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眼鏡男子の日常  作者: きり
第4章 探偵な日常
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 保にしがみ付いている影から目を離さないようにしながら、席を立ち、他のテーブルに置いてある塩の蓋を開けようと試みた。しかし結果は同じ。ピクリとも動かない。

 その間も、保の体調は刻一刻と悪くなるばかりのようだった。

 と、その時、俺はある事を思い出した。災いから守ってくれるという『守護石』の事を。

 元いた場所に慌てて戻ると、保の座っている背後に黙って立った。

 内場さんは確か“ある一定”の災いから守ってくれると言っていた。逆に言えば、“ある一定”の災い以外からは守ってくれない、という事でもある。

 この表現だと、どう割り引いて考えても、殆どの災いからは守ってくれない、と思っておいた方がいいだろう。

 けれど物は試しである。一時的な借り物だという事も重々承知しているが、このまま苦しがっている保を、ただ黙って見ている事も出来ない。

 俺はジーンズのポケットから巾着袋を取り出しすと、右手で袋ごとギュッと握り締めた。そして握った右手の上から左手の掌で押すように、一気に保の背中――黒い影目掛けて、押し付けた。

 手を押し付けた瞬間、耳を劈くような女達の悲鳴が俺を襲った。と、同時に、押し付けた手に激しい痛みを感じた。影に触れた部分に感じた痺れるような痛みと、握っていた石が弾けたかのような衝撃を伴う痛みを感じた。

 衝撃が消えたと思ったら、絶え切れずにそのまま保の上に倒れ込んでしまった。手には未だに痺れるような痛みを感じている。

 けれど痛みを堪え、テーブルに両手を突くと、ゆっくりと上体を起こした。先程耳した悲鳴に、半ばフラフラしながらも、無意識に首を左右に振る。ボンヤリとした頭で保の背中を見詰めていた俺は、先程までいた影の姿がすっかり無くなっているのに気が付いた。

 ほっと息を吐いたのも束の間、ふとある事を思い出し、慌てて手の中の巾着袋を開き、中の石を取り出した。

 ……小さくなってる!?

 五百円硬貨程の大きさだったそれは、明らかに小豆大くらいの大きさにまで縮小されていた。

 やっべ。どうしよう……。

「……んん。……あれ、俺、どないしとったんやろ?」

 保の声に我に返ると、慌てて石を巾着袋の中に再びそれを放り込みポケットに戻した。

「保、大丈夫か?」

 保の横の席に座り、奴の顔を覗き込んだ。

 見ると寝起きのような顔をした至って健康そうな顔色の保がいた。

「あ、カタやん。俺、どないしたんやろ? 何か、変やわ」

 半分寝ぼけた口調で言う。

「何や今、俺寝とったんかな? しんどかったような気ぃもするんやけど。……なぁ、カタやん、変な事、言うてええ?」

 保はこっちを向くと、困惑したかのように、上目遣いで言った。頷く俺に決心したのか、重い口調で話し出した。

「俺な、変な病気かもしれんわ」

「病気?」

「せや。何や最近、急に意味も無く苛々したり、倒れたりすんねん。それにな、時々、記憶が飛ぶねんよ」

「それって……」

 まんま、お前に変な影が付き纏っている時の症状じゃねぇか、と冷静に判断する俺。

 とは言え、夢見がちな外見からは想像出来ない程の現実主義者な一面もある保に、『変なのに憑かれた結果』だなんて言える筈も無く……。

 結局、保には、疲れているんだろう、とだけ箸にも棒にも掛からないお粗末なアドバイスしか出来なかったのだった。



「ただいまぁ」

 夜、値引きされたスーパーの弁当片手に帰宅すると、荷物を放り出しそのままパイプベッドに倒れ込んだ。

 正直、今日は疲れた。保に憑いた妙な影を取り除く事よりも、慣れない注目という物に疲れ果てたのだ。

 そう考えると、人生、モテ捲りの保は、ある意味図太いのかもしれない。あ、いい意味でな。

 そんな事を考えながらうつらうつらしていると、玄関をノックする音が聞こえてきた。

 半分、寝始めた頭は、放っておいてもいいか、と更に夢の世界へ入って行く。

『悪いんだけど、玄関の鍵、開けてくれない?』

「のわっ!?」

 突然、耳元で声がした。俺の他にいる筈の無い、一人暮らしのアパートで、だ。驚いて飛び起きるも、当然そこには誰もいなかった。

 気のせいかと、首を捻りつつも、未だ鳴り止まないノックの音に、渋々立ち上がる。

「どなたですか?」

 覗き窓も見ずに、外に向かって声を掛けた。

 すると、「私。内場よ」という返事。念の為、覗き窓から確認すると、成る程、内場さんが立っていた。

 ああ、そう言えば、彼女、石を取りに来る、って言ってたっけな。

 鍵を開けようとドアノブに手を掛け、ふとマズい事を思い出す。

 昼間、保を助ける為だったとは言え、預かっていた石を勝手に使った挙句に、少々――ではなくかなり小さくしてしまったではないか!

 一瞬、内場さんが来た事に気付かなかった事にしようかとも思ったが、声を掛けてしまった時点で、既に帰宅している事がバレてしまっているのだと思い至り、渋々ドアを開けた。

「こんばんは」

 そう言った内場さんは一人ではなかった。

「こちら……」

「やぁ、少年、久し振り!」

 紹介しようと振り向いた内場さんを遮るように、訪問者は言った。以前、変な霊に追い掛けられていた所を助けてくれた女性であった。

「え? 桜子さん、片瀬君の事、ご存知なんですか?」

「まぁね」

 とか何とか、意味深な台詞を述べつつ、彼女はにっこり笑った。

 彼女の名は、確か柊桜子と言ったか……。何とかって言う横文字のコンサルタント会社だったっけかな。……うーん、よく思い出せねぇ。

 もう二度と会う事等無いと思っていたから、貰った名刺は部屋の何処かに埋もれてしまっている。

「ねぇ、今、お邪魔かな? 出来れば中に入れて欲しいんだけど」

「うえ! ああ、はい、どうぞ」

 柊さんに言われ、慌てて身を引き二人を部屋に招き入れた。

 良かった。先週、急に思い立って、部屋の掃除しといて。

 一間しかない寝室兼居間に案内すると、適当に座ってくれるように言いおいて、冷蔵庫から冷やしておいた番茶を取り出した。

「あ、少年、そんな気を遣わなくてもいいからね」

 お茶を淹れる俺を見て、柊さんが言った。その横で内場さんが「少年じゃなくて、片瀬君ですよ」と、律儀に訂正してくれていた。

「でもよくここが分かったな」

 内場さんにそう言いながら卓袱台に着き、お茶を二人に差し出すと、俺は胡座を組んで座った。

「理子ちゃんが君に石を預けてたでしょ? あれでここを見付けたのよ」

 柊さんがそう言って番茶に口を付けた。

「石でここを見付けた? そう言えばそんな事を言っていたよな。それっていったいどういう意味なんだ?」

「まあまあ、話には順序って物があるでしょ。先ずは君に預けた石を見せて貰えるかな?」

 一気に冷たい番茶を飲み干した柊さんが言った。

「あ、それの事なんですけど……あの、ですねぇ」

 ど、ど、どうすんだ!?

 ちっちゃくなっちゃった!――って言っても、許される事じゃないだろ、俺。

 目を泳がせ、困っていると、柊さんが笑った。

「石、使ったんでしょ?」

 質問ではなく、単なる確認――そう言いた気な口調で彼女は言った。

 横では内場さんが呆れたように鼻を鳴らした。

「かなり小さくなっちゃったんじゃない?」

「何ですって!?」

 柊さんの言葉に、掴み掛からんばかりの勢いで身を乗り出した内場さんに、落ち着いて、と柊さんは笑って言った。

「でもあれって、本来彼に渡す筈じゃなかった物ですよ。いいんですか?」

 そんな彼女の態度を前に、信じられないと言わんばかりに内場さんが憤慨している。

 昔のあの大人しい内場さんは何処へ行ったんだ?

「でも、結果的に渡しちゃったのは理子ちゃん自身の判断でしょう? 違う?」

「そりゃあ、そうですけど……」

 言われて急に身体の力が抜けてしまったのか、内場さんがペタリとその場に座り込んでしまった。

「あの時は時間が無かったし、偽物の石を探すには、直接、カゼシの方に会って貰った方がいいと思ったんです」

 等と、先程までの内場さんからは考えられない程シュンとした様子で言った。

「ああ、ごめん。責めてる訳じゃないのよ。単なる事実を述べただけ。それに本物と言っても、大して価値のある物じゃないんだから、気にしないで」

『価値のある物じゃない? 今のはちぃーとばかり、聞き捨てならないねぇ』

 一瞬、聞き間違えたのかと思った。ここにいない筈の第三者の声が、またしても聞こえたのだ。

 さっき寝惚けていた時に聞いたのと、同じ男の声……なのか?

「やだなぁ、(かつら)ってばぁ。冗談じゃないのよ、冗談」

 そう言って柊さんはパシリと、空気を叩いた。

 ……空気を叩いた?

 けど、確かに今、誰かを叩いた音がした。これっていったいどういう事なんだ!?

 彼女の横では、内場さんが何事も無かったかのように、茶を啜っていた。

 一人驚いてキョロキョロしている俺に気付いたのか、柊さんが俺をまじまじと見ていた。

「君、ひょっとして見えていないの? さっきからずっとここにもう一人いるんだけど」

 彼女の言葉に、更に挙動不審になる俺。

 ど、どうなってるんだ!?

「おかしいですね。この様子だと聞こえていると思うんですけど。もしそうなら、見えている筈ですよねぇ」

 暫く考えた後、そうかと言わんばかりに言った。

「ああ、あれじゃないですか。眼鏡を掛けているからですよ」

 落ち着いた様子で内場さんが言った。

「眼鏡?」

 俺と柊さんの二人が同時にハモり問い返す。

 直後、ああ、と納得の声を上げた柊さんに対し、はい?、と疑問を繰り返した俺。

 何が言いたいんですか、内場さん。

 ……いや、待てよ。ひょっとして……。

 恐る恐る眼鏡を外すと、そこに、男がいた。以前、柊さんに助けられた時、一緒にいた人にあらざる彼が。

『はぁーい』

 俺に彼が視えている事を確信したらしい男は、片手を軽く挙げた。

 嗚呼、なんてこったい。

「じゃあ、改めて紹介させて貰うね。彼の名前は桂。私、柊桜子のパートナー」

 現実を受け入れざるを得なかった俺に、改めて彼女は紹介を始めた。

「で、こっちが影見師(かげみし)の内場理子ちゃん」

 パートナー? カゲミシ? 何だ、それ。

 ……そう言やさっき、内場さんもカゼシがどうとかって言ってたよな? ……こいつらいったい何者なんだ?

「桜子さん、ちょっと!」

 何が気に入らなかったのか、慌てて柊さんを制する内場さんを彼女は手で軽く制した。

「ああ、ごめん。これじゃさっぱり分かんないわよね」

 キョトンとしている俺に気付いた、柊さんは笑って続けた。

「影見師ってのは、『影』を『見る』に医者の医師の『師』――ああ、これは専門職を表す『師』ね。まあ、そう書くんだけど……」

「ちょ、ちょっと桜子さん、部外者にそんな事まで話しちゃっていいんですか!?」

 ……いや、内場さん、君が心配するには及ばないよ。俺にはさっぱり話が見えないから。

 慌てて柊さんを止めようとする内場さんに対して、彼女は大丈夫だ、と笑った。

「彼の事は心配いらないわよ。上には前にちゃーんと許可は取ってあるから」

 と、内場さんを安心させるように腕を軽く叩いた。

 ……って、もしもし? 俺の疑問は倍増なんですけど。何、上の許可って。

「私、本当に知りませんからね」

 と、内場さんはプリプリした様子で立上がり、勝手に冷蔵庫を開け、お茶のお代わりを注いだ。

 そんな彼女に柊さんは苦笑すると、ごめんね、と、小さく断ってから続けた。

「で、影見師っていうのは、所謂一般的に霊と呼ばれる者を視る事が出来る専門家だと思ってくれればいいわ」

「霊を視る専門家、ですか」

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