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眼鏡男子の日常  作者: きり
第4章 探偵な日常
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「その件も実沙、角田さんに振り回されちゃってるんですよ。絶対、あれ、角田さんの勘違いか嘘です」

 そう言って、自分の事のように腹を立てた。

「多分、実沙の事だから、違うって言えなかったんだと思います。あの娘、変な所で気が弱いから」

 女子高時代から、厄介事を引き受けさせられてばかりだった、と二人は言った。

「ねぇ、吉元さんって、保……新山の事が好きなの?」

 本人にはさすがに直接聞けなかったが、彼女の事を心配する二人になら聞けそうだと思った。

「え? 実沙が新山さんの事をですか!?」

 それを聞いた二人は、驚いた声を上げた。

「ナイナイナイ、それは絶対ありませんよ!」

「そう言えば角田さんがそんな事を言ってましたけど、それは絶対ないですよ」

「私が思うに、実沙には他に好きな人がいますよ」

「だよねぇ。あの娘、昔っから自分の背の高さを気にしてたから、絶対、あの身長の新山さんは有り得ませんよ!」

 二人は口々に否定すると、はたと口を閉ざした。どうやら、彼女に好きな人がいるという事は、他言無用の事だったらしい。

「今の、聞かなかった事にして下さい!」

 二人が手を合わせて言った。

「やー、それはいいんだけどね」

 二人の様子に自然と笑いがもれてしまう。

「じゃあ、角田さんはどうだろう? 新山の事、好きだと思う?」

 俺の言葉に、いやらしい笑みを浮かべた。

「……じゃないですか。ねぇ?」

 一人がもう一人に同意を求める。同意を求められた方も、ニンマリと笑った。

「間違いなく、角田さんは新山さんの事が好きでしょうね。実沙に託つけて新山さんに近付こうとしてたみたいですけど」

「成る程……」

 やっぱり、米倉さんの言う通りなんだ。

 女の子って、わっかんねー。



「カ・タ・セ君! ええトコおったわ」

 その日の最後の講義を終えて校門に差し掛かった所で、声を掛けられた。

 誰かは分かっていたが、敢えて振り向きたくはなかった。

 こいつがこの呼び方をする時は、大抵厄介事に巻き込まれる時と決まっている。

 ……いや、もう既に巻き込まれている真っ最中か。

「カタやんってばぁ、無視すんなやぁ」

 ガシッと背後から首に抱き付くと、フッと耳元に息を吹き掛けた。

「ぬぁっ!」

 な、な、な、何するんだよ!!

 息を吹き掛けられた事もだが、妙な感覚を覚えた俺は、身体が瞬時に動き背後にいる人間を振り払ってしまっていた。

 多少の手加減はしても、相手も小柄とは言え柔道経験者である。俺としては全く心配はして無かった。

「カタやぁーん、つーめーたーいー」

 しかし俺の予想に反し、背後の人物は尻餅をついていた。

 運動神経がいいという事もさる事ながら、柔道もかなりこいつの階級では強い筈なのに、何やってるんだ?

「ったく、何コケてんだよぉ」

 尻餅をついたまま立ち上がろうとしない保に手を貸して、立たせようとした。

 ……何!?

 保に触れた手から一気に身体中の皮膚が鳥肌立っていくのを感じる。

 さっき感じた妙な感覚は、これだったのか?

 それでも何とか引っ張り起こすと、足元が覚いまま、保は俺に抱き付いて来た。

 ぬあぁぁぁぁっ!! や、止めて、たもっちゃん!! あんた何また拾って来たのよ!!

 立たせる際には感じなかった小柄な保からは想像もつかない程の重量が、俺の身体にのし掛かって来た。校門目掛けて、二人ともぶつかったのだ。

 自分のガタイの関係で、重量級の奴とも取り組んだ事のある俺が、こんな軽量級の保に潰されるだなんて。あ、有り得ない。

 俺に抱き付いたままの保から感じる不快感はその激しさを増し、耳鳴りまでし始める。その上、更に吐き気まで催す始末。

 当の保からは荒い息遣いが聞こえる。何とか身体をずらして保の顔を覗き込むとかなり苦しそうで、その額からは脂汗が流れ出ていた。

 ずれた眼鏡の端からは、保の背後に黒い影が視えた。

 昨日視たのと同じ奴……なのか?

 恐る恐る保の背後にいるそれに手を触れようと手を伸ばす。触れた途端に声の洪水が痛い位に耳に響いて来た。

『こっちを向いて』

『近付くな』

『新山君』

『死ねばいいのに』

『私を見て』

『お前なんて大嫌い』

『誰にも渡さない』

 思わず慌てて手を引っ込める。

 何だ、今のは!?

 影に触れた指先がジンジンと痛むのを感じる。けれどその影は昨日とは違って、全く消える気配が無い。

「新山君、どうしたの?」

 焦っている所に声を掛けられた。

 誰だっけ? 保の知り合いらしい少し派手目な女子だった。

「ねぇ、本当にどうしたの? 大丈夫?」

 俺の存在は全く無視し、彼女は保に気遣いをみせた。

 そして俺が止める間も無く、彼女は保の背中に触れた。

 まずい!!

 と、思ったのはほんの一瞬の事。

 影は彼女の指先に触れた途端、その中に吸い込まれるかのように一瞬にして消えた。

「……あれ?」

 半ば意識を失っていた保が顔を上げた。

 その顔からは先程までの苦悶の表情が消えていた。

 抱き留めていた俺の腕から、信じられない程の重量も消え、保の本来あるべき体重に戻っていた。

 しかも俺の吐き気や不快感、耳鳴りまでもが嘘のように消えてしまっている。

「あれ? カタやん、どないしたん?」

 どうかしてたのはお前だ、保!

「大丈夫か?」

 保の両肩を掴み押しやりると、眼鏡を外して保の姿をまじまじと見た。改めて見てみても、保からは何も視えない。

「ん? え? うん。別に何ともあらへんけど?」

 俺の心配を余所に、保は不思議そうな顔で俺を見ていた。

 影が消えたどころか、保の記憶が消えて……いる?

「ねぇ、新山君ってばぁ」

 俺と保が話している間も、影を吸い取ってしまった彼女は、保のシャツを引っ張り注意を引こうとしていたらしい。

 やっとその存在に気付くと保が言った。

「あれ? 三浦さん、どないしたん? 何か用?」

 何時もの保に戻っていた。

「何って……。言い難いんだけど、新山君、彼に抱き付いてたから」

 チラリと嫌な物でも見るような一瞥を俺にくれた。

 な、な、ぬぁんだぁ? その疑惑に満ちた眼差しは!? 君はいったい何を想像してるんだ!!

「うぇ! 俺がカタやんに抱き付いとったやって!? 有り得へん、まじ有り得んから!!」

 オーバーアクションで手を振って否定すると、「なあ、カタやん」と、同意を求めて来た。

 なあ、と言われてもなぁ。実際、抱き付かれていた人間としては否定も肯定もし辛いわな。

 俺は曖昧な笑みを浮かべると、胸ポケットに眼鏡を入れた。

「ねぇ、新山君、暇なら今から遊びに行かない?」

 保の視界から俺を遮るように割り込むと、彼女――三浦さんは言った。

 やっぱり、彼女からは先程吸い取った筈の影が全く感じられない。

「え? 今から? ごめん! 俺ちょお今日は用があるねん。悪いねんけど、また別の日に誘ったって」

 そう言って手を合わせた。

「じゃ、カタやん、俺行くわ」

 と、彼女の背後から俺を覗き込むようにして言った。

「はいはい。気を付けろよぉ」

 手で軽く追い払う仕草を見せると、保は苦笑いを浮かべ後ろも見ずに立ち去った。

 暫く保を見送っていた彼女は、何を思ったのか振り向きざま俺を睨み付けた。

 おいおいおい。俺がいったい何をした?

「おい、片瀬、何、黄昏てんだ?」

 見ると及川と米倉さんが立っていた。

 彼女の非難の眼差しから逃げられると思うとホッとして自然と笑みが浮かんだ。

「どいて!」

 背後から三浦さんが、俺を押し退けるようにぶつかって来た。

 いくらガタイがいいとはいえ、不意を突かれ思わず前のめりになる。

 態勢を整えようと、俺は咄嗟に何かを掴んでいた。

「ちょっと、放しなさいよ!」

 俺が咄嗟に掴んだのは、彼女が肩から掛けていたバッグだったらしい。

「あ、すまん」

 慌ててパッと手を放した時に、手に触れた物があった。

 バッグの紐に付けられたキーホルダー。それは小さなピンクがかった硝子玉に、銀の蔓と葉が絡み付いたデザインだった。

「ったく。最っ低!」

 ふん、とばかりに鞄を持ち直すと、俺ばかりでなく及川や米倉さんまで睨んでから立ち去った。

 うっ。二人にはとんだとばっちりだったな。すまん。

「何だありゃ? 感じ悪いなぁ」

 立ち去っていった彼女の後ろ姿を見ながら、及川が独り言のように呟いた。

 及川君、もっと言ってやって。

「今の彼女も、確か新山君絡みの噂になってたわよね」

 同様に歩き去る彼女の後ろ姿を目で追っていた米倉さんが言った。

「何か、前に比べて刺々しくなった気がするんだけどな」

 どう思う?、と問われ、俺と及川は分からないとしか答えられなかった。

「大体誰だ、今の?」

「初めて見たぞ」

 俺と及川が同時に言った。

「え? 二人とも知らないの? 同じ学部の同級生だよ」

 そうは言われても全く記憶に無い俺達は、しばし考え込んだ末に、揃って首を振った。

「まあ、仕方ないか。彼女、最近、急に派手になったからね」

 と、彼女は言った。米倉さんによると、以前は地味で眼鏡も掛けており、何時もスッピンにジーンズ姿だったのだそうだ。それが急に眼鏡を外し、ミニスカを履き、髪を染めばっちりメイクに変身したのだ。

 そんな人間、分かろう筈もない。と言うか、女は化けるのな。

「綺麗になる事は、悪く無いけど、三浦さんって、もうちょっと優しい感じの娘じゃなかったか? 俺は結構好きなタイプだったんだがなぁ」

 と、見て分からなかったくせして、こんな所で告白してどうすんだ、及川。

 けど、三浦さんって、あの噂にあがってたかな? 岩久間さんから聞いたメンバーにいなかった気がするんだが……。

 俺は後でお見舞いメール方々、聞いてみようと心に留めたのだった。



「やっぱり三浦さんは偽被害者の部類に入るのか」

「うん。……まぁ、これはあくまで私の印象なんだけれどね」

 その日、家庭教師のバイトを終えて帰って来た俺は、遅れ馳せながら岩久間さんにお見舞いと三浦さんに関する質問のメールを送った。時間は九時を軽く越えていた。

 メールを送ると直ぐに岩久間さんから返信メールが届いた。

『メールじゃまどろっこしいから、電話で話さない?』

 と。それには彼女の携帯番号も記されていたので、ドキドキしつつも電話したという訳。いくら相手があの岩久間さんとはいえ、俺が女の子に電話をするっていう事自体初体験だったのだ。

「米倉さんに聞いたけど、三浦さんって前は地味だったんだって?」

 メールをする前に湯を注いでいたカップ麺を啜り始める。

「何、今頃ご飯?」

 そう言いながらも話し始めた。行儀が悪くてごめんな。

「確かに地味だったと思うな。これって服装だけじゃなくてね、行動も。うん、派手になったんだよね」

「そう言えば、例の一年の片割れも派手だったよな」

 麺を飲み込みお茶を一口ゴクリと飲んで呟いた。

「あ! ……いや、違うか」

 何を思い付いたのか、岩久間さんは突然叫んだかと思うと、急に黙り込んだ。

「何? 何が違うの?」

 聞くと彼女が電話の向こうで、うーんと唸っているのが聞こえた。

「あのね、これも私の勝手な思い込みかもしれないんだけれどもね」

 と、前置きをしてから言った。

「その偽被害者だと私が思っている娘達ってね、私が知ってる限り、皆ここ最近急に派手になった気がするんだよね」

「急に?」

「うん。ほら、新山君の例の噂が流れ始めた頃っていうかさ」

 こんな偶然、よくある事なんだろうか?

 しばし、俺達の間には、沈黙が広がった。

「けど、まあ、好きな人に少しは近付きたいって気持ちも分からなくもない、かな」

 と、岩久間さんは言った。

「好きな人? 近付きたいって、誰に?」

「やだなぁ。新山君に決まってるでしょうが」

 言われて初めて、保の服装が派手だった事を思い出した。

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