…………弟子というのは難しいものだな
今回はイズールドさん視点。
手紙とか頭の中だと流暢な方です。
…………俺、イズールドは生きる目的も意味も無い、「ただ生きているだけ」の男だった。
虚ろな双刃
誰かがつけた俺のこの二つ名は実に俺という男を表していると思う。
何かが目的やら意味やらにならないか探していた。だがどれも別にはっきりとした理由ではなく、あやふやなものだった。
人より武器の扱いが上手かったから鍛えてみた。そのうちそのうちナイフが一番上手くなったからさらに突き詰めてみた。理由という理由は無いままやっていたことだった。
別に野望があったからとかで望んで手に入れた訳じゃない。あくまでなんとなく鍛えていただけ。生きる意味になればもうけもののつもりだった。そして、目的のない力なだけにどこに向けていいかわからなかった。できるからやっただけ。
だが、鍛えたナイフは結局俺の生きる意味にはならなかった。
帝国騎士団総隊長。これも特に理由は無く力試しのつもりで出た大会で偶然見ていた前総隊長にスカウトされてから各地の紛争で武功をあげて手に入れたものだった。
力を向ける相手ができたから力を使い続け、いつの間にか総隊長だ。他人から見たら妬まれるような出世だが、あまり気にしていなかった。
だが、すぐにこれ以上の地位になれないことを悟ると、これも俺の生きる意味にはなれなかった。
国を守るとかいう崇高な理念は最初から持ち合わせていなかったせいだろう。虚ろな俺は周りの奴等には「苦労もせずコネで入った」とか「ちょっと強いからと言って調子に乗っている」などと映ったようで、次第に俺の周りには人が寄り付かなくなった。
後からそれが同じ騎士団の貴族出身の奴が俺を妬んで手を回していたと知った。
…………隊長の指示に従わない騎士団なんて統率がすぐとれなくなるだろうが。
とはいえこの頃はまだ指示に従ってくれて、自分で考える有能な奴も残っていた。
そういった奴は俺は好きで、そいつらには何かと世話を焼いていた。俺はお人好しなんだろうか。
だが、それからしばらくして、俺の何でもない一言がその貴族のやつに悪意あるように歪めて都合よく受け止められ、俺からの命令という形で騎士団をそいつは紛争地で下手に動かした。
結果、騎士団は罠にはまり、不意討ちを受け、無様に醜態を晒してほぼ全滅。騎士団として機能しなくなった。
生き残ったのはその貴族出身の奴を含む数人の兵士だけ。騎士団にいた有能な奴らもそいつをカバーするために動いたが、すでに劣勢で善戦虚しく死んだ。
あげくその貴族の奴は親のコネを使い、今回の責任を逃れ、全て俺に擦り付けた。
あいつに余計なことを言わなければ騎士団の皆は死なずに済んだ、確かに俺の責任だ……そう思うだけで俺は、言葉を発するのが怖くなっていた。
いくら虚ろな俺でもかなりこたえたんだ。時間が経てば経つほど口数は減っていっていく。そんな気がしていた。実際かなり減ったからな……
その後奴はさらに俺を反逆者として殺そうとした。俺がいたらこの失態が公のものになりかねないからな。俺も必死で逃げた。
逃げた先で、奴はモンスターをわざと怒らせて、俺が一晩泊まらしてもらった小さな街にけしかけた…………俺が街を出た少し後でだ!!
街は壊滅。モンスターは殲滅したが、人は一人も残っていなかった。
俺に対する「お前もこうなるんだ」というメッセージか。
怒りが抑えきれなかった。仲間を無駄に殺し、罪を擦り付け、関係の無い人を殺した奴を俺は許さない………。
この日を境に俺の中の感情は復讐一色に染まった。復讐が生きる意味に、この時なったんだ。例え殺されるのだとしても、次に会ったときは奴だけはこの手で八つ裂きにしてやる……!!
だが、そんなときだった。壊滅した村の近くの森で、短剣とローブを拾った。見事な装飾で、俺は持ち帰ることにした。
森から出た後、草原に影が見え、人が滅多に来ないことでモンスターと勘違いして牽制のつもりで蹴り飛ばしてしまった。
…………これが生涯で初めての弟子との出会いだった。
聞けば記憶を失っているらしい。
あの襲撃の後逃げられた人もいるだろうが、一般人では逃げたところで別のモンスターに食われるのは間違いない。
運のいい奴だと思った。しかし例え武器を持っていたところで一般人ではモンスターには勝てない。
もしあの街の生き残りなら、俺は償うべきだろう。奴を殺しに行くための準備などをしなければならないから時間はあまりないが、古代遺跡にあったあのポーションを使えば大丈夫だろう。
この少年に街の人間の分まで生きて欲しいわけではないが、せめて無駄に命を散らすようなことにならないでほしかった──
「…………今から一人で生きていけるよう鍛えてやる」
* * * * *
それから五ヶ月間俺は彼を鍛え上げた。うっかり忘れていた名前を聞くとそれだけはわかるらしく、カンタローと答えた。
あの古代のポーションを飲んだとはいえ教えたことを吸収するスピードは尋常じゃない。俺のナイフ技術も戦闘技術も、俺の全てを持っていかれた気分だ。
あとカンタローに足りていないのは経験くらいのものか。組み手でまだカンタローが俺に勝てないのは経験と身体能力の差のせいだろう。
とは言うものの俺と対等に張り合える時点ですでに敵なしのようなものだが……
俺もいずれ追い抜かれるだろうが、その時には俺はこの世にいないだろうな。
「…………それにしても」
「何ですか?」
「…………何の加護なんだろうな」
これがわからない。普通どこかのクリスタルの加護を受けた場合、体のどこかに紋章が表れる。俺もレモネー帝国のクリスタルの紋章が肩にある。
カンタローも例外なくあったのだが……
まず大きい。背中を覆うように紋章が表れている。普通は肩に収まるくらいの大きさなんだが……
そして見たことがない紋章と言うことだ。形も色も見たことがない。太陽に翼の紋章に薄い赤色。いや桃色か?赤に白を混ぜた色だ。だが、桃色の紋章なんて無かったはずだ。
「俺に聞いてもわかんないですよ。何せ何もわからないんですから」
クリスタルは基本大きい国にしかない。紋章がこの国のものと違う時点でカンタローはこの街に昔からいた者ではないのだろう。移り住んだか、旅人だったか、だが、被害に遭っていた可能性はある。それに、しばらく共にいたからか情がうつってしまったかもしれん。どこの国の者でも構わんと思えるくらいには。
とはいえ出身がわからないのもまずいから知っている紋章ならどこの国に居たのかもわかるんだが、俺も知らないとなると排他的な種族のところのクリスタルなのかそれとも……
いや、考えても仕方ない。弟子に独り立ちしてもらうのだ。別の事を考えているのは悪いだろう。
「…………とりあえず行くか」
「へ?」
なんだその抜けた返事は……あ、言っていなかったか。
「…………王国までは俺が送る」
「あ、そういうことですか!王国っていうと……」
「…………ミルキ王国だ。クリスタルがある王都ジヲクチヲクに行く」
赤と白が混ざっているなら、どちらかのクリスタルの国がいいだろう。
確かあそこのクリスタルは白だったはずだ。飲み物は牛乳だったか?
「もう五ヶ月ですか。まあイズールドさんもいつまでもいるわけにもいかないですからね……」
……やめてくれカンタロー。罪悪感が増す。
復讐がなければそこから先もついて行ってやりたいが、生憎俺は復讐をやめるつもりはない。だからカンタローを鍛え上げたのだからな。
この弟子の行く末を見届けられないのが、本当に残念だ。だが、きっと凄い奴になれる。俺のようにならないでくれるなら、自由に生きてほしいものだ。
「…………王都に着くまではいるが、そこまでだからな」
「大丈夫ですよ!そのために鍛えられたんですから。それに、二度と会えない訳じゃないんですからまたどこかで会えますよ」
……こう言われると、これから死にに行くのと変わらない俺は返事に困るんだが……
……いや、何も必ず死ぬ訳じゃ無いだろう。
復讐の事ばかり考えていたがよく考えれば死ぬ確率は九割八分位だろうか……実際は残り二分もないだろうが、それでも生き延びる可能性は……
?
何故生きる事を考えてるんだ俺は。死ぬつもりじゃなかったのか?
……死ぬのが惜しくなったのか?
何故だ?
……弟子か。
お人好しは自覚していたが一人のために考え方を丸々変えられるとはな……
……しかしまあ確かに惜しいな。
それでも、復讐を止めるつもりはない。やり方と方針が変わっただけだ。
弟子のためにも、死んでも絶対に復讐するのではなく、復讐して尚且つ生き残れるよう善処してみよう。
「…………ああ」
俺は頭の中で計画の変更を考えながら、弟子に感謝した。
俺にもまだ生きる理由があるなら、生きてやろうじゃないか。生き延びる確率は極めて低い、命懸けの復讐と言う名のギャンブルだが……
必ず、勝ってやる。
たった一人のこれから成長していくであろう弟子にまた会うために。