とらぶる
大屋都町のほぼ中心部に大屋都神社はあった。周りは林で囲まれ鬱蒼としており、物静かで荘厳な雰囲気を醸している。しかし人の出入りは多く、これから大きな祭りごとが行われるというムードが高まっていた。社務所に到着すると八幡さんはすぐに飛んできた。
「お、大和くんきてくれたね。まずはこれに着替えてもらおうかな」
八幡さんが僕に手渡したのは真っ白い衣装と藁箒。
「着付けは奥にいる婦人会の山下さんがしてくれるから。ホウキは別に掃除しろってわけじゃないよ」
八幡さんは「ははっ」と笑った。
「持ってるだけでいい。それも一応小道具さ」
腕を組んでうんうんと頷く八幡さん。
「着替えた後はどうしたらよいですか?」
「号令があるまで待機してもらえればいいよ。同じ格好している人がたくさんいるから彼らについていけばいい」
不安はあったが「分かりました」と答えて衣装を受け取った。
社務所の奥へ入っていくとさらに大勢の人がせわしなく動いていた。
「婦人会の山下さんという方は……」
申し訳なさそうに声をかけてみると山下さんと思われる人が奥からやってきた。
「あぁあなたが都斗くんね。若いころの秀雄さんにそっくりね!」
体格のいいオペラ歌手のような山下さんは僕から白い衣装を取り上げると、服を脱ぐように指示をし、あっというまに着付けを完了させた。
「あら、似合ってるじゃない。イケメンよイケメン」
山下さんは一仕事終えるととまた次の人の衣装を受け取り、どんどん着付けしていった。さすがに忙しそうだ。着付け部屋から退出すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ああ、こんなところでも遭遇するなんて……」
声のするところへ視線を動かすと彼女はいた。
「なんでホウキもってるの? これから掃除でもするの? えらいわね」
天王寺さんが僕の近くへ寄ってきた。彼女は白と紅色の巫女装束のようなものを身に纏っていた。
「これから万人行列に参加するんだ」
「ふぅん、ダイエット?」
「ダイエット目的で歩かないよ! ボランティア精神だよ! どうしてゆかりちゃんがここに?」
「私も万人行列に参加するの」
天王寺さんはその場でクルッと回ってみせた。
「どうかしら?」
やはり女の子だ。天王寺さんも普段と違う衣装を着れてテンションが上がっているのだろう。
「似合ってるよ」
「それだけ?」
何かを求めているようだが察しがつかない。
「どうして可愛いよとか言えないの?」
「……可愛いよ」
「遅い。ねぇ美月ちゃん」
天王寺さんの後ろから顔をちょこんと出す風原さんがそこにいた。風原さんもまた天王寺さんと同じ格好をしていた。
「べ、別に私は……」
恥ずかしそうに隠れたままだ。
「風原さんも万人行列に参加するんだね。衣装とっても可愛いよ」
「あ、ありがとうございます……」
風原さんはサッと天王寺さんの後ろにまた隠れた。天王寺さんはムスッとしていた。
「ちょっとあんたたち姫を見なかったかい?」
着付けをしてくれた山下さんがドタバタとこちらに走って近づいてきた。
「姫?」
僕はそれが何か分からず首をかしげる。
「姫の姿が見当たらないんだよ。困ったねぇ……これじゃ万人行列出発できないよ」
天王寺さんの後ろから風原さんは少しだけ顔を出し
「大屋都神社・宮司の娘さん、姫子ちゃんのことだと思います……」
「そうなの、全くどこいったのか。見かけたらすぐに着付け部屋にくるよう伝えておいてね!」
すると山下さんはまたドタバタと走り去っていった。
「……何かトラブルでしょうか」
「かもしれないわね」
天王寺さんと風原さんが目を合わせる。
「おっと君たち! 姫を見かけなかったかね!」
いつも笑顔だったあの八幡さんが必死の形相で僕らに話しかけてきた。
「山下さんも探しているようですけども」
「そうなんだよ! 主役が居ないんじゃ万人行列が出発できない! ちょっと君らも探してくれないか」
「探すのは構いませんが、僕はその姫って子を知らないのですが」
すると八幡さんは間髪入れずに返してきた。
「やんちゃな格好してるから、見かければ一発で分かるよ! よろしく頼んだよ!」
八幡さんは山下さんとは反対方向に走り去っていった。
「やんちゃな格好してるといわれてもなぁ」
「とりあえず手分けして探しましょう」
「そうね」