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眼鏡男子の日常  作者: きり
第3章 狙われた日常
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「あの、ところでお名前を教えていただけませんか?」

 大学で、保を心配していた吉元さんの姿が頭を過る。

 ほんっと、保と話すと女の子は災難に遭うのな。

 駅員の話を上の空で聞いていた俺は、ふと例の噂話を思い出していた。

「あの、お名前は?」

「あっ!!」

 てことは、岩久間さんも危なくないか? こんな事はしてらんねぇ。

「ど、どうしたんですか?」

「すみません。俺、急ぎの用があるので、これで失礼します」

「ですがお客様には恐らく感謝状が出ると思いますので是非、お名前だけでもお教えいただけないかと」

 駅員の台詞に、思わず無表情に決めていた表情が引き攣りそうになった。

 だから俺、目立つのって嫌いなんだって。

 駅員が話しているそばから、遠くに制服警官の姿を認める。本気でまずいな。

「いや、大事に至らなかっただけで充分ですから。じゃ」

 俺は尚も引き止めようとする駅員を振り切るようにして走り出したのだった。

 いい事した筈なのに気分は何だか逃亡者。釈然としない。

 ……何でだ?



 駅から何とか抜け出すと、俺は来た道を足早に戻り始めた。

 先ずは目下の最大の懸念、岩久間さんに携帯でメールする。


『件名:緊急

 本文:今何処? 何か事故とかに遭わなかった? 至急連絡を求む!』


「送信、っと」

 それでも胸騒ぎはおさまりそうにない。

「……あ、もしもし、キンちゃん? 俺俺。今、ちょっと大丈夫か?」

 次いで、近藤には直接電話をする。

 こいつが所属しているアメフト部の横の部室が、確か岩久間さんがマネージャーを務めるサッカー部だった筈。ついでに何時も練習しているグラウンドも一緒だったと記憶している。

『ん? 大丈夫じゃねぇぞ。練習中だぞぉ。携帯なんか持ってないぞ』

 長々とコール音を聞かされた後、電話に出た近藤が言った。

「……今、出てんじゃん」

『それは着信音に気付いたうちのマネージャーが、親切に教えてくれたからだろうがよぉ』

 と、鼻息荒く近藤が答えた。

 しかし、着信音だけで誰のだか気付くものなのか?

 とは思ったが、よくよく考えてみれば近藤の携帯に限っては有りだとも思えた。何せあいつの携帯の着信音は、敢えて名前は出さないが、かなりマニアックな部類に入る懐かしのアニメソングだったからな。

「そんな事はどうでもいいや。なぁ、今日もサッカー部は、練習してるか?」

『あ? サッカー部? 何、お前、サッカー部にでも入るつもりか? どうせクラブ活動するなら、アメ部に来いよぉ。冷たい奴だなぁ』

「岩久間さんは今日、練習に出てるか分かるか?」

 話が長くなりそうだったので、近藤の言葉を遮ると言った。

『何だよ、人の話はちゃんと聞けよ。……って、何かレポートでも出てたかぁ?』

 等とブツブツ言いながらも、ちょっと待てと言いつつ誰かに聞いているのが電話越しに聞こえる。

『出てるみたいだぞぉ』

 誰かの大声が、既に聞こえていたにもかかわらず、今初めて伝える情報だというように、近藤は言った。

 成る程、声がデカいのは君だけじゃなかったんだね、近藤君。

「そか。んじゃ、悪いけど、岩久間さんの様子に気を付けておいてくんねぇか? 俺も今から直ぐ行くから」

 そう言って、電話の向こうで何かを訴えている近藤の声を無視して電話を切ってしまうと、二人がいる筈のグラウンドへと向かった。



「よぉ、遅かったじゃねえかぁ」

 グラウンドに着くなり、俺は近藤のそんな言葉で迎えられた。

「岩久間さん、さっき医務室に運ばれてたぞ」

「え!? マジでか!!」

 そう声を上げて、走り出そうとしたが、むんずと近藤に腕を掴まれた。

「ちょっと待て」

「あ? 何?」

「いったい、何があったんだぁ?」

「え? 何が、って何が?」

「お前が血相変えて来たじゃねぇかぁ。それにわざわざ妙な電話まで寄越しやがってよぉ」

 タオルを首に掛けて、汗を拭き拭き言った。

 何時もは大雑把の癖して、おめえは何で今日に限って細かいんだよ。

「ちょっと気になる事があるだよ。すまん、近藤。話はまた今度!」

 近藤の腕を無理矢理引き剥がし、急いで医務室へと向かおうとした俺に近藤の声が聞こえた。

「今度何か奢れよぉ!」

 反射的にダッシュで近藤の元へ駆け戻ると、頭にチョップをくらわせる。

「うりゃ! どさくさに紛れて何言ってやがるんだ。ぜってぇ、奢らん!」

 釘を刺すと、再び俺は駆け出した。その背後で近藤がしみじみと言っていたのを微かに認識しながら。

「やっぱりあの足は欲しいよなぁ」



「失礼します」

 医務室に着くと、軽くノックし中に入る。

 大学に入ってから初めてこの医務室に来たのだが、何処へ行ってもここだけは何処の学校も大差ない――等と、どうでもいい事を考える。

 そしてそこで初めて異様な光景が広がっているのに気が付いた。

「あ、片瀬君!」

 数人の汗臭い野郎共に囲まれた岩久間さんが、俺に気付いて軽く手を挙げた。その足には痛々しく包帯が巻かれている。

 椅子から立ち上がって俺の元へ来ようとする彼女を制し、彼女に駆け寄ると、大丈夫かと尋ねた。

「大丈夫、大丈夫! 全然、大丈夫! もー、たいした事無いのに皆大袈裟なんだよー」

 と、周囲を見渡した。

 ……って言うか、何だか野郎共の視線が痛いんですが。気のせいですか?

「そうはおっしゃいますけど、打ち所が悪ければ、もっと大変な事になってたんすよ」

「そうだよ。やっぱり、ちゃんと病院で診察して貰った方がよくねぇか?」

「骨にヒビが入ってるかも」

「頭を打ってたら大変ですよ。病院で検査して貰った方がいいですって」

「さぁ、今からでも病院に行こう!」

「ストーップ!」

 口々に自分の意見を述べる男共に、両手を挙げて彼女は制した。

「大丈夫だって言ってるでしょ! 挟まれたのは足首だって言ってるじゃない。足の骨も折れてないし、頭も打ってないってば!!」

「でもな……」

「まだ言う? 本人が大丈夫だ、って言ってるんだから心配ないの! ほら、早く練習に戻って」

「そうだぞ。お前等、いい加減練習に戻れ」

 何時の間に来たのか、俺の背後に男が一人立っていた。確か経済学部の奴だったっけかな。

「あ、白峰さん!」

 慌てたように姿勢を正すと、男共は白峰という男に場所を空けた。

「岩久間さん、大丈夫か?」

「もー、白峰君まで大袈裟ねぇ。本当に大丈夫だから、そんなに心配しないでよ」

 身振りを交えてそう言うと椅子から立ち上がり、ドスドスと音を立てて歩いてみせた。

 部員達はそれを見て、ようやくなんとか納得した様子を見せた。

「はいはい。皆、早く練習に戻って! 私も直ぐに戻るから」

 岩久間さんが追い立てるように手を叩くと、彼等は渋々部屋を出て行った。その際、一人一人、俺を睨んでいくのを忘れずに。

 ひーーーーー! 何なの、いったい!

「さ、白峰君も」

 行って行って、シッシッとばかりに手を振った。

 岩久間さん、流石にそれはどうなんだろう。

「まあ、岩久間さんがそこまで言うなら……」

 何しに来たんだか……。

 他人事ながら直ぐに追い返されそうになったサッカー部の白峰君を気の毒に思っていると、不意に俺と目が合った。

「こいつ、誰?」

 一気に不機嫌になる白峰に、苦笑が浮かぶ。

 残念ながら、俺を睨み付けた所で、俺を見上げる形になる人間が多いのだが、果たして彼もそうだった。

 誰と言われましても……。

「あれ? 白峰君は初対面だったっけ? 私と同じ法学部の二年の片瀬君だよ。結構、有名なんだけどなぁ」

 ゆ、有名って何? 俺、何かやらかしたか?

 恐らく目玉が飛び出しそうな顔をしていたに違いない俺に対して、件の白峰君は、ふん、と鼻で笑っただけだった。

 ちょっと何よ! あんた、何様よ!!

「白峰君、悪いんだけど私は片瀬君に話があるから、先に戻っていてくれる?」

 無言で睨み合っていた俺達を仲裁ように、岩久間さんが割って入った。

 そうして無理矢理白峰とやらの背中を押すと、そのまま医務室の外まで押し出した。きっと今頃奴は、医務室の外で狐につままれたような顔をしているに違いない。

「やだ、何笑ってるのよ」

 思わず笑っていたらしい俺に、岩久間さんが両手を腰に当てて言った。

「いや、別に」

 俺の答えに不満気な様子をみせた岩久間さんだったが、直ぐに元いた椅子に腰を下ろした。

 さっきから感じていたのだが、岩久間さんの足首は本人が言う程軽症では無い筈だ。よく見ないと分からない程度ではあるが、怪我をした右足を庇っている。

「校医の先生はいないの?」

 彼女に背を向けて薬品棚を見ながら言った。

「え? ああ、ここに入って来る時気付かなかった? 外出中のプレートが出てたでしょ?」

「そうだっけ?」

「そうだよ。だから今までうちの部員が大騒ぎしてたんだよ。私がひとりで包帯くらい巻けるって何度言っても聞いてくれなくてさ」

 本当、皆大袈裟なんだから、と笑ってみせた。

「何? サッカー部、って部室に湿布くらい常備してないの?」

 あ、あれが多分そうか。

 薬品棚の硝子戸を引っ張ってみたが、きっちり鍵が掛かっているらしく全くビクともしない。

 参ったな。

「勿論、常備くらいしてるよ、何時もはね。それが今日に限って切らしちゃっててさぁ。後で買っておかなくちゃ。……って、片瀬君、さっきから何やってるの?」

「ん? あ、いや、棚の鍵をだな……」

「え、鍵? 棚の鍵がどうかした? 鍵なら先生が持って出てるんじゃないのかな」

 彼女は、座ったままテキパキと日頃校医が使っているであろう机の上に広げられた湿布薬や包帯等を救急箱に収め直していた。

「痛み止めって、入って無いの?」

 岩久間さんが収納し終えたばかりの救急箱を覗いて言った。

「何、片瀬君も、何処か痛いの? 残念ながらこの中には無いみたいなんだよね」

 実は私も欲しいんだけど、と彼女は呟いた。やはりかなり痛みを感じているらしい。

 どうしたものか……。

「ところで片瀬君、よく私がここにいるって分かったね」

 岩久間さんの問いに近藤から聞いたと答えると、ああ、と大きく頷いた。

 何があったのかと俺が彼女に尋ねるよりも先に、岩久間さんが何かあったのか、と尋ねて来た。

「え? 何がって?」

「いや、だってメールくれたでしょ?」

 今度は俺が頷く番だった。

 俺は近くにあったパイプ椅子を引き寄せると、反対に向け跨がった。そして椅子の背に両腕と更にその上に顎を載せた。

「あ、まあ、気になった事があってな。……悪かったな」

 どうにも彼女をまともに見る事が出来ず、彼女の包帯が巻かれた足を見ていた。

 一連の騒動の事を考えれば、彼女が事故に遭うという事は簡単に予測出来た筈なのに、その事を見落としていた自分が不甲斐無い。

「何で片瀬君が謝るの? もしかして練習中にメールをくれたから? 全然、気にしなくていいからね」

 と岩久間さんは笑った。彼女は全く俺の謝罪の意味が分かっていないらしい。

「ところでいったい何があったんだ?」

 尋ねると、岩久間さんは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。

「ちょっと聞いてくれる?」

 そう言って彼女は話し始めた。

 グラウンドで練習中、俺からメールを受け取った岩久間さんは、メールの返事をしようと場所を移動しようとしていたのだそうだ。

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