第九話
ウェルティーとの一騒動(?)が収まった頃、辺りはすっかり日が暮れていた。
もう直ぐ夕刻になる時間には、リシェアオーガとルシェルド、アルフェルト、フェリスの四人に加えて、ティルザの部屋が決められた。
一般の来客用の宿泊部屋に、リシェアオーガの従者(仮)のティルザと彼が一緒の部屋で、アルフェルトとフェリスの部屋がその右隣、ルシェルドの部屋は神専用の宿泊部屋で、イリーシアの右隣、2つ部屋を挟んだ場所となった。
ちなみにイリーシアの右隣は、エルシアの常駐部屋であった。
ウェルティーは、イリーシアにあった後、直ぐに自分の神殿に帰宅したらしい。
まあ、騒がしいのがいない点で、彼等はほっとしたようだ。
「何・で・アンタと一緒なんだよォ。」
案内された、白に覆い尽くされた部屋の入り口で、不満有り有りのティルザの声が上がった。その質問に、平然とリシェアオーガは答えた。
「建前は、お前が私の従者、と言う立場にしてあるからだが、本当は、お前が要らぬ事を言い出さない為の、監視だ。まあ、嫌だと言うなら、呪詛で口が利けなくも出来るが。」
口が利けないのは、もっと嫌だろうという、リシェアオーガの問い掛けに、ティルザは無言で頷いた。
リシェアオーガの施した呪詛は、それ程強力な物だという事を、ここに入る時にティルザは、身を持って知った。
口が利けない不自由は、既に経験済みなので、これ以上経験したくなかった。
ついでに、人前では言葉遣いに気を付けろと、リシェアオーガに指摘された。…まあ、そう簡単に治るとは、リシェアオーガも思っていなかったが。
「ところで、アンタ。さっき、向こうの世界に帰るって言ってたけど、本当に帰れると思ってんのォ?」
馬鹿にした様なティルザの言葉に、リシェアオーガは当たり前だと答えた。
だが、ティルザは食い下がった。
「いっくら、ルシム・ラムザ・シアエリエでも、無理なんじゃアねェ。」
「何故、そう思う?」
「この世界ってさア、閉ざされてるって、感じがするからなァ。
一方通行で本当にあっちと、通じていないんじゃあないかって思うぜェ。」
それを聞いて、リシェアオーガも落胆すると、ティルザは想像したが、実際は鼻で笑われただけだった。ムッとした彼は、更に食い下がろうとした…が。
「問題無い。無理にでも帰れるが、今はしない。事の顛末を見届けてから…な。」
不敵に微笑みながら、言うリシェアオーガにティルザは、何とも言えぬ違和感を覚えた。ルシム・ラムザ・シアエリエと名乗るこの人物に、王たる慈愛の面が見えない。
寧ろ王たる脅威、いや威圧感だけが、その身を支配している様に見える。
何なんだ、これは…と言う思いが、ティルザの頭の中を駆け巡った。
得体の知れない何かが、眼の前にいるとしか、認識出来無くなっていた。
恐怖で委縮しているティルザに、気が付いたリシェアオーガは、不敵な笑みを普通のそれに替えた。
「安心しろ。悪いようにはしない。そなたは我の世界の者故、連れて帰る心算だ。」
そう言うと、リシェアオーガは、ティルザの姿の委縮した姿に吹き出した。
笑い始めた彼を見て、ティルザは委縮を解いた。からかわれたと、判ったらしい。
何笑ってんだと、突っかかるが、あまりにも楽しそうな彼に、怒るのも馬鹿らしくなる。
「全く…アンタって、ヤツは…訳、分かんねェ!!」
この部屋中に、ティルザの叫びが響き渡ったのは、言うまでもない。
夕飯を摂る為にティルザとリシェアオーガは、フェリスとアルフェルトに合流した。
ルシェルドは、エルシアと共に食事を摂るらしく、ここには居なかった。
一応食事は大食堂で摂るらしいのだが、そこには、この神殿の騎士達も一緒という事だった。神官は?というと、普通は自室で食事を摂る様だ。
「私は、此処の神官ではありませんので、一緒に摂らせて頂きます。」
自分のいる神殿では無いので、フェリスは、嬉しそうにそう言った。一人で摂る食事は味気無いし、寂しかったので楽しみですと、付け加える。
向こうの世界では、神官と周辺警護の騎士──兵士の場合もあり──とは、管轄が違うので、食事の場所も違い神官は、彼等だけの食堂で集まって、食事をしていた。
高位の神官は、その範囲では無く、自室で摂る者と食堂で摂る者がいる。
まあ、後者は周りの神官と同じ服装──位は、服装である程度、区別出来る──で、摂っていたが…。
白い廊下を進んで着いたそこは、騎士専用と職員専用の大食堂であった。
高い天井から、壁の少し下──人の膝位の高さ──まで白で覆われ、壁の一部と床が、木目がそのままの素朴な作りだった。
奥に厨房が座しており、そこで料理を受け取るらしい。広々とした場所に、所狭しと置かれている木のテーブルと長い椅子に、様々な人々が座って食事をしている。
騎士、使用人、ごく少数の神官達…。
雑談をしながら、楽しそうに食事をしている風景は、町中の食堂と変わりなかった。
その中で空いているテーブルを探し、そこの彼等は座った。入口から遠い、部屋の奥の、壁際の場所であった。御品書きは壁際に張り出してあり、そこから選ぶらしい。
「何がいい?」
壁の御品書きを指して、アルフェルトが尋ねた。
特に、好物とかが無いリシェアオーガは、お勧めでいいと返す。
「じゃあ、鳥の香草焼きと、生野菜の盛り付けの定食だね。交代で取に行った方が良いから、僕が先に行くね。」
「ティルザさん、アルフェと一緒に行って下さい。私は、オーガ様と一緒に行きます。
この方法を取れば、お互いに神殿の食堂の使い方が、判り易いでしょうから。」
そう言われたアルフェルは、ティルザを伴って、先に厨房のカウンターに向かった。
残された二人は、場所確保の要員でもあった。
「賑やかですね。」
フェリスの言葉にリシェアオーガは、無言で頷いた。
広い部屋にこれ程大勢の人が犇めき合い、食事をしている風景は、リシェアオーガでも、滅多に見ない物であった。
騒がしいが、楽しくもある。それが彼等の感じた事であった。
だが、彼等に、不穏な眼差しを向ける輩がいると、リシェアオーガは気が付いていた。
敢えて無視を決め、食事を受け取って来たアルフェルト達と場所取りを交代し、今度はフェリスとリシェアオーガが、食事を受け取りに行く。
一番右端のカウンターで、欲しい物を注文し、それに応じた色の受け皿を受け取った。どの料理を注文したが、一目で判る仕組みであった。
受け皿を持ったまま左に進み、カウンターにいる配膳係りが、注文した料理を次々置いていく。一番左端に着く頃には、料理が配膳し終わっている仕組みだ。
しかし、その途中、騎士姿のリシェアオーガを見た配膳係りが、笑いながら、
「ちっこいの、おまけだ。」
と、言いつつ、料理の量を多く渡すので、リシェアオーガの受け皿には、普通より多い量が乗る事となる。馬鹿デカイ騎士連中の中では、リシェアオーガは小さい部類に入ってしまう為、自然と子供扱いされるらしい。
まあ、外見も17歳位にしか見えないので、余計なのかもしれない。
自覚があるので、無下に断らず、素直に受け取るリシェアオーガ。
あの宿での量に比べると、幾分かましであったので、文句は無かった。
只…やはり、何時も食べる量より、多くはあった。
「やっぱり、盛られちゃったね。」
テーブルに帰ってきたリシェアオーガが、手にしている料理を見て、アルフェルトは言った。
リシェアオーガもティルザの物を見たが、同じくらいの量だったという事は、ティルザも盛られた口らしい。
「ア…オーガ様も、やられましたか。」
一応、丁寧な言葉を使う努力をしたティルザが、引きつった微笑を浮かべて言った。彼の場合、細すぎるという理由で、盛られた様だ。
「まあ、標準があれじゃあ、仕方ないよ。」
砕けた口調で、周りを目配せしてリシェアオーガが答えると、フェリスも苦笑した。
リシェアオーガより、大きい体の騎士が多いここでは、仕方が無い事なのかもしれない。
平均だと自称するアルフェルトが、リシェアオーガより頭一個分位背が高いので、他となると…やはり高い。最低でも、頭1~2個分は差があった。
アルフェルトも、他の騎士連中を知っているので、リシェアオーガの言葉に素直に頷いた。
一同が集まり、食事を始めようとした。すると、辺りから席を立つ音と共に、リシェアオーガ達の所に近付く気配があった。
1・2・3…全部で7人の気配が、彼等のテーブルに集まる。
「何か御用ですか?」
周りを見ずに、言葉を告げるリシェアオーガに、集まった者達は、一瞬怯んだが、その内の一人が言葉を発した。
「破壊神の騎士さんよ~。何で、そんな者がここに居るんだ~?」
「まっ、大方、そのお綺麗な顔で、破壊神をたらしこんで、騎士になれたんだろう?」
下非た笑みを浮かべ、周りを囲む無骨な連中に、フェリスとティルザは眉を潜める。リシェアオーガは眉を潜めるどころか、平然と周りを見渡し、一言吐き捨てた。
「下衆が。」
「な・?!」
その言葉を聞き、周りの連中──この神殿の騎士の様だ──は、殺意を剥き出しにした。中には、剣を抜こうとしている者もいた。
リシェアオーガは、ゆっくりと席を立ち、再び視線を、周りを囲む騎士連中に向けた。その冷たい視線に、連中は驚愕した。
静かな殺気というべき物と、底知れぬ威圧感が、そこに含まれていたのだ。
「此処は食事を摂る場所であって、争い事をする場所ではありませんよ。
静かにして、頂けないでしょうか?他の方々に迷惑が掛ります。」
表面だけの微笑で、言葉を告げるリシェアオーガに、暴漢達は無言で見つめるだけだった。
その時、不意に声が掛った。
「何をしているのですか。」
ゆっくりと近付いてくる気配に、周りの者は緊張をして、その声にする方に顔を向けた。
白い騎士服にクリーム色の外套を、金色の紋章で留めた出立の青年が、他の神殿騎士を2人伴って現れた。
薄い金髪は、後ろで一つに纏まれているらしく、長さが判らないが、薄い緑の瞳は、厳しい視線を送っている。
その視線の先に、リシェアオーガを捉えた青年は、少し微笑んだように見えた。
「ここは公共の場。争い事は、厳禁ですよ。
ましてや神殿騎士が、聖騎士に喧嘩を売るなんて、言語道断ですね。」
微笑みながら──でも目は笑っていない──彼に、あの連中の腰は引けていた。仲間と目を合わす彼等に、更に追い打ちを掛けた。
「何でもないのなら、この場を去りなさい。
去らないのであれば、後で、事の次第を、追及させて頂きますよ。」
渋々、リシェアオーガ達の傍から離れる神殿騎士達。
そんな彼等を、侮蔑の視線で見送ったリシェアオーガは、新たに来た青年へ視線を戻した。




