001 BLOODY SUMMER VACATION
ライトノベルの主人公になる為の絶対的要素は何だろうか
特にこれといって何の取り柄もない普通の高校生である事?――――否
異常な程、異性の気持ちに疎い鈍感力?――――否
都合の良いときだけ難聴になる魔法の耳?――――否
それはズバリ――隣の席が何故か空席という不自然な状況
それを獲得する事だ!
それこそ主人公の最低にして必須の条件……!
それを逃せばただのモブ……っ!
いいとこ噛ませ犬……っ!
しかし逆にそれさえ満たせばイベントは向こうからやってくる
突然やって来る季節はずれの美少女転校生
最初は冷たい彼女も主人公との数々の冒険を乗り越えていく内に心を許し最後には……まではもはや鉄板
自然の節理ですらある
だから、高校へ入学しこの席に着いた瞬間俺は「っしゃあ!主人公カード引いた!」と狂喜した
まぁ、なかなか始まらない物語に少々焦ったりもしたが一学期終了三日前、それは杞憂に終わった
現れたのは金色の髪を持つ天使だった
「イギリスから転校して来ました鬼塚レイナです。よろしくお願いします」
日本人が染料で無理矢理染め上げた物とは比べものにならないほど美しいその髪
真夏の空のように澄んだ色をした碧い瞳
そして隣に座った彼女から漂う甘い砂糖菓子のような香り
俺の心はたちまち天使の矢に射抜かれた
しかし、この出会いは偶然ではなく必然
この席に座った瞬間から決まっていた未来
もはや運命でfateで約束された勝利なのだ
朝日を浴びて黄金に輝く髪を風になびかせながら微笑んだ彼女を見た瞬間俺は物語の始まりを確信した
だがしかし――
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夏休み初日
むせるような暑さの教室には部活や講習などに参加する予定の生徒が数人
外では夏の訪れを蝉が大合唱で知らせている
物語の舞台は充分過ぎるほどに整っている
しかし…………
「な゛ん゛でな゛に゛も゛はじま゛ら゛な゛い゛ん゛だよ゛おぉぉぉおぉぉぉっ!」
「隼人うっせぇーぞ」
突然叫びだした俺に、付近にいた女子から冷ややかな視線が突き刺さる
しかし、そんな物はスルー
貴様等は所詮モブ
黙って背景でもしてろ
「おかしくね?もう三日だよ?三日間経ったけど何にも始まらないんだよ。なにバグなの?この世界のバグなの?修正はよっ、メンテはよっ」
「いや、バグってメンテ必要なのはおまえの頭だから」
こんなつれないことを言うお馬鹿さんは俺の親友の狩野信
家が隣ということもあって物心つく前からのずっと一緒でもはや俺の半身といっても良い奴だ
「なっ、信……お前までそんな事言うのか。折角主人公の親友兼情報通ポジションにして万が一ハーレムルートに入ったらおいしい思いさせてやろうと思ってたのに……」
勿体ないことをしたな、と哀れんでいると信の奴は何か可哀想なものを見るような目で見てくる
なんかこの顔ムカつくな……
「まぁいいや。それより信、鬼塚さんの情報なんか知らないのかよ。好きな食べ物とか趣味とか」
「無茶言うなよ、まだ転校して来て三日だし。席隣なんだから自分から聞けよ」
「おまっ、バッカじゃねーの!いいか、ヒロインとの最初の会話って言うのはな、後々の伏線になったりする大切なイベント何だぞ!それを『好きな食べ物は何ですか』とかにして見ろ!それだけで正規ルートから……いてっ!」
俺がヒロインとの最初の会話がいかに大切かを信に説いていると後頭部に激しい衝撃を感じた
余りの痛さに少し涙目になりながら振り返るとそこには見慣れたと言うより見飽きた顔があった
「ってーな、なにすんだよ夏恋。Anotherなら死んでたぞっ!」
「バカ隼人うるさい!みんなが迷惑してるでしょ」
小学生の頃から変わらない黒髪のポニーテールに無駄に育った胸
凶暴な性格を表したようにややつり上がった目
信の家がうちの左隣とすればこちらは右隣に住むもう一人の幼なじみの花咲夏恋がそこにいた
右手には先程俺に強烈な一撃を見舞った時に使用したと思われる広辞苑が握られている
「まったく、これだから隼人は……。それに隼人は部活も講習も取ってないのに何で学校きてんのよ」
「夏恋、隼人はな転校生の鬼塚さんが気になってしょーがないんだってよ」
信の言葉を聞いた夏恋は大きく目を見開いた
「えっ…………。隼人、鬼塚さんのこと好きなの……?」
「違うんだ夏恋、これはただの惚れた腫れたじゃないんだ。そうだな……言葉にするとしたら『運命』……かな?」
キメ顔で話す俺
すると夏恋はさっきの信みたいな顔をした
こいつらムカつくな……
「ま、もし本気でも隼人が付き合えるわけ無いけどね」
「なっ……なんだとっ!」
この女……なんて事を言いやがる……
だってあれだぞ?
季節はずれの転校生だぞ?
隣の席だぞ?
完璧にフラグ立ってるじゃねーかぁ!!
あまりの衝撃と怒りにより酸素不足の水槽の金魚みたいに口をバクバクさせている俺を見てか、夏恋はさも馬鹿にしたような顔で続けた
「なに驚いてるの……。だって、隼人イケメンじゃないじゃん。あの子とぜんぜん釣り合ってないし」
「ぐっ……、でっでもなぁ……もしかしたら分かんないぞ?向こうから見たら日本人なんてどれも同じに見えるかもしれないし……」
「だったらなおさらダメじゃないっ!隼人は成績も運動も顔もぜーんぶ中途半端だしっ!」
「なっ!」
はやとは きゅうしょうに あたった
「そんな地味でなんの取り柄もない隼人の事好きになる女の子なんてぜった……たっ多分居るわけないでしょ!」
「ちっ、違うわいっ!あ……あれだよっ!ラノベの主人公は基本的にそんな感じだから!だから真似してるだけだからっ!俺tueeeとか邪道だし!おまっ、俺が本気出したらすごいことになるよ?爽やかオサレイケメンになっちゃうよ?」
「あと、ラノベラノベうるさいし。言い訳長いし。これじゃあ鬼塚さんどころか女子誰にも相手にされないよ」
はやとの めのまえが まっくらになった
「うわわあああぁぁぁーーん、まぁーこぉーとぉーーーっ!!夏恋がいじめるよぉぉーっ!」
夏恋に所持金の半分となけなしの夢を奪われた俺は涙ながらに信に抱き付く
信は「痛いの痛いの飛んでいけー」というやや的外れ(俺の頭が痛いことになっているので正解かもしれないが)な言葉と共に頭をさすってくれる
その後、俺のメンタルが回復する間、実に30分の間俺は信の腕の仲で泣き続けた