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第八話「動き出す三人」

 学校と家庭――両方で平穏を感じていた世廉。


 しかし、それが壊れていく。


 最初は――家庭だった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 世廉は修学旅行で大阪にいた。


 夜、深月と一緒にホテルの部屋で話をしていた。他愛もない話題だった。


 深月が世廉に言う。


「ねえ、世廉。テレビ観ない?」


「え? 何か面白い番組あるの?」


「それを今から探すんだよ」


 深月はそう言って笑った。「なあんだ」と言って世廉も笑った。


 深月はリモコンをいじって、番組を切り替えていく。時間的に放送されているのはニュース番組がほとんどだった。


 深月は急にチャンネルを固定した。


「ええ?! ニュース観るの?」


 世廉が笑いながら訊ねると、深月はいつもより低い声で言った。


「......ねえ、この家、世廉の家じゃない?」


 そして、画面を指差した。


「......え?」


 確かにそうだった。世廉の家が映っている。


 キャスターの声がした。


『本日午後五時頃、東京都○○区△△の小羽典孝(のりたか)さんの自宅で、典孝さんとその妻の朋子さん、そして次女の梓さんが死亡しているのが発見されました。三人は何者かに銃で撃たれており、警察は殺人事件として捜査しています。なお、長女の世廉さんは修学旅行に行っており――――』


「せ、世廉......」


 ――お父さんとお母さんと梓が死んだ......? 銃で撃たれた......? 殺人事件......?


「うそ。嘘に決まってるじゃない! なんで、なんで皆が......。嘘よ嘘よ」


 世廉は自らの顔を覆って、壊れたように「嘘よ」を繰り返す。


 家族の顔が世廉の脳裏を駆け巡る。――宿題を訊きにきている梓の顔。――夕食の時に学校の様子を訊く父親の顔。――ドジをして家族を笑わせてくれた母親の顔。


 現実が紛れもない現実として世廉の心に響く。


「うあああああぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


 強すぎるショックが世廉の精神を瓦解させていく。


 乱れた精神が『能力』を暴走させる。


 世廉の体内の電気が空気中に放たれる。それは世廉の心のように散り散りに放出されていった。


 深月の悲鳴。止まない世廉の号哭。音をたててショートする電灯、テレビ。


『能力』の影響は世廉の部屋だけでなく、ホテル全体を停電にした。強すぎる電流がホテルのブレーカー全てを落としたのだ。


『能力』の暴走の果て、世廉は気絶した。


 世廉は気がつくと、病院にいた。


 世廉が気絶したあと、幸い怪我がなかった深月が先生を呼ぶなどの対処をしてくれたらしい。


 世廉も大事には至らず、二、三日で退院できた。


 しかし、世廉の家にはもう誰もいない。世廉は近くの親戚の家に預けられた。まだ学校に行ける状態でもなかった。


 そこでの世廉は、まるで抜け殻のようだった。


 精神的ショックで口がきけず、一日中部屋に籠り、誰とも会わない。テレビを観ると、事件のことを思い出してしまいパニックに陥る。


 それでも、親戚が温かく接してくれたり、安定剤を服用するなどして、かなり精神は安定した。


 事件から約半年、登校の許可がおりて、世廉は久しぶりに学校へ行った。


 ――深月に会える。


 世廉は素直に嬉しかった。連絡すらとっていなかったのだ。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 僕はまた目を開けた。


 家族を失った世廉。癒えかけていたその傷を上からまた抉るような事件が世廉を襲う。


 そしてそれが、自傷行為を行うきっかけになったのだ――



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 世廉が学校に行っていなかった頃、学校では世廉の立場がさらに悪くなっていた。


 実際に『能力』が暴走し、周囲に被害を与えたことにより、世廉を畏怖し、疎外する動きが強くなっていた。


 しかし、学校には世廉はいない。


 ――代わりに標的になったのは、深月だった。


 世廉と仲良くしていたからというだけの理由で深月は陰湿なイジメに遭った。聴こえるように囁かれる深月への誹謗中傷。上履きを隠され、教科書やノートがズタズタに切り裂かれ、誰も深月と会話をしない――


 そのことを世廉が知ったのは、手遅れになったあとだった。


 イジメを苦に、深月は自殺したのだ。


 それは、世廉が学校に戻る一週間前のことだった。


 世廉が学校に行くと、深月の姿はなかった。あるのは、世廉を恐れながら疎外するクラスメイトたちだった。


「彼女は――、自殺したんですよ」


 世廉が担任に深月のことを訊いた時の、答えだ。


 担任もそう言うしかなかった。


 しかし、世廉のショックは並大抵ではなかった。


 家族を失い、安らぎの場所を失った世廉は、さらに学校での唯一の親友をも失ったのだ。


 深月が自殺した――それを聴いたあと、世廉はまた気絶した。


 意識が戻ると、保健室ではなく、病室にいた。


「......深月」


 ふと世廉は呟いた。


 ――なぜ、自殺なんてしたのだろう。


 まだ深月がイジメられていたということを知らなかった世廉だったが、一つの結論には簡単にたどり着いた。


 ――私のせいだ。


 ――私に『能力』なんてあるから、私が『能力』を使ってしまったから、深月は私の身代りになったんだ。


 ――私がいなければ、深月が私なんかと仲良くしなければ、深月は死ななくて済んだんだ。


 ――私が悪いんだ。私が、私が。


 ――私が深月を殺したようなものだ。


 ――ごめんなさい。


 ――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい............


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 世廉はそう言いながら、自らの腕を近くに置いてあったカッターで何度も切りつけた。――赤い筋が入り、血液が溢れ出す。


 それでも罪悪感は消えず、代わりに自分の存在意義が消えていくようだった。


 切る。切る。切る。


 左腕が血液で真っ赤になる。


 ――ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


 切る。切る。切る。


 世廉は手当たり次第に自分の体を切りつけた。顔、太もも、腹――


 血だらけの世廉を医師が見つけた時には、世廉は出血多量で昏睡状態だった。


 治療のかいがあって、なんとか一命をとりとめた世廉だったが、学校に行くことはできなかった。


 行けば、罪悪感に世廉は呑み込まれてしまう――


 さらに、世廉を預かっていた親戚も事故に遭って重傷を負うなどして世廉を預かれる状態ではなくなってしまった。


 それで、世廉は『浅葱園』に預けられたのだ。


 それはまるで、心も体も満身創痍の罪人が流刑に処されたような、そんな入園だった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「――――くん」


「――碑弥夜くん!」


 唐突に現実に引き戻される。


 目を開くと、導茉の心配そうな顔があった。


「碑弥夜くん、大丈夫?」


「あ、うん。何でもないよ。ちょっとウトウトしてただけだ」


 胸が痛いけど、こればっかりは導茉も治せない。


「そっかあ、良かった。――あ、世廉ちゃんの治療終わったよ!」


「そっか! それで容態は?」


「大丈夫! もうお話出来るよ」


 あれだけの出血と傷だったのに、もう話せる状態なのか。


 導茉の『能力』は凄まじいと改めて実感した。


「導茉、ありがとうな」


 僕がそう言うと、導茉は


「どういたしましてだよ! 世廉ちゃんは大切な人だもん。助けるのは当たり前!」


 と、少し誇らしそうに言った。


挿絵(By みてみん)


 僕は世廉のところへ行くために歩きだした。


 そういえば、夕鵺先生がいない。どこに行ったのだろう。


「まあ、導茉。夕鵺先生は?」


 僕は後ろから付いてきている導茉に訊いた。


「うん? 夕鵺先生はもう世廉ちゃんの部屋にいるよ」


「そっか」


 今回は僕の方が遅かったらしい。


 世廉の部屋に入る。


 すぐに世廉を寝かせたベッドが見えた。


 そこに世廉がいた。さすがに着替えたようで、入院着のような服装だった。


 ベッドの脇の椅子に夕鵺先生が座っていた。


「......世廉、大丈夫か?」


 一体何が大丈夫かを訊いたのだろう? 自分でも解らなかった。


「うん、何とかね......」


 世廉の声には力がなかった。


「ごめんね。二人とも。――私、陽斗くんと永久くんが殺されたのが自分のせいだと思って」


「世廉のせい? どうして?」


「......だって、きっと今回の事件は私たちと永久くんが逢わなかったら起きなかったと思うの。私が精神病棟の扉のロックを壊しちゃったから、私たちと永久くんが出逢って、結局二人は殺された......」


「そうだとしら、ロックを壊す時世廉を止められなかった僕だって同罪だよ」


「そんなことないよ!」


「だったら、世廉だって悪くないさ」


 僕の言葉に導茉が賛同する。


「そうだよ! 世廉ちゃんは悪くないよ!」


「二人とも......」


「――悪いのは、二人を殺した犯人だ」


「犯人......」


 世廉がそう呟いたところで、唐突に夕鵺先生が口を開いた。


「みんな、ボクはもう正規の仕事に戻らなきゃいけないんだよね。まあ、小羽さんは大丈夫そうだから、ボクはおさらばするよ」


 そう言って、サングラスの先生は出ていった。


 出ていったのを僕が確認した直後、世廉が声を上げた。


「私、犯人を捕まえたい!」


 すると、


「しるまも!」


 とまた賛同した。


 僕も異論はなかった。


「そういうと思った。――それでね、手掛かりがあるんだ」


「手掛かり?」


「ああ、僕は陽斗の死体に触れてあいつの記憶を見たんだよ。そうしたら、死ぬ直前のあいつの視界に『白衣』が見えたんだ」


「『白衣?』じゃあ、普段白衣を着てる人が犯人ってこと?」


 世廉の言葉に僕は頷く。


「その可能性が高いと思う」


「じゃあさじゃあさ、ここの人みんなと碑弥夜くんが握手すればいいんだよ」


「導茉、確かにいい方法だけど、それじゃ、碑弥夜が大変じゃない?」


 世廉が言うと、導茉は「そっかあ」と呟いて下を見た。


「まあでも、なかなか大変だけど、それをするしかないだろう」


「じゃあ、早く始めようよ!」


 導茉が急いたように行った。


 僕は手袋を脱いだ。


 ――犯人は誰だろうか。誰であろうと許せる気はしなかった。


 ――でも、犯人を見つけ出した時、僕らはどんな行動を起こすのだろうか。


 そんな疑問を抱きながら、世廉の部屋から出た。

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