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眼鏡男子の日常  作者: きり
第3章 狙われた日常
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「『ブス』?」

 俺が繰り返すと、吉元さんはより渋い顔になりつつも、はい、と頷いた。

 ……ん? 何か最近、よく聞いてねぇか、この単語。考えろ、考えるんだ、俺!

「あっ!!」

 思わず大声を出した俺に、彼女が驚いた。

 形だけ謝りながらも、心ここに在らずな俺。

 ちっ! 何でこの事にもっと早く気付かなかったんだよ、俺!

 自分の迂闊さにいい加減腹を立てながらも、今気付いた事を頭の中で整理する。

 俺が直接話を聞いた岩久間さん、米倉さん、吉元さんの三人は、皆一様に事故に遭う直前、『ブス』という単語を耳にしている。しかもこの三人は、揃いも揃って、誰かに押されたような気がすると言っている。

「それは山下さんもだったか……」

 独り言のように口にした俺に、吉元さんは不思議そうな顔をしていた。

 という事は、この一連の災難は、ただ単に偶然起こった事故じゃない。悪意を持った誰かが背後にいる筈だ。

 しかし、問題は事故が起きた当時、加害者らしき人物を誰一人として目にしていないという点だった。

 ……いや、ちょっと待てよ。今回の件に関してだけで言えば、別だ。落ちる最中、俺自身が実際に目にしているじゃないか! ほんの一瞬にすぎないが、俺が見掛けたあの人物。もしかしてあれが犯人だったのではないだろうか? たとえ犯人じゃなかったとしても、さっきの件に関しては、何らかの関係があったのではないのだろうか? それに吉元さんは誰かに押されたのだという。しかも落ちる寸前、咄嗟に石を掴んでいる。これって、人がいたって証拠じゃないのか?

 俺は吉元さんに礼を言うと、今日の一件について他言しないでくれるよう頼み、気を付けて帰るように言って別れた。

 が、肝心な事を聞き忘れていたのを思い出し、慌てて彼女の後を追った。

「新山さんと私が友達、ですか?」

 彼女に追いつくと、保の友達なのか、とストレートに質問をぶつけた。

「え!? い、いえ、全っ然、違います!」

 彼女は力一杯否定した。

 ……だよねぇ。

 口には出さずに納得する。しかしそこまで力一杯否定しなくても、と保が少々不憫に思えた。

 でも待てよ。彼女、さっき保と話してなかったっけか?

「けど、さっき新山と話してたよね?」

 俺の質問にしばし戸惑いの表情を見せた後、彼女は思い出したとでもいうように笑った。

「あれは、さっき新山さんとぶつかっちゃって。それで……」

 お互いが悪かったと、謝り合っていただけだと言った。



     *



「お待たせ。確認してきたよ! ……って、何!? 眼鏡どうしたの?」

 翌日の昼休み。中庭の人通りの少ないベンチで岩久間さんと待ち合わせをしてると、現れた彼女は開口一番そう言った。

 結局、昨日は壊れてしまった眼鏡を新しく買いに行く時間もその金も無かった。その為、あれからずっとチラホラと見えなくてもいい物が視えている。結果、俺は何時もより更に目付きが悪くなっている筈だった。

 何時もはその事に直ぐに気付くであろう彼女が、今日に限って何故か俺の目付きの悪さには全く触れず、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべただけだった。

「眼鏡が壊れたんだよ」

「はいはい。そういう事にしといてあげる」

 何だ、それ? 絶対また何か変な事を考えてるな、岩久間さん。

「そうそう、そんな事より、山下さんもやっぱり聞いたらしいよ」

 俺の言い訳を軽くスルーすると、彼女は行き成り本題に入った。

 昨日、俺は吉元さんと別れてから、岩久間さんにメールで頼み事をしたのだ。例の災難に遭った女子達に、その際、何か変わった事に気付かなかったか尋ねて欲しいと。

「山下さんもね、『ブス』って言われたんだって」

 岩久間さんは言いながら買って来たらしい紙パック入りのコーヒー牛乳を俺に一つ差し出した。「今日は私の奢りだから、遠慮無くググッといっちゃってね」と、付け加えて。

 俺が礼を言って飲み始めると、彼女は続けた。

「それでね、山下さんの場合、もっと洒落にならかったみたいでさ、耳元で『死んじゃえばいいのに』とまで囁かれたんだって」

 そう言って、ブルッと一つ身体を振るわせた。

「そりゃまた酷いな」

「でしょ。でね、後、米倉さんと横山さん、峰岸さんも『ブス』って言われた気がするって。やっぱり小声だったから、多分、とは言ってるけど」

 彼女は携帯のメールを確認しながら言った。どうやら全員にはさすがに直接聞く時間が無かったらしい。

「これで全部?」

「ううん。えーっと、荒木さんと新谷さんと橋野さんと早川さんは、声が小さ過ぎて何て言ったのかは分からなかったらしいんだけど、耳元で確かに女の人の声がしたって」

 これって、気味が悪いよね、とパタンと音を立てて携帯電話を閉じた。

「んー、他には例の一年とか、噂にあがっている何人かの娘達がいるんだけど、そっちは聞いてないんだよね。……でもまぁ、問題は無いと思うよ」

「何で?」

 いやにあっさりと切り捨てた岩久間さんに、俺は片眉を上げた。

「いや、こう言っちゃあなんだけど、多分、その娘達は噂に便乗したクチなんじゃないかな」

 と、実に彼女らしくない意地悪な笑みを浮かべた。

「どうしてそうだと分かるんだ?」

「多分、片瀬君は知らないだろうけど、結構いるんだよ、新山君を狙ってる娘達って」

「狙ってる、ってんな噂立てても仕方がねぇだろうに」

 チッチッチッ――と、彼女は人差し指を左右に振った。

 ……ふ、古くないか、その仕草。

「分かってないなぁ、片瀬君って。乙女心は複雑なのよ。……姑息だけどね」

 呆れる俺に、俺以上に呆れた様子で岩久間さんは言った。

「大体、噂を思い出してみてよ。新山君と“親しい友人”ばかりが不幸に見舞われる、だよ」

「あっ!」

 言われて俺は、彼女が言わんとしている事を理解する。

「分かった? まぁね、彼女達の事を悪く言うのも嫌なんだけどさ」

 と、彼女は自分用に買って来ていた紙パック入りのお茶にストローを突き刺した。

「ほら、前に私が噂が流れた最初の頃に、聞いて回った事があるって言ったでしょう。本人達に」

「ああ、災難に遭った日に保と話したかそれとなく探りを入れた、ってやつな」

 そう言って、俺は相槌をうった。

「そう、それ。まぁ、こう言っちゃあ何だけど、彼女達がその日新山君と話したかどうかも怪しい所があったんだよね。どうも話が曖昧とでも言うかさ」

 彼女は思い出すかのように、上を向いた。

「それにね、実はあの時、他の娘達は、大抵新山君とは関係無いって、むしろ庇ってる風か、まあ本当に無関係だと思っているかのどちらかだったんだよね。でもね……」

 岩久間さんはそこで言葉を切ると、一口、お茶を口に含んで、渋い顔になった。お茶が渋いのか、話の内容が渋いのか、俺には判断がつきかねたが。

「その娘達ってね、自分から新山君との関係をやたらと吹聴しいてたんだよね。ほら、角田って一年の娘みたいに」

「『私、新山さんと親しいからぁ』って、ヤツな」

 と、俺が一部無意識に声色を変えて言うと、お茶を飲んでいた岩久間さんは、思いっ切りそれを吹き出した。

「うわっ!」

 慌てて避けるも彼女のお茶が、真面にかかった俺は、思わず立ち上がり呆然とした。

 しかし、苦しげに咳き込む彼女を前にして直ぐに我に返ると、彼女の背中を擦った。

「ごめ……ゴホゴホ。んー、ん。も、もう大丈夫」

 そう言いながら、片手を挙げて俺を制する。とは言っても、未だ苦しそうに咳を繰り返していたが。

 それでも何とか、咳が治まり、はあはあと荒い息を何度か吐くと、ハンカチで口を拭った。

 そうして顔を上げた彼女は、意図せずして俺の惨状に気付いた。

「うわっ! ご、ごめんね!」

 彼女は慌てて鞄からさっきのとは別のタオル地のハンカチを取り出し、俺の服を拭こうとした。

「もー、本当に私ったらそそっかしいんだから」

 俺のシャツを掴むと、パタパタとハンカチで叩く。

 えーっと。な、何かこの構図って、照れるんですけど。

「ほんっと、ごめんね、片瀬君」

「あ、いや、いいって。直ぐに乾くって」

 等と岩久間さんの手から逃れると、内心の動揺を隠すようにして言った。

 でもこれがコーヒー牛乳だったりしたら、今頃こんな呑気な事を考えていないよな、等と度量の小さい自分に軽く呆れる。

「そんな事より、もう大丈夫なのか? 気管にでも入ったんじゃねぇの?」

 何度も謝る彼女を遮ると言った。

 それに対し、岩久間さんは急に何かを思い出したかのか、突然、大声で笑い出した。

「え? 何がおかしいんだ?」

 戸惑う俺を余所に、一頻り笑った後、彼女は俺が悪いのだと言った。

「何? 俺が何かした?」

「だって片瀬君が変な物真似をするから」

「物真似?」

「私、新山さんと親しいからぁ」

 タオル地のハンカチを両手で握り締めながら、以前聞いた時よりも更にブリブリさをパワーアップさせて彼女が言った。

 ……って、それって姐さん、俺の物真似かよ!

「まぁ、確かに、ちょっとは物真似が入ったかもしんねぇけど。んでも、そこまで変な言い方してねぇって!」

「いや、したって!」

「んじゃ、岩久間さんのせいじゃん」

「何で私が!」

「だって俺、岩久間さんが前に言ったのを真似しただけだもんねー」

「私、そんな言い方しーてーまーせんー!」

「いいえ、してましたー!」

「してませんー!」

「してましたー!」

「……えらい楽しそうやな」

 ボソリとそう呟く声が聞こえた。

 睨み合っていた俺達は、一瞬、その状態のまま固まった後、自分達の大人気ない姿を自覚すると、慌てて互いに目を逸らした。

「あ、新山君! ……と?」

 逸早く立ち直った岩久間さんは、俺の背後に声を掛けた。釣られて振り向くと、そこには顔色の酷く悪い保と、奴に心配そうな様子で付き添う吉元さんの姿があった。

「あれ、吉元さん、どうした?」

 立ち上がって席を詰め、俺の横に保を座らせながら彼女に問うた。

「ああ、俺が貧血を起こしてもうた時に、たまたま彼女が通り掛かりはってな。心配やから、って医務室に連れて行かれる所やってん」

 吉元さんの代わりに保が答えた。

 吉元さんはと言うと、俺達の丁度向かい合わせの岩久間さんが座っている横に、勧められるまま困った様子でちょこんと腰掛けた。

「ちょっと、新山君、大丈夫? 顔色、冗談抜きにして悪いよ」

 保に向き直った岩久間さんは、心配そうな顔になった。

「んー。何や、最近、身体が妙にダルいんよなぁ」

 そう言って、膝に両肘を載せた。その姿は本当に体調が思わしくない上、疲れているようにも見える。

 次の瞬間、俺は異様な感覚を覚えた。寒くも無いのに、俺の身体中の皮膚という皮膚が、鳥肌立っているのを見ないまでも自覚したのだ。よくよく保を見てみると、妙な影が奴の背中をうっすらと覆っている。

 ……やだよ、たもっちゃん。あんた何拾って来たのよー! だーかーら、裸眼は嫌いなんだよ。……見なかった事にしてもいいですか?

 幸い、見たからといって、この奇妙な影は俺に敵意を向けては来なかった。それどころか、更にぴったりと保の背中に貼り付いた気さえする。

 やー、もう、勘弁してよ。

 とは思っても、流石にツレの苦境を見て見ぬ振りは出来なかった。下手をすれば、俺にこの得体の知れない影が憑くであろう事が分かってはいても、取り敢えず何とかしてやらない事には、保の身体が保ちそうにないのが分かった。

 どうすればいいのやら。

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