万人行列
速やかに社務所奥へ移動というか連れ去られていった天王寺さん。
「ゆかりちゃんは大丈夫でしょうか……」
風原さんは不安そうな声で呟いた。
「いきなりの大抜擢だったね」
僕はそう返事した。30分たった頃か、奥から天王寺さんが俯いたまま出てきた。その姿は眩しく、いつもの雰囲気とは違った。声にならない美しさが目に前にあった。
「……どう?」
いつもの尖った感触は無く、恥ずかしいのか、そのまま俯いていた。
「すごく綺麗だよ」
「死ね」
「何がご不満ですか!?」
僕は思わず仰け反った。
「さあさあ時間だ。万人行列出発するよ!」
八幡さんの気合の入った声が辺りに響き渡った。
「緊張してきました……ゆかりちゃんは大丈夫ですか?」
心配そうに風原さんが天王寺さんに声をかけた。
「なんだか目眩がしてきたわ」
「さすがのゆかりちゃんも緊張するんだね」
「なに言ってるの。役に対して緊張しているんじゃなくて君のバカさ加減に頭を抱えたの」
「何か悪いことでもしましたか!?」
思わず声を荒らげる。
「自分の周りをよく見てご覧なさい」
同じ衣装をまとった人たちが一斉に目抜き通りへ歩いて行くのを発見した。
「やば、出遅れた!」
八幡さんが僕の背中を軽く叩いた。
「はは! 出遅れちゃったね。ほら、急いで!」
「は、はい!」
僕は境内にある階段を駆け下りて、何事も無かったかのように行列に入った。
沿道には多くの見物人がいた。八幡さんが言っていた通り、万人はいそうな雰囲気だ。辺りを見回すとカメラをこちら側に向けて撮影しているのが分かった。
「キミ、あまりきょろきょろしない。みっともない」
「は、はいすみません……」
耳打ちで注意された。その男は僕の横にキープしたまま更に小声で話かけてきた。
「初参加なのかな?」
「はい、ほぼ強制的ではありますが……」
「いいかい、私たちはあくまで引き立て役だ。主役は姫だ。彼女を引き立てるよう身を引き締めて行進するんだ、いいかい?」
「は、はい」
姫は天王寺さんに代わってしまったがそれを伝える必要はないだろう。状況説明するのはめんどくさい。
行進ルートの折り返し地点に差し掛かった。初めて自分の後ろを見ることになったのだが、行進していた人たちの多さに圧倒された。しばらくすると風原さんの姿も見えた。恥ずかしそうに俯いたまま歩いている。声をかけられる状態でもないのでそのまま彼女を見送った。『わああ』と声が沿道から上がった。お神輿のようなものに乗せられた天王寺さんの姿があった。その姿はまるで後光が差しているかのように眩しく、神々しくさえ思えた。見とれてしまった僕は、足元にあった石ころに気がつかずそのまま転がってしまった。
「大丈夫かい!?」
「は、はい。大丈夫です」
天王寺さんは僕の方をチラリと見たが、すぐ視線はまっすぐ遠くを見た。