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眼鏡男子の日常  作者: きり
第5章 働く日常
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「やっぱりそうなんだ! くー、羨ましいねぇ! 今度、彼女を紹介してよ! じゃ、私はキクピー達の所に行くから」

 ヤッホー、と叫ぶと、岩久間さんはここよりかなり教壇に近い席を陣取っている菊地さん達に手を振って見せた。

 やっぱり、適当に相槌なんか打つもんじゃねぇな。ありゃ絶対、誤解しているな。

 去り行く岩久間さんの後ろ姿を目で追いながら、今日、何度目かの溜め息を吐かずにはいられなかった。本当は、今回のawfとの契約が切れるまで、影見師として活動する事を強いられている為に、眼鏡の着用を禁止されているだけなのだが。

「カタやん、はえぇなぁ」

 岩久間さんと入れ違いに、ゾロゾロと体育会系の人間が講義室の後部ドアから入って来た。

 奴等は皆、一様にガタイが良い為、基本、前の方の席には着かない。この教室の机は階段状に設置されており段差が設けられている為、その手の配慮は特に必要無いのだが、他の教室に於いては、段差の無い所も多い為、彼等は習慣的にこうして皆後部列に着くのだった。

 俺も彼等同様、常日頃、背が高いのと何時でも講義中に居眠り出来るメリット込みで講義室の後方角に陣取りたい人間だった。しかも今は、影見師として働く事になり、そこに新たに『観察する為』という項目が追加された。

「なあなあ、カタやん、昨日の彼女、彼女?」

「キンちゃん、何洒落こいてんだよ」

 残念ながら、講義が始まるまでこの調子だったが。



 結局、その日の講義はほぼ何事も無く過ぎて行った。

 途中、何度かあの世の方々にも遭遇したが、桂さんから石を貰ったお蔭なのか、別段トラブルに巻き込まれる事も無かった。

 影見師とは言っても、ある意味初心者と言っても過言ではない俺に与えられた仕事は、俺が何度か見たあの影のような物を見付ける事くらいだった。特に保をよく見ておくように、との指示付きで。

 そう言われ、一日中、出来る限り保を目で追っていたのだが、本当に気の毒になるくらい、保の周りから女子の姿が消えていた。その代わり、野郎共の姿をよく見掛けたが、これが本来あるべき姿なのかもしれない。今でこそ、やっかみ半分に女好き等と一部で言われているようであるが、元々昔から男女問わずの人気者だったのだ。噂の関係で離れて行った人間は、元々その程度の人間関係だったのだろう。

 しかし本人にその自覚が有るのか、無いのか、相変わらずのマイペース振りを発揮していたのでその心中は分からなかった。



『で、今日は影を見た?』

 帰宅すると、真っ先に柊さんに電話を入れた。

 本来は、awfに電話を入れるべき所であるが、彼女自身、席を外している事の方が多いから、と携帯に直接電話するよう指示されていた。

「今日は特に。他の霊体は何回か見ましたけど」

 俺の言葉に、笑いを滲ませ、見ても特に問題は無かったでしょう、と言った。

「ええ、特に。こんな事、初めてですよ。桂さんに貰った石が関係しているんでしょうか?」

 そう尋ねると、恐らくそうだろうという返答が返って来た。

『ところで、新山君の様子はどうだった?』

「今日は特に何も」

『そう。じゃあ、明日もよろしくね』

「はい。じゃあ、失礼します」

 電話を切ると同時に、慣れない影見師という仕事の緊張感も一気に切れたかのようだった。

 俺はそのまま床にゴロリと横になると、何時しか眠りに落ちていったのだった。


『――ヤマ君……』

 ここは、何処だ?

 見渡す限りの闇の中に、俺は立っていた。

『ニイヤマ君……』

 耳を澄ますと、誰かが名前を呼んでいた。

 俺はニイヤマなのか?

 呼ばれるまま、フワフワと空を歩き、声のした方へと歩いて行く。

『ニイヤマ君』

 しかし今度は別の方向から声がする。立ち止まり、再び方向を変え、歩き出す。

『ニイヤマ君』

 違う。また別の方向から声がする。

『ニイヤマ君』

 振り向くとまた別の方向から声がした。その声は段々大きくなり、一人ではなく沢山の声が一度に俺に襲いかかる。

 混乱する俺の耳に、悲痛な叫び声が木霊する。

『誰にも渡さない』

 と。


 目が覚めると、そこは何時もと変わらない部屋だった。どうやら帰って来て柊さんに電話をした後、そのまま眠り込んでしまったらしかった。

 それにしても妙にリアルな声だった。未だに耳に保を呼ぶ声が耳に残っている。

 ふと、何気無く卓袱台の上を見ると、ここにはある筈の無い物が転がっていた。偽石だった。あの吉元さんが掴み取った石だった。キャッツアイ――だと、柊さんに教えてもらった猫の目のようなその石が、俺を嘲笑うかの如く、俺を見ていた。

 柊さんに渡した筈なのに何故?

 慌てて柊さんに電話をすると、調べてみるから一度電話を切って待つように、と言われた。

 その間、三十分足らずだったが、俺には何時間にも感じられた。普通、それだけの時間があれば、飯を食うなり、風呂に入るなり出来る物なのだが、空恐ろしくて、石から目が放せなかった。



『すみません。多分、それ、うちの樹――あ、樹って、私の風なんですけど、樹が勝手に持ち出して片瀬さんに届けたみたいです』

 やっと待ちに待った電話が掛かって来たと思ったら、柊さんからではなく榊田さんからだった。

『普段、趣味の悪い悪戯をするような子じゃないので何か理由があっての事だとは思うのですが』

 出来ればその石は俺が持っていた方がいいと思う、と付け加えた。

 俺は、ただ、はあ、そうですか、という間の抜けた事しか答えられなかった。

 何度も恐縮したように彼女が謝ってやっと電話を切ってくれた直後、柊さんから電話が入った。

『瑠璃ちゃん――いや、榊田さんから電話が入ったと思うんだけど』

 開口一番、そう言った。

「ええ、樹っていう榊田さんの風が、俺に石を寄越したらしいですね。けど何故なんでしょう?」

 尋ねると、柊さんにも分からないのだと言った。

『樹君って、風の中でもかなり気紛れなのよ。でも、嫌がらせや意味の無い無駄な事をするような子でも無いのよね』

 と、言った。

『どうかしら。嫌だとは思うのだけれど、暫く持ち歩いてみてくれないかしら?』

「持ち歩く……ですか?」

『まあ、無理に、とは言えないんだけどね。君に石を預けた樹君には、何か意図がある気がしてならないのよ』

「意図ですか……」

『一応、桂に石にかかっていた呪詛その物は解いて貰っているから、それを持っているからどうこうって事は無い筈なんだけど』

 ふと、昨日、柊さんが口にした言葉が思い起こされた。

 昨日見付けたどの偽石も、あの偽石――今、俺が手にしている吉元さんが掴み取った偽石の意――程の力は込められていない、と。

「……分かりました。暫く持ち歩いてみます」

 気が付くと、そう答えていた。

 言った瞬間から、即後悔に襲われる。つくづく損な性分だと、自分自身を嘆きながら。



    *



「少年、何か顔色悪くない?」

 数日振りにawfの調査部に呼び出された俺。そんな俺に会うなり、柊さんが無邪気な顔をして言った。

 樹とかいう風に偽石を押し付けられて以来、妙な夢まで見るんだよ!――と、喉まで出掛かったが、樹のパートナーである榊田さんの心配不安げ姿を認め、ぐっと飲み込む。

「そ、そうですか?」

 そう言った言葉は、自分で言うのも何だが、かなりうわずった物だった。



「さて、皆集まった所で、始めましょうか」

 大きな楕円形のテーブルの置かれた会議室に通されると、皆を見回して柊さんが立ち上がった。

 ホワイトボードには、先日柊さんが撮った何枚もの写真と更にそれ以上の写真が貼られていた。そして、写真の横には名前が記されている。

 これって、ひょっとして全部偽石の持ち主なのか?

 数日前に見せられたそれよりも増えた写真を前に、俺は呆然とした。

 部屋には俺や柊さん、榊田さんの他に、恩田氏や初めて見る年配の男性や若い男女が数名いた。どうやら今日は内場さんは来ないらしい。

 俺を皆に簡単に紹介すると、早速柊さんは本題に入った。

「先ず、最初に分かった事から整理しようか」

 同じく立ち上がった恩田氏は、ボードの前に立つとマーカーを握った。

「彼――俺を指差し――の通う大学で、見付かった偽石の数だが、これまでに見付かった他の偽石の数の中でも群を抜いて多いという点が先ず一つ。おまけに何かしら呪詛に関わったと思われる石の割合がその半数以上を占めている。皆には、呪詛に何等かの形で関係していると思われる偽石の持ち主のそれぞれを監視して貰っていた訳だが、何か分かった事は?」

 言われて若い男が手を挙げた。

「俺は三人の人間を監視していたんですけど、特に呪詛に関係しているとは思えませんね。変な気が集まって来る事も無かったし、極普通の娘達ばかりでしたよ」

 恩田氏は男の言葉に頷くと、今度はその隣りに座っていた若い女に視線を移した。

「私も一切不審な物を感じませんでした。生活サイクルも至って普通で、特に気になる事はありませんでした」

 恩田氏は、話を聞きながらホワイトボードに書かれている名前を持っていた赤色のマーカーで消して行く。その横では柊さんも手にしていた資料にチェックを入れているようだった。

 同じような会話が繰り返され、最後にこの部屋にいる中で一番年配の男性が話す番が来た。男性も同じような事を述べてから、一つ気になる点があると付け足した。

「皆、感情の起伏が激しい時がたまにありましたね。普段が穏やかなだけに、気になるんですが」

 そう言って、ハンカチで額の汗を拭った。

 それを聞いた他のメンバーも、一様に頷いた。そう言えば自分が監視していた人間もそうです、と。

 結局、話を聞き終わった時点で、ホワイトボードに書き出された人間の名は、保を含む四人を残し、全てマーカーで消される結果となった。

「残ったのはキヨさんに監視を任せていた人間だけか……」

 これには流石の柊さんもお手上げだというように、首を振った。

「分かったわ。皆さん、ご苦労様でした。この件に関しての監視は、これで終了して貰って構わないわ。次の仕事は、後日連絡します。今日はわざわざ足を運んで下さって、どうもありがとうございました」

 柊さんの言葉に、皆立ち上がると軽く会釈をして部屋を出て行った。

「さて、キヨさんの方はどうなっているの?」

 椅子に座り、持っていた資料をテーブルに投げ出すと柊さんは言った。

「同じく収穫はゼロ、だな」

 恩田氏もドサリと席に着くと、テーブルに両足を投げ出した。

「参ったわねぇ」

「参ったなぁ」

 二人は同時にぼやくと、大きく溜め息を吐いた。

「キャラクター的にはどうなの?」

 思い直したように投げ出していた資料を開くと柊さんは恩田氏に問い掛けた。

「ああ、これが面白い事に、皆、最近まで糞が付くくらいの真面目ちゃんだったらしいんだな。それが皆、不思議な事に申し合わせたかの如く急に派手になったらしい」

 服装だけでなく、生活態度も、と付け加えた。

 時期は?、と俺が尋ねると恩田氏の答えは、あの保絡みの噂が始まって以降のようだった。

「ところで、偽石の入手経路だが、どうやら皆、ネットで手に入れているみたいだな」

「ネットねぇ。じゃあ、そっちの線も行き詰まりか。後は法務部の人間の調査待ちね」

 そう言うと、柊さんはテーブルにうっ伏した。

 八方塞がりってヤツか。

 実は保の体調不良も相変わらず起こっており、俺なりに少なからず仮説は立っているのだが、この状態で発言するのには抵抗があった。

 どうするかなぁ。

 そう思いながら何気無くテーブルの向かい側を見ると、そこには榊田さんと、いる筈の無い男がいた。透けて見える姿が示す通り、人にあらざる存在の男。

 そう言えば、俺、こいつと前に何処かで会った事がなかったっけか?

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