おかゆ
天王寺さんのカゼはすっかり治り、部屋も元通りになった。間取りは天王寺さんの部屋と全く同じだが、”僕の部屋”だとやはり落ち着く、僕だけのヴェルサイユ宮殿(六畳間)。だが、心地よいのだが何せ具合が悪い。天王寺さんからカゼをうつされたのか、布団で寝転がっていることしかできない。ご近所さんへの挨拶もまだなのに……もうここに引っ越してきてから1週間以上たっている。まだ右隣の203号室、天王寺さんしか面識がない。まぁ挨拶は急がなくてもよいとは思うのだが、仮に天王寺さん他の隣人が神経質な人だった場合、深刻な状況に陥るかもしれない。まだ挨拶にこないだとか、沈黙の隣人だとか、人嫌いだとか……さらにもし何かの事件にまきこまれたとき「挨拶もしない、不思議な少年だった」などマスコミの取材に答えられてしまうかもしれない。それは考えすぎか、天王寺さんの言葉を借りれば”思い込みの激しい人”。そうであるかもしれないが、隣人が超が付くほどの神経質であることはゼロではありえないのだ。せめてなにかの事件に巻き込まれたときは「優しく気さくな少年だった」と答えられたい。などと考えていたら玄関から天王寺さんが入ってきた。
「……はい、買ってきたわよ。これで先日のことはチャラね」
スポーツドリンク、アイスクリーム、米にタマゴにネギ。
「もしかしてお粥でも作ってくれるの?」
天王寺さんはネギを右手に持ち僕に差し出した。
「何を言ってるの? 首に巻くに決まってるじゃない」
「なんか聞いたことある民間療法!」
「冗談よ」
初めて天王寺さんが少し笑顔を見せてくれた気がする。
「刺すにきまってるじゃない」
「どこに刺す気ですか!?」
反射的にお尻を両手で塞いだ。何か身の危険を感じた。天王寺さん口では少し笑ってるけど目は笑っていない。
「冗談よ」
天王寺さんが言うとどこまでが冗談で本気なのかが分からない。右手に持ったネギをまな板に乗せると手際よく包丁で刻んでいった。
「はい、これ」
小皿に盛られた刻みネギを僕に差し出す。
「なんでしょう……これは」
「見て分からないの? ネギよ」
「どうしろと……」
「いらないなら回収するわ」
よく分からない行動をする天王寺さん。
「そういえば来週から学校始まるね」
適当な世間話で今起こった出来事の混乱を収めようとする僕。
「一緒のクラスじゃなきゃいいわね」
「さらっとひどいこと言ったね」
つい反応してしてしまう。
「何? 一緒のクラスになりたいの?」
もちろんだよと素直に言えればコミュニケーション能力が高いと言えそうなのだが、恥ずかしさが先に出てしまい、言葉が詰まる。
「ふぅん、やっぱりなりたくないんだ」
「そういう訳じゃ……!」
手元にあったペットボトルのスポーツドリンクをラッパ飲みした。自分でもよく分からない行動だ。
―――
「はい、これ」
僕が先日天王寺さんにふるまったお粥とはレベルの違うお粥が目の前に出された。
「あ、ありがとう。ゆかりちゃん」
タマゴでとじられ、ネギのいい香りがするお粥。
「夕飯の分もあるから、それは自分で温めて食べてね」
天王寺さんはさっとエプロンを外し部屋から出て行った。
――すごく美味しい。