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眼鏡男子の日常  作者: きり
第4章 探偵な日常
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「君は知らないだろうけど、それ、今すっごく手に入り難いのよ。これってね、元々、占い師さんがお客さんに頼まれて販売するようになったお守りらしいんだけどね、これがまたなかなか売ってくれないみたいなのよ。で、仕方が無いから私もネットで売りに出されていないかちょくちょく調べているんだけど、やっとオークションで見付けても高過ぎてプレゼントに出来るレベルじゃないのよね」

 と、ぼやいた。田中さんによると、元値は不明らしいが、オークションでは高い物になると数十万もする物もあるらしい。

「それにしても、単なる石にしちゃあ、高いですよね」

 俺は手の中のそれを矯めつ眇めつ見た。

「ああ、それね。その石が基本的に高いのよ。単なる丸い石に見えるけど、一応宝石。後、装飾部分には、これは純銀みたいだけど、中には十八金やプラチナを使っている物もあるみたいだから、そうは安くは出来ないでしょうね」

「……宝石」

 この茶色い玩具のような石がかよ。

「でも胡散臭くないですか? 売ってるのって、占い師が売ってるんでしょ?」

「占い師とは言っても、普通の占い師とは全然違うみたいよ」

 そう言って、田中さんは立ち上がり、デスクの一つに腰掛けた。

「一応、『シャドウ』って名前を名乗ってはいるみたいなんだけど、でもそれって一人じゃないみたいなのよね。言い換えれば、占い師個人の名前ではなく、占い師の集団、とでも言えばいいのかしら。しかもね、占い場所ってのがまた変わっててね、一定の場所ではやってないのよ。あ、あった。こっちに来てみて」

 電源が点けっ放しだったパソコン画面を覗きながら、田中さんは俺を手招きした。促されるまま、田中さんの肩越しにモニター画面を覗き込むと、そこにはある掲示板にシャドウの出店目撃情報が掲載されていた。

「ええっと、どうやら最近はこの辺りに出店してるみたいね」

「流しの占い師、ですか」

「うーん、そう言うのともちょっと違うかな。流しの占い師っていうのは、場所を転々としてはいても、定期的に同じ場所に戻って来るじゃない? でもシャドウはそうじゃないみたいなの。正に神出鬼没って感じなのよ」

 そしてクルリと椅子ごと身体を反転し振り向くと言った。

「どう? 胡散臭いかどうか、確かめに行ってみない?」



 そして俺は今、ここ、シャドウと名乗る占い師が本日店を構えているオフィスビルの一画に立っていた。田中さんに唆され、シャドウに会いに行く羽目に陥ったのだった。ついでに、買えるなら、一番安い守護石を姪っ子の為に一つ買って来て貰えないか、と頼まれて。

 俺がシャドウに会いに行く事が決まってからの田中さんの行動は素早かった。インターネットの掲示板にざっと目を通すと、恐らく今日あたりはこの辺に出没するだろうとあたりを付け地図をプリントアウトし、それにマーカーで印を付けた。

「駄目元で行ってみて」

 そう言って、地図を握らされた。カンパだと言って、五千円札を一緒に握らせようとしたが、流石にそれは遠慮した。

 それにしても、まさかこんなオフィスビルの陰でヒッソリと営業しているとは思わなかった。いや、ヒッソリと、と表するには語弊があるか。

 それは黒い布で出来た直径一メートル程の円形テントで、高さは一五〇センチ程。テントの入口上部には『shadow』と金糸で縫い取りされている。どうやら中で占い師と依頼人が入ればそれだけで一杯になりそうなサイズのテントだった。

 薄暗くなり始めたばかりのオフィス街にありながら、俺が到着する前にはもう既にざっと三十人を越える人間が並んでいた。年齢も性別も、恐らくはその職業さえもバラバラの人間。

 しかしこの順番待ちの列もまた妙で、有って無いような有様だった。

 一人占いが終わると、如何にもなベールにすっぽりと覆われた人間――恐らくこれが占い師だろう――が、客と一緒にテントから出て来る。そして先頭の人間から順に見て行き、次々と「お帰り下さい」を連発するのだ。言われた方は、中には食い下がる者もいるのだが、大抵、ほっとしたような表情でそのまま去って行くのだった。

 最後尾に並ぶと、前にいたOL風の女性に声を掛けてみた。

「すみません。ちょっとお尋ねしていいですか? あの、この列って、シャドウの占い待ちの列で合ってます?」

 合っているとは思うが、一応念の為に聞いてみる。OLは、そうだと言って自分の腕時計を確認した。

「ところで、あの、今の何ですか?」

 俺はシャドウに促されて満足げに帰っていく人々を示して尋ねた。

「え? ああ、あれ? 貴方、ここに来るのは初めて?」

「え、ああ、は、はい」

「それじゃあ、知らなくて当たり前か」

 そう言って説明してくれる。

「あれはね、占いの必要がある人間か、そうでない人間かを最初に判断してくれているのよ」

「必要が有るか無いか、ですか?」

「そう。シャドウってね、ちょっと他の占い師とは違うのよ。客があれこれ聞きたい事を聞けないの。兎に角、シャドウが一方的に話すって言うのかな?」

「一方的に、ですか?」

「そう、一方的に。あのテントの中に招き入れられたら今のままじゃいけない。招き入れられなかったら今のままでも特に問題無い。そういう事らしいわよ」

「らしいわよ、って、貴女も今日初めて来たんですか?」

 彼女の口調に不自然な物を感じ、尋ねた。

「いいえ。シャドウに会いに来たのは今日が初めてじゃないわよ。でも、あのテントに入った事は未だ一度も無いのよ」

 そう言って彼女は小さく笑った。

「じゃあ、ここに来る必要はないんじゃ……」

 俺がそう言うと、彼女は自嘲気味に笑った。

「だから来るのよ。何かうまくいかなかったり、このままでいいのか不安になったりした時に、『お帰り下さい』って、言って貰いたいから。多分、ここに来ている殆どの人間がそうなんじゃないのかしら」

 そう言って、再びテントから出て来た占い師を見やった。占い師は先程と同じように「お帰り下さい」を連発している。

「それにね、中に入っちゃうと、かなりな代金を取られちゃうらしいから、ある意味良心的よね」

 と、彼女は言った。それでも占う必要があれば、お金は惜しまないけれど、と。

 でえぇぇぇぇ! 何、それ!? 占い師に占ってもらうのに見料が発生するのはいいとしても、い、一体いくら払えばいいんだ!?

 改めて前を見ると、皆、サクサクと追い返され、来た時既にいた三十人もの人間は、殆どいなくなっていた。もう間も無く俺の順番が来そうである。

 田中さんに五千円だけでも貰っておけば良かった。取られても三千円くらいの物だと思っていたのに。……ど、どうすんの、俺!?

「お帰り下さい」

 俺の葛藤を余所に、着々と順番は近付いていた。

 俺の目の前にいたOL風の女性の前に立つと、占い師が言った。

 彼女はその言葉に軽く会釈すると、俺に小声でお先にと言い置いて、軽い足取りで立ち去った。

「中へどうぞ」

 俺の前に立つと、暫くじっと俺を見ていた件の占い師はそう言った。

 でえぇぇぇぇ!! ど、ど、ど、どうしよう!!

「どうぞ」

「え、あ、はい」

 再び促され、慌てて立ち上がる。思いも寄らぬご指名に、手にしていた携帯を危うく落としそうになった。

 先にテントへ向かっている俺の背後で「お帰り下さい」を占い師が繰り返している声が聞こえた。振り向くと、さっきは全く気付かなかったのだが、俺が来てからも軽く十人を超える人間が順番待ちの列に並んでいたらしい。しかも彼女の言葉で潮が引くかの如く、みるみる内に、人が散って行った。

「お帰り下さい」

 そして、最後に彼女は最後尾に並んでいた制服姿の女子高生にそう言うと、彼女の反論も聞かずに、さっさと彼女の元から離れようとした。

 不意に浮かんだのはまずいという事。離れて待っていた女子高生の連れらしいチンピラ風の男が、占い師に近寄りその肩に手を掛けようとした。

「帰りなさい」

 慌てて駆け寄り俺が助けに入る前に、男が一人、割って入った。一見するとエグゼクティブ風のスーツ姿の男だったが、その体躯は普通のサラリーマンのそれではなかった。

「何を!」

 尚も占い師に文句を言わずにいられない様子の若い男に、男は耳元で何事かを囁いたようだった。すると若い男は、文句を言ってくれると期待の眼差しで控えていた女子高生の存在をすっかり忘れたかのように、一人、這う這うの体で逃げ出した。残された彼女も訳が分からないといった様子で、彼氏の名前を呼びながら追い掛けて行ったのだった。



「さぁ、どうぞ」

 占い師の女性――実際はベールを被っている為、外見上はその性別は不明。声とその剥き出しの手で判断――に促されテントの中に足を踏み入れた。

 テント内部の壁面は濃い紺色の布で覆われ、足下には白い短い毛の絨毯が敷かれていた。

 天井には小さな電気式のランプが吊るされていた。中にある唯一の品は二つの丸いクッションであり、どうやらそこに腰掛けろという事らしかった。

「お座り下さい」

 案の定、クッションを勧められ、同じようにそこに胡座を組んで座る。

「貴方にお聞きしたい事があります」

 占い師は俺が座ったのを確認すると、おもむろに言った。

「俺も聞きたい事があって来たんですけど」

 先ずは料金の確認だ。そう思い先程、OL風の女性が言っていた事等すっかり忘れて口を挟んだ俺だったが、即座に片手をあげ、制された。

「申し訳ありませんが、ご質問は受け付けられません」

 成る程、やはりあっさり躱された。仕方ない。

 キリキリと胃は痛むが、料金の事はタイミングを見計らってもう一度尋ねる事にしよう。俺は嫌なドキドキ感と共に、占い師の出方を待つ事にした。

「貴方のその石についてお聞かせ下さい」

 すると突然彼女は思ってもみなかった事を口にした。

「石、ですか?」

 聞き返すと、未だ手にしたままだった携帯を指し示された。

「これの事ですか?」

 彼女は俺の言葉に、コクリと頷くと、続けた。

「それを何処で手に入れたのか教えて下さいませんか?」

「え?」

 ……何だ、この占い師。まだ何にも話していないのにこの石を妙な経緯で手に入れた事を知っているのか? すげぇ……。

「その石は、『守護石』だと言われませんでしたか?」

「……ああ、はい」

「その石の入手経路を探しています。その石は偽物です」

「……はい?」

 入手経路? 偽物? 彼女はいったい何を言っているんだ?

「突然、変な事を言われて驚かれていらっしゃるかもしれませんね」

 そう言って彼女は自身の背後に置いてあった――入って来た時には気付かなかったのだが――鍵付きのB5サイズ程の小さなトランクを前に引き寄せた。

 そして彼女は左手首に填めていたステンレス製の輪っか状のキーホルダーから小さな鍵を外し、トランクの鍵を開けた。カチリ、という小さな音の後、ゆっくりと恭しく彼女が鞄を開けると、中には小さな紺色をしたベルベット地の巾着袋が一つ入っていた。その袋には金糸で何やら模様が縫い込まれていた。

 彼女はその巾着袋を取り出すと、俺に差し出した。

「これが本物の『守護石』です。手に取ってみて下さい」

 言われるまま巾着袋を受け取ると、袋からそっと中の石を取り出した。それは敢えて称するならば、ちょっと綺麗な硝子の塊とでも言うべき代物だった。

 俺が持っている『守護石』とは、全くの別物。田中さんに見せられた例の掲示板で見た世間一般が言う『守護石』は、これ。アクセサリーとしても使える代物。

 それに対して、この占い師の言う本物と主張する『守護石』は、どう言い繕っても、精々海辺で拾った硝子の破片、って所だろう。

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