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眼鏡男子の日常  作者: きり
第3章 狙われた日常
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「あ、丁度ええトコにおった! この間の民訴の講義のノート、貸してくれへん?」

 数日後、校内を移動中、廊下で保を見掛けた。見掛けた事のある何人かの女の子が居合わせたところに、保が声を掛けたようだった。

「え? ああ、ノートね」

 そう言って、一人の女の子が鞄からノートを取り出そうとしていると、隣りにいた別の一人が遮った。

「ちょっと、急がないと次の講義に間に合わないよ。それにそのノート、私が先に貸してって言ったよね?」

 最後の“ね”という言葉に、疑問形の響きよりも強制に近い響きを感じ取ったのは気のせいだろうか。

 彼女の言葉に促されるように、一緒にいた他の女の子達までもが、保の知り合いらしい彼女を急かして逃げ去った。比喩ではなく、本当に“逃げ去った”。正しくそんな感じ。



「えー!? そんな噂があるの?」

 何処かで見掛けた記憶があると思っていたら、次の講義が同じだったらしい俺と彼女達。

 講義室に入って直ぐに彼女等に気付いた俺は、彼女達の後ろの席に陣取った。

「しー! 声がデカいって」

 先程、無理矢理彼女を保から引き離した娘が慌てて彼女を制する声がした。

「そうだよ。まぁ、新山君には悪いけど、用心するにこした事はないからさ。あんたもなるべく新山君に近付かない方がいいよ」

 俺は講義そっちのけで、彼女達の会話に聞き耳を立てていた。気のせいか、心なし惨めな気がしないでもなかったが、ここは保の為だと割り切る事にする。

「みんなこの噂知ってたの?」

 先程の保の知り合いらしい彼女が、周囲の女の子に尋ねると、皆一様に頷いた。

「そう言えば、最近、新山君が女の子と一緒にいる姿、見ないと思ってたんだよね」

 彼女はしたり顔で納得の言葉を述べた。

 しかし、彼女の納得の声は大き過ぎたらしい。教壇にいる講師に、マイクで直接注意される事となった。

 次いで、彼女等の最も近くにいた俺は、何かが講師の琴線に触れたらしく、この度めでたくご指名を受ける事と相成った。が、質問に答えられずに赤っ恥を掻いただけだった。

 ちっ。ついてねぇや。



     *



「片瀬君、新山君の事どうするの? 放っておいていいの?」

 数日後、昼飯を次の講義室で食っていると、岩久間さんに声を掛けられた。珍しく米倉さんも一緒だった。

「保の事って?」

 口の中でカレーパンを咀嚼しながら問い返す。

 実のところ、彼女の言いたい事は分かってはいたのだが、今のところ何処からどう手を付けていいのかすら分からない状態だった。

 実際、あの保ですら、何かしらおかしいと感じているらしく、ここの所、元気が無かった。あの日参していた麒翔館大へも、最近は行っていない。

 まぁ、俺は個人的にあそこのミステリー小説を読みたいが為に、大学の図書館に一人で通い続けてはいたのだが。

「例の噂よ!」

 そう言って、膝を突いて俺の前の席に座った。

 同じくその隣りに腰掛けた米倉さんが、口を開いた。

「何かもう、噂と言うより、単なる中傷みたいになってるの、知ってる?」

「え? 単に保に近付くと危険、とかその程度だろ?」

 チッチッチ、と、人差し指を振ると、岩久間さんが言った。

「甘いわね。その程度で私達が騒ぐ訳ないじゃない」

 そう言うと神妙な面持ちで声を落とした。

「何かね、新山君に近寄るだけで祟られるとか、新山君自身に何かの霊が憑いてるとかって噂が流れてるのよ」

「え!? そんなに酷くなっちゃってるのか!?」

 言った途端、噎せる。俺は慌ててペットボトル入りの水を流し込んだ。

 大丈夫かと尋ねてくれた米倉さんが、溜め息を吐きながら話を引き取った。

「水子の霊らしいわよ。生まれる前に死んだ新山君の子供が、新山君に近付く女の子全てに祟っているんですって」

 呆れて物も言えないわよね、と彼女は言った。

 うん。確かに呆れて物も言えない。

 もし、たとえ保自身に四六時中べったりと何かしらの悪意を持った霊体が憑いているとするならば、いくら眼鏡を掛けていたとしても、俺のような人間であるならば、何かしら感じる筈である。幸いな事に、今の所、保の周囲からは何も感じなかった。ただ一つ気になると言えば、以前にも増して、妙に視線を感じる事くらいか。

 以前から保と一緒にいると熱い視線をよく感じていたものだが、今はそれに混じって何とも形容し難い視線を感じたりするのだ。他にも今までに無かった、“警戒”、という形容が相応しいような視線も感じるようになった。

 まぁ、それは噂が噂だから特に問題は無いのだが、問題なのは、先に挙げた何とも形容し難い視線。そこには悪意……も、確かにあるのだが、それは極僅かしかなく熱い視線が大半。しかし、嫉妬に似た粘着質な感覚をも覚えるのだ。一人の人間――だと思う――から発せられるにしては、経験上、かなり複雑極まりない視線であると言える。毎回、気付いて直ぐに視線の先を追うのだが、未だ視線の主を見極めるまでには至っていない。

「私もさ、噂話だし、放っておけばその内納まるだろうと思っていたんだよね。……まさか、ここまで酷くなるだなんて」

 そう言った岩久間さんの表情は、何とも冴えないものだった。

「最近、新山君自身も何だか元気が無いし、本当に何とかならないものなのかしら」

 米倉さんは呟いた。

「そうは言われてもなぁ……」

 出来る事と出来ない事があるって。

 実際、その因果関係は不明だが、保に近付く女の子達が災難――とは言っても、小さな物だが――に遭っているのも、また事実。

 ……って、やっぱり変じゃないか?

「なぁ、やっぱり被害者は女の子だけ?」

「うん。今の所、耳に入ってるのは女の子だけだよ。やっぱり、水子?」

 等と、岩久間さんが不謹慎な冗談を言っていると、米倉さんが口を挟んだ。

「でもそうよね。……例えば、新山君に彼女を盗られた男の子が噂を流してる、ってセンも考えられなくは無いわよね」

 米倉さんの言葉に、俺と岩久間さんは固まった。

 やだ、やめてよ、米倉さん! 範囲が広がってるじゃないのよーっ!

「でも、本当に新山君って女の子に人気があるものね。彼自身がどうこう、って言うんじゃないんだけど、色々逆恨みもされてるんじゃない?」

「新山君が彼氏のいる娘を!?」

 岩久間さんが目を丸くした。新山君は、そんな酷い事をするような子じゃないよ、と。

「あくまで可能性の話よ」

 そう言って、米倉さんは、眉を上げた。

「んじゃあ、例えば片想いしている彼女が、実は新山君に片想い、みたいな?」

 岩久間さんの例えに、米倉さんが大きく頷いた。

「保が女の子にモテる事すら憎らしい、ってか?」

「そういう事。片瀬君もそういう経験、あるでしょ?」

「うーん……」

 米倉さんの言葉に、俺は考え込んでしまった。

 記憶の糸を手繰ってみても、幸いな事に俺にはそういう経験はない。というか、大体、女の子に縁遠いという方が正しい。

 なんて俺の青春、潤いが無いの?

 食べ掛けのパンを握り締めたまま、机に額を強打した俺を見て、岩久間さんが言った。

「米倉さん、そこは触れちゃいけない事だったんだよ。そっとしておこうね」

「そうね。……って、片瀬君、あの娘あの時の」

 米倉さんは、俺の肩に触れ、俺が顔を上げると目で指し示した。

 そこには、先日、保にメアドをくれと迫っていた二人組の内の一人がいた。名前は確か……。

「ミサって娘だったわよね、確か」

 米倉さんは、声を顰めて言った。

「そう言えば、一年の女の子が怪我しそうになったって吹聴してたって言ってたよな?」

 岩久間さんに向き直ると、彼女は大きく首を縦に振った。

「確かにね。彼女も一緒に災難に遭ってた筈だよ。でも実際に言い触らしてるのって、彼女じゃないよ。言い触らしてるのは角田さんって娘。彼女とは全然タイプの違う娘だよ」

 本人がたまたま吹聴している現場を目撃していたから間違いない、とも付け加えた。

「じゃあ、あのミサって娘の連れの娘かぁ……」

 独り言のように俺が呟くと、米倉さんは渋い顔になった。吹聴しているのがそっちの娘なら、その方が問題ね、と。

 何でだ?

「だって、彼女より角田さんって娘の方が新山君に気があったもの。あの時見てて分からなかった?」

 そ、そうなの?

 女の子って、やっぱり謎の生き物だ。

「あ、やばい、次の講義が始まる! 米倉ちゃん、急がないと!」

 かなり教室に人が集まり出したのを見て、自身の腕時計を確認した岩久間さんは、そう言って立ち上がった。

 そうね、と米倉さんも同じく立ち上がると、二人してじゃあね、とばかりに急ぎ足で教室を後にした。

 そして、保の事に関して、何等解決の手掛かりも無いまま、俺は一人取り残されたのだった。



     *



 結局、あれ以来、表面上は目立って保の噂話を聞く事はなかったが、明らかに保の周辺から女の子達の姿は消えていた。男連中の中にも、何人か離れて行った奴等がいるようだった。

 何とかしてやりたいのはやまやまだったが、相変わらずその糸口が掴めていない、というのが現状だった。


「あ……あの娘」

 久々に皆で集まって昼飯でも食おうと、保や近藤達との待ち合わせの場所に向かう途中、珍しく保と話している女の子の姿が見えた。あの保にアドレス交換を迫っていた一人、ミサという娘だった。

 以前は、この光景が普通だったというのに、今では珍しい光景になってしまっているだなんてな。ある意味、昔から女の子と無縁だった俺以上に不憫だ。

 遠くから見ていると、二人は互いに謝り合っているようにも見える。

 何してんだ?

 気にはなったが、腹が減っていた為、俺は先に待ち合わせ場所である学外のラーメン屋に向かったのだった。



 昼飯を食った後、相変わらず元気がない――と言うよりむしろ疲れた感のある保や、無駄に元気なツレ達と別れ、俺は一人大学に戻り講義を受けていた。

 しかし、折角大学に戻って受けた講義も、実のところ上の空だった。相変わらず気になるのは保の事だけ。

 ……等と表現すると、一部の変わり者の女子に喜ばれそうだが、俺は保に対してそういう感情は決して抱いていないっ!

 ……って、何一人で心の中で不毛なボケツッコミをかましてんのよ、俺。

 かなり挙動不審だったらしい。教室を出て廊下を歩いていた俺は、擦れ違う学生達がそう広くない廊下で俺を大袈裟なくらい迂回して行くのに気が付いた。

 ち、違うんだ、皆!

 力んで知らず知らずの内にファイティングポーズをとっていた俺を、益々周囲は迂回範囲を広げて行く。

 嗚呼……。

 一人溜め息を吐きつつ、辿り着いた階段を重い足取りで降り始めた。

 すると直後に背後から妙な気配を感じた。それと共に、微かな女の声。と、同時に、右斜め後ろから人が落ちて来るのに気が付いた。

 その人物を咄嗟に抱き抱え、慣れ親しんだ柔道の受け身の要領で、階段下の廊下に背中から着地した。

 落ちて行くその瞬間、一瞬、人影を見た気がしたのは気のせいだったのだろうか、と記憶を遡る。その一方、こんな時だけ柔道をやってて良かった、等と呑気な事も考えている俺がいた。

「いっつ……」

 幸い頭は打たずに済んだが、全身が筋肉痛を起こした時のような痛みに襲われていた。

 上半身を起こし、未だ抱き抱えたままの人物を見て、俺は声を上げそうになった。ミサという、あの一年の女子だった。

 そう言えば、この娘もさっき保と話していたっけな。

 ……って、まさか、な。

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