ひめ
僕は社務所を出て、境内を探し回ることにした。敷地内にいるとは限らないが、まずはそこを探すしかない。外を探すにもあてがないからだ。
「僕はこっちのほう探すから、ゆかりちゃんと風原さんは向こうを」
ふたりは頷き、走って僕の視界から消えていった。八幡さんは姫のことをやんちゃな格好しているからすぐ分かるとは言っていたが、いったいどんな風貌なのだろうか。探す当てはそのヒントしかない、考えるよりも探し回ったほうが得策だろう。辺りを見回してみるが、一般的な見物客と万人行列に参加すると思われる衣装を身にまとった人たちしか目に入らない。本殿の裏の方へ回ってみる、野良猫が日向ぼっこしているだけで人影はない。姫はどこにいるのだろうか。天王寺さんたちと合流する。
「そっちはどう?」
「ここでこうしてるのだから聞くまでも無いでしょ?」
そりゃそうだ。
「……あと探してないのは倉庫と本殿ですね」
風原さんがつぶやく。
「本殿はおそらく宮司さんが見ているはずだから、倉庫の方へ探しに行こう」
境内の外れにある倉庫へ僕たちは向かった。倉庫へ辿り着き、扉を見ると、本来ならかかってあるはずだろう鍵は外れていた。扉を開け中を覗き込むと、薄暗い倉庫内にぼんやりと光るものが目にはいった。よく目を凝らしてみると、女の子がスマートフォンを片手になにやらいじくっているのが分かった。
「……もしかして君が姫?」
「なにあんたたち。ウチを探しにきた訳? あーダル……ほっといてくれる? あんたたちには関係ないでしょ」
彼女は僕らの方にチラリと視線を送ってきたがすぐにスマホへ視線を落とした。
「もうすぐ万人行列が出発する時間なんです。お願いです、戻っていただけませんか?」
風原さんが姫へ語りかける。
「なんでウチな訳? 代わりなんていくらでもいるでしょ。歴史とか伝統とか、一体何?」
姫は意固地になっているようで、僕らの話など一切聞く耳を持たないという態度を示している。
「パパに伝えておいて、ウチは戻らないって」
「困ったな……」
僕は頭に手をやり、そのまま軽く掻き毟った。すると後ろから声が聞こえてきた。
「こんなところにいたのか姫子」
姫の父親である宮司さんだった。
「あ……パパ。ウチには関係ないって言ったでしょ」
「姫子、つまらない理由で多くの人に迷惑をかけるんじゃない。この日のためにどれだけの人が関わっていると思っているんだ」
倉庫に明かりがともされた。薄暗くて分からなかったが、”やんちゃな格好”というのがよく分かった。髪の毛は赤みがかっていて肩くらいの長さ、化粧も濃くアイシャドウに目がいく。トゲのついた腕輪をつけていて、全身からパンクな雰囲気をかもしていた。
「でもウチは嫌なの! そういうふうに何かに縛られるのが嫌なの!」
その瞬間乾いた音が響き渡った。宮司さんの平手打ちが姫の頬へ叩き込まれた。
「……姫子」
「……痛い。パパのバカ!!」
姫は涙目を浮かべながら、走り去っていった。
「いいのかしら」
天王寺さんはつぶやいた。
「こうなっては仕方が無い。お二方、どちらか主役をお願いできないでしょうか……」
「え? 私たちのことですか……?」
風原さんはきょとんとした。
「ええ、このままでは万人行列が出発できないのです。無理を承知してお願いしております……」
「いい機会じゃない。美月ちゃんやってみたら?」
「私はそんな器ありませんっ、ゆかりちゃんこそぴったりだと思います」
ドタバタと足音が近づいてきた。
「あら宮司さんとあなたたちじゃないの。姫は見つかった?」
「いえ、それが……」
僕は言葉を濁した。
「ああ、山下さん。この彼女たちのどちらかに主役をやっていただくから、姫探しはもう大丈夫だよ」
「あらそう、衣装のサイズ的にはこちらのコかな」
視線を送られた天王寺さんは珍しくうろたえた。