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眼鏡男子の日常  作者: きり
第4章 探偵な日常
17/41

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「片瀬君、その眼鏡はどうだろう」

 次の日、大学で顔を合わせた岩久間さんが挨拶を交わすよりも先に言った。

 昨日、たまたま帰り道に立ち寄ったディスカウントスーパーで、丸いフレームの薄紫色のカラーレンズのそれを見付けたのだ。勿論、伊達。値段も千円でお釣が来る価格だったので、俺的にはかなり満足していたのだが。

「なかなかいいと思ったんだがなぁ……。やっぱりまずいか?」

 ガラが悪く見えるのかという意味で問うてみた。

 すると、岩久間さんは大きく溜め息を吐いたのだった。

「それじゃあ、憧れの彼女は落とせないよ」

「はい?」

「片瀬君、折角イメチェンにチャレンジしてたのに、何でまた逆走するかなぁ」

 やれやれ、と、更に大きな溜め息を吐いた。

「ごめん。ちょっと確認しておきたいんだけど、その憧れの彼女、っていったい何の話よ」

「やだ、片瀬君、麒翔館大の娘に決まってるじゃないのよー!」

 バシバシと遠慮のえの字も無い程豪快に俺の背中を叩きながら言った。

 ……まだ誤解が解けて無かったのか。

 等と、脱力しつつも、岩久間さんが何時もの彼女に戻っていた事にほっと胸を撫で下ろした。

「やっぱり、片瀬君は眼鏡が無い方がいいよ! 他の女の子達もそう言ってたよ」

 何だそれ?

「あ、そうだ! 俺、昨日岩久間さんに聞きたい事があったんだよ」

 岩久間さんの言葉に、俺は昨日彼女が口にした言葉を思い出した。

「昨日言ってたけど、俺が結構有名、ってのいったいどういう意味なんだ?」

 俺の質問に、彼女は目を大きく見開いたかと思うと、視線を逸らした。

「いや、まあ、何でも無い、よ?」

 おいおいおい。まるで昨日のデジャヴを見ているようじゃねぇかよ。おめえは近藤かっ!

 ……て言うか、やっぱりあの半殺し云々の噂かなぁ。嗚呼、また一歩、潤いのある生活から遠のいて行くのね。

「岩久間さん、怒らないから言ってごらん」

「えー、どっしよっかなぁ」

 人差し指で顎を叩きながら歌うように言う。

 ……岩久間さん、またキャラ変わってるし。

「怒ると言うより、むしろ片瀬君が調子にのる、っていうかさぁ」

 そう言って勿体つけるように言った。「実は片瀬君って、意外と隠れファンがいるんだよ」と。

「うぇぇぇぇぇっ!? な、な、な、何、それ? 初めて聞いたぞ!」

 興奮の余り、思わず涎が零れてしまっていたらしい。岩久間さんは、それを見て軽く顔を顰めると、ティシュを一枚差し出した。

「涎、出てるから」

「あ、わ! ご、ごめん!」

 受け取ったティシュで涎を慌てて拭く。

 お、俺にファンだとー!? 初耳だ、初耳!! つか、初体験なんじゃねぇの!? ひゃっほぅ!!

「片瀬君、今、すっごく、夢、膨らませてるでしょう」

 俺とは対照的に、落ち着き払った様子で岩久間さんが言った。

「んな事、無いって!」

「片瀬君、声、裏返ってるから」

 彼女の言葉に、態とらしく咳払いをすると、そんな事は無い、と言い直した。

「でも、嬉しいでしょ?」

 と、聞かれ、思わず耳まで真っ赤になりながら首を上下した。

 うう、我ながら情け無い。

 俺の余りの舞い上がりようを見た岩久間さんは、やれやれとばかりに首を左右に振ると言った。

「んー、言い難いんだけどね、あくまで“隠れ”ファンなんだよ? そこの所、ちゃんと理解してくれてる?」

「……はい?」

「いや、だからね、ファンって言っても“隠れ”ファンな訳。片瀬君とどうこうなりたいとかっていう願望は一切無いって言うかさぁ」

 ……何ですと?

 自分でも、今、きょとんとしているのが分かる。そんな俺を見て、彼女は哀れみの表情を見せた。

 ……哀れみ、ってどういう意味ですか?

「例えばさぁ、新山君のファンの娘達って、新山君と出来ればお近付きになりたい、って思ってるとするとね……」

 うんうん。

「片瀬君のファンの娘達って、もー、遠くから眺めてるだけでいい、って言うかさぁ」

 ……何じゃい、そりゃ。

「新山君って、見目麗しいじゃない?」

 ……確かに。そこは否定しないよ。大人として。

「怒らないでね。怒らないで聞いてよ」

 ……何、その注釈。

「確かにね、片瀬君は格好良い部類に入るんだよ。……い、いや、格好良い!」

 微妙な彼女の表現に、どうやら俺の目は据わって来ていたらしい。彼女は慌てて言い直すと、俺の様子を窺った。

「えっとね、何て言うのかなぁ。……近寄り難いって言えばいいのかなぁ?」

 岩久間さん、何故俺に聞く。

 彼女は上目遣い――というか、大抵の人間は、俺のこの長身に見上げなくてはならないのだが――になりながら言った。

「やー、格好良いんだよ! 本当。ただその目付きがさぁ。それに、新山君程とは言わないけど、もちっと愛想良くしないとぉ」

 ……結局、そこか。

 彼女なりにフォローしようと努力してくれているのは分かるが、それ、全然フォローになってねぇよ。

「ね。片瀬君、睨むの止めようよ!」

 いや、特に睨んでねえし。

「そ、それにさぁ、片瀬君って、いい人、って話もチラホラ聞いてるし」

 ……“いい人”って、守備範囲外の代名詞じゃねぇか。

 どの道、潤いのある生活には程遠い噂なのはよく分かった。まぁ、あの半殺しなんていう物騒な噂じゃないだけでもヨシとしとくか。

 ……一瞬、夢見ちゃったよ。ちぇっ。

「あれ? カタやんに岩久間さん、こんな所で何してるんだ?」

 前の講義を受けていた大教室のある棟の階段で喋っていた俺達に、及川が声を掛けて来た。

 及川は、サッカー部の連中が上で煩かったぞ、と俺に小声で耳打ちした。

 見上げると、視界の先で、サッと身を隠す姿が見えた。成る程。昨日近藤が言っていた事は嘘じゃなかったか。

 俺は及川に軽く頷いてみせると、彼女に言った。

「その娘達に言っといて。遠慮せずに近付いて来くれて構わない、って」

 二カッと、口だけで笑うと、軽く手を振り及川の背を押しながら歩き出した。

 そう言えば、あの身を隠す仕草、この間吉元さんが階段から落ちた時にも目にしたよな。けど、あれは男ではなく、確かに女だった。曖昧だった記憶が、今見た事によってはっきりとした確信に変わる。

 やっぱり、吉元さんは誰かに突き落とされたのか?

 あ! そうだ、すっかり忘れてた!

 慌てて振り返るとそこには、岩久間さんとおそらくサッカー部の連中が階段をゆっくり降りて来ている所だった。

 岩久間さんが軽く足を引き摺っている所を見ると、昨日の怪我がまだ治っていないらしい。今日、彼女に声を掛けた最初の目的は、怪我の様子を聞く為だったのに、何で俺が凹む話になったんだ? 仕方ない。後で彼女にお見舞いのメールでもしておこう。

 俺は軽い自己嫌悪に陥りながら、歩みを進めたのだった。



「あ、あの娘!」

 気が付くと思わず声に出していた。無意識に口に手を当てて周囲を見回した。

 良かった。誰も俺を見ていない。恥ずかし過ぎだ、俺。

 昼食後、次の講義の為に移動していると、吉元さんの友達の角田さん――例の保にメールアドレスを吉元さんと交換してあげてくれと迫っていた彼女――が、一人で歩いている姿が目に入った。

 こうして見ると、角田さんって娘も美人だな。いや、吉元さんも充分美人なんだが。ただ、明らかに二人は違うタイプの美人だな、と思わずにいられない。実際、吉元さんは美人と言うよりは可愛いタイプだ。彼女は両親に紹介したいタイプ。それに対し、角田さんは美人ではあるが、ちょっと両親には紹介し辛いタイプの美人。

 いや、そんな事は置いといて、俺は彼女に用があったんだ。正しくは吉元さんに用があったんだが、この際、彼女を捕まえられないのなら、彼女でもいいだろう。

「あ、ねぇ、ちょっといいかな」

 角田さんに追い付くと、俺は彼女の前に回り込んだ。

「……何ですか?」

 変質者でも見るような目付きだった。

 すっげぇ、傷付くんんだが、まぁ、仕方無いか。

「君、吉元……実沙さんの友達だよね?」

 ……おいおいおい。何故そこで黙るかなぁ。て言うか、睨むなよ。

「あ、や、ねぇ、彼女、今日、大学に来てるかな?」

 何で俺が吃らなきゃならないんだ。何だか理不尽な気がしないでも無いが、彼女が発する威圧感に思わず気圧された形になった。

 むむむ。負けた。

「そんな事、私に聞かれても困ります。それに、私、吉元さんとは友達なんかじゃありませんからっ!」

 吐いて捨てるように言うと、肩で俺を押し退けて歩いて行ってしまった。その際、彼女の耳にユラユラ揺れる透明の硝子玉が付いたピアスがキラリと光ったのが、何とも不吉に思えたのだった。



「あの、さっき実沙……じゃなかった、吉元さんの事を尋ねてらっしゃいませんでした?」

 講義が終わり、席で帰り支度をしていると見知らぬ二人組の女子に声を掛けられた。

 そうだと言うと、二人は互いに顔を見合わせ、頷き合った。

「あの、実沙に何か用だったんですか?」

 別の一人が言った。

「いや、大した用じゃないんだが……。ちょっと気になる事があってね。彼女、今日は講義に出てた?」

 答えるべきか否か、二人はしばし顔を見合わせて考え込んでいたが、一人が何かを決心したかのように一つ頷くと、俺に向き直った。

「いえ。今日は朝から四限目までぎっしり講義が詰まっていた筈なんですけど、来てないんです」

「そっかぁ。参ったな」

 後半は独り言。

 彼女が昨日あの後どうなったか気にはなるが、今日の所は気を揉む事しか出来ないようだ。

 そこでふと、先程の角田さんの態度を思い出した。

「ねぇ、角田さんって、知ってる?」

 二人は怪訝な顔になり振り向いた。

「知ってますけど……」

 言葉尻に、何やら含みのあるニュアンスを感じさせつつ、二人は答えた。

「彼女って、どんな娘?」

 俺の漠然とした問いに、「どんな娘と言われても……」という、実に分かり易い返事が返って来た。

 そうだよな。確かにそれだけじゃ何て答えたらいいか分かんないよな。

 俺は頭を掻きながら言った。

「彼女、吉元さんの友達だよね?」

 俺の言葉に、二人は何と答えていいものか分からないといった表情になった。

 え? 何? 何で? 今度の質問は普通だろ? 答えに詰まるような事聞いた?

「あ、いや、さっき彼女に吉元さんの事を聞こうとしたら、『友達じゃない』とかって、すっげぇ怒られたから」

 とか何とか、モゴモゴと口の中で言い訳をした。

 すると二人はポカンと口を開けた。

 そうだよなぁ。普通、友達の事、そんな言い方しないよなぁ。

「本当に、彼女、『友達じゃない』って、言ったんですか?」

 さも呆れたという体で一人が言った。

 間違いなくそう言った、と言うと、それを聞いた彼女等は、激しく憤慨した。だから言わんこっちゃないんだよ、と。

「私達、実沙と角田さんも含めて、同じ女子高出身なんです。でも、実沙や私達は、高校時代、特に角田さんと親しかった訳じゃないんですよ」

「そうなんです。角田さんと仲の良かった娘達は、皆別の学校に進学しちゃったみたいで」

 と、二人は話し始めた。

 彼女等の話しによると、吉元さんを含む彼女と、角田さん達のグループは、全くの別グループだったらしい。だからと言って、仲が悪いとかそういうんじゃないですよ、と彼女等は言った。ただ、同じ学校の生徒というくらいの間柄だった、と。

 それが、この大学へ入学して来た途端、突如として角田さんが吉元さんに近付いて来るようになったのだそうだ。基本的にお人好しな吉元さんの事、詰まる所角田さんに振り回される事が多々あったのだと二人は言った。

「あの例の噂、知ってます?」

「噂?」

「あの新山とかって人と仲が良い人達ばかりが災難に遭ってるってやつですよ」

「ああ、あれ」

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