第二話「能力者」
幽霊を視た、と言って一体どれぐらいの人が信じてくれるだろうか。おそらく、幽霊の存在すら信じていない人も多いだろう。
だが、千種陽斗が言ったのならそれは本当だ。
「......何処で視たの?」
小羽世廉の問いに陽斗が答える。
「俺らがいる孤児院の棟と別に精神病棟が奥にあるだろ。普通は入れないけど」
「あそこは......で、電子ロックっていうのがあるから入れないんだよね」
若月導茉がたどたどしい口調で言う。
「そうそう、そのあたりで視たんだよ。なあ碑深夜、俺が何を言いたいかわかるか」
僕――零崎碑深夜は答える。
「僕は他人の心を読めるわけじゃない」
「読まなくたってわかるだろ。探検だよ、探検」
陽斗の答えにすぐさま世廉が突っ込む。
「馬鹿じゃないの。私たち、歳でいったら高校生でしょ。あんたの精神年齢は小学生並みね」
世廉の突っ込みは鋭すぎて、相手の心を抉ることがたまにある。
この四人の中で、高校に通っているのは陽斗だけだ。陽斗はたまにこの孤児院『浅葱園』に遊びに来ているのだが、今は夏休みなので、毎日のように朝早くから遊びに来ている。
僕は親に捨てられて、世廉は両親を亡くし身寄りがいないため、この孤児院で暮らしている。事情があって高校には通っていないが、ある程度の勉強はここで行っている。
導茉の最終学歴は中卒。今は特技を生かしてある仕事(というか、ボランティア)に携わっていて、仕事の関係でこの孤児院にいる。
しかし、この導茉だが、本当に心の中は小学生だ。
「......探検かぁ。かっこいいね!」
目をキラキラと輝かせて、導茉が言った。
「導茉、本気か?」
「うん。しるまはね......魔法使いかな。碑深夜くんが剣士で、世廉ちゃんが勇者さん! で、陽斗くんが......武器屋さん!!」
導茉の悪気と自覚のない悪口に、世廉が吹き出す。
陽斗が大袈裟に嘆く。
「えぇ?! 導茉、俺はパーティに入れないの? 武器屋とか、マジ凹むわ」
話が進まないので、僕が皆に訊く。
「それで、どうするんだ。行くのか? 行かないのか?」
「しるま行きたい!!」
椅子の上をぴょんぴょん跳ねながら、導茉が言った。
「俺もだ!!」
勢いよく立ち上がって、陽斗が言う。
「まあ、二人が言うなら私もいいわ。どうせ今日は暇だし」
三人は行ってもいいと言う。ならば、僕も決まった。
「僕も、皆が行くならついていく」
開け放っていた窓から、夏の心地よい風がはいってくる。
何故、僕たちが陽斗を信じるのか。疑いもなく、冒険に行くなんて話にまでなるのか。
それは、全員が陽斗の『能力』が嘘ではないと知っているからだ。
さらに言うなら、僕たち四人はそれぞれある『能力』を持っている。だからこそ『能力』を持つ人間を信じることができるのだ。
『能力』を持っている僕たちが仲良くなるのに、時間はかからなかった。
陽斗の『能力』は『幽霊が視える』というもの。霊視とも呼ばれる。陽斗曰く、幽霊は死者の思念の塊であるらしい。陽斗の目はその想いを感じる感度がとても強いのだ。
世廉の『能力』は『体内に電気を溜める』というもの。バイオ・エレクトリシティと呼ばれることもあるらしい。溜めるだけでなく、放電することも出来るが落ち着いていないと電力を制限できないという。過去にはこの『能力』が原因でいじめに遭っていた。
導茉の『能力』は『人の傷を治す』というものだ。肉体的な傷を治すことが可能で『能力』の使っている時、導茉は意識を失う。この時に超自然的な存在に働きかけているらしい。今の導茉の仕事は秘密裏に患者の傷を治すというグレーゾーンなものだ。しかし、当の導茉はそんなことは気にせず最近はこの孤児院で活動している。
そして、僕。
僕の『能力』は『他人の記憶を視る』というものだ。サイコメトリーと言うらしい。僕の場合、相手の素肌に素手で触ると、相手の中の強い想い出を映像と音で感じとることができる。
しかし、正直なところ、この『能力』を僕はあまり好きではない。人間関係に逆に支障をきたす気がして、僕はいつも手袋をしている。
一応、他の三人の記憶を視たことはある。だからこそ、三人の『能力』が嘘ではないと断言できるのだ。
僕たちは生まれつき、これらの『能力』を持っていた。
「よし、そうと決まれば早く準備しようぜ」
張り切った調子で、陽斗が声を上げる。
「ねぇねぇ、陽斗。食べ物ってどれぐらい持っていけばいいかな」
「いやいや、導茉。園内を歩き回るだけだから、食べ物はいらないよ」
世廉が導茉の無垢すぎる勘違いを正す。
僕は口を開いた。
「というか、持っていくものなんてないんじゃないか?」
「確かに、碑深夜の言うとおりだ。なら、今すぐ行くぞ!!」
張り切って出ていく陽斗と導茉。僕が開けていた窓を閉めると、世廉と目があった。世廉は困ったような、嬉しいような表情をしていた。
僕も似たような表情をしていたに違いない。
「早く来いよ! 」
「二人とも置いてくよ!」
その声に「わかったわかった」と答えながら、僕と世廉も部屋を出た。