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眼鏡男子の日常  作者: きり
第6章 戦う日常
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 尚も反対しようとしていた内場さんの言葉は、保の登場と共に立ち消えとなったのだった。



「あれ、瑠璃じゃない! あんたこんな所でどうしたの?」

 榊田さんが到着すると、先手必勝とばかりに、内場さんがさも驚いた、と言わんばかりの声を上げた。

 内場さんと保との一方的な感動の再会を果たしてから、まだ十五分と経っていなかった。

 あの後、内場さんに気付いた保に対して、俺がお前の代わりに麒翔館大で彼女を見付けて来てやった、と耳打ちした時の保の感動ったらなかった。こっちが恥ずかしくなるくらいに感動し、俺にも抱き付く始末。しかも、ここだけの話、保の目にはうっすらと涙まで浮かんでいやがった。

 けどなんだ。今にして思えば、呪詛の力が増せば増す程、保の内場さんへの感情が目減りしていっていた気がする。そう考えると、今の保は、かなり健全な状態なのだろう。

「え!? な、何で!?」

 こっそりと調査していたのに、何故か友人まで登場してしまっている状況に、当然の事ながら榊田さん自身、驚きの余り固まってしまった。彼女にしても、一般人――であると思い込んでいる内場さんに正体を明かす訳にはいかない訳で……。

 榊田さんに代わり、俺がなけなしの知恵を絞ってフォローに入る。

「ああ、お前が麒翔館大に行かなくなってから向こうで知り合ってな。仲良くなったんだ。内場さんを捜すのも、手伝って貰ったんだぞ。ほら、保、お礼は?」

「何や、そうやったんかー! ほんま、どうもありがとう!」

 結果、保が両手で戸惑っている榊田さんの手を取ると、ブンブンと上下に振るに至ったのだった。それでも榊田さんと目があうと、感謝するかのように、小さく会釈された。その横で、内場さんは、そうきたか、とばかりに、片眉を上げ、ニヤリと笑って見せたのだった。

 ……嗚呼、なけなしの良心が痛む。



     *



 それからというもの、内場さんは自身の大学での講義終了後、毎日のように足繁くうちの大学に通って来るようになった。

 表向き、彼女は俺が麒翔館大に通っていたのと同じ理由で日参して来ていた。実際、会うと二人は図書館のテーブルで、時間の許す限り話し込んでいた。勿論、場所が場所だけに、ヒソヒソ声でだったが、その様子は傍から見ていると、親密に見えるようだった。その結果、学内で二人の噂をよく耳にするようにもなっていた。

 同様に、榊田さんもうちの大学に通って来てはいたが、彼女は内場さんと違い、柊さんを始め、他の風師達――昼間、風がいなくとも、異変を感じある程度の対処が出来るらしく――と交替で通って来ていた。また榊田さんの場合は、内場さんや他の風師とは違い、俺と一緒に講義を受けたりもした。それは決まって、俺と保が同じ講義を受講していた時に限られた。講義終了後は、榊田さんも俺も、それぞれ図書館に立ち寄るのを日課としていた。

 そうまでして張った罠だったが、特に保や内場さんに対して被害が出る事も無かった。

 だが、俺も含め、皆、気付いていた。毎日のように保を見詰めるその視線に。

 恩田氏の調べによると偽石がその力を発揮していた頃、彼女――嶋野さんは、大学にも余り顔を出さずに部屋に引き籠もり、黙々と石を作っていたようだったという。偽石を持つに至った女の子達の保への想いが想いを呼び、彼女が態々大学に足を運ぶ事無く、保を監視する事が出来ていた為ではないか、と彼は言っていた。

 現在は偽石の持ち主が新たに増えるそばから、風達によってただの石に変えられてしまっている為、今ではそれも叶わないのだろう、と。



     *



 七月に入り、前期試験の準備に学内がざわめき始めた頃、突然、変化が訪れた。

「で、どうするんですか?」

 深夜、awfの事務所に呼び出された俺は、手帳を睨んだまま、考え込んでいる柊さんを見やった。その横では、所在無げな様子の桂氏がぼんやりと佇んでいた。

「遅れてごめんなさい」

 俺の直ぐ後に、遅れて内場さんが現れた。

「二人とも、わざわざ遅くに呼び出してごめんなさいね」

 ようやく立ち上がると、柊さんは言った。

「説明に入る前に、先ずは上の決定を二人には伝えるわね」

 前置きを言う事無く、行き成り柊さんは本題に入った。その為、俺も内場さんも、未だ立ったままだった。何時もの彼女らしからぬ様子に、俺達二人が軽く困惑していると、彼女は言った。

「嶋野さんを操っている魔を早急に本来いるべき場所に戻す事」

「え? それは今までもそうだったんじゃ……」

 内場さんが言い掛けた言葉を彼女は首を振って遮った。

「今までみたいな生温い方法では無く、力技を使ってでも、今日明日中に決着をつけろと言ってきているの」

「今日明日中にって……。何でまた」

「嶋野さんの生命が、危ないの」

 驚いている俺達に対し、柊さんが神妙な面持ちになったのだった。

 柊さんの話によると、嶋野さんを監視していた風達が、彼女の自我が呪詛者である魔に乗っ取られ、刻一刻と彼女自身が生きながらにして魔と化そうとしているのだという。平たく言えば、彼女の魂は呪詛者である魔と同化し、彼女の魂その物が消えようとしているのだそうだ。

「そうなると、彼女は、嶋野さんはどうなるんですか?」

「死ぬわ」

 抑揚の無い声で、柊さんは答えた。しかも、保までもを道連れにする恐れがあるのだと付け加えた。

「けど、いったいどうすれば……。彼女には、魔と化した霊体以外にも、霊がとりついているんですよね?」

「ええ。もう、風ですら彼女の自我を確認出来ない程沢山のね」

「じゃあいったい……」

「皆、消してしまう事になったの。……誰彼構わずにね」

「消してしまう?」

「誰彼構わずって!? それじゃあ、嶋野さん自身の自我まで消しちゃうつもりなんじゃ!?」

 内場さんが驚いた声を上げた。

 柊さんは一つ頷き、話を続けた。

「そのつもりがなくても、結果的にそうなる恐れはあるわね。今の彼女なら、風をもってしても、魔と区別がつかないでしょうから」

「え? 自我が消えちゃうって、死んじゃうんじゃ」

 先程柊さんが言っていた言葉を思い出し、慌てて口を挟む。

「……残念ながら」

「だーっ!! それじゃあ、意味がねぇじゃねぇかっ!」

 思わず壁を拳で叩き付けてしまう。

 くっそ、どうすりゃいいんだ!

「一つだけ、手が無い訳じゃないわ」

 彼女の言葉に、壁に打ち付けたままだった手を外し、ノロノロと彼女を振り返る。

「誰かに嶋野さんを見付けて貰えれば、それも可能なの」

「見付けるって……」

「前もって彼女を見付けておけば、彼女を風の攻撃から守る事も出来るでしょう?」

 ああ、そういう事か。けど……。

「嶋野さんを見付けるって事は分かったんですけど、どうするんですか?」

 俺の考えていたのと同じ事を先に内場さんが口にした。

「誰かに嶋野さんの中に入って貰うの」

「入る? それって……」

「彼女の意識に入って貰うの。喩えるなら、霊体が彼女に憑いている状態と同じね。それを誰かにやって貰う、って事」

「はい?」

 憑くって、ネエさん。いや、確かに分かり易い表現ではあるんだが。

「じゃあ誰がそれを? やはり風の誰かですか?」

 気を取り直し、桂氏をチラリと見る。

 しかし、目が合った彼は、片眉を上げただけで何も言わなかった。

「今回の魔に対しては無理なの。魔の力が強過ぎて、彼等が取り込まれてしまうかもしれない。元々力のある風が、万が一にも魔に取り込まれ同化でもしようものならもう私達にも手出し出来なくなる恐れがあるわ。……余りにも危険過ぎる」

 そう言って彼女は、じっと俺の目を見た。

 え? ……や、やだなぁ。何か嫌な予感がするんだけど。

『悪いね。ちゃんとフォローはするよ』

 と、桂氏は両手で形だけ――風である彼の手を、俺には感じる事は出来なかったが――肩を叩いたのだった。



     *



『角の本屋に入ったぞ』

 ハンズフリーにした携帯のイヤホンから、恩田氏の声が聞こえて来た。

 今日、来ている影見師は、俺と内場さんを除けば、彼だけだった。

 ここまで来ると、『視る者』としてだけの影見師は、必要ではないらしい。

 俺に言わせれば、今回の俺の役も、何度も修羅場を乗り越えて来たプロの探偵だった彼にお願いしたい所だったが、柊さんに却下されてしまった。

 彼には今日、探偵の腕を見込んで、嶋野さんを追跡するのに協力してもらうのだという。

 他にもベテランの影見師がいる筈なのに、何故俺なのか?

 昨夜ひつこく柊さんに尋ねてみたが、結局笑って答えてはくれなかった。

「了解」

 自分の今おかれている状況を考えると、益々鬱になりながら小声で答えると、通話を切った。

 と言う訳で、本日、講義が終わると直ぐに、俺は一度柊さんと合流した。

 その場で、自宅から変装の為に持って来ていた黒っぽい服装に着替え、濃紺のキャップを被った。その際、持っていた荷物も彼女に預かって貰った。その際に渡された携帯電話を彼女の指示通りハンズフリーにし、何時でも彼等と連絡がとれるように準備していた。

 現在、この世界に来ている風は、榊田さんの樹のみ。樹以外の風には、俺が嶋野さんの中に入る直前まで、向こうの世界で待機させているのだという。

「昼なのに、来られるんですか?」

「ちゃんと前もって準備をさせておけばね」

 と、俺の質問は一蹴された。

 だったら先に来ていてもいいようなものだが、先に来ていると前にもまして警戒を見せている魔に、自分を排除しようとしている存在を悟られるかもしれないから、という配慮かららしい。しかも、幾ら用心していても、俺が彼等を無意識に目で探してしまい、挙動不審になるかもしれない、というのが、心配だったようだ。

 うう、信用されてねぇな。俺って。そのくせ、俺に今回の大役を任せるあたり、信用してんだか、何なんだか……。

 人生の貧乏くじが、大挙して俺に押し寄せているのではないかと、軽く被害妄想に陥る。

 実際、柊さん以外の姿は見ていないが、榊田さんを含む十数名の風師達が、嶋野さんを既に朝から何処かで監視しているらしい。

 樹に関しては、向こうの世界に帰そうにも、言う事を聞かない代わりに、風の中でも一番の力の持ち主でもある為、風どころか、パートナーである風師の榊田さんにすら、そうそう姿を現さないらしいので問題は無いらしい。まぁ、これはこれで、ある意味問題なんだが。

 榊田さんには、今日、こんな風に風師達が集まっている事――本日、決着をつける事をどう説明しているのだろうか?

 榊田さんが来ていると聞かされた時、柊さんに聞いた所、彼女には今日の作戦に関しては、何も話していないとの事だった。他の風師や風達にも、今日の事を伝えてはいたが、彼女にはこの事を伝えないよう口止めしているのだと。樹に関して言えば、基本喋らないので、その必要すらなかったらしいが。

 成る程、そこまで徹底しているならば、今日、これから内場さんが現場にいるのは、単に保といるだけだと思ってくれるだろう。

 それにしても、何故、内場さんはこれ程までして、影見師である事を榊田さんから隠そうとするのだろうか……。

 そんな事をつらつらと考えながら歩いていると、何時の間にか言われた本屋の前に辿り着いていた。けれど立ち止まる事なくそのまま通り過ぎ、向かい側のガードレールに寄り掛かった。そしてバスを待つ風を装いながら、ポケットから単行本を取り出した。

 開いたページを読むフリをしたまま、視線だけガラス張りの本屋の店内に向ける。

 今、店内には保と内場さん、それに嶋野さんの三人がいる筈だった。窓側に面した棚で雑誌を前にカップルのように談笑している二人が見える。

 本当は、早い所人気の無いとある神社に誘い込みたいに違いない内場さんだが、保に合わせ、やむなく寄り道をする羽目になったのだろう。

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