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森のなかの塔

多幸剤クッキングで生計を立てている。

今日の献立は、レキソタン二錠、ランドセン二錠、ドグマチール二錠、ワイパックス一錠、ジェイゾロフト二錠、頭痛に備えロキソニン一錠、事前に軽食を撮り胃の中はドラッグ受け入れ態勢、ビールで服薬し、日本酒とウィスキーを交互にちびちび呑む。

目を閉じると「物理的に」意識が脳の奥へ引きずり込まれていく。物理的であるから椅子に坐っている僕の躰は後ろに倒れる。平生から悩まされていた強迫神経症から解放される。

これが本当にくだらない神経症で、トイレに吸い込まれるとか、風呂に入れば風呂場の隅のカビが僕の躰に付着してカビ人間になってしまうとか、電車に乗ればこの車両は大破するとか、まったく、誇大妄想というか被害妄想というか、とにかく酷い。

が、そういった神経症から薬物のパワーによって意識は解き放たれる。意識が肉体を離れどこへ行っているのかは分からない。空に向かっているのかも知れないし、地底深くへ堕ちているのかも知れない。むかし読んだ本に「空に向かって落ちていく」という洒落た表現を見出した。また、阿片中毒だったジャン・コクトーは「人生は水平方向に堕ちる」と書いた。コクトーもこの感覚を味わったのだろうか。単純に離人症とか、そういう病気で片づけられるのかも。とにかく、「飛ぶ」というより「堕ちる」という表現がぴったりくる。意識はどこかへ堕ちていく。さて堕ちた先、どこへ着地するのかといえば、僕の場合、最終的には夢である。



鬱蒼と茂る森の中に古めかしい塔がひとつ、屹立している。童話の挿絵で見られるような細長く西洋的な塔である。本当に長く、塔の先がどこまで天へ伸びているのか判然しない。出入り口は分からないが僕はその中にいる。

小説世界では昔から、塔の中には女性が囚われているものである。やはり女性がいた。十六、七歳くらいの少女である。僕も二十三歳くらいに若返っている。躰も薬物に汚染される前の、健康人のそれだ。服装は思い出せない。

僕と少女は会話を交わした。

「あら、貴方また来たのね」

「そうなんだ。軽いオーバードーズとハードリカの合わせ技をやると、いつもここに来る。たぶん脳が馬鹿なんだよ」

「この水をお飲みなさい」

少女は水の在処を手で指し示す。そこには大きな甕のようなものがある。僕は両手で甕の中の水を掬い取り、口に含む。

「ぷはあ。なんて美味しい水なんだ」

「もっとお飲みなさい」

「そうさせてもらおう」

その塔の部屋の中には少女の使っていると思われるベッド、衣装、その他生活に必要なものが最小限置いてあるきりだ。

塔が大きく揺れた。崩れているのだ。僕は少女の手を取った。

「急ごう」

「ええ」

僕たちは塔の上へ登った。なぜ下りなかったのかは分からない。いつも、分からない。とにかく登る。階段は壊れ、壁面が剥がれていく。息を切らせて登る。

塔が大きく揺れる。崩落だ。もはや壁も天井も階段も崩れ去り、外の景観が眺望された。四方は地平線の彼方まで森が続き、空はどこまでも青い。

彼女の足元が崩れた。いつも彼女の足元だけが崩れる。そして彼女は登った分だけ落ちようとする。僕はその手を離さない。白く細い手を必死で掴む。僕は懇願する。

「頼むから一人にしないでくれ、俺を置いていかないでくれ」

「わたしは落ちるわ、いつものように。そして貴方は独り」

「もう勘弁してくれ、これ以上こんな生活が続くようなら、俺は、俺は……何だっけ? 何か大事なことだったような気がするんだけど、忘れてしまった。今のところ別に自殺する気もないし……。酒と薬があれば当分はやっていけそうだし……。いや、違う、これは酒と薬が見せる悪夢だ。人は独りでは生きていけない筈なんだ。たぶん。なんかこう、俺の人生、致命的に間違っているような気がして不安なんだ。誰かに『大丈夫だよ』って言って欲しいんだ。たぶん、忘れてたのはそんな感じのことなんだけど」

「―――――」

手を離し、落ちていく彼女が最後に何を言ったのかは分からない。いつも分からない。

今度また会いに行こう。酒と薬を持って。

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