第八話
先程、着替えをしたイリーシアの居間に戻ると、まだエルシアが、ルシェルドと共に佇んでいた。 帰った3人+1人を見て、エルシアは呆れ顔で言った。
「また…厄介な輩を連れて帰ったな~。まだお前、生きてたんだ…ティルザ。」
「生きてて、悪かったなァ。生憎、剣技の腕が良いんでェ、死にきれねェのォ。」
「まあ、確かに腕だけは、良い様だな。性格に、かなり問題有りだが。」
リシェアオーガが付け足しに、確かにと言うエルシアと、無言で頷くフェリス。初対面での口の悪さと、態度の悪さを垣間見て、アルフェルトも頷いている。
3人に納得され、苦虫を噛み潰した顔をするティルザだったが、その自覚はあるらしかった。
「…相変わらずだな…。また邪魔しに来たのか…。」
「当たり前だア!巫女を見い出せてないなら、邪魔をするまでよォ。」
ルシェルドの問いに、然も当然だと、胸を張ってティルザは返答したが、何時の間に着替えたのか、元の聖騎士服に戻ったリシェアオーガからは、哀れな目で見られていた。
フェリスやアルフェルトは、まだ着替え終わっていない様で、そこにはいなかった。
もし、居たのならば、リシェアオーガと同じ表情で、彼を見ていただろう。
この様子に気付いたティルザは、ムッとして、リシェアオーガに詰め寄った。如何やら、気に障ったらしい。
「なんだよォ。その顔はァ。」
「…お前は馬鹿か? それとも、その耳は飾りか?」
リシェアオーガの物言いに、更に怒りを示すが、人の話を聞いていない奴が悪いと一括された。
ティルザは何の事かと、彼女(…今は彼?)に尋ねる。
しかし、彼は呆れ顔で溜息を吐くと、逆に尋ね返した。
「ティルザ、私は、何だ?」
「……ルシム・ラムザ・シアエリエ…………
えっと、ここの言い方だと、シアエリエ・ラムザ・ルシムかァ…?!」
「判ったか、大馬鹿者。」
ティルザは驚きのあまり、青紫の瞳を大きく開き、口を鯉の様にぱくぱくした。そう、眼の前の、ルシム・ラムザ・シアエリエが巫女と、やっと気付いたようだ。
「明らかに、人選間違いだろォ!こんな巫女が、いていい訳がねェ!」
「その意見には我も同感だが、事実は事実だ。 故に、此処に居る。」
リシェアオーガ達の言葉の遣り取りで、エルシアは、大いに頷いていた。
「人選間違いか…確かにそうだな~。こんな大きな態度の巫女なんて、いなかったし、ね。」
「…私はそう、思わない…。」
彼等と同意の言葉を述べるエルシアとは別に、反対の意見をルシェルドは言った。
その言葉に、一同の視線がルシェルドに集まったが、彼は動じなかった。
「今までの巫女の中で…一番、美しい…。」
「そりゃア、そうだろうぜェ。何てったってェ、シアエリエ・ラムザ・ルシムだからなァ。」
「それって、どういう意味?」
着替え終わった、アルフェルトとフェリスが帰って来て、アルフェルトが尋ねる。エルシアもルシェルドも、同じ気持ちだったらしい。
「シアエリエ・ラムザ・ルシムとは、神龍の王と言う意味です。」
「神龍達を司るっていうかァ、神龍達に好かれてる者…だったけェ?それでいて、剣が滅法強ェ。」
フェリスの答えを受けたティルザの回答へ、更にフェリスの補足が加わる。
「まあ、大体合ってます。付け加えるなら、光の如く輝く髪と、空を映した水を湛える色の瞳を持つ、美しい両生体という事でしょうか。」
アルフェルトとルシェルド、エルシアの目がリシェアオーガに集中した。確かに彼は、その条件に当て嵌る者であった。
それとは別に、何かあった気がすると、ティルザが考え込んだのだが、リシェアオーガの厳しい目に晒され、何も言えなくなった。
『これ以上、余計な事を言うな。』という、無言の警告を、リシェアオーガから受けたのだ。
「この巫女が美しいか…。ルシェルドから、そんな言葉が聞けるとはね~。」
からかい交じりのエルシアの言葉に、フェリスが口を開いた。
「オーガ様は、本当に御美しいですよ。どの様な美姫も、オーガ様には敵いません。」
「…私もそう、思う…。」
二人の賞賛に、エルシアが重要な問題を投げ掛けた。
「おいおい、そんな事を言い出したら、向こうの世界の美神と、こっちの美神のウェルティーが、黙ってないぞ。」
「御心配には及びません。リルナリーナ様でしたら、喜んで祝福されますよ。
然も、進んで自らの御手で、更に飾ろうとなされます。」
「となるとォ、やっぱ、ここの世界の美神が問題かァ。あんま、いい評判聞かねェしなァ~。」
「確かに、そうだね。」
エルシア、フェリス、ティルザ、アルフェルトの4人の言い草に、この世界の美神の事を、何も知らないリシェアオーガは、目を丸くしていた。
確かに、リルナリーナなら、喜んで飾り立てるだろう。
だが…ここの美神は…聞くからに、とんでも無い御仁らしい。
「何~?私の事、呼んだあ~♪」
リシェアオーガが聞いた事の無い、物凄く明るい、ハスキーな声が部屋中に響き渡った。
只、その声を聞いた事のある者達は、一瞬にして黙り込み、エルシアに至っては、苦笑いと冷や汗を浮かべていた。
リシェアオーガが声のした窓の方を向くと、そこには、エルシアとルシェルドよりは低いが、アルフェルトと同じ位か少々低い位の、やや細身で豊満な肉体の人物がいた。
健康的な桃色ががった肌色で、緋色の柔かそうな、緩い癖のある髪を腰まで伸ばし、整った顔には、明るい金色の瞳が、光が灯るかの如く宿っていた。何とも豪華な顔立ちの女性である。
服装も本人に合わせてか、豪華であった。
薄桃の生地に金糸銀糸、紅を沢山使って、薔薇らしき花が彩られ、脹脛の上位の丈の短めの上着、下には足首位の丈で、両脇が分かれている白の服、その服の隙間から黒い薄手の靴下が、ここぞとばかりに、細く形の整った足を強調し、金で出来たようなサンダルを履いていた。
見るからに、派手な格好の人物である。
まあ、それが本人に似あっているのだから、特に問題は無いのだが…。
「…ウ・ウェルティー、何故ここに居るんだ?」
やっとの思いで、声を出したエルシアが、動揺しながら尋ねた。それにウェルティーは、即答する。
「勿論、麗しのイリーシアちゃんの、お見舞いよ~♪
……って、何で、ここに、ルシェルドもいるのよ?」
「…ルティーか…。ちょっとした野暮用だ。」
面倒臭そうに答えるルシェルドに、な~んだと言ってウェルティーは、彼から目線をそらし、辺りを見回した。エルシア、アルフェルト、フェリス、ティルザと目線を映し、最後にリシェアオーガをその目で捉えた。
リシェアオーガの服装、容姿等を吟味しているらしく、視線は暫く、リシェアオーガを捉えて離さなかった。そして、満足したのか、満面の微笑を添えてリシェアオーガに近付いた。
「まあ♥何て、綺麗な子なの~♪貴方、ルシェルドの騎士なんて辞めて、私の騎士にならない?」
「ルティ、冗談は止めてくれ。リシェアオーガは私の…騎士だ。」
「申し訳ありませんが、私はルシェルド様の騎士故、御望みには答えられません。」
ウェルティーの誘いに一瞬、驚いたオーガだったが、ルシェルドの言葉を受け、一応丁寧にお断りを入れた。
残念と呟く彼女は、ふと首を傾げ、再びルシェルドとリシェアオーガを視界に捉える。
何かを思い立った様で、魅惑的な真紅の唇を開いた。
「そっか、巫女を捜すのね~。じゃあ、それが終ったら、私の所に来ない?」
かなりリシェアオーガの事が気に入ったらしく、再度勧誘を試みているが、その言葉にリシェアオーガの目は、一気に冷気を帯び、柔らかな雰囲気さえも、冷たいモノに変わった。
「残念だが、それは出来無い。何故なら、我が贄の巫女だからな。」
先程と違う言葉使いと、冷気を含んだ声に、ウェルティーは驚く。
リシェアオーガ自ら、巫女という事をばらした事に、エルシアとルシェルドは頭を抱えたが、この場合は仕方が無いと思った。
そうでないと、このウェルティーが引かないと、判断出来た。
しかし、状況は、彼等の想像以上ものだった。
「ルシェルド…また、こんな綺麗な子を餌食にするの?いい加減にしてよ!」
「餌食になる気は無い。事が終ったら、帰る心算だ。」
怒りに満ちた声を上げる彼女に、リシェアオーガは、あっさりと返答した。本気?とばかりに、マジマジとリシェアオーガを見るウェルティーに、彼は頷いた。
「…本人は、そのつもりらしい。実際、治癒の力を持っているし…な。」
如何なるかは、知らない…と、ルシェルドは付足したが、リシェアオーガは、その意思を貫く事をはっきり示していた。
「…向こうの世界の子なのね…。残念だわ。」
「残念?」
如何にも残念そうに、ウェルティーが言う。すると、それを反服したリシェアオーガの問いに、尽かさずルシェルドを指さして、彼女は答えた。
「そうよ。貴女はこれの巫女。という事は、向こうの美神の祝福を受けてるのでしょう。だったら、強制的にでも、私の物には出来ないのよ。
私は絶対に、向こうの美神の怒りを買いたくないもの。」
他の世界の、神の怒りを買いたくない気持ちは、判らないでも無いが、リシェアオーガの所の美神が、その様な事で怒る神では無かった。
その事は、リシェアオーガは元より、フェリスとティルザも言わなかった。
ウェルティーに係わりたくないリシェアオーガと、彼の胸中を察したフェリス、彼の怒りを畏れるティルザは、絶対言わない事を誓っていた。
確かに、賢明な判断であろう。
この美神は、美しいモノに関して、諦めが悪い事で有名だったようである。
「さ~てと、こんな美しさに理解のない、むさ苦しいのを相手しないで、麗しのイリーシアちゃんに、会いに行こうっと 」
手に入らないリシェアオーガを諦めてか、ウェルティーがやっと彼等の部屋から出て行き、隣のイリーシアの寝室に向かった。
一同がほっと、安堵の溜息を吐くと、リシェアオーガが口を開いた。
「此処の美神は、騒がしい者だな。」
「それに、極度の美しいモノ好きだからね。美しいモノは、自分の手元に置きたいって、嗜好なんだよ。」
「…迷惑な話だ。エルシア、他の神もこんな感じか?」
「いいや、あいつが特別変なんだよ。…多分。」
向こうの世界の美神は?と聞きたいエルシアだが、彼等の掟が頭を過って、出来無かった。
知りたいけど、知ってはいけない。
その理由を、エルシア達は知らない。
本能からの警告、若しくは、何者かに『知るな』と指示を受けたのだろうか。
それは、エルシア達──この世界の神々にも、判らない事だった。




