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眼鏡男子の日常  作者: きり
第1章 何時もの日常
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 等と隣で保が無謀な事を呟いている時だった。

 突然、視線を感じた。元々、特に可も無く、不可も無い外見の俺が、そうそう注目される事に慣れている訳ではないが、何となく、普通のそれとは違う物を感じた。

 顔を上げると、視線の先には、先日、図書館で霊を喰った……訳ではないのだろうが、あの女子学生がいた。

 しかし、どう見ても彼女は俺に気付いた風はなく、一緒にいる友人らしき人物と何やら談笑しながら受け取りカウンターに並んでいる。

「痛っ」

 不意に何かが目に入り、不快感から眼鏡を外して手で擦る。よくある普通の動作の後、眼鏡を掛けようと顔を上げると、奴がいた。

 何これ。こんな偶然、いりません。

 霊喰い少女の肩から、間違いなくこの世に住まわざると思われる若い男が覗いていた。しかも、ばっちり目が合ってるし。

 冗談だろぉ。

 げんなりしている俺を確認すると、男はすっと視線を逸らし、その後掻き消えたのだった。

 いったい今のは何だったんだろう? 何事も無く終わったのだから気にしなければいいし、普段の俺ならば間違いなく気にしなかったであろうこの出来事が、どうにもその後も気になって仕方が無かった。



     *



「片瀬君と新山君って、最近、麒翔館大に出入りしてるんだって?」

 珍しく自分の大学の学食で一人うどんを啜っていると、岩久間さんが声を掛けて来た。

 彼女とは、一年の時の一般教養の英語の講義で一緒になって以来の付き合いだ。残念ながら彼氏彼女的な付き合いではなく、一般的なお友達というカテゴリーに入る仲だが。

「してるけど、何で?」

「いやぁ、結構噂になってるみたいだよー」

「噂?」

 長かった転校生活の悲しい性か、基本的に『目立たず、騒がず、憎まれず』をモットーとして生きて来た俺としては、噂になる事すら煩わしい。

「そう、噂」

 岩久間さんは、勿体つけたように繰り返した。

「もーっ! やだなぁ。その目付き、止めようよ」

 無言で睨み返していたらしい俺に、彼女は言った。

 彼女に言わせると、俺の外見はそうは悪くはないらしいのだが、目付きが悪過ぎるのだと言う。故に、俺は女の子にはモテない、らしいと言う事実は悲しい余談。

「ああ、ごめん」

「……片瀬君、目が謝ってないんだけど」

 と、彼女は笑い出した。

「まぁ、いいか。で、どうなの? 見付かったの?」

「え?」

「ほら、人捜し。してるんでしょ?」

 妙な期待に満ちた眼差しで宣う岩久間さんに、短く未だだと答える。

「そっか、残念だねぇ」

 と、向かい側の席で頬杖突いてしみじみしている彼女を見ていて、ふと、不自然な事に気が付いた。

 ちょっと待て。何で彼女が人捜しをしている事を知っているんだ? 俺がそんな事を言う訳ないし……と言うか誰にも言っていないので、間違いなく言ったのはあいつしかいない。いや、絶対に、あいつだ!

「保……新山から聞いたのか?」

「そうだよ。ね、ね、どんな娘なの、彼女」

 語尾にハートマークでもぶら下げているのではないかと思うくらいの、ウキウキトーンの声に、げんなりする。

 何を期待しているんだ?

「どんなって……俺よか保に聞いてくれよ」

 何だよ、それ、と剥れながらもうどんの汁の最後の一滴まで完食する。

 嗚呼、至福。

「もーっ! 片瀬君ってば、テ・レ・ヤさん」

 それに対し彼女はというと、にぱーってな具合にイヤらしい笑みを満面に浮かべている訳で……。

 だから何なの、一体!?

「おい、カタやん、お前、麒翔館大に出入りしてるんだってぇ?」

 バシリと突然、背中を叩かれた。思わず、腹に収めたばかりのうどんをリバースしそうになった。

「何すんだよー!!」

 口許を拭いながら振り返ると、ツレの一人、近藤敏(こんどう さとし)――通称、キンちゃんが立っていた。

「いやぁ、新山から聞いたよ。初恋の君の事」

 漫画によくあるいやらしい目付き、ってのをリアルに見る日が来ようとは……。

「いやぁ、おめえみたいな堅物が初恋だなんてねぇ」

「そうそう、片瀬君がねぇ。……って、近藤君、堅物は酷いよ」

 岩久間さん、フォローをありがと……ん?

「……って、そっちかよ! じゃねぇだろ。俺の初恋って何だよ!」

 妙なテンションで盛り上がる二人に、俺は慌ててツッコミを入れる。

「それより、何時から人捜しの相手が、俺の初恋の相手になってんだよ!」

「最初から」

 それに対して、二人は打ち合わせをしたのかと思うくらいのコンビネーションでハモった。

「違うって! 俺じゃないって! た・も・つ! 新山保の初恋の人なんだって!」

 噛んで含むように言い聞かせる。

「もーっ。照れなくってもいいのにぃ」

「いや、照れてないし」

「そうだぞ、カタやん。新山に罪を擦り付けるなんて、漢らしくないぞ」

「漢らしくって……。って言うか、罪って何だよ。だいたい誰が言ったんだよ。俺の初恋の人だなんて」

 聞くまでもなく、分かっている犯人を確認すべく、二人に問い質す。

「新山」

「新山君」

 二人して爽やかに答えた。

 分かっていた事とはいえ、思いっ切りテーブルに頭をぶつけてしまった。もう、痛みすら感じないくらいに脱力する。

「まぁまぁ、片瀬君、そう落ち込まなくても、きっと見付かるって」

「青春だなぁ」

 慰めてるのかおちょくっているのか分からない二人の台詞を聞きながら、ノロノロと顔を上げると、視線の先には思い詰めたような表情をした女の子が一人立っていた。何時も保の周りをウロチョロしている彼女。先日、保を映画の試写会に誘って、見事玉砕した彼女だった。俺が見ているのに気付いたのか、彼女は慌てた様子で踵を返した。

「なぁ、あの娘知ってるか?」

 尚も勝手に盛り上がっていた二人に顎をしゃくって尋ねる。

「おう。知ってるぞ。嶋野って娘だよな?」

 そう言って近藤は岩久間さんに同意を求めた。

「そうそう、嶋野さんだよ。同じ学部で同級生じゃない。知らなかった? 何、彼女がどうかした?」

 そう答えた直後、彼女は片腕でブロックするように身構えて言った。

「ま、まさか、今度は嶋野さんなの!?」

「お、お前ってやつぁー!!」

「二股? 二股? あの純な片瀬君は何処に行ったの!?」

「そんなに女にだらしがない奴だっただなんて。……父ちゃん情けないぞ!」

 勝手に妄想を膨らまし大声で暴走する二人を周囲の学生達や教授陣が、ある者は冷ややかに、またある者は呆然と見ている。

 ……って、教授陣だと!?

「愚か者! そうじゃねぇだろ!」

 うりゃ!、とばかりに二人の頭にチョップを食らわせ、周囲に引きつった笑みを浮かべつつ、二人を取り敢えず黙らせる事に成功した。

 嗚呼、どうして俺の周りには問題児ばかりが集まって来るんだよ。

「片瀬君がぶったぁ!」

 分かり易い泣き真似をする岩久間さんを黙らせる為に、俺は渋々彼女を校内にある売店に連れて行く事にした。アイスを奢ると言うと、彼女は即座に泣き真似を止め、いそいそと俺の食べ終えたトレーを返却しに行った。

「カタやん! 俺達、友達だよな!」

 岩久間さんの後ろ姿を目で追っていると、未だいたらしい近藤に態とらしく肩を組まれた。

 何なんだ、今日は。厄日か?



「で、教えろよ。彼女って、どんな感じよ」

 結局、二人にアイスを奢る破目になった俺と、何の遠慮も見せなかった二人は、中庭のベンチに腰掛け午後の心地好い風に吹かれつつアイス食べる事となった。

「どんな感じと言われてもなぁ」

 と、アイス用の木のスプーンを歯で挟んで上下に揺らしながら近藤が考え込む。

 ……いや、こいつの場合、絶対単なるポーズにすぎねぇな。

 そんな近藤に対し、岩久間さんはアイスのスプーンで唇を小さく叩きながら思案した様子で答えた。

「んーっと、ゴールデン・ウィークにデビューしたクチかなぁ」

 ……はい?

「ゴールデン・ウィーク? デビュー? 何だ、それ」

「そう言われればそうだったなぁ」

 謎な単語に顎が外れそうな俺に対し、近藤はそうそう、と大きく頷いた。

「でしょ!」

「いや、だからデビューって?」

 二人で納得し合っているのだが、俺には全く話が見えない。

「ああ、ごめん。うんとねぇ、『入学した時は初々しい学生さんだったのに、ゴールデン・ウィークが明けた途端、派手な装いになる子』の状態を指して、ゴールデン・ウィーク・デビューって言ってるの。五月デビューでも可、みたいな」

「五月デビュー……」

 知らない単語が増えていく……。

「あ、でも知らなくても全然問題無いから。うちの大学でしか言わないみたいだし」

 成る程。

 ……って、んなローカル単語、知らなくて当然じゃねぇか。

「そうそう、今年の新入生にも、結構いそうだよなぁ。……って、カタやん、クラブとかサークルにも入ってないから、そういう単語に疎いんだったよな。岩久間さん、そういう訳だから、大目にみてやってくれや」

 何故か保護者のような口調で俺の頭をぽんぽんと叩きながら、近藤は言った。

 ……何かが間違ってる気がするのは、僕だけですか?

「そうだね。片瀬君って、そういうの疎そうだもんね。……でもさ」

 岩久間さんは何時ものお気楽な口調から一変して、ひどく真面目な口調で続けた。

「でも、嶋野さんは止めておいた方がいいよ」

「え? 俺、別に彼女の事なんか……」

「いや、冗談抜きに、私としてはお勧め出来ないから、さ。他人(ひと)の事をとやかく言うのは性に合わないんだけど、彼女の場合、余りいい噂は聞かないから」

「噂?」

 聞き返す俺に、黙り込む岩久間さん。

 尚も執拗に尋ねようとしていると、近藤が代わりに答えた。

「男漁りが激しいってやつよ。な?」

 と、彼女に同意を求める。岩久間さんは、ほっとしたように頷いた。

「まぁ、ここんとこ、大人しいみたいだけどな。けど、うちのクラブの連中にも彼女を喰っちゃった、って吹聴してる奴もいるしなぁ。……まぁ、どこまでが本当なのかは、怪しいっちゃ、怪しいがな」

「ごめんね、片瀬君! 片瀬君の夢を壊すような事言って!」

 そう言って彼女は手を合わせ、何故か俺に謝った。

「いや、謝られても。別にショックは受けてないし」

 うーむ。あの派手な外見は伊達ではなかったのか。

「でもさぁ、私、彼女の本命は、新山君だと思うんだよねぇ」

 と、岩久間さんは唐突に言った。

 彼女の話によると、嶋野さんが大人しくなった頃と同じくして彼女を保の周りで見掛ける事が多くなったのだという。しかも、今年に入ってからは、保の履修している講義のその殆どを嶋野さんも同じように履修しているらしく、『保を捜せば嶋野さんがセットで付いてくる』、そんな状態が続いているのだとも。因みに、岩久間さんによると、この話は女の子達の間ではかなり有名なのだそうな。

「そういや、最近、新山の近くで見かけねぇなぁ」

 近藤は、食べ終わったアイスのカップを近くにあったゴミ箱に投げた……が、外れた。

 恥ずかしそうに、いそいそと拾い直し捨てて戻って来ると、何事も無かったかのように言った。

「そう言えばそうだよね」

 そう言いながら、今度は岩久間さんが俺の食べ終えたアイスのカップと自分のカップをゴミ箱に捨てに行った。

「けど安心しろ、カタやん。新山は、絶対に、嶋野さんを喰ってねぇぞ」

 岩久間さんのいない間に、ヒソヒソ声で近藤が言った。

「何でそんな事が分かるんだ?」

「前に、新山本人に聞いた事があるんだ」

 そう、きっぱりと近藤は言い切った。

 ……どういう状況でそんな事を聞いたのか、激しく気になるんですが、近藤君。

「ま、どちらにせよ、片瀬君にはもっといい娘が見付かるって。初恋の彼女が早く見付かるといいね」

 戻って来た岩久間さんが笑顔で言った。

 最後の最後まで、誤解が解けなかった俺。

 保め、覚えてやがれー!

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