もしも
「あら奇遇ね、お出かけかしら?」
玄関を出ると丁度天王寺さんも出るところだった。
「下の階に住む人にまだ引越しの挨拶をしていないからね。これから行こうとしていたところだよ」
「ふぅん」
天王寺さんは興味なさげな反応を示した。
「挨拶に行くとはいいとして、もし未知なるモンスターが出迎えたらどう挨拶をするの?」
突拍子もない発想だ。
「君って思い込み激しいじゃない。どうせ可愛い女の子が住んでるとでも思っているのでしょう? どうせ挨拶の動機もその下心からきてるんじゃないの?」
「い、いや! これは上の階に住むものとして当然のことであって、そんな下心は一切ありません!」
彼女につっこまれると自分が気付いていないところへ、言葉のナイフが突き刺さる。確かにモンスターが住んでいるとはシミュレーションしていなかった。とても神経質な人の場合は考えていたが……可愛い女の子が住んでいたらという発想は健全な男子なら当然頭をよぎるだろう。
「隣にこんな可愛い女の子が住んでいるのに、下の階にまで何かを求めているの? 煩悩の塊なのね」
「自分で言いますか!」
「はぁ……それだから君はモテないの。自覚してる? 理由はなんでなのか」
確かに僕はモテた記憶が一切ない。クリスマス、バレンタイン、ついでにホワイトデーも、カレンダー上の日付はあっても僕の中には存在していない。無くなってしまえ。
「分かっていたらきっとモテモテなんだろうね」
自嘲気味に受け答える。
「パターン1、いかにも清楚という言葉がぴったりな美少女が住んでいた場合。君はどうするの?」
「それはもちろん普通に引越しの挨拶をするよ」
「”鼻の下伸ばして”という修飾語が抜けているじゃないの?」
「そんな軟派な男に見えますか!?」
「パターン2、黒髪ロングだけどボサボサで、瓶底眼鏡をかけた、いかにも腐女子という子が出迎えたら?」
「それももちろん普通に挨拶するよ」
「パターン1とは絶対に挨拶のトーンが違うんじゃないの?」
「ち、違わないから!」
「じゃあパターン3、全身刺青を入れたふんどし一丁の筋肉男子が出迎えたら君はどう反応するの?」
「そ、それはさすがに引いちゃうかな……」
それは誰だって引くだろう。
「全然対応が平等じゃない。パターン1はやっぱり”元気よく”挨拶するってことでしょ。スケベさん」
「スケベではないよ!」
自分で言っておいて本当だろうか。
「じゃあ聞くけど、挨拶をしました、中でお茶でもって展開になったときどうするの? 美少女の場合は”フラグが立った”って喜ぶけど、パターン3の場合は全身硬直させて恐怖するんじゃないの」
鋭いというか、当たり前の指摘をされる。
「いや、そこは同じ対応でなくてよいのではないかな? 相手との距離感というのは重要なことだと思うんだ。だからパターン1はフレンドリーに、パターン3は敬意をもってというか距離を長めに……」
「ふぅん……君は人を見た目だけで判断する人なのね」
グサリと言葉が突き刺さる。
「もしパターン1の美人局だった場合、君は身ぐるみ剥がされてるわね」