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眼鏡男子の日常  作者: きり
第3章 狙われた日常
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 その際、足元に転がってきたボールを拾おうとしたらしいのだが、何故か風も吹いていないのに彼女の手が触れそうになった途端、コロコロとサッカーゴールの方へと転がって行ったのだという。その時は不思議とその事に違和感を感じなかった岩久間さんは、そのままボールを追って行ったらしい。

 そうして、やっと追いついたボールを拾い上げた瞬間、誰かに背中を押されたのだというのだ。しかも、転んだ彼女の上からゴールポストが倒れて来た為、現在、医務室でお世話になる結果となったのだ。

「これってやっぱり変だよね?」

 と、盛大に溜め息を吐いて話を締め括った。

 ……普通、自然に倒れないよな、あんなデカいゴールポストなんて。

「やっぱり声とかした?」

 答えが分かっている質問を敢えてしなくてはならない上、それが聞きたくもない答えだと尚更嫌なものだ。

 俺は答えを聞く前から溜め息を吐いていた。

「そりゃあ、勿論!」

 ……やっぱり。

「でもさ、ちょっと気になる事があるんだよね」

 分かっていた事とは言え、参ったなぁ。

「実はさ、今日聞こえた声ってね、今までのとは違ったんだよ」

 いい加減、俺もこの一連の出来事から足を洗いたいよ。

「一人じゃなかったんだよ、声」

 今更だけど、知らなかった事に出来ないもんかなぁ。

 ……って、おい!?

「何だって!? 一人じゃなかったって!!」

 俺は椅子から立上がり、肘をついていた椅子の背を押し倒してしまった。

「か、片瀬君、怖いよ。て言うか、椅子倒れてるし」

「ああ、悪い」

 慌てて倒してしまった椅子を元に戻すと、今度は岩久間さんと椅子が向かい合わせになるようにして座り直した。

「ごめん。声の事、も少し詳しく教えて貰える?」

 姿勢を正して座ると、俺は言った。

 しかし彼女は答えるよりも先に、今一度、俺の顔が怖いと言った。

 ……真面目な顔をしただけなのに、ひでぇよ。

「んとね、ここ最近の例の事故の時にはさ、前に言ったみたいに毎回声が聞こえてたのね、女の人の。もっと言えば、一人の人の声だと思うんだよ」

「それって、岩久間さんだけの話? 他の娘達はどうなんだろう?」

「うーん。特に何もその点に言及してる娘はいなかったから……。うん、多分他の娘達も一人の声しか聞いて無いと思うよ。それに聞いた声って言っても、皆一言くらいしか聞いてないしね。あの例の“ブス”ってあれ」

 と言って、彼女は何時もの例に漏れず、不機嫌な顔になった。余程“ブス”と言われた事が腹立たしいらしい。

「でもね、今日のは一人の声じゃなかったんだよ! 何か物凄い大人数で言われてさ。しかも耳元で叫ばれたもんだから、大音響で聞こえてきてさ。もー、耳鳴りみたいだったんだから」

 と、言って軽く両耳を掌で擦ってみせた。

「叫んでた、って? 変だな。前はか細い囁き声だった、って言って無かったっけ?」

「そうだよ。……って、そう言えば変だよね」

 そう言って、しばし沈黙が流れる。

 外から聞こえて来る学生達の掛け声や、調子っぱずれなトランペット、妙なメロディーを奏でているフォークギターの音が、室内に響いて来た。

「……じゃなくて、ポイントはやっぱり大人数になってたって事でしょうが!」

 と、岩久間さんに突っ込まれた。

 い、岩久間さんにツッコミを入れられるだなんて。しくしく。

「や、そうなんだけどさ、気になるんだよ」

「何が?」

「今までの力無いか細い声が、今になって何で叫ぶくらいの大声になったのか」

「そりゃあ、確かにそうだけど……」

「それにさ、今日確認して貰っただろ? 被害に遭った娘達が聞いた声も小さな声だったって。なぁ、やっぱりこれってまずくないか?」

 つい思った事を考え無しに言ってしまっていたらしい。岩久間さんを見ると、どんな事にも動揺する所を見せた事の無い彼女が、泣きそうな顔になっている。

「あ、ごめん」

「叫んでた上に大人数になっていたら、やっぱり、まずいよね?」

「いや、大丈夫。気にするな!」

 慌てて言ってみても、今更何の説得力も無いか。

「お! 二人揃って何話してんだぁ?」

 気不味い雰囲気を破るかのように、ガラガラと大きな音を立てて近藤が医務室に入って来た。

 救世主、近藤君! いやさ、近藤様! い、いい所へ!!

 今まで近藤が来てこんなに嬉しかった事は無かった。

「あれ? 近藤君、どうしたの? 怪我でもした?」

 岩久間さんは、泣きそうになっていたのも忘れ、驚いた顔をして言った。

 た、助かった。ナイス、キンちゃん!

 しかし近藤自身は、ちょっとな、等と珍しく言葉を濁しただけだった。

「そんな事より、岩久間さん、大丈夫かぁ?」

 岩久間さんの足元にしゃがみ込むと、彼女の右足を掴んで言った。

「え? あ、うん。そう言えば、かなり痛みが治まってきたみたい」

 湿布が効いてきたのかな、と小さく笑った。

 よ、良かった。近藤君、ありがとう!

 俺は心の中で話題を逸らしてくれた近藤に感謝すると、岩久間さんに向き直った。

「そう言えば、早く練習に戻った方がいいぞぉ。サッカー部の連中が心配してたぞぉ」

 掴んでいた彼女の足をそっと下ろすと、近藤は立ち上がった。

「あ、忘れてた!!」

 近藤の言葉に慌てて立ち上がるも、やはり未だ足が痛むらしい。顔を顰め、右足を軽く引き摺るようにして入口に歩いて行った。

 そんな彼女を入口まで追い掛けると、肩を貸そうか、と声を掛けた。

「いや、カタやんは止めておいた方がいいな」

 岩久間さんが答える前に、俺の肩を掴んだ近藤が言った。

 何で?、と俺が尋ねようと口を開き掛けると、先に岩久間さんは笑って手を振った。

「大丈夫だって。片瀬君って、ほんっと、心配性なんだからぁ」

「けどなぁ」

「心配いらないから。痛みが治まらないようなら、ちゃんと後で病院にも行くから大丈夫」

「本当にそうしろよ」

「了解、了解」

 そう言って扉に手を掛けた。

「あ、そうだ」

 振り返り、人差し指を立てた。

「さっきの話は内緒にしとこうね」

 これ以上、変な噂が立つと困るでしょう、と。

 ああ、と頷くと彼女は安心したように頷いたのだった。

「で、お前はどうしたんだ?」

 岩久間さんが出て行った後、ちゃっかり彼女が座っていた椅子に腰掛けていた近藤を振り返ると言った。

「んあー? まぁ、ちょっとした休憩よぉ、休憩」

 依然としてはっきりしない近藤の言葉に呆れた顔をしてみせる。

「じゃあ、俺、行くわ」

 と、言い置いて出て行こうとすると、その巨体からは想像もつかない程の早業で近藤が俺の前に回り込んだ。

「な、何?」

「まぁ、座れやぁ」

 無理矢理力ずくで先程まで座っていた椅子に座らされると、近藤も同じく俺の正面の椅子に座った。

「で?」

 何時までも話そうとしない近藤に、痺れを切らした俺は、ドスを効かした声で言った。

「いやぁ、言い難いんだがなぁ」

 尚もグズグズと言い淀む近藤に、腕を組み睨み付ける。流石、人殺しの眼と言われた事だけあるよな、俺。

 渋々、近藤は話し出した。

 ……でも、気分はかなり複雑だった。

「お前、気付いていないかもしんないから言うんだけどさぁ、岩久間さんって、モテるんだよぉ」

「へー」

 思いっ切り棒読みだったらしい。近藤は身を乗り出して俺を睨み付けた。

 ……残念だが、ちっとも恐くねぇって。

「信じてねぇなぁ」

「あのなぁ、信じる信じないの問題じゃねぇだろ? 確かに岩久間さんは可愛い。で、だからどうした?」

 片眉を上げ、鼻で笑った。

 それに益々腹を立てたらしい近藤は、座ったまま地団駄を踏んだ。

「だーかーらー、お前は分かってねぇんだってばよぉ! モテるんだって、岩久間さん! 極端な話、うちのサッカー部の連中は、殆ど全員、岩久間さんに惚れてると言っても過言じゃねぇんだってばよぉ!」

 近藤の言葉に、流石に言葉を失った。

 い、岩久間さんって、そんなに凄い娘だったんだ。

「やっと分かったか」

 俺の狼狽振りに、近藤はふん、と鼻を鳴らした。

「いや、岩久間さんがモテるってのは分かった。……だから何だよ」

 偉そうに椅子で踏ん反り返っている近藤に業を煮やし、再び問うた。

「お前、本当に鈍いのなぁ。今、おめえすっげぇ嫉妬されてるぞぉ」

「……はい?」

 きょとんとした顔、ってのを今自分がしているであろう事は、想像に難くない。

「お前さんが、岩久間さんと二人っきりで医務室にいたってぇ状況がまずいんだってぇ」

 だから俺が岩久間さんを呼びに来てやったんだ、と言った。

「嫉妬って、なあ」

「ほんっと、カタやんって、本気で鈍いのな。『何であんな奴が岩久間さんと!』ってな心境よぉ」

 どうだ、分かったか、と鼻息荒く近藤は言った。

「そんなもんなのかなぁ」

「そんなもんよぉ。勿論、俺はお前や岩久間さんがお互いに守備範囲外だ、ってのは知ってるよぉ。だとしてもだなぁ、第三者から見たら密室に二人っきりってのは怪しく見えるもんなんだってぇ。ましてやおめぇ、岩久間さんに懸想している奴等だぞぉ。邪推するなって方が無理だろうがよぉ」

 ……微妙に一部傷付いた気がするのは気のせいだろうか?

 いや、それ以前に、“懸想”って、あんた、レトロ過ぎるよ……。

「お前が医務室に行ってから、追い返されたサッカー部員は苛々してやがるし、白峰に至っては、異常な怒りようだったんだぞぉ。遠目で見ててもヒヤヒヤもんだったんだからなぁ」

 やっぱり、怒っていたか。

 白峰って言うのは、さっきの偉そうにしていたあの男。近藤の話によれば、あいつも近藤同様、サッカー部の次期主将候補らしい。

 ……サッカー部もアメフト部同様、人材不足なんだな。

「だからなぁ、お前も少しは気を付けた方がいいぞぉ」

「まあ、何となくは分かった」

 渋々頷くと、近藤は満足気に、うむうむ、と大仰に頷いてみせた。

「恋は盲目ってヤツよぉ」

 ……おい、お前、いったい幾つだよ。

 ん? 何か最近このシチュエーションって無かったか?

 モテる岩久間さんと、恋するサッカー部の野郎共。モテる保と、恋する女子連中?

「……保に憧れてる女子連中もこんな感じなのかな?」

 近藤は、ポツリと呟いた俺に、ポンポンと肩を叩いた。

「カタやん、また一つ大人の階段を登ったなぁ」

 大人の階段……ってだからお前幾つだ。

「さて、俺も練習に戻るか」

 よいしょ、という実に爺臭い掛け声と共に近藤は立ち上がった。俺も釣られるように立ち上がると、連れ立って医務室を後にした。

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