ねつ
「修理完了いたしました。納品書と領収書は家主さんにお渡しください」
頭にタオルを巻いた業者は僕に紙切れを2枚渡してその場を去った。その紙切れには数字が書いてあった。
いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……。
それ以上その数字を見つめることはやめにした。大家さんからは先日連絡があり、明日修理にくるから立会い行くから――と言ったきり来ず、音沙汰もなしだ。真新しい扉を見つめながら、天王寺さんにも知らせようと思った。
カン、カン――
「ゆかりちゃん、扉直ったよ」
応答はない。また風呂にでもはいっているのだろうか。様子を窺うこともせず立ち去ろうとしたとき、薄い扉越しになにやら呻き声のようなものが聞こえた。耳を済ませると間違いなく、天王寺さんがいる部屋からであった。そっとドアノブに手を掛けてみると、鍵はかかっていなかった。
「ゆかりちゃん……?」
「……勝手にドア開けないでよ……」
虚ろな目をして横になっている天王寺さんに姿があった。すぐに具合が悪いことが理解できた。
「もしかして熱でもあるの?」
「……39度くらいならあるわ」
扉の修理の件は置いておいて、彼女の看病が先だ。部屋を見渡してみても何かを口にした形跡もない、コンロ近くにタマゴが置いてあるだけだ。
「すぐに何か栄養あるもの用意するからまってて」
料理もろくに出来ないのに、なんとかしたいと思った。タマゴに手をかけると頂点に丸いシールが貼ってあった。よくみると”消費期限”と記載してある。その日付は今日から1週間も前のものだった。
「この古いタマゴは捨てておくね」
「……君はエコって言葉を知らないの?」
「こんなの食べたら余計身体悪くしちゃうよ」
「……なに言ってるの、君が食べるのよ」
いつもと変わらない天王寺さんの様子で少し安心した。今日ばかりはその毒舌、不安を取り除く清涼剤になる。
「買い物にいってくるね、いま冷蔵庫になにもないみたいだから、欲しいものはある?」
天王寺さんは寝返りをうって僕に背中を向けた。
「……いらない、大丈夫だから」
「行ってくるね、いろいろゆかりちゃんに迷惑かけちゃたし、これは僕からのお詫びってことで」
「……」
そのまま背中を向けたまま何も答えない。僕は近くの商店街へ向かった。