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眼鏡男子の日常  作者: きり
第5章 働く日常
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 部屋にいた数名の学生は、保の声に迷惑そうな視線を向けた。

 と言うか、何故小マメにバックアップを取っておかないんだ、たもっちゃん。

「そうは言われてもなぁ……」

 渋々立ち上がり、保の元に行く。

「だいたい家で入力作業は済んでるんだろ? 今日はプリントアウトするだけだって、言っていたじゃねぇか」

 保の肩越しにモニター画面を覗き込み、試しにキーボードを適当に叩いてみても、何の反応も示さなかった。

「あれ? 言うてなかったか? うちのパソコン、今入院中やねん」

 入院中?

「何だそれ」

 聞くと、保の知り合いが、パソコンの新しい部品を購入した為、今まで使っていたドライブを保のパソコンに組み替えてくれているのだという。

「せやから、今、うちにパソコン無いねん」

 ……聞いていた話と違うではないか。直ぐにレポートのプリントアウトが済むから、久々にボーリングにでも行かないか――という誘いに乗ったのがそもそも間違いだったようだ。

 どうやら俺と保との時間的観念にはイスカンダル程の幅があるらしい。

 諦めたように溜め息を吐くと、今度はマウスに手を伸ばした。

「やっぱり、諦めて、一度強制終了するしかねぇんじゃねえのか?」

 保と席をかわり、マウスで一通りクリックをしてはみたが、やはり何の反応も示さない。

 時間だけが過ぎていくばかりだ。ここは一つ思い切って、入力済み分を諦めるという選択肢を選ぶのも手ではないだろうか。

「強制終了するぞ」

 泣きそうな保に心を鬼にして、俺がキーボードを押そうとした瞬間、間一髪の所で声を掛けられた。

「……あの、よければ私が見てみましょうか?」

 振り向くと、何処かで見た記憶がうっすらある程度の女子が一人立っていた。確か、同じ学部の同級生だった気がする。

 等と、失礼この上ない記憶を何とか手繰り寄せる。しかし実際、彼女は人込みに紛れてしまったら最後、見付けられないんじゃないかと思ってしまう程、地味なタイプの娘だった。決してブスでは無い。ただ、印象に残らない、そんなタイプ。

 ずっとこの自習室にいたらしく、手には使っていたと思われるテキストとレポート用紙とプリントアウトしたらしい束が握られていた。肩に掛けた鞄は、推測するに辞書や六法、テキスト等でパンパンに膨らんでいた。

 俺は保に促され、慌てて席を立つと彼女に席を譲った。

 彼女は俯いたまま、顔を赤くし手にしていた荷物をモニター脇に置き、鞄を床に置いて席に着いた。

 キーボードをカタカタと入力後、何事か彼女は呟くと、復旧作業――だと思うが俺にはさっぱり分からないが、兎に角取り掛かった。

 俺と保は、何がなんだか分からないながらも、彼女を尊敬の眼差しで見ていた。

 途中、彼女の鞄の中から携帯のバイブ音がして、メールを読むという中断以外、手を休める事無く、作業が続いた。

「多分、これで大丈夫だと思うんだけど」

 彼女の手が止まり、俺達を振り向いた時には、画面は保が入力していた画面に戻っていた。

「少し、入力した分が消えているかもしれないんだけど……」

 そう言って、彼女は困ったように顔を伏せた。

「うわ! すげ! もー、全然、おっけ! まじ助かったわぁ!」

 立ち上がった彼女にかわり椅子に腰掛け、パソコンが正常に動作する事を確認すると、振り向いた保の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

「ほんま、助かったわ。どうしよ。どないしてお礼したらええんやろ」

 立ち上がった保は、彼女に抱き付かんばかりに感謝していたが、当の彼女は、顔を真っ赤にして困っているだけだった。

「あの、そんな、お、お礼だなんて!! 大した事してないから。あの、レポート、頑張って下さい!」

 彼女はそう言って、保に両手で握られていた手を強引に抜き去ると、鞄とテキスト類を取り上げ、慌てて自習室を出て行ったのだった。



「出来たーっ!」

 それから半時間後、保はそう言って、座ったまま伸びをした。

 その声を合図に、やれやれと窓際に移動させていた椅子を元の位置に戻し保のテーブルにまで移動する。

 見ると保は立ち上がりプリンタから吐き出されて来るレポートを手に取り、内容をざっと確認していた。

「よし、終わり!」

 印刷された用紙を揃えてテーブルの上でトントンと整えると、片付けを始めた。

 電源を落とし、自分の荷物を鞄に詰めた保の側の床に、携帯電話が一つ転がっているのに気が付いた。

 ……これって確かさっきの彼女が持っていたヤツだよな。

 そう思いながら携帯電話を手に取ると、それには幾つかのストラップがぶら下がっていた。しかもよく見るとその内の一つに、偽石がついていた。

 何てこった……。

「保、さっきお前がパソコンを直して貰った彼女、何てぇの?」

 尋ねると、保はギョッとした顔をした。

「え!? 彼女、カタやんの知り合いと違うん? 俺、てっきりそうやと思おとったから、連絡先もなーんも聞いとらんがな」

 お礼のしようがないやん、等と保はボケた事を言った。



「片瀬君、待って!」

 コンピュータ自習室を出て、学生課に向かっていた俺達に、そう声を掛けて来る人間がいた。あの偽石のストラップがついた携帯電話を学生課に届けに行く途中の事だった。

 振り向くと、そこには榊田さんが息を切らした様子で駆け寄って来た。

「あれ、榊田さん、どうしたの?」

 柊さんから、最近、彼女がうちの大学に出入りしていると聞かされてはいたが、実際にこうして会うのは初めてで、正直驚いてもいた。

「こっちの方に樹が行きたがったから、もしかして片瀬君がいるんじゃないかと思って」

 小声で俺にしか聞こえないように言った。そんなに心配せずとも、保に聞かれた所で何の話かさっぱり分からないだろうに。

 ……と言うか、何故、榊田さんの風が行きたがったら――で、俺がいると思うんだ?

「あー、忘れとった! 俺、急ぎの用事があったんやわ! いやー、残念やわー!」

 と、突然保が思いっクソ棒読み口調で言い出した。

「どうしたんだ、いったい?」

「すまんな、カタやん。折角誘ってもうたのに、俺、ボーリング行かれへんわ。代わりにそっちの彼女と行ったって」

 ……何時、ボーリングに誘ったんだよ、俺。と言うか、無理矢理ボーリングに行こうと言い出したのは、お前だろうがよ、たもっちゃん。

 呆れて物も言えないでいる俺を尻目に、ほなな、等ど爽やかに手を振り、さっさと保は退散してしまった。

 ……ありゃ、絶対何か激しく誤解してやがるな。

 明日、また冷やかされるに違いない。

「ごめんなさい。あの、何かお二人の邪魔をしちゃったんじゃないですか?」

 蚊帳の外状態だった榊田さんが、おずおずと声を掛けて来た。

「いや、気にしないで。あいつは何時もああだから」

 と言いつつ、保が呪詛の対象だった事を思い出す。

「あ、ねえ、今の奴、呪詛を受けている筈なんだけど、それを取り除く事って、出来ない?」

「取り除く……ですか?」

 榊田さんは、未だ見えている保の後ろ姿を目で追った。

「呪詛って、呪詛を掛けている本人を止めるか、呪詛に使っている媒体を壊す事でしか根本的な解決には至らないと思うんですけど……」

 私も詳しくは無いので、はっきりとは言えませんが、と続けた。

「じゃあ、呪われている人間は、防御する術が無いって事?」

「残念ながらそうなりますね」

 ちょっと待てよ。俺が今持っている石ならどうだ?

「じゃあ、守護石は? あれで何とかならない?」

「守護石ですか? 本来の目的は、風が持ち主をガードする為の道具に過ぎませんし、石自体の力は一時的なものでしかありませんから」

 成る程。単なる魔除け程度の効果しか期待出来ないって事か……。

「おっと。ごめん。大丈夫?」

 通り過ぎて行く学生が俺に当たり、軽く榊田さんの方へとよろめいた。

 ぶつかった学生は、急いでいるのか謝りながら走って行った。

 よく考えると俺達は、グラウンドと校門に向かう分かれ道で立ち話をしており、講義を終えた学生達が、思い思いに移動しているその波の真ん中で話している事になるのだ。通り過ぎて行く学生達が、あからさまに邪魔だと言わんばかりの視線を向けてきていた。

 彼女の背を押し、取り敢えず人の邪魔にならないように、人の流れにのりながら話をする事にする。聞くと、彼女もそろそろ帰ろうと思っていた所だと言う。

 ダラダラペースで歩きながら、榊田さんは最近、影を見たかと聞いてきた。

「いや。……そう言えば、全然見ないな」

「事故に遭ったという話はどうですか?」

「そう言えば、そいつも全然聞いてないな」

 俺の言葉に、彼女は満足気に頷いた。

「じゃあ、偽石の呪詛解除自体は効果があったみたいですね」

 彼女の言葉に、今度は俺が頷く番だった。

「これで呪詛の大元自体が消えてくれれば言う事は無いんだが……」

 俺が溜め息を吐くと、隣りで彼女が何とも言えない顔をした。

「それは……無いです」

「え!?」

 驚いて立ち止まると、彼女はもう一度繰り返した。

「それは無いと思います」

「何でそう思うの?」

「樹が……それは無いと思っているんです」

 柊さん達が絶大な信頼を寄せている樹という風。

 彼――誰にも確認していないが、俺が思うに何度か榊田さんと一緒にいる所を見掛けたあの男だろう――がそう思っているのなら、仕方がない、か。

「樹さんって、今もここにいるの?」

「いるにはいますが」

「会えない? 一度直接会って話してみたいんだけど」

 あれやこれやとこの件で力になってくれている風に、一言お礼が言いたかった。いや、それ以上に、色々と聞いてみたい事もあった。

 しかし俺の言葉に、彼女は渋い顔をした。

「いやぁ、それは無理かと。私の言う事なんてきく子じゃないですから」

 実は私自身、樹に会った事は数える程しかないんですよ、と彼女は妙な事を言った。

 彼女の話によると、榊田さんは、他の風師とは全く異なる方法で風である樹を操っているのだという。

 他の風師達が、柊さんと桂氏のように、互いに生きている者同士として確たるコミュニケーションをとっているのに対し、彼女と樹の関係は、ある意味人間と所謂背後霊の関係に近いかもしれない。普段、樹の存在を感覚でのみ感じている彼女は、樹が風としての役割を果たす時、彼女自身が意識のみの存在――所謂幽体離脱した状態――の存在になるのだそうだ。そして、風である樹と同調する事により、彼女自身が風の役目をある意味半分果たしているのだという。その為、彼女が風師として活動する際、この間見たように自由のきかない身体になるのだそうだ。

「だからですね、正直、私自身も樹と話した記憶も余り無いんですよ」

 へへへへへ、と、困ったように笑った。

 それに対し、俺は、そうなんだ、と同じく困ったように笑うしかなかった。

「あ、そうだ。榊田さん、これ、見て貰える?」

 自分の携帯が着信を告げてバイブして初めて、先程、コンピュータ自習室で拾った携帯電話の事を思い出した。学生課に届けるつもりが、榊田さんに会ってすっかりその存在を忘れてしまっていた。既に大学からかなり離れてしまっていたので、戻るのも面倒だ。

 明日、学生課に届けよう、そう思いながら、榊田さんに差し出した。

「これ。この石。これも偽石だよね。この石、まだ呪詛が解けて無かったらまずいと思って」

 俺から携帯を受け取った彼女は、幾つかぶら下がっている携帯のストラップから偽石を引っ張りだし、指で摘み、軽く目を閉じた。

 俺はその間、メールの内容を確認する。

 思った通り保からで、明日、榊田さんの事を詳しく聞かせろという他愛無い内容の物だった。

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