも一応、神殿騎士の見習いですから。」
「だったら余計に、鍛え直さないと。…駄目かな?フェリス。」
「駄目とは…言い切れませんが、程々にして下さいね。」
釘をさす事を忘れない、フェリスの進言に、リシェアオーガは善処しますと、残念そうに言った。
子供らしいと、苦笑する面々だったが、フェリスとティルザは内心、絶対無理、実力行使をすると思っている。
降り掛った火の粉は、全力で振り払うのが、この御仁であった。
「オーガ、くれぐれも、全力でやらない事。
フェリス様も、ああおっしゃってるから、手加減必須な。」
「アルフ、そんなに、この子は強いのですか?」
アルフェルトの言葉にレイナルは、驚きながら尋ねた。他の2人も同じ心境だったらしく、驚いた眼をリシェアオーガに向けていた。
「うん、僕より強い。だ・か・ら、手加減必須な!返事は?」
「…手加減以前の…問題かもしれないけど、一応、頭に入れとく。」
本音を漏らすリシェアオーガに、レイナルは感心する。
「手加減以前とは…。中々に頼もしいじゃあないか、アルフ。流石、ルシェルド様の騎士殿だね。」
「褒め言葉と、取っていいの…かな?」
勿論と、ハインツとバールンは、声を合わせて言った。レイナルも頷いている。食事をしながらの話は、尽きる事が無かった。
この後、お互い色々な話をして、楽しく過ごした。
食事が終わった後、まだ話が尽きないアルフェルトとレイナル達に、フェリスが告げた。
「食事も終わりましたし、私達はここで失礼しますよ。」
「じゃあ、僕も。」
「アルフェ、久し振りに会えた友人でしょう。貴方は、ゆっくりしていって、良いのですよ。」
ですが…とアルフェルトが、反論しようとするが、フェリスは微笑みながら告げた。
「私なら、大丈夫です。オーガ様もティルザさんも、一緒ですから。」
「フェリス様、お言葉は、嬉しいのですが…。」
「アルフェルト・様。フェリス神官様の事なら、我々に御任せ下さい。」
ティルザの言葉と、リシェアオーガの任せろの意味の目配せに、アルフェルトは敗退した。
「オーガ様、ティルザ殿。フェリス様をお願いします。」
「判ったよ。アルは、ゆっくりしていてね。」
アルフェルトの承諾の言葉に、リシェアオーガは再び大きく頷いて、微笑と共に告げる。
そうして、アルフェルトとレイナル達に見送られながら、リシェアオーガ達は食堂を後にした。
来た道を真っ直ぐに辿り、彼等は何事も無く、部屋に着いた。アルフェルトとフェリスの部屋の前で、リシェアオーガ達は彼と別れ、自分達の部屋に戻った。
部屋に着くとティルザが、風呂に入ると言って用意をし、再び退室する。神殿の中に共同風呂があり、そこに行くらしいかった。
部屋にも簡易なシャワーがあるが、彼は風呂に入りたい様で、そこに向かって行く。
一人、部屋に残ったリシェアオーガは、辺りを確認する。
闇に包まれた時刻…今なら大丈夫だろうと彼は、座っていた椅子から立ち上がり、一人、誰にも気付かれない様に部屋を出た。
行く先は月神・イリーシアの部屋。
気配を消し、誰にも知られず、迷わないで、そこに辿り着いたリシェアオーガは、静かに部屋に入った。
「誰?」
最初に通された部屋へ、辿り着いたリシェアオーガを、少女の声が迎えた。彼女は、寝台の上に座っていたようだ。
「イリーシア、夜分遅く、尋ねて申し訳無い。如何しても、貴女の力になりたくて、来た。」
「リシェア…オーガ…さん?」
闇の中で仄かに浮かぶ姿と、耳に届いた声で、イリーシアはリシェアオーガを認識した。ゆっくりと近付いてくる彼に、警戒をし、息を呑んだ。
イリーシアの傍に行くと、彼女に目線を合わす様に膝を付く。
「イリーシア、食事は摂ったのか?」
心配そうな顔をした、リシェアオーガの質問に、彼女は頭を振った。
「エルシアから聞いた。貴女は食事を取れない故に、力を失って弱っていると。
それを補う為に、エルシアから、力を分けて貰っているとも。」
彼の言葉にイリーシアは、驚いた様に顔を上げた。その視線がリシェアオーガと合うと、彼は優しく微笑む。そして、彼女の手を、自分の手に乗せるよう、促した。
おずおずと差し伸べられた手を、リシェアオーガは優しく包む。すると、イリーシアの体に強烈な力が流れ込み、思わず彼女は、手を放す。
「…強過ぎた様だな。こっちの方が、良いかもしれないな。」
言い終わると直ぐに、リシェアオーガは、その髪と瞳の色を変えた。日の光の様な金色の髪が、先端から徐々に銀へ、瞳も青空色から夜空色へと変化する。
その様を見たイリーシアは驚いた。
目の前の巫女の髪が、自分と同じ銀色、然も、優しい光を放つ髪に変化したのだ。
「私は、光神と呼ばれる神の恩恵を、生まれながらに受けている。
その証がこの髪と瞳だ。日の光の下では金色の光を、月の光の下では銀色の光を放つ髪と、同じ様に、昼の空色と夜の空色に変化する瞳。
故に、一時的だが、この身に光神の力を宿す事も可能だ。」
「…でも、私に力を分けたら、貴女が弱ってしまわないの?」
「大丈夫だ。先程、何時もより、多い食事を摂った。
寧ろ、力が余り過ぎて、困っている。」
微笑みながら答えるリシェアオーガに、イリーシアは心配ながらも、再び手を差し伸べた。重なった手から、リシェアオーガの力がイリーシアに流れ込んで来る。
今度は強過ぎず、彼女の持つそれと、同化し易かった。
流れ込んでいく力に、イリーシアは歓喜に満たされて行く。
しかし、自分の力が元の強さになっても、その流れは止まらなかった為、驚いて手を放すイリーシアに、リシェアオーガは一瞬、きょとんとした表情を見せた。
「…ええっと、私は大丈夫です。リシェアオーガさんは、大丈夫ですか?」
「もう、良いのか?」
「はい、十分です。」
そう言って、微笑むイリーシアの頬には、健康的な赤みが差していた。それに気付き、彼女の言葉に納得したリシェアオーガは、何事も無かった様に立ち上がる。
立ち眩む所か、平然と立ち上がったのを見て、イリーシアは目をぱちくりさせている。
相当な量の力を力を失った筈なのに、何ともない巫女を見て、再び驚いた。
「本当に、何ともないのですか?」
「何とも無い。まだ力が燻っているが、この量なら如何にかなる。」
そう言ってリシェアオーガは、髪の色を金色に、瞳の色も青に戻した。その変化を、イリーシアは見つめていた。
綺麗と、彼女は心の中で思った。
視線を感じた彼が、イリーシアの方を向くと、目が合う。イリーシアは焦って下を向いたが、彼は微笑みながら、イリーシアの頭を撫でた。
兄の様だと、イリーシアは思った。エルシアと重なるリシェアオーガに、何だか嬉しくなったのだ。
「イリーシア、これでもう、皆に心配を掛ける事は無いな。
それと、力を分けた事は、秘密にしておいてくれ。」
「はい。お兄さ…リシェアオーガさん。」
お兄様と言いかけて、イリーシアは慌てて訂正した。お兄様と言われかけたリシェアオーガは、更に優しい眼差しを彼女に向けた。
「お兄様か…。私にも妹がいる。そなたに良く似ている。
…イリーシア、呼び名はリシェアで良いぞ。」
自分と同じ光髪の妹…良く涙を浮かべる大きな紫の瞳で、【お兄ちゃま】と呼ぶ幼い少女…。
この世界にはいない、大切な妹達の一人。
眼の前の少女神は、その子を思い出させる。
リシェアオーガの懐かしそうな、寂しそうな表情を見て、イリーシアは急に彼に抱き付いた。
突然の行動にリシェアオーガは驚いたが、彼女の小さな呟きが耳に届く。
「リシェアお兄様。」
微笑みながらオーガは、イリーシアの頭を撫でた。
「有難うイリーシア。今宵は、まだ体が回復出来ていないだろ。
聞きたい事がある故、明日、改めて来よう。」
そう言って、イリーシアを寝台に寝かし付けたリシェアオーガは、彼女の部屋を退室した。




